軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1話 魔女襲来

「──ようこそ、いらっしゃいました」

トラーキア家、正門にて。

家に勤める使用人の一人であり令嬢カティアの傍付きであるメイド、レイラが深々と頭を下げる。

その先に居るのは、フードを目深に被った人物だ。

全身を覆う鈍色のフードのせいで、人相は窺い知れない。体格や隙間より覗く口元から、辛うじて女性と分かる程度。

そんな如何にも訳ありの怪しげな人物を、しかしレイラは最大限の敬意を持って屋敷の中に案内する。

『彼女』から漂う底知れない気配に、微かな畏敬をも抱きつつ。

屋敷のホールでは、住人及び使用人が今回の客人を迎えるべく勢揃いしていた。

主人であるユルゲンよりそうするよう言われていたし、実際『彼女』は本来そうするのが当然な立場だった人間だ。

皆が緊張と共に見守る中ついに扉が開かれ、フードの人物が屋敷の中に入ってくる。

レイラが扉を閉めるのを確認すると、その人物はようやくか、とでも言うように煩わしげな動作でフードに手をかけて。

一挙に、取り払う。

──その場の全員が、息を呑んだ。

微かに少女の面影を残す大きな青い瞳に、綺麗に通った鼻筋。この華やかな王都であっても誰もが振り向くほどの美貌。

豪奢な赤の長髪に、完璧な黄金比を保つ肢体を包むはシックな黒いドレス。真っ白な肌との対比が実に鮮やかだ。

皆が、問答無用で目を奪われるほどの美女。

その容姿に相応しく自信に満ちた表情で、『彼女』はゆっくりと自分を出迎えた人々を見渡す。

そして、その目線が使用人の一角。銀髪の少年を捉えた瞬間。

「エル────────ッ!!」

……先ほどまでの威厳は何処へやら。

ぱっ、と童女のように顔を可憐に輝かせたかと思うと、その少年の名を呼んで全速力で駆け寄り、真正面から飛びついた。

少年は驚きたたらを踏みつつも、どこか慣れた様子でその美女の抱擁を受け止める。

「エルだ、本当にエルだ! また会えて嬉しいぞ、というか本っ当に寂しかったんだからな! この一ヶ月、あたしがどんな思いで一人の夜を過ごしたきたと思って──!」

言いながらぎゅうぎゅうと全力で少年──エルメスを抱きしめ頭を撫で、挙げ句の果てには首筋に顔を押し付け始める彼女。

流石のエルメスもこれほどのスキンシップ、しかも先ほどとは打って変わって唖然とした表情でこちらを見ておられるトラーキア家の皆さんの前では羞恥に頬が熱くなるのを感じる。

でも、それ以上に。

エルメス自身、一月ぶりに感じる彼女の温もりに懐かしさを感じているのは事実だったし。

だから彼は、軽く彼女に抱擁を返し。

苦笑と共に万感の思いを込めて、彼女──魔女ローズへと穏やかに告げたのだった。

「……お久しぶりです、師匠」

経緯はこうだ。

あのパーティーを発端とし、ここ数週間対立していたアスターとの争いが紆余曲折あって終息し。

エルメスが学園に通い始める、つまり休みが終わって後期の授業が始まるまではそれなりに暇となったエルメス達。

真面目なカティアはその時間を以前と同じように魔物退治や迷宮攻略に充てようとして、エルメスとともに父ユルゲンに依頼がないか聞きに行った。

それを聞いたユルゲンは、しばし考える素振りを見せてからこう言ったのだ。

「そうか、時間があるなら……エルメス君、一ついいかい?」

「? なんでしょう?」

「いやね、正直もうカティアも知っているみたいだし、私たちに隠す必要はないだろうから言ってしまうんだけど──」

ユルゲンにしては珍しく、微かな郷愁と期待を滲ませた声で。

「──ローズを、ここに呼ぶことってできるかい?」

曰く、「流石にローズの秘蔵っ子をなんの断りもなくうちで匿うのは色々と怖い」らしい。

元より落ち着いたら何かしらの方法で挨拶はしたかったそうだ。「お宅のお子さん預かってます」と。

そして子供達の時間が空いているのならこれ幸い、いっそのこと家に呼んで、カティアを始めトラーキア家の一同にエルメスの親代わりの人物を知ってもらおうと言うことらしい。

