軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46話 ニィナ

──諦めてばかりの人生だった。

ニィナ・フォン・フロダイトは、自身の生まれてからこれまでをそう認識している。

彼女の生家は、騎士の名家だった。

代々身体強化系の血統魔法を継承し、この国にしては珍しく剣の技術を重点的に磨いている家系で。

その力によって近接が苦手なこの国の魔法使いを護衛する職業……言うなれば傭兵業のようなもので生計を立てることを家ぐるみでの生業にしていた。

彼女は、そんな家の長女であり唯一の女児として生を受け。

──そして、弟たちの誰よりも剣の才能に恵まれていた。

剣を振るうことは、好きだった。

体を動かすことが、技術を磨くことが楽しかったし、それによって周りに褒めてもらうのも、喜んでもらえるのも嬉しくて。

だから、彼女はこの頃はまだ……自分のことをすごい人だと思うことができていた。

いずれ家を継ぐだろうことは嫌じゃなかったし、好きな剣で人々の役に立つことを素直な生き甲斐だと、情熱を持って極めるべき自分の目標だと認識できていた。

それが、壊れたのは。

彼女の血統魔法が発覚したこと── ではなく(・・・・) 。

「何で! 何で姉さんなんだよ、姉さんのせいで、僕は……ッ!」

弟が。──全身を青痣だらけにした、彼女の弟の一人が。

憎悪に満ちた視線で、自分を恨みがましく糾弾してきた瞬間からだった。

そこで、彼女は知る。

自分が活躍を示すほどに、自分が才を認められるほどに。

女に負ける出来損ない。女にも劣る軟弱者。そう呼ばれて周りの人間から、そして何より剣才を何より重んじる父から。もっと頑張れと。才能がない分努力しろと。姉に追いつけと。

叱咤され、折檻され、拷問にも近いほどに訓練を受け──それでも尚、自分には追いつけないでいることを。

当然、父に直談判した。もうあんな事は、弟をいじめるのはやめてくれと。

しかし、父は取り合ってくれず。代わりに、彼女にこう言ったのだ。

「何よりあの子自身が、お前に追いつくことを望んでいる。──他ならぬお前自身が、そんなあいつの目的を奪おうと言うのか?」

──弟を苦しめている原因は、全てお前に帰するものだと。

冷酷に、無慈悲に、そう言い放ったのだった。

その日から、剣を握るのが怖くなった。

今までは何も考えず、ただ剣を振るだけで楽しかったのが……その度に、あの憎悪に満ちた表情がちらついて。自分が強くなるほどに弟を、弟たちを苦しめていることを知ってしまって。

訓練することが、研鑽することが。強くなることが……嫌で嫌で仕方なくなった。人一倍家族に愛情を持つ性質の彼女だったが故に、その二律背反は尚更強く。

訓練しても身が入らなくなり。それを見抜かれ教師や父に叱られ、それがまたすごく嫌で。更にやる気がなくなって……でも、それで言われるがままに続けていただけの訓練でも自分は強くなって、それが更に家族との隔絶を深めた。

