軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10話 Aクラス

エルメスがBクラスで、魔法演習の授業中到底魔法演習とは言えなさそうな戦いを繰り広げている頃。

カティアが所属するAクラスでは、現在生徒たちがホームルーム前の雑談に興じていた。

そんな中。

「──カティア様、ぜひ今度お食事だけでも!」

「……」

またか、と彼女はため息をつく。

昨日からこの手の誘いがひっきりなしにやってくる。流石に昨日のようにいきなり婚約の話を持ち出してくる生徒はもういないが、それでも今のように食事の誘いなどが止むことは未だに無かった。

どうやら彼らにとって、『欠陥令嬢』と呼ばれた所以である魔法の欠点を乗り越えた公爵令嬢というのは相当に魅力的に映るらしい。なんとしてもお近づきになりたいと思う程度には。

あと、流石に彼女だって自分の容姿がかなり優れている部類にあることは理解している。メイドのレイラが言うように王都一とまではいかないが、それなりであることは周りの反応から察せられる。その辺りがより声をかけられる原因になっているだろうことも。

……しかし、彼女は彼らの誘いを受けるつもりは毛頭ない。

何故なら知っているからだ。今カティアに誘いをかけてきている人間が揃いも揃って──彼女がBクラスにいた時は、容赦なく蔑み貶めるような顔を向けてきたということを。

そんな人間を、どうして信じられるというのだ。自分を信じてくれない人を、どうして。

そのような意思を込めて冷たい視線を向けると、男子生徒は怯み、取り付く島はないと悟ったのか引き下がる。今回は存外物分かりの良い方で助かった。

公爵令嬢としては、多少なりとも交友関係を広げるべきなのだろう。

だが、それでも。彼女はあんな人たちと関わるより、自分を信じて慕ってくれる人との時間を優先したいと思うのだ。

例えばそう、かつての小さな約束を果たしに帰ってきてくれて、自分の魔法の悩みを解決して、折れてしまった彼女の心をまた立たせてくれた──

「…………」

……流石に今の思考は反省した。

こんな些細なことからも流れるように彼のことに繋げるなど、どれほど自分の頭の中はそれに支配されているのだ。まるで常時彼のことしか考えていないよう──いや、あながち間違いとも言えないのだが。恥ずかしさが顔に出て思わず息を吐いた。

尚、やや顔を赤らめて悩ましげに溜息をついた彼女──本人は『かなり優れている』と評したものの、他人から見ればそれすら生ぬるい。文句無しに絶世の美少女である彼女のそんな姿に、また周りの生徒が目を奪われるのだが……残念ながら彼女がそれに気付く事はない。

ともあれ、と思考を切り替えるようにカティアはクラスを見渡した。

現在Aクラスは何と言うか……見えない権力闘争の真っ最中だ。

絶対的な権力を振るっていたアスターがいなくなったことで、頂点が空位化した状況。次にその椅子に座るのは誰かと言わんばかりに多くの生徒が授業の合間を縫って交友や工作に明け暮れている。

次のクラスの中心人物となる人間、その候補は概ね二人に絞られている。

その内の一人は──何を隠そうカティアである。

カティア自身は正直この争いを極めてくだらないと思っているのだが、残念ながら彼女の立場がそうはさせてくれないらしい。簡単に言うなら、周りが彼女を勝手に担ぎ出しているのだ。

そして、もう一人が──

「──クライド様!」

とある伯爵家令嬢の、熱っぽい声がカティアの耳に届いた。

その声と視線の先を彼女も見やると、居たのは一人の男子生徒。

鮮やかな青い髪を緩やかに撫で付け、深い紫の瞳はどこか底知れない雰囲気を漂わせる。しかし全体的な甘く整った表情と柔らかな雰囲気がそれを和らげており──総じて言うと、如何にも貴族の優男、と言った風体の生徒だ。

