軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

65話 教皇

教皇。

王家の親類縁者が務める、教会の大司教の暴走を止めるための上の役職。

当然、大司教と仲が良いわけはなく。代々何かしらの形でやりあってきた歴史を持つ。

……だがその割に、今代の教皇は比較的大人しく。大司教の申し出も何も言わず受け入れることが多かった──

──だが。

アスターが没落し王位継承権が浮いてから、その態度は豹変した。

これまでほとんど傀儡だった態度があたかも仮初のものであるとでも言うかのように大司教の意見を突っぱね、己の意思を部下を通じて突きつけるようになった。

結果、大司教達との軋轢は急速に強くなり。今回の 政権簒奪(クーデター) をきっかけに分裂するようになった、という経緯らしい。

そんな教皇が……

「……ライラ殿下の、お母様」

「──呼ぶ時は『オルテシア猊下』と呼びなさい。殿下、と呼ばれることをお母様は嫌うから」

さらりと名を明かした教皇の居場所まで案内を続けつつ、ライラは告げる。

それにしても。教会のトップ、教皇がライラの母親とは。

エルメスは知らなかったが──他の人間はどうだったのだろう、と自分以外の第三王女派の面々を見渡す。

「…………」

……大体のことは顔を見れば分かった。

少なくともユルゲン、サラやリリアーナ等王家、教会に近しい人間は知っていたものの口に出す機会がなかった、と言ったところか。

まぁ、仮にいつ知っても変わらないと言われればその通りだが。

誰も……特にユルゲンが。 敢えて(・・・) 言わなかった(・・・・・・) ──そこに何か理由があるのだろうか。

そんなことを考えつつ歩いていると……

「ついたわよ」

ライラの言葉と共に、一同が立ち止まり。一際大きな扉が開かれ、案内に従って部屋の中央まで歩み出る。

そうしてしばらく待つと……しゃらりと。静かな衣擦れの音とともに、奥の方から歩み出てくる人影が一つ。

そうして現れた人物を、全員が見やる。

……真っ先に目に入るのは、ボリュームのある深い紺色の髪。

目鼻立ちはやや切れ長で、ライラの母親であるという年齢相応の特徴は刻まれているものの──十分以上に美人、と呼べる範囲だろう。

身を包むのは王族に相応しい豪奢なドレス。これも年齢にしては相当に派手な方だが、全くの違和感なく着こなしている。

──これが。

ライラの母親であり……現教皇、オルテシア。

(……なんと、言うか)

それを見て、エルメスは感慨を抱く。

以前、王城謁見の間で。国王に抱いたものと同じ感慨を。

(思った以上に──普通、だ)

……しかし。

そんな彼の思考を、感じ取ったのか否か。

教皇オルテシアの薄紫の瞳が、静かにエルメスを捕らえ──

(──ッッ!!)

── 即座に(・・・) 、 先ほどまでの(・・・・・・) 感想を翻した(・・・・・・) 。

「エル……?」

彼の気配の豹変に気付いて、カティアが声をかけようとするが。それに構わず……どこか気怠げに座に腰掛けた教皇が口を開いた。

「……初めましての人は初めまして……ね。一応自己紹介しようかしら……ユースティア王国、第二王妃……まぁ明日にも、その肩書きがなくならないとも限らないのだけれど。

……そして、教皇、オルテシアよ」

……全体的に。

口調、態度、雰囲気と言い……どことなく退廃的な気配を漂わせる女性だ。

一同に困惑が満ちる。

当然だ。ここまでで聞かされた教皇の所業を見る限り──もっと覇気に満ちた人物かと思っていたのだが。本当に、この女性が大司教との全面対立を決定した人物なのか。

戸惑う第三王女派にこれも構わず……教皇オルテシアが続ける。

「……何を話そうかしら……とは言っても、大まかなことはもうライラから聞いているとは思うのだけれど。そうよね?」

「え……は、はい! お母様!」

「……一応ここは謁見の場よ。教皇猊下……と呼びなさい。……まぁいいけど」

慌ててのライラの無礼にも、特段気にした素振りもなくオルテシアは告げる。それは、娘に甘いというよりはむしろ……

「──では猊下。何故今回、我々をこの場にお呼びになったのですか?」

そこで。戸惑う一同の雰囲気を締めるように、ユルゲンが凛とした声で問いかけた。

問いを受けたオルテシアは、静かに目を細めて。

「……トラーキア……あなたは昔から賢しいわね。……ええ、そうだったわ。ライラからこちらの申し出は聞いている以上……改めて言うことはないのだけれど」

ゆったりと、告げてくる。

「一つだけ……直接、聞きたいことがあったのよ。

──ねぇ、そこの銀髪の坊や?」

「! ……何でしょう、オルテシア猊下」

教皇を見てから、どこか緊張した様子のエルメスに矛先を向けた。エルメスは思わず肩を跳ねさせつつも静かに問い返す。

「見たところ……あなたが、この場で一番強い魔法使いよね?

