軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

52話 克服

さて、と構えを取りつつエルメスは考える。

──つまるところ、これは 見せ試合(エキシビジョンマッチ) だ。

北部連合は崩壊した。その歪な指導者であった大司教の打倒によって全てが崩れた。既にサラが最低限の処置を施した上で結界内に幽閉してある以上それは揺るがない。

そして大司教に洗脳されていた高位の隊長格が正気を取り戻したため、最早北部連合に戦う理由はない。

……だが。それはあくまで『洗脳されていた人間』にとっての話。

大多数の、正気だった一般兵士にとってはそうではない。急に「悪い、命令を出す側が操られてたみたいだ。だから終わり、お前たちの負けな」と言われてすぐに納得できる人間は少ないだろう。実力主義の気風が強いのであれば尚更に。

だからこその、この試合。

きちんと戦ったことを示すことが目的であり、向こうが納得できるだけの実力を示せば十分。その意味では勝つ必要すらない。

無論勝つのが一番良いが、エルメスの実力であればそれを十全に示せば向こうは否応なしに納得するだろう。勝ち負けを決める必要はなく、何なら適当なところで切り上げれば良い。普通に戦えば、目的は十分に叶う。

故に、結論。

──怪我を押してまで、無理してルキウスを打倒しにかかる必要はない。

しかし。

(……何だろう、なぁ)

それをしっかりと理解した上で、エルメスは思う。

──これまで、彼にとって対峙する相手は『倒すべきもの』だった。

思想的に否定しなければいけない相手だったり、嫌悪を抱く相手だったり、そもそも生物的に相容れない存在だったり。打倒することに迷いのいらない相手だけを倒してきた。

でも、ルキウスはそうではない。

話は通じる。思想的には共感もできるだろう。感情的には敬意すら抱いている。

なのに、何故か。

どうしてか、これまでの中で一番強く。

エルメスは──こう、想うのだ。

(この人を── 倒してみたい(・・・・・・) )

「!」

エルメスの戦意、気配の変化を感じ取ったのか。

ルキウスも構えを取る。──その口元に、彼も今まで見たことのない高揚の笑みを浮かべ。

「行くぞ?」

「いつでも」

短い言葉を交換して。

北部反乱、最後の激突が幕を開けた。

大地を割るほどの踏み込み。

そこから生み出される力を余すところなく推進力に変換し、ルキウスの神速の突撃が迫る。

「──」

エルメスも、下がりながら迎撃を開始した。

まずは詠唱のいらない強化汎用魔法。単純な、されどそれだけでも並の魔法使いを軽々凌駕する魔法の数々が迫る。

しかし──相手はルキウスである。

「はっはぁ!」

突撃の勢いのまま。

寸分違わぬ、精密な剣捌き。加えて『魔法を斬る』という彼固有の異能。

それにより、次々襲いくる致命の魔法を全て叩き斬って正面突破。エルメスの魔法は僅かな足止めの役割しか果たさず、当然勢いを止めるには到底至らない。

……無論、エルメスもそれくらいは分かっていた。

眼前の青年は、カティアすら突破した怪物。

彼自身にも把握不能な原理によって、恐らくは魔法に属するものなら なんでも(・・・・) 斬れる、正真の 異端(イレギュラー) 。そういう絶対的な『ルール』を持つ化け物だと認識した方が良い。

故に。

それを踏まえた上での──対策を、ここまで行ってきた。

……思えば、彼は王都で 政変(クーデター) が起こって以降、こういう直接的な魔法の対決ではほとんど負けっぱなしだったように思う。王都で魔法の軍隊を相手にした時然り、大司教との初対峙然り、何より……このルキウスとの、初戦然り。

そして。

その敗北を経て、自身の不足を認識した上で。

──『何も進化していない』など、彼に限ってあり得ない。

「……術式再演」

そんな確かな結果と、積み重ねた足跡と自負を乗せて。

強化汎用魔法によって稼いだ僅かな時間を最大限使って、出し惜しみなく。

エルメスは──切り札を、解放した。

(──来る)

魔力の動きと高まりによって、ルキウスは直感した。これからエルメスの最大の一撃が来る、と。

元よりこの戦いは、双方消耗した状態で始められたものだ。サラにある程度治療してもらったとは言え直前に大怪我を負ったエルメスに、ルキウスとてあのカティアを突破したのだ、相応に魔力体力の消費はしている。

それによって、探り合う余裕が双方にない以上……短期決戦は、共に望むところ。

(さあ、何だ!?)

大技の予感に、ルキウスは高揚を隠さないまま。一層強く剣を構え、何がきても対応できるよう用意する前で──

エルメスは、その魔法を告げた。

「術式再演──『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』」

(…………何?)

