軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18 聖女

サーペントの討伐に成功した。結構時間はかかったが、その分、わたしたちが倒したことを多くの貴族たちが目撃していた。これでエレノアもおしまいである。聖女という唯一のアイデンティティを失い、ただの下級貴族の娘として、ローズウッド学院に入学してくることになるだろう。

学院に入ってきたら、精々いびり抜いてやるとしよう。

サーペントの死体を前に、そんなことを考えていたら、取り巻いている群衆の中に当のエレノアの姿が見えた。

意外と早くやってきたものだ。わたしたちが戦っているのを知って、急いで来たのかもしれない。

彼女の着ている質素な服は動きやすさに重点が置かれていて、貴族というより平民のものに近い。伸ばせば見栄えがすると思われる金髪も、邪魔にならない程度に短くしていた。顔立ちは派手ではないが、よく見れば整っている。

わたしが前世で覚えている通りのエレノアだった。

その表情は驚きを隠しきれていない。

前世では一切の嫌がらせが通用しなかった聖女に、ようやく一泡吹かせてやった。

エレノアが何と言うのか楽しみだ。

「何故倒してしまったのですか?」だろうか。それとも「勝手なことをしないで下さい!」かもしれない。さぞかし滑稽な顔で喚くことだろう。

エレノアがわたしのところに歩み寄ってきた。

従者たちが少しだけ警戒している。

「セリーナ様。初めてお目にかかります、わたしはエレノア・ハミルトンと申します。このたびはサーペントを退治して頂き、まことにありがとうございました」

エレノアが丁寧に礼を述べてきた。

あれ?

「なぜ、あなたが礼を言うの?」

「もちろん、サーペントを倒して頂いたからです」

「別にあなたのために倒したわけではないけど?」

「実はわたし、最近になって光の魔法を使えるようになりまして」

光の魔法は聖女のみが使える特別な魔法だ。聖女であることの証明であるといっても良い。

ただし、聖女として認知されるには何か偉業を成し遂げなければならないので、わたしがサーペントを倒してしまっては不味いはずなのだが。

「そうなの? ではサーペントはあなたに任せるべきだったかしら?」

我ながら白々しい嘘をつくものだ。

「いえ、セリーナ様。わたしは怖かったのです」

「怖い? 何が?」

「もちろん、サーペントがです。光の魔法が使えるようになったとはいえ、わたしはただの15才の娘に過ぎません。このような恐ろしい魔物と対峙したくはなかったのです」

エレノアはわたしの目の前のサーペントの死骸に目をやり、瞳に恐れを映した。

「ですが、教会の人たちに『サーペントを退けるのは、聖女としてのしきたりだから行くように』と言われて、ここに来たのです。ここに来るまで、怖くて怖くて仕方がありませんでした。でも、先にセリーナ様が退治して下さっていたので、本当に安心したのです」

わたしはエレノアをじっと見た。嘘を言っているようには見えない。むしろ、本当に感謝しているような気がする。

「……そう。でもあなたがサーペントを退けなかったら、聖女としての証が立てられないのではないかしら?」

「別にそんなものは必要ありません。元々、わたしに聖女など過ぎた役目だったのです。わたしは父の領地を家族と共に盛り立てられたら、それで良かったのです」

やはり、嘘を言っているようには見えない。それとも巧妙に本心を隠しているのだろうか?

