作品タイトル不明
38話 普通の
「この魔道具は、以前学園で騒動があった際に回収したものです」
ニィナ捜索に向かう前、リリアーナがエルメスから託された魔道具。
黒い水晶の形をしたそれを指差して、エルメスは説明する。
「効果は誰かが扱う魔法を込め、それを限定的に他者にも扱えるようにすること。言うなれば、誰かの魔法をストックできるものですね」
これを所持し、かつて学園騒動の主犯だったクライドに渡したラプラスは、この魔道具に関しては完全に見捨てていた様子だった。
逆に言えば、これほど有用な効果を持つ魔道具であっても文字通りの捨て石に出来るほど向こうの力が強力ということなのだが──それに関しては、今語るべきことではない。
「よって今、リリィ様に渡したそれには僕が扱える血統魔法をいくつか込めてあります。ニィナ様を足止めするものから攻撃を防ぐもの、動きを止められるだろうものまで。きっと全て必要になるでしょう」
「……それ、って」
「ええ。恐らく──いえ、ほぼ確実に。ニィナ様と遭遇した場合、あの方と戦っていただくことになるでしょう」
エルメスは改めて歯噛みする。自分が行けない歯痒さと……加えて、それ以外の何かしらの葛藤も込めた表情で。
「リリィ様」
その、上で。彼は信頼をもってリリアーナを見据えて、告げる。
「その際はこの魔道具を上手く使って、目的を果たしてください。
── 言っている(・・・・・) ことは(・・・) 、 分かりますね(・・・・・・) ?」
奇妙に強調された、その言葉。
リリアーナは少しばかり戸惑いながらも魔道具を見据えて、その中に込められた彼が扱う魔法の数々を確認し──
「…………あ」
理解した。
彼に託された魔法を、加えて過去説明されたことのあるそれらの魔法の性質を正確に把握して……把握したからこそ、理解したのだ。
彼の目的も、今回の目標も──そして、大司教に読まれる可能性がある以上 迂闊な(・・・) ことは(・・・) 口にも(・・・) できない(・・・・) 、ということも。
いくら今日この瞬間はイレギュラーとは言え、彼が一番予知の影響を受けやすいという根本の問題は解決していない以上、慎重にならざるを得ない。
だからこその、この言い回し。そんなエルメスの迂遠な……けれど彼女なら理解できるという確かな信頼の証を、リリアーナは喜びと共に受け取って。
「……お任せくださいまし」
再度、真っ直ぐに告げる。
「師匠のお望みを、果たしてきます。
あのお綺麗なご学友と──『お話』を、してきますわ」
◆
かくしてニィナに遭遇し、予想通り始まった鬼ごっこ。
その開幕は──
「──うそ、でしょう……っ、『 精霊の帳(テウル・ギア) 』!」
「お、それはサラちゃんの……いや、感じからするにエル君の方かな?」
ただただ、リリアーナの驚愕と共にあった。
黒水晶の魔道具に込められたエルメスの魔法を躊躇いなく使う──否、使わなければならなかった。そうしなければあっと言う間に詰むと最初の数秒で理解してしまった。
「やっぱり使えるんだ、エル君と同じ力。……改めて、嫉妬しちゃうなぁ」
「っ!」
言葉を紡ぎながらも、ニィナはリリアーナを追いかけ追い詰める。──桁外れの速度、膂力、そして容赦のない立ち回りによって。
魔法を使わない身体能力勝負には自信があったリリアーナの自負すら木っ端微塵に打ち砕く尋常ではない能力。
それを見て確信する。この少女は──この分野においては、エルメスすら凌いでいると。
(師匠から話には聞いていましたが、これほどとは思いませんでしたわ……でも!)
