軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6話 朝の色々

翌朝。

昨夜と同じようにエルメスは、他三人とともに朝食を取っていたのだが。

「…………」

……何やら、カティアの様子がおかしい。

食事中もちらちらとこちらに視線を向けてくる。その表情には──若干の不満が。

ぷくりと頬を軽く膨らませ、別に怖くはなくむしろ可愛らしいくらいなのだが、とにかく少し不機嫌なのは伝わってくる。

加えて時折、若干恥ずかしそうに頬を染めて、

「……そんなことまでしてたなんて……」

と呟いてくるのだ。

正直、何があったのかすごく気になる。

心当たりはないわけではない。というか十中八九昨夜、師匠に色々と吹き込まれたのだろう。

問題は、何を吹き込まれたのかということだ。

「……あの、カティア様。流石に少しいたたまれなくなるので……」

「っ、ご、ごめんなさい。その、あなたが悪くないのは分かっているのだけれど……」

朝食どころではないのでやんわりと指摘すると、カティアは申し訳なさそうに俯きつつも。

「そうよね。10歳の頃のことだもの、仕方無いわよね……いやでも10歳って結構ぎりぎりじゃない……?」

尚も、このように呟くのであった。

何を吹き込まれたのか、尚更気になる。けれど聞くのもむしろ怖いような気がして。

とりあえず師匠の方を見ると、すごーく面白いものを見る目線でこちらを見守っていた。うん、この人はこういう人だ。

「──はいはい。何だか微妙な空気になっているところ悪いけれど、聞いてくれるかな」

そんな中、ある意味で救いの手を差し伸べてくれたのはユルゲン。ぱん、とひとつ手を打って注目を自身に集めてから話し始める。

「とりあえずは今日の話だ。……ローズ、君は今日暇だよね?」

「ん? いや、今日はエルとひたすらだらけるという重要な予定が入っているが」

「……うん、君にとって予定と言い張るのならそうなのかもしれないけれど」

あまりにも迷いなく「だらけるので忙しい」と言い切ったローズにユルゲンは呆れを滲ませつつも、

「残念ながら私にとってはそうではない。と言うわけで、ひとつ要請だ」

公爵家当主としての顔をして、告げたのだった。

「──ローズ。悪いけれどエルメス君とカティアと共に、迷宮に行ってくれないかい?」

「…………はい?」

迷宮に行って欲しい。

その要請を受けたローズは、まず小首を傾げた。

「おいおい、客人に迷宮攻略を任せるとか正気か? お前そういうことだけはしないと思っていたが」

「私とて最初はするつもりもなかったさ。……でもね」

ローズの問いにユルゲンは答えると、軽く俯いて手のひらを額に当てると。

「……君、流石に暴れすぎなんだよ……っ」

珍しく、割と真に迫った声でそう言った。

「使用人を愛玩動物扱いするわ、公爵家の娘を抱き枕にして寝るわ。普通に常識外の話だけどまあこれはまだいいよ、うちの中で完結する話だし、多少は覚悟していたからね。でも」

「……」

「昨日いきなりエルメス君と戦ったこと、これは何だい! いきなり適当な空き地を見繕えって声をかけてくるわ、日用品くらいの手軽さで 古代魔道具(アーティファクト) を持ち出してくるわ! おまけに『周りに影響は与えないから大丈夫』って言ったのにばっちり与えてるじゃないか! 何でせっかく結界を張ったのにその結界を壊すくらいの魔法を使ってしまうんだよ!」

「やー、だってそれは……エルが思ったより成長してて嬉しかったからつい……」

「そんな軽い気分で自然破壊をしないでくれるかな! 既に異様な魔力を感じた周辺貴族が探りを入れてきているんだ、どう言い訳するか一晩考えた私の気分にもなって欲しい!」

「お……お父様が声を荒らげている……」

何やら別のところでカティアが驚嘆とも感動ともつかない表情を見せていた。

娘の驚きで多少は冷静になったのか、ユルゲンは軽く息を整えると。

「……とにかく、流石にこれはやりすぎだ。何らかの形で補填してもらわなければ私の沽券にも関わる。だから迷宮攻略をしてもらうんだ、君がいれば攻略失敗のリスクは一切考えなくて済むからね」

