軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21話 怒り

恐ろしく冷たい目線で自分を見るエルメスに、アスターは食ってかかる。

その勢いのまま何事かを捲し立てようとしたが──その時、彼の形の良い眉が疑問に歪み。

「……? その顔……その髪と目の色……もしや……」

訝しげに呟いてこちらに近づいたかと思うと、エルメスの前に立ち止まって聞いてきた。

「おい貴様。名を何と言う」

「……エルメスですが」

「エルメス……? ッ! まさかとは思ったが貴様、やはり元フレンブリード家のエルメスか!」

おや、と思う。

意外だった。

確かにエルメスを実家から追放した最終要因はアスターだが、アスターとエルメスにこれまで直接の面識はない。

彼にとっては顔も見る価値のない人間、自らの傘下に入る家についていたゴミを払った程度の認識と思っていたのだが。

「……ふ……」

そんな彼の予想とは裏腹にエルメスのことを覚えていたアスターは。

「ふ、はははははははは!」

何を思ったか、高らかに笑い出した。

「これは傑作だ! 欠陥令嬢が出来損ないを拾っていたか! なるほど、それならば俺に憎々しげな目線を向けるのも納得できる!」

「……」

「そして、これで尚更間違い無いだろう。貴族たちよ!」

そのままエルメスに背を向けて、成り行きを見守っていた貴族たちに言い放つ。

「この銀髪の男エルメスはな、かつての名門フレンブリード家に生まれながら血統魔法を受け継がなかった出来損ないだ!」

「エルメス!? 聞いたことがある、神童と呼ばれるほどの魔力を持ちながら無適性だったと……!」

「使用人になっていたのか……道理だ、血統魔法を持たぬゴミが貴族であれる訳がないからな」

彼のことを覚えていた貴族も多かったようで、すぐに騒ぎになる。

「欠陥令嬢のカティアが急に血統魔法など扱えるわけがない! つまり── 此奴らは何らかの(・・・・・・・・) 外法に手を染めている(・・・・・・・・・・) !」

「な──」

「かつて俺の判断で侯爵家から追放されたエルメス、そして俺に婚約破棄を受けたカティア! 奴らは俺の公正な判断を醜くも逆恨みし、結託して悪魔に魂を売ってまで力を得ようとしたのだ! 間違いない!」

またも事実の捻じ曲げを行い、エルメスとカティアを徹底的に貶めようとするアスター。

「よもや、今回の魔物の襲撃もそちらの手引きではあるまいな? 公衆の面前で魔物を撃破し、更なる名声を得ようとしたのだろう!」

「ッ!? それは殿下の方でしょう! でなければなぜあんな早く──」

「は! なぜこの俺がそのような真似をせねばならん!」

あろうことか、魔物の件に至っては事実を丸ごとひっくり返そうとする始末。

当然エルメスと同じく仕込みに気づいていたカティアが指摘するが、アスターはある意味見事な返答を返す。

「他人の功を羨み、ありもしないことをでっち上げて足を引っ張ろうとする。典型的な醜い愚者の挙動だな」

「そうだ! 殿下に楯突こうなど不敬な!」

「アスター殿下は貴様らのような連中とは違うのだ!」

先ほどまでカティアを絶賛していた貴族たちも、残らずこちらを糾弾する側に回っていた。

この国の矛盾が、これを生み出した。

味方のいない状況。勝ち誇った表情でアスターが最後の言葉を吐く。

「さあ、もう分かっただろう! 兵士たちよ、こいつらを捕らえて──」

「お待ちを。殿下」

そこで、涼やかな声が別方向から響いた。

「……誰だ」

「ユルゲン・フォン・トラーキア。公爵家の当主です。お見知り置きは頂けているかと」

不機嫌そうなアスターの声にも構わず答えるは、カティアの父親ユルゲン。

彼はあくまで冷静に、アスターに指摘をした。

「アスター殿下。以前も申し上げましたが──いくら貴方様とは言え、罪状もなしに人を捕らえるのはお控え頂きたい」

「ふん。また法務大臣の権力を用いて娘の罪を揉み消しにきたか?」

「なんとでもとっていただいて結構です。しかし、罪状の無い逮捕は禁ず、これはれっきとしたこの国の法。我々が提案し──国王様が了承なさったこの国の決まりです。王族の方でも軽々に破れば混乱を招くでしょう」

国王。

この国で唯一、アスターよりも明確に立場が上の人間。

その名は多少なりとも効いたようで、アスターの勢いが止まる。

「先程殿下が捕らえさせたハートネット伯爵も、こちらの権限で釈放いたしました。決して娘だけを特別扱いしているのではございません。ですからどうかここは──」

「……ふん、もう良い。興が削がれた」

煩わしそうに手を振って、アスターがこちらに背を向ける。

「今日はカティアの功績が張りぼてであると分かっただけで十分だ。急がずともどうせすぐにボロを出す、その時まで待てば良いだけのこと。待つのも王の器量という神の思し召しだろう」

