軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12話 孤高の魔女

「……くそっ」

王都の中層、フレンブリード家。

以前まではそれなりの栄華を誇っていたこの家も、今やほとんど人の気配が無い。

何故なら先日、当主であるゼノス・フォン・フレンブリードが横領、違法商売、罪のなすりつけ等様々な罪が発覚して牢屋に叩き込まれたから。

当然家は取り潰し、この華美な屋敷もいずれ他の貴族の住居あるいは別邸となることだろう。

そんな落ち目も落ち目、むしろ既に地に叩き落とされたあとの貴族屋敷にて。

前当主の息子、クリス・フォン・フレンブリードの声が響いていた。

「だめだ、何も分からない……ッ」

彼は眼前に呼び出した翡翠の文字盤、そこに羅列された複雑怪奇、多種多様な文字を凝視し。

されど、そう告げて。悔しそうに歯軋りすると、その場に項垂れるのだった。

……本来なら、こんなことをしている場合ではない。

ゼノスのように捕まることまではないだろうが、かと言って自分もお咎めなしとはいかない身なのだ。

そもそも、既に没落した家の息子。いくら多少魔法の能力があるとは言えそのレッテルはあまりに重い。

恐らくはどこかの家の使用人となるか、格が低くかつ後継者に困っている家に養子として貰われるあたりが相場だろう。

そんな選択肢の中少しでも良いものを選ぶべく、奔走していなければならないはずだ。

……でも。

今のクリスにとっては──そんなもの、どうでもよかった。

彼は思い出す。かつて自分の弟だった人間を。

幼少期劣等感から虐げ続け、最後には家から追放し。

けれど5年後、凄まじい魔法使いへと成長して自分の前に現れて。

魔法の能力も、魔法に掛ける執念も。全て自分とは格が違うことを見せつけた。

強く、美しく、忌々しいかつての弟。

そんな弟の使っていた魔法が、今自分の手の中にある。

奴は言っていた。この魔法は誰にでも扱えるものだと。魔法を学ぼうとする意思と根気さえあれば、努力次第でどこにでも手が届くものだと。

ならば、試してみたいと思った。

そうすることで、あの──幼少期は何を考えているのか分からなくて怖かった、奴の心中が理解できる気がしたから。

そして単純に、ここでも引いてしまえばきっと、自分は一生何かに怯え続けることになると、直感的に感じ取ったから。

故に、クリスはこの魔法──『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』の学習を始めた。

だが。

「──く、そっ」

再度悪態を吐いて、クリスは地面に 頽(くずお) れる。

何も、分からない。

繰り返しの観察によって辛うじて、『ここの部分は魔法のこういう効果に対応しているのだろう』くらいの情報は読み取れるようになってきた。

だが、そこから先が一切進まない。実際何を書いてあるのかも、その文言がどのような効果をもたらすかも、一切理解ができない。

……こんな体たらくでは。

きっとあいつが見えている景色には一生、追いつくことができない。そのためのとっかかりすら見えず──

「──いや」

そこで、クリスは自身の思考を否定する。

なんのとっかかりもないわけではない。とっかかりどころかむしろ……この状況で今自分が欲しいだろうものが、現在クリスの足場に転がっている。

「……」

足元を見やる。

あったのは、両手で持てるサイズの小包。形状と重量感からして、中身は書物だろう。

──いや、中身が何なのかだって既に推察するまでもなく知っている。

何故なら。包みの表面に。

『教本です』とかつての弟の筆跡で書かれていて。

『よろしければお使いください。不要であれば、できることなら送り返してくださると助かります』と、随分と丁寧な文言も付け加えてあった。