極め付けに……彼女の血統魔法が発覚して。

醜いものだと、邪悪なものだと罵られた。一挙に自分の立場が危ういものとなって、父からは失望され、弟たちは今までの鬱憤を晴らすかのように手酷い扱いを受けた。

その最後に。最初自分に恨みをぶつけてきた弟が、目の前に現れて。

自分の血統魔法を馬鹿にして……それでも自分に剣の腕で追いつけない恨み言を吐き──そして、そんな中でも尚、自分に対して家族の情は持っているということを。

最後の言葉に、ニィナは一瞬顔を輝かせるが……その弟は。

言葉とは裏腹に、恨みと憎しみと嘲りと……どこにも正の感情が見当たらない顔で、こう言い放ったのだ。

「でもさ。それって全部──姉さんがその魅了の魔法で植え付けたものじゃないの?」

事実無根の言葉で、一切真実のない憶測で。

──もうニィナを家族として思いたくないと、この上なく残酷に告げてきた。

その瞬間、思ったのだ。

……ああ。

── じゃあ(・・・) 、 もういいや(・・・・・) 、と。

強くなって、家族を傷つけるくらいなら。

恨まれるなら。憎しみを向けられるなら。……家族に、そんな言葉を言われるくらいなら。

もういい。剣なんて要らない。強くなる意味なんて、見いだせない。

今まであれほど持っていた……否、持っていたと勘違いしていた情熱が、虚像を失って急速に冷めていくのを感じた。

そこからすぐに、父から魔法を理由にした絶縁の宣言を告げられて。

多分抵抗しようと思えばできたのだろうが……その時の彼女にはそうする意味も見出せず。

唯々諾々と、それを受け入れて。生家を追い出されることと、なったのであった。

……結局、その程度だったのだろう。

自分にとっての剣とは……いや、剣に限らず、何であっても。

頑張れるのは、楽しい時だけで。辛いこと、嫌なことがあればすぐに投げ出してしまう程度のものしか持てない。

飽きっぽくて、移ろいやすい薄情者。それが、自分の本質なのだと悟ってしまった。

それをより強く自覚する出来事も、もう一つあった。生家を追い出され、傍系のフロダイト家に引き取られた時のことだ。

その時はまだ、強くなることへの情熱を失いきってはいなかったように思う。生まれの家ではだめだったけど、ここならまたかつての夢を追えるんじゃないかと。

でも──すぐに諦めた。

何故なら、ルキウスがいたからだ。

見た瞬間、化け物だと悟った。桁外れの魔力に、同じ剣をやっているものだからこそ分かる凄まじく洗練された身のこなし。

仮に魔法抜きで挑んだとしても、一分の隙すら見当たらない。生家の人間たちとは次元が違う、本物の天才を見せつけられた。

フロダイト家が、自分を引き取った理由は。あらゆる意味で規格外すぎるルキウスに何かがあったとき、家のための 予備(スペア) が欲しかったからということも同時に悟った。

……もちろん、貴族子弟のやりとりにはどうしてもそういう意図が介在することは彼女も理解していたし、それも踏まえた上でフロダイト家の両親は自分をすごく愛情を持って大切にしてくれた。

兄ルキウスも、少々脳筋すぎるところはあるが人格的にも申し分ない誇り高い騎士で。屈託なく兄妹として自分と仲良くしてくれた。フロダイト家の人たちのことは、あっと言う間に好きになれた。

でも……それ故に。

じゃあ、いいかなと。この人たちがいるなら、ボクは言われた通りの予備でいいかなと。

仲良くなりつつも、一歩引いて。仲良くなった故の悲劇をこれ以上起こさないよう、予備の立場に、劣っている立場に甘んじて最後の一線では壁を作った。

これ以上、頑張る理由は……彼女の中では、見つけられなかったのだ。

誰もが高潔で壮大な理想を持てるわけではなく、誰もが何もかも捨てて理想を追い求められるわけではない。

むしろ、そうあれる人は一握り。以前ニィナが言ったように、例えば『世界の命運を懸けた戦い』に参加できるのは、主役になれるのはその一握りの人間たちで。

大半の人間は……自分も含めて、そうじゃない。頑張っていることがあっても、辛いことがあれば容易く心が折れてしまう。

全力で頑張れる、命を賭すに足る、全てを懸けるに足る。

そう誰もが納得するような素晴らしい『願い』なんて。

持てない人間が──ほとんどなのだ。

そこから成長して、この国を知るうちに。

ニィナは、その真実を残酷に理解した。

だから。学園に入って、Bクラスに配属されて。

酷い扱いを受けるクラスメイトたちを、それを受け入れてどんどん瞳を濁らせて思想が変わっていくクラスメイトたちを見て……ニィナは、むしろ同情した。

──しょうがないよね、と。

──こんなひどい状況で頑張れるわけないよね、と。

故に、彼女はクラスメイトたちを積極的に慰めに行った。それでいいんだと受け入れて、理想と現実の間に心が押し潰される人が出ないようにした。それだけが、彼女のできることだと思ったから。

話を聞いて、共感した。……ボクだって、きっとあの時。真に剣に対して情熱を持てていたなら、弟の憎悪なんて突っぱねてひたすら進めば良かったんだと。

それができなかったのは、自分がそういう人間だったからで。

そして、そういう人間が世の中では大半であり普通で。

そういう『普通』の人たちは、これまで通り流されるしかないんだと。

しょうがないと、諦念混じりの考えを甘いオブラートに包んで伝え。傷の舐め合いをすることで、彼らの、そして自分の心を守っていた。

…………でも。本当は。

そんな自分が、頑張れない自分が。心の底ではすごく、すごく嫌で。

だから、こそ。

誰よりも誇り高く貴族であることを望み、特大の逆境でもめげずに進んでいたカティアだったり。

流されているように見えて、本当は自分でも気づいていない強く気高い理想をその胸の内に秘めていたサラだったり。

そして、何より。

自分と同じ、将来を嘱望され。でもその才故に家族に恨まれ、血統魔法の関わりで家を追い出されて。

それでも、尚。自分のように折れずに最初から信じたものに突き進んだ結果戻ってきて──そのまま嵐のように、自分が仕方ないと受け入れていたもの全てを壊していったエルメスが。

彼女の目には、この上なく眩しく映って。

忘れていた、消えていたはずの熱が。再び灯せたような気が──して、いたのだ。