軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

105話 王都にて

王都中央部、王宮より少し離れた地面の下。

薄暗く静謐な気配の漂う独房にて、かつかつと足音が響く。

音に反応して、顔を上げる牢の中の人影。その前で足を止め、見下ろすもう一つの人影が……声を発した。

「よぉ、王サマ」

中の人影──国王フリードが瞠目する。

その様子を見て、もう一つの人影──ラプラスが、愉快そうに口を歪め。

「ラプラス……貴様が戻って来たということは、まさか」

「さっすが腐っても国王、相応に頭は回るね。……そして、あんたの予想通り」

静かに、けれど叩きつけるように、告げる。

「──あんたが意地でも在処を吐かなかったエスティアマグナ。

ちゃーんと手に入れて、戻ってきたぜ」

これまで何もできず捕まっていた国王が、唯一できた抵抗の手段。

それが、今この瞬間。全て無に帰したという宣言を。

「そん……な……いつだ、いつ……」

「戻ってきたのはつい昨日。そっからすぐにボスは『慣らし』を始めてるから……まぁ多めに見積もっても後一週間ってところだろ」

残り一週間。

それが何のリミットを指すかということは……エスティアマグナの正体も、それがクロノの手に渡ることの意味も、全て知っている国王は、完璧に理解してしまい。

呻くように、告げる。

「…………、終わり、か」

無理だ、と悟ってしまった。

一週間。そんな短時間で現在王都に起こりつつある異変を悟り、王都に残存する貴族をまとめ上げて、この脅威に対応する。そんな真似ができる実務能力と戦闘力、更にカリスマを兼ね備えた貴族など──国王の知る中には存在するわけがなかった。

「……」

項垂れるフリード。その様子を、ラプラスは冷めた目で一瞥し。

「……王サマ。俺は一応さ、あんたのことは評価してたよ」

「!」

「多分、能力的には歴代国王の中でも相当上位に位置するんじゃないか? 持ってる魔法も上等、実務能力もかなり高く、この国の中じゃ最上位クラスの政治的視野も持ち合わせてはいた」

続けて紡がれるのは、意外にもフリードに対するかなりの高評価。実際それは相当に的を射ていると言ってよかっただろう。

そんな国王が居ながら、なぜこうなったのか。

その理由を──続けて端的に、ラプラスは述べた。

「──ただ、圧倒的に運と時期が悪過ぎた」

「っ」

「あの『空の魔女』の後釜なんて王の中でも更に身に余る大役を押し付けられ。直属の貴族連中に真っ当な奴らは一人も残っておらず。子供たちは軒並み能力か人格のどちらかに大きく欠如しており。それだけならまだ辛うじて何とかなったんだろうが……

──よりにもよって、同時期に俺たちの暗躍が始まって。おまけに『あんなもの』まで相手しなきゃいけなかった。そりゃあ無理だよ、内政や王子王女の教育にまで手が回るわけねぇって。どうにかできるのはそれこそあの魔女サンみたいな規格外くらいだ」

紡がれるのは、労うような言葉。

けれど、フリードは気付いていた。

「……そう言ってくれる割には、随分と興味の無さげな口調だな」

「ん? あーそりゃそうだろ、だってもう興味ねぇもん」

そんな指摘に対して、ラプラスはこれも端的に答える。

「あんただけじゃねぇよ。俺は元々…… あらゆる(・・・・) ことに(・・・) 対して(・・・) 興味や(・・・) 感情が(・・・) 希薄な(・・・) クチでさ。こうやってわざわざべらべら喋ってんのも──喋り続けてねぇと悪意すらうっかり忘れてしまいそうになるからで」

「な──」

「いやーほんとこのせいで色々言われたよ。『調子乗ってる』『粋がるな』『生意気』とかとかさぁ。せっかく貴族っぽい所作も頑張って身に付けたのに何度適当に殺してやろうかと思ったか分かんないくらいだ」

ラプラスに告げられた……何処か聞き覚えのある、その性質。

そして、そんな性質を持ちながらクロノに協力していた──協力すると決めたこと。

ラプラスという人間が、ぼやりとだが見えてきた……が。

それでも、やはり。全ては後の祭りなのだ。

「せめて、真っ当に刃向かってきてくれる奴が何人かいればやる気も出るんだけど……ほぼ勝ち確となった今となっては正直モチベの低下がヤバい。そういう訳で王サマ、もう心が折れちまったあんたにも興味はないが……まぁ最後に一言だけ」