「……ふざけるな……!」

最初はそう思った。

自分を打ちのめした存在が。自分を叩き潰し、絶望を与えた存在が。

今更どの面下げて自分に手を差し伸べようとしている。上から目線で嘲笑っているつもりか。そう思ったのだ。

──というか、今も思っている。

「……もういい」

今の自分にとって有用なものではあるためひとまず手元には置いたのだが、もういい。

読むことはない。捨てる──のもまた器の小ささを露呈するようで癪に触る。

ならば向こうのお望み通り、後で送り返してやろうじゃないか。そう考えを定め、包みを無造作に放ろうとして──

「おや、読まないのか。勿体無いな」

突如として聞こえてきた声に、動きを止めさせられた。

「な──」

弾かれたように振り返る。

そこにはいつの間に現れたのか、フードを目深に被った人影があった。

シルエットと声色から察するに、自分とそう歳の変わらない女性だろう。

自分の驚きに構わず、その謎の女性は続ける。

「言っとくがその魔法、独学で極めるのは相っ当きついぞ? 数世代レベルの天才が、ちょいと特殊な方法で長い時間をかけてやっとのことで、ようやく基礎理論だけは習得したくらいなんだ。普通の貴族なら独学では一生かかっても──」

「なっ、なんだ貴様は!」

けれど言うことが耳に入ってくることはなく。ただ混乱と少しの恐怖混じりにクリスは叫ぶ。

「いきなりしゃしゃり出て口を出してきて、何なんだ! そもそもお前は何者だ、部外者、関係ないものが口を──」

「関係なくはないぞ」

今度はお返しのように、その女性がクリスの言うことを遮って。

突きつけるように、彼にとっては衝撃の事実を告げてきた。

「だって、お前が今放り投げようとしたその中身。書いたのはあたしだぞ?」

「──は?」

「やー、今日帰り際に言われたんだよ。愛弟子から良ければ様子を見てやってくれってな」

続けての情報に、彼の中でいくつかのピースがはまる。

あいつに師のような存在がいることは断片的に知っていた。加えて今の中身──つまり教本を書いたという発言。

そしてそれが嘘でないとわかる雰囲気、何より滲み出る膨大な魔力。

それらの情報が、クリスに眼前の女性の正体を正確に予測させた。

……だが。だったら尚更、気を許すわけにはいかなくて。

「……何をしにきた……!」

敵愾心も顕に、クリスは呻く。

「師弟揃って僕を嘲笑いに来たのか!? 放っておいてくれ、僕は、僕一人でこの魔法に向き合うと決めたんだ!」

「……」

「僕一人やらなければ意味がない、お前たちの力など借りない! 同じ魔法を使うからって、変な共感を──!」

「……まぁ、その心意気自体は嫌いじゃないがな」

クリスの叫びに、女性は少しだけ真剣な声色で呟くと。

「なぁ、クリス」

「!?」

いつの間にか。

反応できない速度で、女性がクリスの眼前に現れて。

「──意地張るところは、間違えない方が良いぞ?」

とん、と。その人差し指を胸元に軽く当てて、告げる。

息を呑んだ。

その圧力に。そして、微かに覗いたフード越しの、美しくも凄絶な蒼い眼光に。

「クリス。お前は何を思って、その魔法を使う?」

「……あいつの見た景色を知るため。僕の力で、どこまであいつに近づけるか確かめるためだ」

「それは、先人の知恵を借りることと決して矛盾しないぞ。あいつも、同じものを見て学んだんだからな」

導かれるように己の心中を告げると、即座に鋭い答えが返ってくる。

「はっきりとした願いを抱いたのならば、そこに余計なものは付け加えるな。貪欲になれ。想いを純化させろ。必要なものはいくらでも抱えていいが、代わりに不要なものは削ぎ落とせ。そうして心の形を定義するんだ」