……じゃあ、大司教ヨハンを倒したのはあなた?」

「──直接決着を付けたのは、別のお方ですが」

何とも言い難い質問。彼の性格であれば『最大の功労者は僕ではない』と言ってもおかしくはないが……ここは。

とある懸念から、エルメスは敢えてこう告げる。

「はい。総合的には、僕が打倒したと言っても間違いはないかと」

「……そう。……じゃあ、まずは感謝するべきね。あの──この上なくにっくき大司教を倒してくれてとても助かったわ。……それで、一つ聞きたいのだけれど」

それを受けた上で。オルテシアが、核心に踏み込む。

「──どんな気持ちだった?」

「……え?」

「大司教ヨハン。あの性悪説の怪物を、どう感じて、何を思って打倒したか……それだけ、少し気になったわ。だから、聞かせて欲しいの」

「……」

……問いの意味は、よく分からなかったが。

誤魔化せるような場ではないと即座に察したエルメスは、しばしの沈黙を挟んで口を開く。

「……大司教ヨハンは」

「ええ」

「恐ろしい、存在でした。あらゆる想いを無価値だと断じ、悪意のみを拠り所にして暗黒郷を作り上げることに腐心する怪物。

──そして、だからこそ」

顔を上げ、静かに言い切る。

「──あれだけは。倒さなければならない、と感じました。

……想いは、決して。踏み躙られるべきものでも、否定されるべきものではないはずだから」

「……そう」

魔法使いとして。創成魔法の使い手として。

確かな信念を乗せての台詞に……教皇オルテシアは、ほんの僅かに微笑んで。

続いて……このような言葉を発する。

「良いわね……少し気に入ったわ、あなたのこと。うちにこない?」

「え」「なっ」「──ッ!」

エルメスが驚きの、カティアが反射的な否定を含んだ、そしてライラがそれ以上の怒りと拒否を見せるような、短い声を同時に上げる。

──流石の彼も、これには完全に面食らったが。

それでも……答えだけは、迷うまでもないから。

「せ、 師匠(せんせい) 」

哀しげな声を上げるリリアーナを安心させるように微笑みかけたのち、正面に向き直って口を開く。

「……大変ありがたい申し出ではありますが、お受けすることはできません。

──今の僕は、リリアーナ殿下の配下ですので」

「……そう」

幸い、と言うべきか。オルテシアも少しだけ眉根を顰めたもののさしたる食い下がりを見せずに引き下がり。

「……それだけ聞ければ、もういいわ。……こちらの申し出はもう伝えた。受けるも突っぱねるも、好きにしなさい」

「……」

「受けるのならば歓迎するし、突っぱねるのなら邪魔をしない限りは放っておく。

……最初から、私の目的はただ一つ。だって、それ以外は──」

そうして、最後にオルテシアは。

ここまでの態度と、雰囲気を。一言で総括するこの言葉と共に──

「──どうでも、いいもの」

謁見を、終了した。

「何と言うか……色々と予想外のお人だったねぇ」

謁見からの帰り道。

どこか困惑を含んだ重さのある空気を和らげるように、ニィナが軽い口調で問いかけてきた。

「そう、ですね……」

「手腕は確かなのだろうが、手腕から受ける印象とは違ったのも確かだ」

意図を汲み取ってか、サラとアルバートが交互に告げる。

一方、ライラは何かを考え込んでいるのか先ほどから案内はしつつも押し黙っている。

そんな何とも変わらず微妙な空気の中──

「──で、エル」

それを切り裂くように、カティアが告げた。

「あなた、謁見の時から少し様子がおかしいけれど……何があったの?」

「え……」

「いえ、ここはこう言った方が良いわね」

顔を上げるエルメスに、心持ち強めの……けれど紛れもない心配する色を宿し。

「教皇猊下と目が合った瞬間。── 何を感じたの(・・・・・・) ?」

「!」

──そこまで。理解されていたか。

有無を言わさぬ口調に導かれるまま、エルメスは静かに。

「……すみません。完全に感覚で、具体的な理屈は説明できないんですが」

彼にしては極めて珍しい、そんな前置きと共に──

──告げる。

「あの、教皇猊下の目。── ケルベロスと(・・・・・・) 同じ(・・) 瞳を(・・) していました(・・・・・・) 」

「────え」

衝撃の、感覚を。

獄界の獣遣(ケルベロス) 。

かつてアスターと戦った果てに遭遇し、死闘を繰り広げた幻想種の魔物。

この上なく純粋な、敵意と殺意の化身。

──それと、同じ瞳、とは。

その意味を知るカティア、サラが息を呑み。ユルゲンが目を見開き、アルバート、ニィナ、リリアーナもただならぬ気配を悟ってか押し黙る。

そこで。

「……へぇ」

ここまで黙っていたライラが、振り向いて口を開いた。

「響きからするに、そのケルベロスってやつは魔物よね?

