軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9話 彼女の心

……少しは近づけたと、思っていたのだ。

彼と再会して、自分の魔法の使い方を教えてもらって。

悩みを乗り越えて、血統魔法の真価に覚醒した。

憧れた彼に、歩み続ける彼に、近づくことが出来たと思っていた──のに。

突如として現れた、彼の師匠ローズ。

名前は聞いていた。どういう存在であるかも知っていた。

きっと彼の師なのだから、巷で言われているほど悪い人ではないのだろうとも思っていた。性格の面で予想を裏切られることは覚悟していたのだ。

だがまさか、まず外見の面で裏切られるとは思っていなかった。

よもやあんなに若くて、あんなに綺麗な人で。

そして、あんなにエルメスのことを溺愛しているだなんて。

正直焦った。けれどその時点ではそこまで焦りも大きくは無かったと思う。今しがた述べたような、自分たちだけが積み上げてきたもの。魔法で、彼に近づけたという自負があったから。

けれどそれも、あの師弟対決を見た瞬間粉々に吹き飛んだ。

同じ『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』を用いた、柔と剛の魔法のぶつかり合い。同種の血統魔法による正々堂々とした撃ち合いに、最後は互いの魔法の真奥を見せる、戦いという名の濃厚な魔法による対話。

正直なところ見惚れた。そして何より──あの戦いをしているときの彼が、今までに見ないほど楽しそうな表情をしていて。

近づいたと思った彼の背中が、またひどく遠のいた気がしてしまったのだ。

……おまけにその日の夜、ローズから師弟時代のあれやこれやを聞かされて、尚更に対抗心が高まってしまって。

今日の迷宮に入るときの挑発で、完全にやる気になった。

──私とエルにだって二人だけのものがあるんだ、と。

道中までは順調で、ちゃんと培ってきたものが出せていた。

だからあとは迷宮の主。かつての自分が何も出来なかった対象。それを今の自分の力で乗り越えることで、自らの成長を証明できると、そう思っていた。

──なのに、今はこの体たらく。

「……」

「……あー、なんと言うかだ」

沈痛そうな表情で俯くカティア。

どうして現在の自分がここまで不調なのか気付いていない彼女に、ローズはどこか、呆れを含んだ口調でこう告げる。

「……お前さ、エルのこと好きすぎだろ」

「ッ!」

理屈は分からない。

ただ、今の自分がローズから見てものすごく恥ずかしいことになっているのだけはよく分かった。

「すまん、正直あたしもみくびってた。そこまでとは知らず焚きつけて悪かったというか……」

「……謝らないでいただけますか、よく分からないけれど逆に腹が立つから……!」

頬を染め、上目遣いに睨みつけるカティア。

それをさらりと受け流しつつ、ローズは彼女の不調の原因について軽く告げる。

「好きな子の前でいいところを見せたいのは分かる。それで張り切って、魔法の力をもっと引き出したいと考えるのは悪いことではない。……だが、流石に今回は想いが先行しすぎだ。空回ってるんだよ、詰まるところ」

「え──」

単純すぎて意外と言えば意外な、その理由。

しかし、とカティアは反論する。

「で、でも! エルは言っていました、想いは魔法を使う上で重要だと──」

「『想いさえあれば魔法は使える』という意味ではないぞ?」

「!」

だが続いての指摘に、息を詰まらせた。

「確かに魔法の根底にあるのはそう言ったものだ。だが同時に、かつそれ以上に。魔法は綿密なロジックを突き詰めた存在でもある。その辺りを無視していないか? 魔力の練りが甘くなっていないか、出力を加減していないか、操作を適当にしていないか」

「っ」

心当たりがある、というか図星だ。

同時に更に頬を染めてしまう。恥ずかしい、そして情けない。

自分の中の想いばかりを重視して、盲信して、それ以外のことを疎かにした魔法を扱う。

──それで破滅した人間を、自分はついこの間見てきたばかりだろうに。

今の自分がそれと同じになってしまっていたという事実に、改めて自分の中で羞恥が募る。

「……でも」

言い訳かもしれないがやはり、焦りがあったのだ。

ふと、戦うエルメスを見やる。

向こうの状況は、かなり不利であったはずだ。二対一。能力の差。連携力による戦力の上乗せ。持ち堪えるだけでいいとは言え、それすら難しいと諦めるだけの要素は揃っていたはず。