クライド・フォン・ヘルムート。

ヘルムート侯爵家の長男で、非常に優れた魔法使いである……らしい。

らしいと言うのはとある事情があるのだが、今は一先ず棚に上げるとして。

重要なのは、彼が名門侯爵家──この学年に公爵家の子弟はカティアしか居ないので、十分高い家柄の生徒であり。

加えて彼は──前期、第二王子アスターの側近だったと言うこと。

そのネームバリューと家格、後は誰に対しても物腰柔らかに接するその雰囲気。

彼がカティアと双璧を成しているらしい、現在のAクラスの中心人物のようである。

……推定の形が多いのは、本当に割と興味がないからだ。

そんなクライドは周りの生徒──いずれも家格の高い人間と、実に楽しそうに談笑しており。

特にそれ以上の関心も持てないので、教室前方に視線を戻したその時だった。

「……皆さん、遅れて大変申し訳ございません」

がらりと教室の扉が開き、一人の教員、Aクラスの担任教師が入ってくる。

それに合わせて、周りの生徒も談笑をやめて席に戻る。同時に教員が登壇し、ホームルームが始まった。

まずは細々とした連絡と、来月に控えている学園祭の件。そしてそれらの伝達が終わると、担任教師は一拍置いて。

「では、ここから先は皆さんに決めていただく形となります。まずは──ここのクラス長について」

軽く、生徒たちの間に緊張のざわめきが広がった。

「前期ここのクラス長だったアスター殿下が……その、学園を出てしまわれたので。本来は一年の任期ですが、急遽後期からのクラス長を決めていただきたいと思います」

そう言うことだ。

Bクラスの場合は、前期色々とあったがクラス長は最終的にサラとなった。後期もそれを引き継ぐ形で変わることはない。

しかしAクラスは違う。クラス長がいなくなってしまった以上新しく決める必要がある。

そして、これは相当に重要な意味を持つ。

ただの役職と言ってしまえばそれまでだが、この貴族同士の権力争いが持ち込まれている学園においてはただの役職でも意味は重い。形式上でも、クラスの頂点を決定することになるのだから。

故に、生徒たちの間には緊張が走り。

誰が立候補するか──と言うより、誰を推すか。生徒たちの中で多くの思惑が暗黙のうちに飛び交い。

その口火を、一人の生徒が破る。

「──私は、カティア様を推薦します!」

先ほど食事の誘いをしてきた男子生徒だ。言いながらカティアに目線を向けてきているあたり、若干狙いが透けて見える。

多分良かれと思ってやったのだろう。カティアも貴族であるのなら、名実ともにこのクラスの中心となれることを望まないはずがないと。

……正直、とても的外れなのでやめてほしい。

だが、周りはそんなことなどつゆ知らず。逆にその男子生徒を皮切りに、次々とクラスの中からカティアを推薦する声が上がる。

「カティア様はクラス唯一の公爵家御子弟だ、これ以上に相応しいお方はいないでしょう」

「魔法の欠点も克服したと聞く。この年齢で覚醒するなど滅多にない、魔法使いとしても素晴らしい証左だ」

「加えてあの凛とした態度、威厳の面でも申し分ありませんわ」

カティアを称賛してはいるが──その内面、どうにかして有能な公爵令嬢たるカティアに取り入りたいという打算が表情からも透けて見える。

彼女はうんざりしつつも、自分にその意思はないとはっきり断ろうと口を開きかけたところだった。

「──待ってくれないか」

柔らかな声が、その流れを遮った。

響きの美しさ故か、皆がその方向に視線を向ける。

声の主は案の定、クライド・フォン・ヘルムート。

彼は皆の注目を集めたのを確認してから、ゆっくりと芝居がかった動作で手を広げ、話し始める。

「みんな、君たちがカティア嬢を推薦する理由はよく分かる。魔法の欠点を克服した公爵令嬢、素晴らしい響きだ。彼女に任せておけばこのクラスも上手くいくように思えるだろう。──だが、考えて欲しい!」

そしてクライドは、少々わざとらしい程に悲哀に満ちた、けれど端正な顔立ち故に迫真に見える表情を浮かべ。

「──アスター殿下は、どうだった?」

別種のざわめきがクラスを包み込んだ。

ある意味でこのクラスの誰も触れなかったタブーに、彼は今自ら踏み込んだのだ。

「あのお方はあまりにも強すぎた、そしてあらゆることを自分お一人でなさろうとする方だった。僕たちはそれに依存し、彼に全てを委ねてしまった! ……だが、その結果あのお方は 不幸な(・・・) 目に(・・) 遭って(・・・) しまわれた(・・・・・) んだ!」

訴えかけるような、引き込むような表情で彼は語る。

「もう皆も分かっているだろう、それでは、あのお方ではだめだったのだと。……たった一人に任せるようなやり方では、これからは上手くいかないのだと」

「……」

「僕が言いたいのは、そのことだ。これからは──このAクラスの皆で、権力争いなどせず、力を合わせていかなければならないのだ!」

そこまで言うと、クライドは余韻を残すように一呼吸置いて。

その端正な顔を、カティアの方に向けてきた。

「故に、カティア嬢。その理念に従うと、貴女のような何もかもに優れている令嬢。そんなお方にクラス長の座を渡してしまうと、前期の二の舞になってしまう。そうは思わないかい?」