それと同じ瞳、だなんて。──人の母親を、随分な言いようじゃない」

「……あ」

しまった。いくら何でもこれはライラに聞かれてはいけないことだった。

当然だが、そこまで気が回らないほどに驚愕が思考を支配していたらしい。

「……ま、別に言いつけはしないけど。……言いつけたところで、お母様は多分まともに聞いてなんてくれないし」

慌てるエルメスたちだったが、意外にもライラはその件を軽く嘆息するだけに留めると。

「……でも、もういいわよね。お母様に言われたことは全部やったし、別に受けても受けなくてもいいって仰ってたし。

──せっかくだからもう、言わせてもらうわね」

しかし。

そこで、改めてライラは……『教皇の使い』としての仕事を終えたライラは。

『第二王女』としての彼女を出して──告げてきた。

「──私。あなたたちのことは嫌い」

「……」

「力を持っている人が。力だけで、どうとでもできると思っている傲慢な奴が。そして、その傲慢さに気付きすらできず善人面する連中が、どうしようもなく嫌い」

……ここで。最初に王城で対面した時と似通った雰囲気を漂わせながら──

「特に」

最後に、ライラは。

こちらに数歩踏み込んで。エルメス──の後ろ、これまで以上の困惑を漂わせる金髪の少女に向かって、思いっきり顔を近づけると。

「サラ・フォン・ハルトマン。──あなたのことは、大ッ嫌い」

──呆然と。

立ちすくむサラと第三王女派の面々をもう一度見渡すと、ライラは。

「ついたわよ、案内はここまでね。

じゃあ、また明日。協力する用意ができたら──いえ」

自らの仕事の終わりを、こう宣言して。

「──『私にこき使われる用意』ができたら、言ってちょうだい」

酷薄な笑みを向けると、踵を返して。心持ち足早に去っていく。

「……おねえ、さま」

そんな彼女は、最後まで。

──一度も、リリアーナの方を向こうとはしなかった。

「随分と嫌われたね」

改めて、割り当てられた部屋に戻ってきた第三王女派閥の面々。

ここで教会から提示された条件を吟味し、協力するかどうかの結論を出す──前に。

ユルゲンが先ほどのライラの態度について言及する。一切の反論なく黙り込む一同だったが……そこで。

「……その、リリィ様」

サラが、口を開いた。

控えめながらも、確かな意志を宿して。ここが、聞くべき時。踏み込むべき時と確信した表情と共に。

「聞かせて、くれませんか」

「……何をですの」

「ライラ殿下が、あそこまでわたしを嫌う理由。わたしたちに敵意を向けている理由、どこか教会側の皆さんにも避けられている理由。そして──」

口をつぐみつつも迷うリリアーナに、ダメ押しの一言を告げた。

「最近……いえ、お会いしてからずっと。

リリィ様が──わたしを避けている理由も。そこに関係しているんでしょう?」

「っ!」

完全に、図星の反応を見せる。

リリアーナは、尚も彼女ならではであろう葛藤を見せたが……最後には。

「……分かり、ましたわ」

どの道、ここからライラと関わるであろうことならば避けては通れないと悟ったのだろう。

一つ息を吐いたのち、きっぱりと顔を上げて話し始める。

「……言っておきますけれど、わたくしもはっきりと理由をお聞きしたわけではございませんわ。分からないところも、推測も多分に含むでしょう」

「はい」

「それでもよろしければ……まずは、最大の理由からお話しします」

耳を傾ける一同。

そんな彼らをもう一度見渡してから……リリアーナは、沈んだ声で始める。

「……恐らく、原因は。ライラお姉様の血統魔法でしょう」

「血統魔法?」

「ええ、ご存じ……であるわけないですわよね。だって、知ってさえいれば明らかなんですもの」

その表情、口調、内容から。

(……まさか)

魔法への感覚に秀でたエルメスが、とある推理を脳内に結ぶ。

「師匠はお気づきになったようですわね。ええ、そうですわ。お姉様の血統魔法は──」

そのエルメスの反応に悲しげな笑みを返してから、リリアーナは。

一息に、告げた。

「──『 精霊の帳(テウル・ギア) 』。……この場に、もっと即して言うなら。

……『 精霊の帳(・・・・) 』 だけ(・・) 、なんですの」

『…………』

……『 精霊の帳(テウル・ギア) 』。

結界を生み出す、強力な魔法であり。

そして、『二重適性』であるサラが持つ血統魔法の一つ。

対してライラの、それ一つだけの血統魔法。

つまり、リリアーナの語ったことが示すのは。

第二王女ライラという存在は。敢えてこの国の価値観的に示すのであれば、魔法的に──

── サラの完全下位互換(・・・・・・・・・) 、ということになる。

「……それ、は」

ひどく震えた、サラの声が響く。

……そう。もうこの時点で概ね推測がついてしまった、第二王女の境遇に。

一同は──一斉に、思いを馳せるのであった。