軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16話 同じ道

「…………サラ様」

自らの手を掴んで引き止める少女の名を、エルメスは呼ぶ。

サラはエルメスの冷えた目線に怯んだ様子を見せつつも、ゆっくりと、丁寧に言葉を紡ぐ。

「……どうか、お考え直しを。アルバートさんの言葉にも確かに問題はあったと思います。でも……その件はわたしからも謝りますし、ちゃんとお話をします。だから、どうか」

「何故貴女が謝るのです? 悪いのは貴女ではないでしょうに」

「……クラスメイト、ですから。そして私はBクラスのクラス長です。あなたを繋ぎ止められないことは……わたしにも、責任があります」

正直なところ、あまり理解のできない考え方だった。

エルメスの価値観からすると、究極的に個人は個人だ。何をするにしたって、その責任は善果も悪果も当人に帰結する。

だって、それを突き詰めたものが魔法だ。誰かに影響を受けることはあっても、最終的には自らの内側にある願いを形にする必要があるのだから。

サラが続ける。

「エルメスさん。かつてあなたはわたしに、自らの想いを信じて良いと言ってくださいました。そのおかげでわたしはここにいます。

同じように、他の人にも。クラスメイトたちの想いももう少しだけ、信じてもらうことはできませんか?」

「……以前の件は、貴女に見込みがあると感じたからそう言ったまでです。同じものを、僕は彼らに感じることはできないしするつもりもない。……忌憚なく言えば、どうでもいいです」

「っ……」

エルメスの、欠点と言えば欠点なのかもしれない。

彼がカティアやサラにしたこと、感じたものは本当に例外で。

感情の起伏が薄い彼は、他者に共感する能力が極端に低い。共感したいと思うもの以外には、これが基本の対応なのだ。

そんなエルメスの意思を感じ取ったか、サラが言葉を詰まらせて俯く。

……ここで、話を切り上げても良かったのだけれど。

彼女の表情が、あまりに切実で。どうしようもなく真剣だったから──少し、疑問に思って聞いてみることにした。

「逆にお聞きするのですが」

「はい?」

「貴女は、どうしてそこまで彼らを庇うのですか? 何か事情はあるのでしょうし、貴女が友人を悪く言われることを好まないことも知っています。なのでお気を悪くしたら申し訳ないのですが──僕にとって彼らは、どうしようもない人間にしか見れない」

「!」

「だから知りたいのです。貴女が、そうまでする理由を。理念を」

エルメスの問いに、サラはしばし下を向いて考え込む。

答えに迷っているのではなく、ここが彼を繋ぎ止める分岐点だと理解していたからだった。

そして、彼女は遂に顔を上げて──告げる。

「……尊敬、しているからだと思います」

「尊敬?」

「はい。貴方もそうですし、クラスのみんなもそう。それだけじゃなくて──少し大きすぎる言い方かもしれませんが、人そのものを。ちゃんとした意思と自分だけの物語を持っている人、全てを」

「……」

少し曖昧すぎると思ったのか、サラは一息ついてから少しだけはにかみつつ、こう続けてきた。

「……アルバートさんは、確かに少し頑固なところがあります。けれど裏を返せばしっかりとした意思を持っていて、その時々で自分のできる事を精一杯行う努力家なんですよ」

「──な」

「ニィナさんは、お調子者で気分屋ですが……その実、譲れないものに関してはすごく芯が通っていて。あと、とっても仲間想いの方です」

「おっとと、照れるねぇ」

「ベアトリクスさんは、要領を得ないことも多いですがちゃんと自分の伝えたいことを全力で言ってくれます。レインさんは無口でも細かい気配りが上手で。カストルさんは──」

そうして、一つ一つ丁寧に。

サラはお世辞でもなく、心からの言葉で。クラスメイトの長所を全員分挙げていく。その褒め言葉のどれにも、とってつけたようだったり誰かと被っていたりするようなものはなかった。

「こんな感じ、です。勿論みんな──とはいかないかもしれませんが、それでも。ちゃんとその人を知るつもりで接すれば、尊敬できるところはたくさん見つかります。……きっと、あなたの思っている以上に」

「──」

そこで、エルメスは理解する。

自分とサラとの違い。そして真逆の部分に。

もし他人への印象を、好悪の面だけから定義するとして。

エルメスは初対面の相手に対する印象は『無』だ。好悪どちらにも振れていない、極めてフラットな状態。悪く言えば一切の興味がない状態だ。

一方、サラは同条件の場合最初から『好』に振れた状態で接する。仲良くなりたい、相手の事を知りたいと思って接し──そして宣言通り、誰かの尊敬できる部分を多く見つけてくれる。

そして、それを可能にしているのが彼女の、エルメスと真逆の部分。──彼女は、他者に共感する能力が非常に高いのだ。

だからこそ、彼女は。これほどまでに、クラスメイトたちに慕われているのだろう。

「……」

相変わらず、彼女の考えを理解しきれたとは言い難い。

ただ──彼女の、その在り方だけは。そう在れたらいいなと、微かな憧憬を抱いた。

「エル君」

彼の心が、少し揺らいだのを見計らってか。

今度は後方から、ニィナが声をかけてきた。

「正直ね、キミの気持ちもすっごく良く分かるから……ボクはサラちゃんほど熱心に引き止めることはできない。──でも」

そう前置きしてから、ニィナはふっとどこか儚げな表情を見せて。

「多分その先に行っちゃうと──すごく、寂しいよ。それはきっと、かの『空の魔女』と同じ道だ」

「!」

エルメスがローズの弟子である事を、ニィナが知っているはずはない。

だが──だからこそ。その言葉はエルメスの中に重く響いた。

……そうか、確かにそうだ。

嫌われ、疎まれ、排斥され。見切りを付けた結果関わる事自体を諦める。

自分は今、まさしく──師匠と同じ道を辿るかどうかの場所にいるのだ。

それを、悪い事だとは然程思わない。

けれど事実、王都を出て、王都の近くで戦っている師匠の横顔に……時折寂しげな色が混じるのを修行時代に何度も見たのだ。

「……エルメスさん。わたしは、あなたのことも尊敬しています。願わくば、同じくわたしの尊敬する人たちと同じ場所で。尊敬する人たちの、良いところを知って貰いたい。……そして何より。あなたのことももっと知りたいし、知って欲しいんです」

「……」

「だから、何度もごめんなさい。……どうか」

そうして彼女は、両手を合わせて頭を下げる。

それはあたかも、人から外れようとする怪物を祈りで引き戻そうとするかのようで。

「──」

サラとニィナの言葉で、エルメスはある程度の冷静さを取り戻す。

けれど、彼らに──二人以外のBクラスの人間に、失望してしまっていることも事実で。

だから、彼は。

「……ちゃんと、その人のことを知るつもりで──か」

サラの言葉の一部を反芻してから、とあることを決心し、確認するために。

前を向いて、こう告げたのだった。

「……サラ様、そしてアルバート様も。お二人だけで──僕を、ある場所に案内していただけませんか?」