軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 サーペント

王国の北側にあるエルフェン湖は風光明媚な場所だ。

山と森に囲まれて景色が美しい。冬は極寒の地となるようだが、夏は涼しく、暑さを避けるのには最適の土地と言えた。

昔からエルフェン湖の畔で夏を過ごすのがステータスとされており、有力な貴族たちはここに別邸を構えている。当然、我がローゼンバーグ家も大きな別邸を所有していた。

もちろん、邸内には絵画や彫刻が飾られ、王都の屋敷ほどではないが、優雅な生活を送ることができるようになっている。公爵家の権威というものは、こういうところにも現れているわけだ。

そんな格式高い場所に、武器や防具等の装備品が次々に運び込まれた。本当は7人分で済むはずなのだが、予備を大量に用意してきたので何十人分もの荷物になっている。

別邸のエントランスは、あっという間に騎士団の詰め所と化した。

「あの、セリーナ様……これは一体どういうことでしょうか?」

別邸を預かる初老の執事が、恐る恐る尋ねてきた。

「避暑に必要な品よ」

そのうち湖に現れる蛇の化け物を退治するために必要な装備だ、とは言えない。

だから適当に誤魔化すことにした。

「避暑には必要無いものかと……」

「王都で流行っているのよ」

「そんな物騒なものが流行っているなどと聞いたことがありませんぞ? どう見ても戦争の準備をしているようにしか見えないのですが?」

わたしは指をパチンと鳴らした。すぐにリチャードが駆け寄ってきた。

「セリーナ様がカラスが白いと仰せになれば、我々はカラスを白く塗りつぶす。血が青いと仰せになれば、我々は青い血を流してみせる。我々の忠義とは、忠誠とはそういうものだ。わかるな?」

リチャードは血走った目で執事を睨みつけた。ついでに拳の骨をポキポキと鳴らしている。彼は若いが身体がでかい上に、顔もいかついので迫力があった。

「……はい、わかりました」

執事は青ざめた顔で納得してくれた。相互理解は大切である。

──

わたしたちは別邸周辺で訓練を行いつつ、蛇の魔物に備えた。

前世のおぼろげな記憶では、でかい蛇だとしか知らないため、他に似たような魔物がいないか事前にアリスに調査させている。

今は別邸の一室で、その調査内容を聞くための会議を行っていた。

「セリーナ様のお話を聞く限りでは、その魔物はサーペントだと推測されます。悪魔の化身とも言われている伝説の魔物で、人に害をなすため恐れられています。弱点は光の魔法らしいのですが、出現頻度が百年に一度くらいなので詳細はわかっていません。ほとんどの場合は、国に現れる『聖女』によって撃退されているようです。一説によると知性が高く、人の言葉を、恐らくは古代語ですが、解するという話もあります」

アリスが調べてきたことを淡々と説明した。6人の中ではこの子がもっとも落ち着いていて、感情を見せることがあまり無い。

その説明を聞く限りでは、サーペントは単なる聖女の引き立て役のように思える。

光の魔法が弱点? 何だそれは? 聖女に退治されるために存在するようなものではないか。

「光の魔法以外はサーペントに効かないの?」

わたしはアリスに確認した。

「いえ、そういうわけではありません。鉄製の武器ではサーペントの鱗を傷つけることはできないようですが、ミスリル製ならば有効なようです。ただ、蛇の魔物というだけで騎士や兵士が戦うのを嫌がったので、実際に戦った記録があまりありません。それに害を為すと言っても、水辺の周囲に留まるため大きな被害を及ぼした形跡がないのです。王国としても放置するのが通例で、その間に聖女が到着して退治するというのが一連の流れのようです。ただ、過去に一度も武力で討伐されたことがないため、強力な魔物であることは間違いありません」

それでは、みんなが手を組んで聖女の出現を盛り上げているだけではないか。

わたしはふつふつと怒りが湧いてきた。

「しかし、確かに水の中では戦いづらい。陸に上がってこないのか?」

オスカーが質問した。

「陸にも出てこれるみたいですが、基本的には水の中です」

「湖に毒でも撒けば、陸の上におびき寄せられる?」

イザベルが提案した。なかなか良い意見である。これは正義の戦いだ。多少の被害はやむを得ない。

「おびき寄せるなら女性を使うと効果的だと思われます。サーペントは美しい女性を好むと言われていますので」

聖なる力に弱くて、女好き……どこまで聖女に都合の良い存在なんだ?