問題は王都嫌いのローズが素直に来てくれるのかどうかだったが、意外にも手紙を送ったところ彼女は「エルに会えるならどこでも行くぞ!」と快諾。

一応は彼女の悪名を考慮して、姿を隠した状態でここまで来てもらって今に至る、というわけだ。

かくして、ローズが現在ここに居るわけだが。

「うあー、エルの匂いだ……落ち着く……」

「あの、師匠。くすぐったいし恥ずかしいです。後せめて最初の挨拶までは威厳を保って欲しかったです」

「永遠にこうしていられるわー……」

「流石に怖いです。とりあえず一旦離れていただけると……」

「無理、離れられん。体が動かない──よもやエルお前、『 魅了(チャーム) 』系統の魔法を使っているのか……?」

「魔法としては面白そうですが生憎心当たりがありません。とにかく……」

例えるならあれだ。

自室で猫や犬を人には見せられない感じに可愛がる人を思い浮かべて欲しい。

それを彼女はこのトラーキア家全員の衆目の中行っている、そう考えていただければ大体合っている。

「……だってなぁ。本当にすっごい寂しかったんだぞ?」

それでも色々と話が進まないので一旦引き剥がそうとするエルメスだったが、彼女は顔だけを離してエルメスに上目遣いを向ける。

「5年間一緒に暮らして可愛がってた子が家を出て一人っきりだぞ? あたしじゃなくてもこうなるわ。これくらいは許してくれよ……」

「……そういうものだと、伝聞には聞きますが」

そう語る彼女の顔は、今の言葉が混じりっけのない本心だと雄弁に語っている。

……それほどまでに可愛がってもらったことは、エルメスにとっては紛れもなくありがたいことでもあって。

「……時間はありますから、後でならいくらでも。とりあえず今はご挨拶を」

「……わかった」

多分甘いんだろうなぁと思いつつそう促す。ローズも素直に頷いてようやく密着状態は解除してくれた。

これではどちらが保護者か分からないと思うが、ともかくこれで挨拶のやり直しを──と考え、正面を向き。

「……な……な……っ」

──こちらを青ざめた顔で見ているカティアと、ばっちり目が合ってしまった。

「あ、その、これは」

まずい。生真面目な彼女のことだ、流石にこれははしたなすぎると怒られてしまうのだろうか。

そう思って身構えるエルメスだったが……続いてカティアが放った言葉は。

「──誰、その人!?」

「……え?」

予想外のものだった。

誰も何も、誰がくるかはここに居る全員が知らされているはずなのだが。

「誰って……ローズ様です、僕のお師匠様」

「いや、そんなわけがないでしょう! え、だって、まさかそんな──」

そして彼女は、これが一番重要と言わんばかりの大声で。

「──こんな若くて綺麗な人だなんて、聞いてないわよ!?」

「……あ」

ようやく理解した。そして忘れていた。

「だってそのローズ──ローゼリア様ってお父様と同い年の方よね!? 若作りにしても限度があるわよ、あり得るわけが──」

5年間過ごすうちに慣れきって、説明するのを忘れていたのだ。……彼自身未だ理由を聞かされていない、彼女のこの肉体年齢の不一致に。

見れば、周りの使用人も同様の疑問を持っていたようでカティアの指摘に頷いている。

そのまま、想像以上の狼狽えようを見せるカティア。それを見てどう説明するか迷うエルメスの後ろから、にゅっとローズの顔が伸びてきた。

「なぁエル。この可愛い子ってあれか、ユルゲンの子供か?」

「あ、はい。カティア様です。現在の僕の主人ですね」

「あの、時々話してた幼馴染の子だよな。王子との婚約で引き剥がされたって言う……へぇー、ふーん、ほぉー」

そしてローズはエルメスとカティアを交互に見やり。

最後にカティアの表情──戸惑いと、動揺と──敵愾心。

エルメスに(・・・・・) 背後から(・・・・) 密着する(・・・・) 自分に(・・・) 敵意を(・・・) 向ける(・・・) 、カティアを見て。

「……なるほどぉー」

嫌な予感をエルメスは感じ取った。

その予感に違わず、と言うべきか。

にまぁ、と彼女は愉快げに美貌を笑みの形に変えて、エルメスを更に自分の方へと抱き寄せる。

「──!」

ローズの予想通り、さらに眦が吊り上がるカティア。そのまま彼女は何事かを叫ぼうとしたが、その時。

「……相変わらずだね、ローズ」

涼やかな声が、空気を遮る。

こつこつと歩み寄ってきたのは、呆れたような表情をローズに向けるトラーキア家当主だ。

「まぁ、元気そうで何よりだよ」

「おお、ユルゲン! 久しぶりだな! 何だ、開口一番『老けたな』って言ってやろうと思ってたのにあんまり老けてないじゃないか!」

「光栄──と言いたいところだけど、君に言われると複雑だね。……本当にどうしたんだいそれ。まあ、君のことだから今更驚きはしないけれど」

どうやら彼は多少ローズの破天荒ぶりに耐性があったらしく、そう告げる。

とは言っても周りと同様あまりの外見の不変に硬直していたユルゲンは、気を取り直すように咳払いをすると。

「詳しい話は後で聞くとして。──とりあえず、ようこそトラーキア家へ。昔のように王族待遇とまではいかないけれど、客人として歓待させてもらうよ。何かあったらいつでも言ってくれ」

「お、そうか。じゃあ早速一つ良いか?」

「え? あ、ああ」

あまりにテンポの良い要請に若干戸惑いつつもユルゲンが先を促す。

「客人ってことなら、一応客室と使用人くらいはつけてくれるんだろ?」

「それはもちろん──ってああ、そう言うことか」

「さすが、頭の回転は早いな」

既に言わんとすることを察したユルゲンに対して、ローズは悪戯げに微笑むと。

「この子──エルをあたしの使用人につけてくれ。昔みたいに四六時中世話してもらうつもりだからさ!」

「な──!!」

叫び声を上げるカティア、なんとも微妙な表情を向けるユルゲン。

そして愉快そうな表情を見せるローズを見やって、エルメスは思う。

……ああ、多分普通の生活にはならなさそうだな、と。