困惑した。

何故なら、確実に大技を撃つ構えや魔力だったエルメスが宣誓したのは、 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 。

エルメスが最も慣れ親しんだ──しかし裏を返せば、何の変哲もない普通の血統魔法。

あの構えから放たれるには、あまりに普通。

どういうことだ、と眉を顰めるルキウスの前で、エルメスは……ある意味で更なる驚きの行動にでた。

魔弾を、彼の背後に散らばるそれを──収束させ。

一つの大きな魔弾にした上で……一息に、ルキウスに向けて発射してきた。

(──なん、だ?)

ルキウスは困惑した。

エルメスのやったこと自体は特殊ではない。効かない攻撃をいくら放つより、強大な一撃を一挙にかました方が効果的な場合はある。

だが──ことルキウス相手に限っては、それはこの上ない悪手。何故なら、

(こんなもの……『斬ってくれ』と言っているようなものではないか)

そう、ルキウスは魔法を斬れる。

ならばエルメスの今の攻撃は、それこそ『的を大きくした』ようなもの。ルキウスにとってはこの上なく都合が良い。

無論、収束した分威力は強大だし速度も油断できない。斬る上で相応の集中は必要になるだろうが──逆に言えばその程度。

そして、一度これを斬ってしまえばエルメスは致命的な隙を晒す。魔弾全てをこの一撃に注ぎ込んだ以上次の魔弾の生成然り、別の魔法の詠唱然り、ある程度の時間が必要になり……その隙を逃すルキウスではない。

(強力な魔法なら、斬れないとでも思ったのか? ──それは、流石に私を舐めすぎだ)

迫り来る強力無比な一つの魔弾。されど全く問題ない、と経験も直感も告げている。

それに従うままに、ルキウスは構えを取って。集中と共に魔法を斬り裂き、そこから無防備を晒すエルメスに決着を叩き込むべく剣を振りかぶり──

その、瞬間。

エルメスが、こちらに指を向け。続けて──口を、開いて。

「──【 落ちろ(フリズスキャルヴ) 】」

あり得ない、『詠唱』を行った。

直後。ルキウスに着弾する『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』── と(・) 、 全く同時に(・・・・・) 。

『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』が、ルキウスめがけて降り注いだ。

「何、だと──ッ!?」

これには、さしものルキウスも反応が遅れた。

咄嗟に狙いをより脅威度の高い『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』に変更。そちらを斬ることには成功するが、当初の『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』までには手が回らず、そちらは汎用魔法の結界で防ごうとするが……

「ッ──!」

相手は血統魔法、しかも一箇所に収束させ突貫力が上昇した代物。

ろくに防げるわけもなく──直撃。病葉の如く、ルキウスを吹き飛ばした。

(ばか……な……っ)

それでも、ルキウスとて歴戦の英傑。

直撃までの一瞬未満の隙で、身のこなし、魔力操作、全てを駆使してダメージをあの場で出来る最小限に抑えて。

尚手痛いダメージを受けつつ……それでも立ち上がり、初めて、愕然とした表情を見せた。

理由は、当たり前だが今しがた起きた──エルメスが起こした現象。

そこにはルキウスが対処できなかった理由、決定的な情報のずれがあった。それは、

(彼──エルメスは、『血統魔法の同時起動』ができないのではなかったのか!?)

彼が事前に得た情報ではそうだったはずだ。

ならば、この北部反乱の中でできるようになった? ──否、だとすればあの大司教との戦いでもっとましな立ち回りができたはずだ。

ならば、もっと別の要因。血統魔法の同時起動ではない何か。そうだと言っているルキウスの直感に従い、彼は魔力感知と今しがた起きた現象の分析、そしてエルメスが発した不可解な詠唱から……答えに、辿り着く。

「……まさか」

とは言っても、把握したルキウス自身信じられないことではあった。

それを示すように愕然とした表情を崩さず──ルキウスは、こう言い放った。

「 予め(・・) 詠唱(・・) しておいた(・・・・・) 血統魔法を(・・・・・) 、 時間差で(・・・・) 解放した(・・・・) ……のか? いやいや、そんなことが可能なのか──?」

「……流石。正解です」

即座に正答へと辿り着いたルキウスに称賛を示しつつ、エルメスは呟く。

── 遅延詠唱(ディレイ・スペル) 。

敢えて名を付けるならばそうなるだろう技術が、エルメスがここに来て新たに取得したものだ。

内容は今ルキウスが言った通り。血統魔法の詠唱を予め済ませておいて、それを 保持(ストック) 。時期に応じて僅かな文言で解放するというだけの技術。

だが……これの優れた点であり真髄は、 他の(・・) 血統魔法を(・・・・・) 起動(・・) している(・・・・) 最中でも(・・・・) 保持(・・) できる(・・・) 、というところにある。

それが、今の事象。『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』の着弾と同時に『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』の攻撃を合わせられた結果に繋がっているのだ。