リリアーナは、それでも奮起する。
自信──否、敵わない人間が居ないなどという傲慢はあの日とうに捨てている。
加えて、万が一自分がここで捕まってしまえば完全に詰みだという事実。それがむしろ彼女を冷静に、真剣にさせ。立ち回りの改善案が脳内で回転する。
同時に……エルメスから託されたニィナ対策を改めて想起した。
『ニィナ様は、『自分に害をなす魔法』に関しては恐ろしく勘が働きます』
学園で何度も立ち会った経験から分かる、彼の言葉を。
『なので、恐らくいくら不意を突いても彼女に攻撃魔法を命中させるのは至難の業でしょう』
故に──攻撃は捨てる。
黒水晶の魔道具に込められた彼の魔法は、防御の『 精霊の帳(テウル・ギア) 』、軌道補助の『 天魔の四風(アイオロス) 』、身体能力差を補う『 無貌の御使(ルナド・サラカ) 』。他攻撃系ではない魔法いくつか。
ニィナは害をなす魔法に対して敏感──裏を返せば、そうではない魔法への対処、察知は比較的鈍い。
よって託された、この防御、逃走、捕縛に特化した魔法の数々。これを用いればどうにか、彼女の手から逃れられる見込みが立てられる。
加えて、
「……お話するんじゃなかったの? それともその余裕すらないのかな」
そう。ニィナはリリアーナを捕縛するべく容赦なく追い立ててくる──恐らくは何かしらの 制約(ギアス) でそうすることを強制されてこそいるが。
そんな中でも、口は止まらない。──彼女自身も、対話には肯定的なのだ。
「それは困るなぁ……むしろボクの方から聞きたいこともあるんだけど。
王女様──あなた、どうしてここに来れたの? 多分今ハーヴィスト領、兵士たちとの不仲で崩壊寸前、それどころじゃないと思うんだけど……」
だから、リリアーナは。より効率的に魔法を回し、どうにかニィナの一連の攻勢から逃れて一息をつくと。
「……聞いて、くださいましっ、ニィナ!」
まずは、一番重要な情報を、叩きつける。
「──ハーヴィスト領の兵士たちとの和解は、成功しました!」
ニィナが瞠目した。
「え──」
「既に兵士の方々とは、北部連合を打倒する方向で合意が済んでいます! 今はその準備中──その、つまり、大司教ヨハンの思惑は既に破れているんです!」
これは言っても構わない、と事前に言われていた。
何故なら、いずれにせよ明日になれば再度の未来予知でバレること。だとすればニィナとの対話のとっかかりに使ってしまった方が良いとの判断。
そんな狙いと共に、リリアーナは話のきっかけを作ることに成功し。
「分かりますでしょう、大司教の力だって絶対ではないんです! だから──」
「……嘘は、言ってないよね。……そっ、か。すごいなぁ」
そして。
「──ボクがなんとかしなくても……ボクなんかが、居なくても。
あなたたちだけで、未来は、変えちゃえるんだね」
ひどく。
悲しい笑顔を浮かべたニィナと、目があった。
「…………」
同時に、一息ついたニィナが再度 制約(ギアス) に従ってリリアーナへの攻勢を再開する。
──否定しなければならない。
そんな、訳もない直感に突き動かされるままリリアーナは叫んだ。
「そ、それは違いますわっ! 和解のきっかけと、後は向こうのスパイに気づく契機となったのはあなたが間者を、大司教の目を盗んで倒してくれたからで──」
「盗めてないよ」
今度はリリアーナが瞠目した。
「ボクが独断でスパイを倒すことまで、大司教は織り込み済みで。大司教はその結果、兵士たちがボクを通じてあなたたちに致命的な不信を抱くことまで確信してた」
事実、そうなりかけたことをニィナは告げてから。
「実際、ボクもそうなると思ったもん。だからすごいのはあなたたち。滅びの運命を覆して、未来を切り拓いたあなたたちで──」
また……あの、悲しげな笑顔で言う。
「……ボクは、最初から最後まで大司教の掌の上。
どれだけ頑張ってもボクだけが──結局、なんの役にも、立ててないんだよ」
「……どう、して」
そんなに、己を卑下するのか。
エルメスたちから聞いたところによると──ニィナはどこか飄々としていたが穏やかで気持ちの良い性格をしていると聞いていた。
その伝聞と今の印象が、あまりにも一致せず。
同一人物であることは間違いない。
ならばこの間に何があったのか……と疑問を抱く彼女の心中を読んでか。
「……そうだね。こんな小さな子に言うのはちょっと情けないけど、せっかくだし最後まで話しちゃおっかなぁ」
ニィナ・フォン・フロダイトは。
飄々と明るい性格の下にずっと隠していた、学園にいる間も抱いていた暗い思いを。
静かに──独特な言い回しで。吐き出すように告げるのだった。
「ボクはさ──『普通の女の子』なんだよ」
本格的に、攻勢を強めると同時に。
激しくなる動きとは裏腹に、ニィナは語りを再開する。
「例えばの話をするね?」