宣言通り、一切の躊躇なく立ち上がり。去りゆく中、まさしく最後の目線を向けると。

「── そこで心が折れちまう(・・・・・・・・・・) 。その時点でもう、あんたに王様の資格は無かったと思うぜ」

それだけを、言い残し。

それ以降は項垂れるフリードに対し、一瞥すらせずにその場を去ったのだった。

独房を出ると、意外な人物に出会った。

「……お前か、トラーキア」

「国王陛下は?」

「ありゃだめだ、完全に折れてる。まだやる気があるならもっとましな使い道もあったが、ああなっちゃもう適当なタイミングで見せしめにするくらいしかねぇな」

「そうかい。まあ、予想通りではあるかな」

ユルゲン・フォン・トラーキア。

第三王女派閥を裏切って組織についた男が、ラプラスと対面する。そのままラプラスは、胡乱げな瞳をユルゲンに向けて。

「……一応言っとくと。俺、あんたのことはまだ完全には信用してねぇから」

「だろうね」

「だろー? 一番疑わしかったのはあの『空の魔女』の件だ。奴だけは来ないようあんたが何とかする手筈じゃなかったのかよ」

「それに関しては申し訳ない。ただ、私はやれる限りのことをやったよ。その上で、彼女を制御できる人間などいなかったというだけの話だ」

「そうですかい。……ま、あんたの力は計画の仕上げに必要だ。それに関しての全面協力だけは約束してくれるんだろうな?」

「勿論。つい先ほどクロノ殿から改めて計画の最後を聞いたが──」

そこで会話を区切り、ユルゲンは独房から出た地上より、王都を見据えると。

「王都を、そして王都に住まう貴族たちを『あんなこと』にする計画に、私が関われる。

ああ、それは── 想像するだに(・・・・・・) 愉しそうだ(・・・・・) 」

「──ハッ」

その表情を見てラプラスは笑い、同時に確信する。

こいつ自身は、今ひとつ信用できない。

だが…… こいつの憎悪(・・・・・・) は一片の疑いもなく信用できる。

クロノもその辺りを見込んでスカウトしただろうし、それが分かればもう自分から言うことはないだろう。

故に、話を切り替え。もう一つ気になっていることを問いかける。

「第三王女派はどうなってる?」

「それがね……先日、『貴族たちをまとめて王都に出発した』との情報が入った」

「……へぇ?」

すると、随分と興味深い返答が。

「あんたの見立てじゃ、今の第三王女派の面々にあのクソ貴族どもをまとめるのは不可能だって話じゃなかったか?」

「第三王女派、だけなら間違いなくそうだっただろうね。……だから、『他の人材』を使ったと見るのが正しいだろう。流石に彼女たち以外は私の管轄外、むざむざ逃した教皇猊下に文句は言って欲しい」

「……あー了解、大体分かった。第二王女がなんかしたな?」

詳しい手法までには流石に思い至らなかったが、起こった大体のことは僅かな情報から手早く推理するラプラス。

「……流石に、何もかも思い通りで計画通り、ってわけにゃいかないねぇ」

「そう言う割には楽しそうだけれど」

「うっせぇ殺すぞ。……ついでに聞こうか、その第三王女派がこの王都まで辿り着けると思うか?」

「──無理だろうね」

返答に、躊躇いはなかった。

そう断言する根拠についても、ラプラスはこの上なく心当たりがあった。

「まず王都に着く前に空中分解してもおかしくないし、王都に向かう途中でも組織の人間が足止め兼哨戒要員として配置されている。そして──」

その、心当たりについて。

二人がそれぞれ、端的に口にした。

「──王都の前には、『奴』が居る」

「あれなぁ、確かに。……あいつは下手すると、俺より強ぇ」

続けて、ラプラスが微苦笑を浮かべる。

「いや、色々と納得したよ。今の王サマ、絶対無能ではないはずなのになんであそこまで国の内側のことほったらかしにしてたのか。

……あんなのと、実質単独で渡り合わないといけなかったと考えりゃ、そりゃあ内側が疎かになるってもんだ」

あの、怪物。

これまで(・・・・) 国王が(・・・) 抑え(・・) 込んで(・・・) いたはずの(・・・・・) 、完全なる 異常存在(イレギュラー) 。

「そういう意味じゃ、こっちは運が良かった。『あいつ』の牙っつーか興味関心がこっちに向いたら面倒だったが、うまく誘導して他んとことの潰し合いに持っていけたしな」

「その辺りは、君の手腕に感謝だね。……ともあれ、奴のおかげで今は国内の貴族も下手には外に出られない。……あそこに向かっているだろう第三王女派閥も、十中八九蹴散らされて終わるだろう」

「『空の魔女』が参戦してようやく、どうにか五分に戻せるかってところだからな。……仮に何とかできたとしても、余力は残っちゃいないだろ」

つまり、どう足掻いても第三王女派閥がこの王都まで辿り着くことはない。ユルゲンの見立てに、理屈の面では完全に賛成だ。

(──でも)

と、考えてしまうのが自分の悪い癖なのだろう。

彼は生来、あらゆることに対して興味が薄い。唯一心からの関心と理念を持って協力を約束したクロノとの件も、計画が予定通り成就する寸前となれば流石にやる気もだだ下がりだ。

無論、計画は全力を賭して成就させるつもりだ。クロノへの忠義は本物だし、絶対にやるべきことまでサボるつもりは毛頭なく、最終的には自分達が勝つ気も満々。

だが── そこまでの(・・・・・) 過程は(・・・) 盛り上がって(・・・・・・) いるほど(・・・・) 良い(・・) 。

(……さぁて、どうなるかね)

退屈と、期待と、忠誠心と──僅かな好奇心。

計画の成就を前にして、彼の希薄な心の中にもさまざまなものが渦巻いていることを自覚しながら……ラプラスは、引き続きなすべき事をなすべく王都の闇へと消えていくのだった。