軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49話 魔法生物

突如として現れた幻想種の魔物、 獄界の獣遣(ケルベロス) 。

この相手に対し、三人の取った戦術はシンプルだ。

エルメスが前衛、サラが中衛、カティアが後衛。

まずは近接戦闘能力の高いエルメスが前でケルベロスの攻撃を引き受け。

続いてカティアが戦況を把握しつつ、『 救世の冥界(ソテイラ・トリウィア) 』による幽霊兵でケルベロスを撹乱する。

サラはサポート役。『 精霊の帳(テウル・ギア) 』と『 星の花冠(アルス・パウリナ) 』を使い分け、ケルベロスの強力な攻撃を防ぎつつ負傷時の保険として援護を行う。

そしてエルメスが、二人が作った隙に恐らく唯一の有効打である『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』をひたすら叩き込む。

これで押し切れればエルメスたちの勝ち、できずに誰かが落ちれば負けだ。

攻撃手段が限られている以上、これが唯一にして最善の陣形。

そんな判断の元で始まった戦いは──

「く……っ」

「っ」

「だめ……っ」

──当然のように、エルメスたちの劣勢だった。

三人は当然全力を出している。連携も問題ない、むしろ即興の 三人一組(スリーマンセル) とは思えないほど意思の疎通も呼吸の合致もできているのだ。

ただ。エルメスが攻撃をいなし、カティアが撹乱し、サラが防いでもなお──

「隙が、できない……!」

ようやく、かろうじて拮抗できているか、というくらいなのだ。

攻撃を貰わないので精一杯、大技を撃ち込む隙などあろうはずもない。

どうにかして死角に潜り込もうともしてみたが、即座に断念した。

何故なら──ケルベロスには頭が三つある。

この三つが連動し、互いの死角をカバーすることによってただでさえ完璧な立ち回りが尚更隙のないものに変貌している。

加えて、この魔物は先ほどから、エルメスしか狙っていない。

分かっている、気づいているのだ。自分に有効な一撃を与えられるのがエルメスだけだということに。

故に、エルメスを防御で手一杯にさせている内は負け筋が存在しないと判断し、実際その狙いは功を奏している。本能的に感じ取ったのか、あるいは計算か。どちらにせよ脅威で、恐ろしく頭の回る魔物だ。

アスターを一撃で戦闘不能にした前脚が迫ってきた。

「ッ──」

凄まじい速度、このままでは避けられない。

そう瞬時に判断したエルメスは、即座に魔弾を生成して左脚に付与。爆発的な推進力を借りてどうにか有効範囲から離脱。

それでも、爪の先が微かに頬を掠めてまた冷や汗が流れる。

極め付けは、これだ。

魔銘解放の一撃ですら無傷な肉体の防御力、そして高度な知性。

加えて何よりこの魔物──ただただ単純に、 身体能力が(・・・・・) 桁外れに高い(・・・・・・) 。

サラの防御やカティアの撹乱があって尚、エルメスも『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』を応用した高速機動を駆使しなければとても躱しきれない。恐らくこの魔物、極端に肉体の性能に特化した個体なのだろう。

これが『幻想種』、魔物の頂点に立つ存在。

その凄まじい性能にエルメスたちは防戦一方。大技を撃つ暇などなく、こちらの魔力だけが一方的に削られていく──

(……落ち着け)

焦りを押し込めて、猛攻の空隙に一呼吸を入れる。

軽くサポートの二人を見ると、どちらもエルメス同様落ち着いて彼を見ていた。

自分たちの勝利を、まだ信じてくれている目だ。

ありがたい。

もう一度、眼前のケルベロスを見やる。

恐ろしい魔物だ。幻想種に相応しい能力を余すところなく駆使し、おまけに知恵も働かせてこちらの勝機を潰してくる。

だが──

「……頭を使うのは、こちらの得意分野なので」

宣言と共に、攻防が再開する。

その内容は先ほどと同じだ。ケルベロスの猛攻を、どうにか捌くエルメスたち。だがそれがしばらく続いた、ある瞬間。

「……いける」

突如。エルメスがそう呟いたかと思うと、背後の魔弾を一斉に消失させて。

「【 天地(あめつち) 全てを見晴るかす 瞳は泉に 頭顱(とうろ) は贄に 我が位階こそ頂と知れ】」

唄う。ケルベロスにダメージを与えられる唯一の魔法を。

魔力の高まりを感じてか、ケルベロスが先刻以上の勢いでエルメスを攻め立ててきた。

血統魔法は極めて高度な魔法だ。複数の血統魔法を扱えるエルメスだが、複数の血統魔法を『同時に』扱うことは現時点では不可能。

よって、今この瞬間彼は『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』を使えない。魔弾による高速移動を封じられた彼に、ケルベロスの攻勢を防ぐ手立てはない──

──のは、あくまでこの瞬間までの話だ。

「ウォ!?」

ケルベロスが、何処か驚愕に似た鳴き声を上げる。

無理もない。先ほどまでより明らかに動きの遅くなったエルメスが、ケルベロスの攻撃を全て紙一重、最小限の動きで躱し切ったのだから。

そして。

「術式再演──『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』!」

光の雨が、直撃する。

悲鳴を轟かせるケルベロス。最初の一発を除けばようやく、まともな一撃を入れることができた。

「──エル!」

攻撃が成功したのを確認して、カティアが声をかけてきた。

「……いけるのね?」

「ええ、お待たせいたしました」

エルメスがしたことを見抜いて問いかける彼女に、彼も頷いて答える。

「奴の攻撃は、見切りました。ここから反撃です」

「ウォオオオオオオン!!」

一撃を喰らった怒りからか、ケルベロスが甲高い吠え声と共に突撃を再開してきた。

それをエルメスは今と同じく──『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』を使わずに躱していく。