「わかりました。でも無駄足を踏ませてすまなかったわね。気を付けて帰るといいわ」

「はい、ありがとうございます」

エレノアはやはり丁寧に辞去の挨拶をすると、そのまま帰っていった。わたしはその姿をじっと見ていた。

──

王都の屋敷に戻ったわたしを真っ先に出迎えてくれたのは、お父様でもなければ、屋敷の使用人たちでもない。

6匹の犬たちだった。

馬車を降りるや否や、わたしは6匹の野獣に襲いかかられ、押し倒された。

エルフェン湖は良いところだった。少なくとも、あそこには犬がいなかった。

わたしはそんな感慨に耽りながらも、遠のいていく意識を必死に呼び戻していた。

飼い主である従者たちが何とか犬たちを引き離した後、わたしは待っていたお父様からお褒めの言葉を頂いた。

「素晴らしい活躍だったそうじゃないか、セリーナ! 陛下も喜んでいたぞ」

「ありがとうございます、お父様」

本来、聖女のものになるはずだった手柄を奪い、自分の評価を上げる。計画通りだ。

後はこのまま学院に入学し、邪魔になりそうな者たちを排除していけば、次期王妃の座はわたしのものである。

「おまえが鍛えた従者たちも立派に働いたと聞いて、わたしも鼻が高い」

「いえ、避暑に行ったら偶然遭遇しただけのことで……」

あれだけ武装を整えておいて偶然も何もあったものではないが、そういうことにしておいた。

「謙遜することは無い。三日三晩戦ってサーペントを倒したそうじゃないか? おまえたちの戦いは吟遊詩人が詩にしているというぞ?」

三日三晩? せいぜい半日程度だったと思うが、随分話に尾ひれがついているようだ。

「陛下はおまえに大きな期待を寄せている。知っての通り、王国には他にも魔物の被害で困っている場所が多い。それを是非おまえに退治して欲しいと陛下は仰っている」

(それぐらい自分たちでやれよ!)

とは言えない。騎士団には国境や街を守る任務もあるし、深刻な被害が無い限り、魔物は放置されがちなのだ。そういった魔物は冒険者たちが退治することになっている。しかし、被害に遭っている街や村に資金が無ければ冒険者は雇えないし、魔物が強ければ冒険者だって依頼を断る。なので、魔物に困っている地域は多い。そういった事情があるから、無償で魔物を退治してくれる聖女の存在がありがたいのだ。

もっと自分たちで何とかして欲しいものだが、エレノアに活躍の場を与えるわけにはいかないので、引き受けざるを得ない。

「畏まりました、お父様。ですが、わたしは来年ローズウッド学院に入学する身。期間はそこで区切らせて頂きたいのですが……」

せっかくエドワード様と婚約したのに、学院で仲を深められなかったら意味がない。それどころか、エレノアとかに横からかすめ取られる可能性だってある。そこは譲れない条件だ。

「わかっておる。わたしから陛下にそう説明しておこう」

というわけで、学院に入学するまでの期間、わたしは各地を転戦する羽目になった。

まあ、名声を手に入れることができると思えば、悪いことばかりではない。

考えてみれば、前世のわたしは公爵家の令嬢ということ以外、何も持たない娘だった。

(王妃になるからには相応の実績があったほうが良い)

年を重ねたせいか、わたしはそんな風に考えるようになっていた。

──

わたしは従者たちを引き連れて魔物と戦い続けた。やっていることはほとんど傭兵団である。

向かった先では、領主たちからも民衆からも熱烈な歓迎を受けた。

彼らによると、わたしはサーペントを倒した聖女なのだそうだ。冗談ではない。わたしは普通の魔法は使えるが、光の魔法は使えない。

方々でそう説明するのだが、わたしは荒くれた孤児たちを更生させ、野良犬を慈しみ、剣と魔法に優れた聖女ということになっている。

どうやら王太子の婚約者であるわたしのことを、国王がそういう風に喧伝しているようなのだ。

わからなくはない。次期王妃がやったことなら国の手柄となる。それは国王の求心力にも繋がる。

この国においては王権はそれほど強力ではなく、有力な貴族たちの合議制という側面も強い。

前世でわたしが切り捨てられ、聖女であるエレノアが次期王妃の座に据えられたのも、そういう事情によるところがあったのではないだろうか。要は次期国王には公爵家の後ろ盾よりも、聖女の名声が欲しかったというわけだ。

今のわたしは公爵家の力に加えて、サーペントを討伐した英雄でもある。これを聖女に祭り上げてしまえば、王家にとっては都合が良い。

恐らく前世では、わたしが今やっている魔物の討伐を、エレノアがひとりでやらされていたのだろう。いくら光の魔法が使えるからとはいえ、そう簡単なことではない。聖女とはいえ、15才の少女だ。わたしは前世で15才の頃、何をやっていただろうか?

……くだらないことにお金を浪費していた記憶しかない。

前世のわたしは色んなことを知らな過ぎたのかもしれない。

各地を転戦し、魔物たちの返り血を浴びながら、わたしはそんなことを考えていた。