なのに──彼は、渡り合っている。今までよりも尚生き生きと、自由に魔法を操っている。

向こうの動きを的確に学習し、最適な応答を返す。今この瞬間も凄まじい進化を遂げ続ける彼に──

「置いていかれないためには、今のままじゃ駄目なんですよ……!」

そう、心からの想いを少女は魔女に告げる。

ローズはその真っ直ぐな言葉を受けて、少し息を詰まらせてから──ふっと微笑んで。

「……そうか。気持ちは、分かるよ」

「分かるって、あなたは──」

「 あたしも(・・・・) 同じだからな(・・・・・・) 」

「──え」

ローズから放たれた、予想外の言葉。

ひどく真剣な響きを宿したそれに、カティアは虚を突かれる。

「確かにな、今のところあたしはエルより強いよ。100回戦ったら100回勝てる、それくらい実力に差はある。……でも、今だけだ」

「……」

「確実に、止まることなく。進化を続けるあいつに、いずれあたしは抜かれるだろう。そしてその後は、もう追いつけないかもしれない」

何故なら、と彼女はそこで言葉を区切り。

「──あたしたちは、血統魔法を 持って(・・・) しまっている(・・・・・・) 」

「!」

「この身に宿る呪いのせいで、あたしたちは魔法使いとしての上限値を決定されてしまう。あたしは普通の魔法使いよりは高いみたいだが、それでもあることはある。その限界のないあいつに、いつか追い越されることは確定だ。師匠としてはものすごく嬉しいんだが……一魔法使いとしては、まぁ、ちょっとだけ複雑でもあるわけでな?」

「……ローズ様」

「でも」

後ろ向きな話に、また下を向いてしまうカティア。

けれどそれを遮るように、彼女は否定の言葉を告げると。

「最近はな。そうも思わなくなってきてるんだ」

「え……?」

穏やかに、思い出を抱きしめる顔でそう言った。

「あいつがな、何度も言ってくれたんだよ。『師匠の魔法はすごい』ってな。嘘偽りないことが明らかにわかるキラッキラした目でだぞ? いやぁ、あれは本当に可愛かった」

「……あの。からかっているのですか?」

「おっと悪い悪い。そのおかげでな、あたしは思ったんだよ」

軽く弟子自慢に入ろうとしたところで気を取り直すと、ローズは再度真剣な表情を取り戻し。

「『無条件の力を手に入れる代わりに、他の魔法を使えなくする 呪縛(カース) 』。あたしは血統魔法をこれまでそう定義していた。……でも、違う」

静かに、告げる。

「血統魔法は、『他の魔法を使えない代わりに、 生まれ持った(・・・・・・) 魔法を(・・・) 極限まで(・・・・) 高める(・・・) 資格が(・・・) 与えられるもの(・・・・・・・) 』なんだ」

「!」

「 呪縛(カース) じゃない、 天稟(ギフト) でもない。そういう両面を持つ 特性(イディオス) なんだよ。そう思えるようになった──今のあたしは、そう定義したい」

エルメスが考え方をそう変えてくれたと、ローズは語る。

「分かるだろう? きっとこの先、エルは色んな魔法を使えるようになるだろう。あたしたちが絶対に使えないような魔法も、たくさん。その点で敵うことはきっとないと思う。

──でも。生まれ持った魔法でだけは絶対に負けない。何故ならあたしたちの体は、その魔法を使うように最適化されているんだから」

「……あ」

そこでカティアは思い出す。先日の師弟対決、エルメスとローズが示し合わせたように『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』を同時に放ち。

──そして、ローズのそれがエルメスを圧倒した光景を。

「そう思えたら、気が楽になった。どんどん迫ってくるエルに、少しだけの不安を覚えることもなく、待ち遠しい思いでいられるようになった。……あたしはあたしの魔法を、もっと高めようと思えたんだ」

最後に、ぽん、とカティアの頭に手を置いて。

微笑みながら、孤高の魔女は語る。

「その場所に来てくれるのは、もちろん多い方があたしも嬉しい。例えば、お前とかな」

「えっ」

「昨日も言ったと思うが、あたしはお前のこと好きだぞ? エルの側にいて、腐らず魔法に向き合える時点で大したもんだ。性格もちょっと気が強いが素直、あと可愛い。これ重要」

軽くおちゃらけた口調で告げると、今度はカティアの背に手を置いて。

「十分、すごい魔法使いになれる素質があるよ。……お前自身、そうなりたいんだろう? ならほら、行くと良い。今ならもう大丈夫だろ」

「…………、はいっ」

少しだけ、考えてから。

最後は迷いの消えた顔で、頷いて。カティアが駆け出す……が、そこで。

「……あ、ローズ様」

カティアがもう一度こちらに振り向いたかと思うと、控えめに声をかけて来て。

「ん?」

「その……あなたは色々とだらしないし、破天荒すぎるし、いくら師匠とはいえエルにあんなにくっつくのはどうかと思いますけど!」

何故か色々と自分への批判を言い募った後。

若干頬を染めて、気持ちローズから目を逸らしつつも。

「……でも。エルの言う通り、素晴らしい魔法使いであることは分かりました。力量も、心も。だからその……私も、あなたのことは、す……尊敬したいと、思います!」

そこまで言い切ってから、ぱっと身を翻して。今度こそ、エルメスの方へと走っていった。

「…………」

残されたローズは、しばし呆けた表情を晒してから。

「……可愛すぎるんだが」

思わず見惚れてしまったのを誤魔化すべく、手のひらで顔を覆って呟く。

しばしその状態で固まってから、やがて手のひらを半分ほど退けて、そこから懐かしげな苦笑を覗かせると。

「……はは、娘なんだな。ああ、本当に──お前に似てるよ。シータ」

懐古を存分に乗せた声色で、そう告げて。子供たちの戦いを見守るのであった。