何事かを言いつつ歩くアスターだが、ふとユルゲンの方を振り向いて。

「……今日は命拾いしたな、だが覚悟しろ古狸。貴様の悪事の数々、いずれ俺が全て白日の元に晒してくれようぞ!」

「それは恐ろしい。そうならない日を祈るだけでございます」

飄々とした返しに、不機嫌そうに舌を打つアスター。

そのままアスターは去って行き、残されるのはパーティー開始時と真逆の視線に晒されるトラーキア家の者たち。

「……さてさて」

けれどそんな中、呟くのは当主のユルゲン。

「『命拾いした』のは果たしてどちらでしょうかね、殿下。目の前の古狸めに気を取られ、銀虎の尾を踏んだことはお気づきにならなかったようだ」

ユルゲンは、彼にしては珍しく一筋の冷や汗を流しながら横に視線をやる。

「……え、エル……」

そこには、先程以上に。

冷ややかで、落ち着いているとも言えるほど静かな──けれど圧倒的な。零下の激怒を内に押し込めたエルメスが佇んでいるのだった。

「申し訳ございません、お父様……」

「いや、構わないよ。あそこまで場が拗れてしまえば私の出番だ。権限とはこういう時のためにあるのだから」

結局あの後すぐパーティーは解散となった。

来る時とは打って変わって冷たい周りの視線を受けて公爵家に帰った三人。執務室でのカティアの謝罪にユルゲンは鷹揚に答えた。

「エルメス君は、殿下のことをどう思った?」

カティアの頭をあげさせ、ユルゲンは口数の少ないエルメスに問いかける。

彼は数秒沈黙していたが、やがて呟く。

「……くだらない、と思いました。師匠の気持ちが少しはわかった気がします」

ローズは、王都のことをひどく嫌っていた。そしてエルメスを王都に行かせたがらなかった。

そう思う心情が、今ならばよく分かる。

「へぇ。恐ろしい、とは思わなかったかい?」

「確かに魔法の威力は非常に高かったですね。が……あれも性能に頼った力押しです。技巧的には先日のエルドリッジ伯爵とさして変わらない」

恐らく、現時点の自分に彼の魔法に打ち勝てる魔法は存在しないだろう。

だが、あくまで現時点だ。

彼の魔法、『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』の効果は魔法の再現。血統魔法を解析し、取り込み、己のものにするたび 際限なく強くなる(・・・・・・・・) 魔法。

それを用いて、自分は──

「……アスター殿下を、魔法で上回ります。それで、殿下の間違いを証明したい」

魔法が全ての国家ならば、まずはその郷に従ってやろう。

彼らの価値観でもって彼らを上回り──あの王子様を、否定したい。

「そうして、今度は君がこの国を思いのままにするのかな」

「まさか」

ユルゲンの試すような問いに即答する。

あんな光景を見せられて、あれと同じになりたいなどと思うわけがない。

「僕はただ、知って欲しいだけです。……魔法は神様の贈り物で、それ以上どうしようもないものなんかじゃない。努力次第で誰にでも可能性があって、もっと自由で──そして、美しいものだってことを」

「エル……」

「うん」

彼の答えに、ユルゲンは満足そうに頷く。

「私もね、常々この国は血統魔法に比重を置きすぎだと思っていた。その価値観を壊してくれる人にならば、投資は惜しまないつもりだ。……だから差し当たっては、これだね」

ばさり、と執務室の机に何枚かの書類が広げられた。

「まずは、今日のパーティーで削られた評価を取り戻さないとね。他の家が持て余している魔物討伐の依頼や、誰の領地でもない野良の迷宮に関する仕事を優先的に回すから、君とカティアにはしばらくこれらをこなして欲しい」

「……なるほど」

今日のパーティーでアスターは、カティアの力を紛い物と言った。すぐにボロが出るだろうとも。

ならば、紛い物と思われないほどに活躍すれば良い。ボロなど出さなければ良い。

それを証明するための依頼の数々だろう。

「そうすれば、いくら殿下の言うことであっても疑う者が出てくるはずだ」

魔法でアスターを上回ると言っても、今すぐ王宮まで殴り込みに行くわけにはいかない。

彼らが変えたいのは価値観だ。まずはそこから否定していくのは理に叶っている。

「カティアも、それでいいかい?」

「はい、お父様」

最後に、これまで黙って話を聞いていたカティアにユルゲンが確認し、カティアも頷く。

「私も、今日のアスター殿下はやりすぎだと思ったもの。殿下があのような振る舞いを続けるのは、きっとこの国のためにならないわ。それに……」

「それに?」

「せっかく……私の、エルが強くしてくれた血統魔法を紛い物って言ったんだもの。それは撤回させるべきでしょう」

むすっ、と可愛らしく頬を膨らませ、『私の』の部分は非常に小さな声で告げられたその言葉に。

エルメスは若干意味がわかっていなさそうな表情を、ユルゲンは曖昧な苦笑をそれぞれ返したのだった。

ともあれ、こうして。

今日一日だけで嫌と言うほど分かった、どうあっても自分たちの障害となる存在。

第二王子アスターとの戦いが、始まったのだった。