「──」

「それを成したものこそが、魔法使いになる資格がある」

どこか、重い言葉だった。

きっとそれは、言ったことを自ら実践し、実感したものでなければ出せない重みで。

再度、息を呑む。それと同時に眼前の女性による圧力が消失し、離れていく。

「──ま、あたしが言いたいことはそれだけだ。後はお前次第。使うも返すも、捨てるも好きにしな。あたしもあいつも怒りはせん」

そして女性は、今までの気配が嘘のように軽い調子でひらひらと手を振って。

来た時と同じく、ふとした瞬間にいつの間にか消えていった。

「…………」

されど、その僅かな邂逅が彼に与えたインパクトは、果てしなく大きく。

クリスは再度、手元を見る。

意地を張るところを間違えるな。あいつも同じものを見て学んだ。彼女の言葉の一つ一つが、彼女の背後に感じたどこかあいつと同種の雰囲気が。

ほんの少しだけ、彼の心の形を変える。

「──くそッ!」

クリスはもう一度、手の中の包みを強く握りしめ──

──封を、破く。

やってやるよ、と言わんばかりの勢いで。今まで抱いていた何かをかなぐり捨てて。

中からいくつかの書物を取り出し、殺気走った目線で、その本に目を通し始めるのだった。

……そして、極めて遺憾なことに。

その日、今までの悩みは何だったのかと思うほどに、魔法への理解が進んだのだった。

「さて、こんなもんでいいかな」

クリスが包みを破き、自分が書き記した創成魔法の書物を読み出したのを見て。

女性──ローズはフレンブリード家に背を向ける。

「何だ、案外あいつも見込みがありそうじゃないか」

正直最初は、弟子の頼みで仕方なく来た意味合いが強かった。

だが、そんな心持ちとは裏腹に。思いのほか良いものを見せてもらったのではないだろうか。

「流石に、エルの兄貴なだけはあるのかね。ちょっとだけだが、楽しみが増えたかも知れんなぁ」

呟きながら歩くことしばし、外れにある小高い丘の上に着く。

そこから、王都を。かつて彼女が暮らした場所を見下ろす。

──この場所のことは、嫌いだった。

どうしようもない連中の溜まり場。優れたものを称賛するふりをして、優れすぎたものは排斥する。

そんな、心の濁った人間が蔓延る特権の果ての袋小路。

心を許した友人二人以外、全部焼けてなくなってしまえば良い。むしろ自分がそうしてやろうかと思ったことは一度や二度ではない。

……だけど。

きっと今は、違う。まだまだだけど、少しずつだけど。

自分と違って逃げなかった紫髪の友人の努力で、変わり始めているのだろう。

その変革の切り札となるのが、自分の弟子なのならば──それは、喜ばしいことだ。

涼やかな思いを抱いて。

同時に、まあここまで来れば良いかと思って、彼女は唄う。

「【私は翼を定義する 見えざる巨人に叡智の 軛(くびき) 世界の果てまで解き放て】」

それは、彼女の代名詞。

彼女が恐れられた所以の一つである、彼女だけに許された領域に自身を運ぶ魔法。

「血統魔法──『 無縫の大鷲(フレースヴェルグ) 』」

銘を呼ぶと同時に、ふわりと体が浮き上がる。

目撃者はいない、下手に騒がれることもないだろう。後はのんびり空を旅して、彼女の住処に帰るだけだ。

……正直、この魔法を使うのも昔は嫌だった。

思い知ってしまうから。誰も自分には追いつけないと。自分のいる場所に来てくれる人は、誰もいないんだと。

でも、今は。

少なくとも一人、同じ場所に辿り着ける人を知っている。そこに届こうと決めてくれた人がいる。そこに向かうための一歩を、踏み出し始めた人がいる。

だからもう、寂しくはない。

そうして、彼女は。

抜けるような青空を背に、大きく両手を広げて。

王都全ての住人を虜にするほどの、美しく可憐な笑顔を振りまいて。

「──待ってるぞー! 輝かしく愛おしい、私と同じ魔法使いたちよ!」

想いを乗せて、叫んでから。

孤高の魔女は、孤高でなくなる日を思い。空の彼方へと飛び去っていったのだった。