「ならば、わたしとイザベルがサーペントを陸に誘導した後に、サーペントの退路を断って攻撃するというのは?」

わたしはこの国でもっとも美しいし、イザベルもなかなかのものだ。囮としてはうってつけだろう。

「良いと思います。セリーナ様とイザベルが誘い出し、少しずつ湖から引き離せばよろしいかと」

アリスも賛成した。

「セリーナ様が囮になれば、どんな魔物でも誘い出されること間違いありません! もし出てこなかったら、俺が引きずり出してやります!」

リチャードも追随した。

こうしてある程度の方向性が決まったので、そのままサーペント討伐のための詳細を詰めていくことになった。

──

『……遠くに聖なる力を感じる』

サーペントは湖の底から目覚めつつあった。

一般的にサーペントは悪い魔物とされているが、実は神の御使いであり、聖女を導く役割を担っている。

聖女を見極め、世の中に安寧をもたらすのがサーペントの目的だ。

聖女をこの地に招くためには少しばかり暴れる必要があるのだが、サーペントはその仕事も好きだった。特に美しい人間の女にちょっかいをかけるのが、この怪物の趣味でもあったのだ。

サーペントは浮上すると湖の上に頭を出した。湖畔には身なりの良い人間たちがくつろいでいる。

『あまり美しい女はいないな』

サーペントは少しばかりつまらない気持ちになったが、とりあえず仕事をすることにした。

湖から這い上がり、その巨体をさらすと、人間たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

それはそれで気持ちの良いものだった。

『ふむ、こんなものか。早く聖女が来るといいのだが……』

周囲を見渡すと、二人組の女が椅子に座ったままお互いを抱き合い、こちらを見て震えていた。

黒い髪と青い髪をした女である。年若いが、ふたりとも申し分ない美女だった。特に黒髪のほうは、長い間生きてきたサーペントでも滅多に見たことがないくらい美しい、

この二人組の女は恐怖で身動きが取れなくなったようだ。それがサーペントの嗜虐心を誘った。

『少しばかり戯れてやろう』

サーペントは鎌首をもたげて、細い舌をちろちろと見せながら、ふたりの女ににじり寄った。

女たちはここでようやく悲鳴を上げて、足をもつれさせながら逃げ始めた。

『良い反応だ』

すっかり気を良くしたサーペントは完全に湖からその姿を現すと、弄ぶように女たちの後をゆっくりと追った。

『舐めるぐらいはしてもよかろう』

すでにサーペントの頭からは「聖女を見い出す」という目的は消えていた。

女たちは上手く逃げることもできず、転んで地面に倒れた。

『無様な姿だ。だが、それすらも美しい』

少し口を開けた状態で頭部を女たちに近づけていく。

ふたりの女のあげる悲鳴が心地良い。

『さて、どうやって弄ぼうか』

サーペントがそんな妄想を抱いたところで、突然尻尾に痛みが走った。

振り返ると、鎧を着た人間の男が剣を尻尾に叩きつけている姿が目に入った。

サーペントの鱗は鉄よりも硬く、そう簡単に攻撃を通すはずは無いのだが、男が持っている大剣は白銀の光を放っている。

『ミスリルか!』

さしものサーペントの鱗でもミスリルの剣を完全に防ぐことはできない。おかげで尻尾の先端が千切れかけている。

サーペントは息を吐いた。「シャーッ!」という甲高い音が響き渡る。これは怒りを示す行為であった。

これに対して人間の男はまったく怖気づくことなく、さらなる攻撃を加えようとしたが、サーペントは尻尾を振るって反撃を試みた。

すると今度は後頭部に衝撃が走った。しかも熱を感じる。これは魔力によるものか?

女たちがいた方に頭を戻すと、黒髪の女が魔力の残滓を漂わせていた。

先ほどまでの怯えた表情は消え去り、不敵な笑みを浮かべている。

青い髪の女は鎧を身に纏って剣を構えていた。恐らく服の下に鎧を着こんでいたのだろう。

『罠か!?』

サーペントは驚愕した。自分が今日現れることは誰も知らなかったはずだ。気まぐれで起きたようなものである。

ところが、人間たちは明らかに準備万端で、迎撃の用意を整えていたとしか思えない。

再び尻尾に痛みが走る。

見れば完全に尻尾が分断されてしまっていた。だが、ほんの先端に過ぎない。

『許すまじ』

サーペントは尻尾を振るった。その一撃をまともに喰らえば、人間など簡単に殴殺することができるはずだ。

初撃はかわされたものの、人間の男の動きはそこまで速くない。すぐに捉えることができるはずだ。

しかし、今度は側面から魔法が飛んできた。見れば、遠くに赤毛の髪の女が杖を構えている。

『魔法使いがふたりも?』

サーペントは魔法に対する抵抗力は高い。だが炎の魔法には比較的弱く、その弱点をふたりの魔法使いたちは突いてきている。厄介だ。

思案を巡らせていると、また身体に軽い痛みが走った。今度は胴体に弓矢が刺さっている。鱗を貫通したということは矢じりはミスリル製なのだろう。

黒髪の弓兵の姿が目に入った。人間たちはひとつの場所に固まらず、分散して攻撃を仕掛けてきているのだ。鬱陶しい。実に鬱陶しかった。

サーペントは本気で暴れた。距離がある人間に対しては尻尾を鞭のようにしならせて攻撃し、近くの人間には毒の牙で襲い掛かった。

自分は神聖なる獣である。たかだか人間如きに負けるはずがない。現に人間の攻撃からは大したダメージを受けていない。

なかなか当たらない攻撃に苛立ちながらも、最終的には自分が勝つだろうと考えていたサーペントの頭の上に、何かが舞い降りてきた。

そして光を失った。