「はぁ。それで?」

「……僕が言いたいのは、力を合わせるためには『譲り合うこと』が肝心と言うことだ!」

カティアのあまりに淡白な反応に一瞬言葉に詰まったものの、すぐにクライドは声高に主張を再開する。

「何もかもを欲張っては、アスター殿下のようになってしまう。そのために僕たちは、ある程度自分を殺さなければならない。だからそう──カティア嬢、貴女はクラス長の座を 僕に(・・) 譲るべき(・・・・) だと思わないかい?」

「……何故あなたに?」

「決まっているじゃないか。何せ僕は── この学園で(・・・・・) 、 血統魔法を(・・・・・) 使えない(・・・・) !」

そう。彼が優れた魔法使いであるらしいと推測しか立てられないのはそれだ。

クライドもニィナと同じく、家の事情で血統魔法の公開を禁止されたもの。それを声高に叫ぶと、彼は続ける。

「君たちはクラス長の座を僕に譲る。代わりに僕は血統魔法を用いた活躍の場を君たちに譲る。これこそが譲り合いだ、皆が小さな不満を飲み込むことでクラスが回っていく、これからの僕たちはそうするべきなんだよ!」

言い切るとクライドは、クラス全体に視線を向ける。

君たちはどう思う、と問いかけるように。

「……確かに」

声が上がった。

「カティア様ばかりに任せるのは、よろしくありませんものね」

「クライド様であれば公平にクラスをまとめてくださるでしょう、安心ですわ」

賛同の声が、次々と上がる。……上げているのは主に、あまりに突出しすぎたカティアを疎ましく思っていた生徒、カティアの見目に嫉妬していた女生徒など。

そして残念なことに。今のAクラスで、そう感じている生徒は予想以上に多かった。

すぐに、クライドに賛同する声が過半数を超える。どころか、先ほどまでカティアを推していた生徒ですらその圧力に呑まれてクライドを推すように主張を変えていった。

場の趨勢は、決したと言って良いだろう。

……彼らは気付いているのだろうか。

なるほど、力を合わせるだの譲り合いだの、響きだけを鑑みればとても良いことを言っているように思える。

だが。まず、そもそもクライドが血統魔法の使用を禁止するのは家の事情であり我慢でもなんでもない。よって彼はクラスの中心の座を何一つ譲ることなく手に入れたことになり。

そして何より彼は前期、アスターの側近だった。

つまり──彼は今まで仕えていた人間を、なんの躊躇もなく衆目の前でこき下ろしたのだ。

そんな人間に公正な判断ができると彼らは本気で思っているのだろうか。

……思っているからこうも盲目的に称賛するのだろうな、とカティアは心中で呟く。

まだまだ矛盾点は大量にあるが……多分、それを一つ一つ指摘しても彼らは聞きはしないだろう。

よって、ここからクラスの意見を覆す手段はなく。

「みんな、ありがとう! ──さてカティア嬢。そういう訳なのだが、僕がクラス長ということでよろしいかな? まさかクラスの意見を自分の我儘で覆すような── アスター(・・・・) 殿下の(・・・) ような(・・・) 真似は(・・・) しない(・・・) だろうね(・・・・) ?」

最後に彼は、当て擦りめいた口調で。

公明正大な優男のような表情で──けれど一瞬だけ、カティアからクラス長の座を奪ってやったという愉悦を微かに滲ませて告げる。

それを証明するように、彼はカティアがどんな反応をするか心待ちにするような表情を見せて。

だが。

「ええ。どうぞ」

──繰り返すが。

カティアはまずその手の名誉だのなんだのに一切興味がない。前期までは必要かもしれないと思っていたが、彼と再会してからは本当に割とどうでも良くなっていた。

なので、むしろ結果だけ見ればありがたいくらいである。そう思って淡白に返答した。

クライドは予想外に軽い返答に思惑を外され、一瞬忌々しそうな表情を浮かべるが、すぐにいつもの顔を取り戻して。

「なるほど、貴女も不満を飲み込む度量はあったようですね。──ではみんな、この僕を推薦してくれてありがとう。これからはクラス一丸となって、貴族の責務を果たして行こうじゃないか!」

最後はそんな耳触りの良い言葉で締めて、クラス中の拍手を一身に受けるのだった。

(……くだらないわね)

改めて、カティアは思う。

彼がやっているのは、アスターと真逆のようで全く同じことだ。

アスターが居なくなったところで、この国は変わらないという証左のようでもあって気が滅入る。

そして同時に思う。──多分この男とエルメスが出会ったら、かなり面倒なことになるんだろうなと。

それは厄介そうでもあり、けれど彼ならば、と少しだけ楽しみでもあり。

「……はぁ。エルに会いたいわ」

ひどい茶番を見せられた後のせいか、無性に癒しを求めて。

彼女は、自らが最も信頼する従者の名を呼んでため息をつくのだった。