ケルベロスが驚愕する気配が伝わってきた。

当然、エルメスの機動力自体は先ほどまでと比べて極端に低下している。

それでも攻撃を躱せているのは、今しがた彼が述べた通り『見切った』からだ。

今までの行動を通して彼の中に蓄積された、ケルベロスの動きのパターン。それを元に次の行動を仔細に予測し、対応し、時には誘導さえして攻撃の範囲外に的確に逃れる。

対象を観察し、解析し、適切な対応策を打ち出して取り入れることで改善する。

それはまさしく、彼が今まで魔法でやってきたこと。エルメスの 十八番(おはこ) だ。

動きが追いつかないのなら、予測すれば良い。

見てから反応できないのであれば、見るより前に避けておけば良い。

いずれ当たってしまうのならば、相手の方を誘導して未来を捻じ曲げれば良い。

頭を使うことで自分たちを上回ろうなど──甘く見ないで欲しいものだ。

「オオオオオオ!!」

エルメスの放つ『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』が次々とケルベロスに直撃する。

だが、彼の最強の魔法を以てしても、規格外の肉体強度を誇るケルベロスに与えられるダメージは微々たるもの。

故に、これでようやく互角。ここからは削り合いだ。

向こうの体力が尽きて倒れるのが先か。

或いはこちらの魔力か集中力が尽きて、致命の一撃をもらうのが先か。

当然、負けるつもりはない。何故なら地道な進歩の積み重ねも、エルメスの得意分野であるからだ。

気合を入れ直し、更に魔法の回転率を上げるべく集中し。

先ほど以上の光線を叩き込むべく手を振り上げた──その時だった。

「!」

ケルベロスが、後ろに下がった。

戦いが始まって初の行動。だが──それは、こちらに有利になるだけだ。

そこはまだ全然『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』の射程だ。むしろ向こうが攻撃に来ないのならば当て放題になるだけ。

好機と捉え、けれど警戒は怠らず。魔法の照準を修正して手を振り下ろそうとしたエルメスの前で。

「──ォオオ×××××──────ン」

ケルベロスが、哭いた。

鳴き声の発生源は、真ん中の白銀の瞳をした一頭。

今までの声とは違う。どこか不思議で、不気味な響きを感じさせる不協和音。

そんな予感を証明するかのように、その一頭の周りに銀色の光が現れて、体に降り注ぎ。

──ケルベロスがこれまで負った傷が、全て塞がった。

「…………え」

あまりに。

あまりに明確で残酷な──絶望の光景だった。

これまで必死の思いで撃ち込んだ数十発の光がもたらした戦果が。紛れもない勝利に近づく証だったケルベロスの傷が。

跡形も無く治癒して。目に入るのは戦う前と同じ、畏れを抱くほどに美しい漆黒の毛並み。

「ッ──『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』!」

エルメスの判断は素早かった。

ならばその暇を与えない。これ以降絶え間なく撃ち込んで回復させることなく削り切る。

そんな思考によって放たれた、これまでで最大の光の雨。

だが。

「──ゥオオ◇◇◇◇◇ンン────」

続いて哭いたのは、右側の灼銅の瞳を持つ一頭。

それと同時に頭上に赤い半透明の壁が展開され。

光の雨を、余す所無く防ぎ切った。

「──」

「……うそ」

「そんな──」

この結果には、これまで勝利を信じてきたカティアとサラも青ざめざるを得なくて。

エルメスでさえ、冗談のような光景に一瞬思考が空白になった。

そして、そんな三人の前で。

最後の一頭。黄金の瞳を持つ左側の頭が、口を開けて。

──魔物は魔法生物。優れた魔物の個体は、独自の魔法を用いることもある。

迷宮で多くの魔物を見てきたエルメスにとっては今更の常識だ。

故に当然、このケルベロスが魔法を用いることも可能性として想定はしていた。

だが、戦術面で考慮に入れることはなかった。

何故か。

もしそうなら(・・・・・・) 、 絶対に勝てないからだ(・・・・・・・・・・) 。

素の身体能力でさえこれほど自分たちを圧倒したこの魔物が、加えて強力な魔法までも駆使してこようものなら。

もうその時点でどう足掻いても、自分たちの勝ち目はゼロになると分かっていたからだ。

だから、敢えて無視した。

負けが確定する状況を想定してあれこれ気を揉むよりは、勝ち目のある状況で勝つ可能性を増やすことに思考を回した方が建設的。

そう考えて、『ケルベロスが魔法を使ってこない』という可能性にある意味でヤマを張り、賭けの下で分析と工夫を凝らしていたのだ。

そして今。

エルメスたちは大前提である賭けにも敗北し。

「──ァオオオ■■■■■────ン」

そんな彼らを嘲笑うように、哭いた最後の一頭の頭上で、凄まじい魔力が収束しながら昇っていき。

あたかもこれまで散々上から攻撃された意趣返しかのように、空高くでそれが弾けて。

── 黄金の天罰(いなずま) が、エルメスたちを包み込んだ。