そもそも、エルメスの弱点は言ったように血統魔法の同時起動ができない点。そこから派生した、『魔法を切り替える際にいちいち詠唱し直さなければならない』点だ。

それ故に、魔法の切り替えのタイミングが彼の隙になっていた。

……今までは、それでも問題無かったのだ。

それで倒せる相手しかいなかったし、何より彼の本質は魔法の探究、『より良い形で魔法を再現する』こと。故にそのために必要なコスト、詠唱をはじめとした『手間』は彼の中である種軽んじられてきた。

しかし、そうも言っていられなくなった。

彼の存在が国に知られ、効果的な対策を打ってくるものが現れた。弱点を放置したままでは、勝ちきれない相手が現れた。

──ならば、進化することを躊躇う彼ではない。

そうして、辿り着いたのがこの答え。

自分の欠点を把握し、分析し……加えてこの北部反乱、リリアーナの発想を基に開発した魔法により、『魔法を簡略化する』という今までの彼に無かった方向性のコツを掴んだ結果、副産物として生み出された技術。

遅延詠唱(ディレイ・スペル) 。

ニィナを中心にした作戦が失敗したときに、予備として大司教を倒すためにとっておいた第二の刃であり──けれど本当は、ルキウス対策のために開発した彼のとっておきだ。

何故なら……と考えエルメスは、再度立ち上がって剣を構えるルキウスに向けて告げる。

「……正直、初見で倒すつもりだったんですが、曲がりなりにも対応されたのは若干傷つきました。──でも、それならまた繰り返すだけです」

それで十分、種が割れたとしても問題ないという確信が彼にはある。

……ルキウスは、理不尽の権化だ。

魔法なら何だって斬れてしまうという、絶対的なルールの具現。そこの部分で躍起になって対抗しようとすれば、理不尽に蹂躙されるだけだ。

──ならば、同じことをこちらもすれば良い。

ルキウスの実力をもってしても、どうしようもないほどの理不尽を。絶対的なルール、不可能を押し付ければ良い。

その考えのもと、辿り着いた彼の答え。

「……いくら貴方が凄まじい身体能力と、魔法を斬れる異能を持っていても。──魔法を斬るための剣は、一つだけだ。なら問題ない」

それは。

「だって、いくら貴方でも── 右と(・・) 左を(・・) 完全同時には(・・・・・・) 斬れません(・・・・・) よね(・・) ?」

「──」

それこそが極めて単純、故に対策不可能な、ルキウス攻略の手口。

すなわち──『別方向から全く同じタイミングで血統魔法を二つ叩き込む』。

ルキウスの動きをある程度誘導し、回避不能な状況を作り出し。強力無比な魔法のどちらかは絶対に食らってもらう、という意志を押し付ける。

今のエルメスなら、それができる。というか……そのためにこの技術を習得したところすらある。

彼の魔法を。想いの結晶を。人生をかけて、辿り着いた一つの成果を。

無造作に斬り裂くだけなど許さない──という、まぁ、意地だ。

「…………」

そして、あまりにあまりな、暴論に近い攻略法を聞かされたルキウスは、流石にしばし呆然とした後。

「──はっはっは」

思わず、と言ったふうに笑った。

嘲る意図はなく、馬鹿にする意思はなく。

ただただ単純に──この上なく喜ばしいものを見た声色で。

「……私は、よく脳筋と揶揄されるたちでね。周りからしょっちゅう──というか多分妹から一番言われてきていたのだが」

そのまま、続けて。

「全く心外じゃないか。だって──如何にも頭脳派な君ですらこうなのだからな!」

「それこそ心外ですね。僕はこの上なく論理的に考え抜いた結果この結論に辿り着いたのですが」

対するエルメスも、半ば本気──けれどもう半分は、彼にしては珍しい何処か軽口のような響きと共にそう返す。

そんな様子に後ろのカティアたちが驚きを見せるが……さしものエルメスも今はそれに気づくことはない。

そして、会話を終えて戦いを再開する頃合いと双方が承知する。

構え直す両者、そんな中で……ルキウスが、改めて。

「……最後に一つだけ。君にとっては訳が分からないだろうし、いきなりこんなことを聞かされても驚くだけかもしれないが」

これも、今までとは違う。

どこか柔らかな……万感の思いを感じさせる声色で、一言。

「これだけは、言わせてくれ。──私は、君のような魔法使いを待っていた」

「…………はい、光栄です」

確かに、分からなかったけれど……きっと、彼なりの葛藤や足跡の果ての言葉だということはきちんと理解できたので。

エルメスは、そう本心と共に返し。ルキウスが笑みを尚更──加えて不敵な、これまで以上の戦意を宿したものに変え。

再度、互いに地を蹴って。

既に、その場の全員が目を奪われる──あまりにも激しく輝かしい激突が、再開するのだった。