「えー」

「えーじゃない。やりなさい、むしろこれくらいなら安いものだと思うけれど」

有無を言わさないユルゲンの口調に、ローズはむっと不機嫌そうな表情を見せる。

「何だよ。ユルゲン、あたしは基本誰かに命令されるのが嫌いだって知ってるだろ」

「そうだね。だからこう言ったんだ」

「じゃあ、あたしが意地でもそういうのに従おうとしないのは分かるよな? それともなんだ──力づくで言うことを聞かせでもするか?」

不敵に笑って、彼女は軽く魔力を放つ。

されどその勢いは凄まじく。軽く食器が震え、横で見ているカティアですら冷や汗を流すほど。

暗に言っているのだ、力は自分を制する手段にはなり得ないと。そしてそれは、紛れもない事実。

だが、そんな彼女の威圧を真正面から受けてもユルゲンは涼しい顔を崩さずに。

「そうだね。もし従ってもらえない場合は──」

薄く笑って、冷静に告げた。

「君の子供時代の恥ずかしい所業をエルメス君に暴露するよ」

「やめろぉ────────ッ!!」

もの凄い勢いでローズが叫んだ。

「なんて恐ろしいことを考えるんだこの鬼! 悪魔! 鬼畜眼鏡!!」

「当然嫌だよね。それに加えて諸々の被害を一回働くだけで白紙にできるんだ、尚更安いと思うだろう?」

「ちくしょう、そう言えばこいつはこういうやつだった……ッ」

「エルメス君はどう思う? ローズの子供の頃の話」

歯噛みしつつユルゲンを睨みつけるローズ。言い換えればまだ反骨心が残っていると判断したユルゲンは、ダメ押しのためエルメスに確認を取る。

彼はしばし考えて……結局素直に答えることにした。

「……正直、結構気になります」

「やめてくれエル、あたしにも知られたくないことはある! ……くっ、分かったよやればいいんだろやれば!」

「それは何より。カティアとエルメス君もいいかい?」

「……え、ええ。私たちがやるべきことですからね」

「僕も異存はありません」

最終的にローズは折れ、エルメスとカティアも特別断る理由もないため了承し。

何だか若干この二人の関係性が理解できつつも、迷宮に向かう運びとなったのである。

「……覚えてろあの眼鏡ぇ……」

かくして、迷宮に潜ることになった三人。

トラーキア領近くにある迷宮の入り口にて、早速ローズが先程の件に関して恨み言を吐いていた。

「お前たちも気をつけろよー。ユルゲンの奴、優しそうな顔しといて腹の中は真っ黒だからな? うっかり口車に乗って変なこととかさせられないようにな」

「……まぁ、その辺りは公爵家に来てからのあれこれで概ね察してはいましたが」

言い方によっては……いや、よらなくてもユルゲンが腹に何物も抱える類の人間であることは間違いない。

だが、貴族社会で生き残るためにはそういう技術も必要なのだろう。エルメスは王都を離れた影響でそのあたりには疎く、カティアも性格的に向いていない。彼のおかげで今自分たちが公爵家にいられることも確かである。

とは言え、師匠まで手玉に取ってしまうのは予想外だった、とエルメスは思う。何だろう、流石のローズでも幼い日の話となれば聞かれたくないこともあるのだろうか。そう言われると尚更興味が湧くが──首を突っ込むのはやめておいた方が良いだろう。

「……えっと、ローズ様。ひとつ今更な疑問なんですけど……」

そんなことを考えていると、カティアがローズに向かって声を上げた。

首を傾げるローズに対し、彼女は少し戸惑ったような口調で。

「そもそも……私たちが来る意味ってあるんですか?」

「……ああ」

言わんとすることは分かった。

詰まるところ、迷宮攻略が目的ならばローズ単騎で事足りるだろうという話だ。

確かに、彼女の魔法を詳しく知らない人間ならばそのような疑問を抱いても仕方ない。

「カティア様。これは恐らく師匠の魔法における唯一の弱点なのですが……」

「──迷宮攻略に恐ろしく向いてないんだよ。あたしの魔法、というか血統魔法がな」

エルメスの補足を、ローズが受け継いだ。

「……え?」

「だって考えてもみろよ、あたしの血統魔法。『空を飛ぶ』『光の雨』『なんかよくわからんがすごい攻撃』だぞ。最初二つは洞窟内で使えないにも程があるし、三つ目はあたし自身よくわからんすぎて制御が難しい」

「師匠、三つ目の言い方があんまり過ぎます」

「一回使ってみたことがあったんだがな、ちょっとミスって── 迷宮ごと(・・・・) 吹き飛んでしまった」

「ええ……」

そのとんでもエピソードはさておき、内容は理解できたし納得もできた。

「でも、あたしがいる以上迷宮の魔物に負けることは絶対にない。言わば保険だな。お前たちに基本の攻略は任せて、万が一手に負えなくなった時はあたしが何とかする。ユルゲンはそんな感じの算段だと思うぞ」

「なるほど……」

確かに、ローズがいるならばある程度のリスクは度外視して、かなり大胆な攻略を進めることが可能になるだろう。ある意味、いるだけでもこの上なく頼もしい存在ではあるのだ。

その辺りで、ユルゲンに無理やり派遣された件への不満は落ち着いたのだろう。

カティアが納得したのを見計らって……ローズはいつもの、何かを考えついた調子でこう告げてきた。

「……そうだな。せっかくだし、あたしはいっそ極力手を出さないことにしよう。基本は、お前たち二人で攻略してもらおうか」

「え!?」

「え、強化汎用魔法による援護もしてくださらないのですか?」

「ああ。これも修行だよ、お前の迷宮攻略も久々に見たいし、カティアの魔法も気になるし。……是非とも『二人』の攻略を、見せて欲しいな?」

「!」

言いながら、ローズはカティアに流し目を送る。

その視線に、今しがたの『二人』という言葉の強調。込められたメッセージを、そこでカティアは正確に読み取った。

──お前とエルの絆は、あたしとエルに比べてどうなのか見せてみろ、と。

昨日の出来事、そして昨夜たっぷりと聞かされた師弟の出来事。

極め付けに、この提案。

──彼女が挑発に乗るには、十分過ぎた。

「……分かりました」

「お?」

「見せてあげます。あなたの力を借りずとも、私と、エルだけで! 迷宮攻略くらいできるってことを!」

昨日から色々と積もっていたローズへの反抗心が表に出た様子で、彼女は息荒く宣言する。

「ほらエル、いくわよ!」

「え、あ、はい」

「はっはっは。何だユルゲン、この娘お前に似ず可愛いな」

意気揚々と乗り込むカティア、戸惑いながらもついていくエルメス、背後からおかしそうに見守るローズの順で足を踏み入れて。

色々と謎の思惑を宿したまま、久々の迷宮攻略が始まったのだった。