必死に自分から逃げ回るリリアーナに、言い聞かせるように。
「そうだね、仮に……『世界を救う戦い』ってものがあったとしよっか」
「……え?」
「言った通り例え話だよ。まぁでも、それくらいスケールが大きくて、敵も強大で、みんなで立ち向かわなきゃいけないような、そんな劇的な争いを思い浮かべてよ」
唐突な例えに疑問の声を上げるリリアーナに、ニィナは苦笑を浮かべてから。
「伝説や、おとぎ話で。そういう戦いが出てくるたびに、ボクは思うんだ──」
彼女の根幹を、口にする。
「ああ──ボクは、 そういう(・・・・) 戦いには(・・・・) 絶対(・・) 出られない(・・・・・) タイプの(・・・・) 人間だな(・・・・) 、って」
「!」
「逆に……エル君なんかは間違いなくそういうので先頭に立つタイプの人だね。カティア様も同じ。サラちゃんだってそうだし……アルバート君も、なんだかんだでそこに立ってそうな気がするなぁ。
そしてリリアーナ殿下……あなたはそもそも中心人物だよね。『世界』を『国』に置き換えたら、まさしく今がそれだ」
「あなたは……そうじゃないと?」
攻撃を避けつつの必死の問いかけに、ニィナは頷く。
「そうだよ。……ああ、選ばれてないからとか力が足りないからとか言うつもりはないよ。それはきっとエル君みたいな、そういう戦いに立てる人たちにすごく失礼だもん」
そう補足した上で一度距離を取り……可憐な仕草で、胸に手を当てて。
「ボクに足りてないのはね……多分、心なんだ」
「……心?」
「信念、って言っても良いかな。エル君の魔法に対するものだったり、カティア様にとっての貴族の在り方だったり。
そういった、何よりも大事なもの。全てを懸けるに足る、誰もがその歩みを称賛する、誇り高くて素晴らしい何か──」
再度の突撃と共に、続ける。
「──ボクにはそういうの、なーんにもないんだ」
「……っ」
「そんな、何もかもを捨ててまで貫きたい信念なんてない。多少執着するものがあっても、一つ都合が変わればすぐに手放しちゃうし、別の誰かの信念に譲っちゃう。だってそうやってふらふらして、流されるままに生きてきた結果がこれだもん。……きっと、この先もボクはそういうの、持てないんじゃないかなって思う」
でもね、と言葉を区切り。
「それが普通だよ。きっと、ほとんどの人はそうなんだよ。
── おかしいのは(・・・・・・) 、 あなたたちの(・・・・・・) 方だよ(・・・) 」
「な──」
「……っと、流石にこれは言い過ぎかな。とまぁこんな感じで、全体的に無責任な生き様をしているニィナさんなわけですが。何を言いたいかというと、さ」
そこで、攻守が一時的に反転する。
リリアーナの『 精霊の帳(テウル・ギア) 』がニィナを取り囲んで押さえ込みにかかる。しかしニィナは結界が閉じ切る前に剣を差し入れこじ開けようとする。
そうして、一時の拮抗状態になって。両者の言葉と表情が届く距離で、ニィナは。
言葉の続きを、本心を、告げる。
「…………もう、やだよ」
「──あ」
「ボクは、家族と一緒にいたかっただけなのに。毎夜毎夜、ひどい悪夢を見せられて。家族は全員良いように使われて、ボクも同じようにこうやってやりたくもないことをやらされ続けて。
もう……何もかも捨てちゃいたいって、思うよ。思いたくなんてないのに、思っちゃうんだよ」
溢れる。
追い詰められきった少女の奥底から、弱さが溢れる。
「……ひどいこと言うね。……なんであなたなの?」
「え」
「なんで──エル君が来てくれないの?」
八つ当たりと分かっていても、言葉は止めず。
「助けてくれるって言ったじゃん。辛くて、頑張って、でも来てくれないのはなんで──」
「ッ、それは、師匠は」
「うん、分かってるよ。エル君のことだからもう大司教の『魔法』は知ってるもんね。そうなると万が一にも情報を漏らすことも、リスクしかないボクへの直接接触もできない。そもそもボク自身が今は『絶対』エル君に会えないようにできちゃうしそうしてる。でもさぁ──」
至極当然の理由を、理屈を並べ立てた後、その上で、彼女は。
「 それでも(・・・・) ──って思っちゃうことは、そんなにいけないかなぁ……っ」
絞り出すように、そう告げて。
それと同時に、ばきりとリリアーナの結界が破れる。
捕獲は、失敗し。状況はまた、五分に戻る。
「…………」
お互い、次の一手を探して視線を交換し。数秒の、沈黙ののち。
「……やー、ごめんねぇ」
またも、ニィナがそれを破る。
「思った以上に愚痴っちゃったし八つ当たりもしちゃった。
……でも、これがボクだからさ。幻滅してくれてもいいし、この様子をエル君たちに伝えてくれてもいいよ」
そう、静かに言ってから。
「そもそも、そっちの狙いはボクを捕まえるか説得することだよね?
悪いけどどっちも無理だよ、そもそもボクに 制約(ギアス) がある以上どうしようもない。これは解けないし万が一解いても同じ 制約(ギアス) を受けてる大司教にすぐ伝わっちゃうもん」
最後に、もう一度笑ってニィナは。
「だからさ、あなたたちだけでもう良いんでしょ? こんなボクのことは……」
「……いいえ」
訣別を告げようとした──ところで、リリアーナがそれを遮った。
「……ええと?」
「あ、その、あなたの状況はよく分かりましたわ。だからえっと……今の否定はすみません、その 制約(ギアス) とやらを現状どうにかする手段があるわけではなく」
リリアーナが否定したいのは、その前の言葉。
「幻滅は、しませんわ。……だってわたくしも、元々は家族を救うためだけに王様を目指し始めたんですもの」
「……え?」
「師匠たちも……多分あなたの言葉には驚くかも知れませんが、それで見限るような方ではないと思います。……あなたより付き合いが短いわたくしが何を、と思われるかもですが、そう思いましたわ」
それに。
ニィナの言葉は……きっと本心も含まれているようだが、それよりも。
一連の言葉は──リリアーナを遠ざける意図もあったと、分かっているから。
精神的な距離に依存する彼女の魔法から外れるために、リリアーナが必要以上に近寄らないようにした……そんな意図も微かに含まれていたことが理解できたから。
「……幻滅は、しませんわ」
正直最初は、理由があって敵対しているけどその理由が分からない、どこか少しだけ不気味な印象を持った人だった。
でも、今の等身大の独白を聞いた後なら──そうは思わない。
だから、改めてリリアーナはそう言ってから微笑んで。
「むしろ──あなたのことはわたくし、好きになれそうです」
そう、本心を告げた──その瞬間。
(………………あ。まずいですわ)
リリアーナは失策を悟った。
何故なら──既に意識がニィナの方に引き寄せられていたからだ。
「……参ったなぁ……あのさぁ王女様、ボク最初に忠告したよね?」
明らかに不自然なほどに、ニィナから目が離せず。既に体の自由も大部分が効かなくなっている。
それが意味するところは、明白だ。
「なのに……なんでそんな誘惑しちゃうの? ドジっ子系王女様なの?」
──『 妖精の夢宮(イル・フェルリナ) 』の発動条件を満たした。
(ま、ままままままずいですわ! え、これ割と本気で洒落にならないのではなくて!?)
「効いちゃうって分かったら今のボクは使わざるを得ないって理解してたよね? なのになんで……ああもう、これはほんとに……!」
そうして、最後の最後で致命的なミスによって。
今までの奮闘全て虚しくリリアーナがニィナの手に落ちようとした──その時。
「──大丈夫ですか、殿下!」
「あやつは……フロダイトの妹!? くそ、こんなところまで入り込んでいたか!」
後方から声が十数人分。どうやら異変を嗅ぎつけたハーヴィスト領の兵士たちが駆けつけてきたらしい。
それを見て真っ先に──ニィナが、リリアーナよりも大きく安堵の息を吐いた。
「……ああよかった。これで『任務失敗した』って体にできる」
どうやらこれによって彼女の中での行動基準が『リリアーナを捕らえる』から『任務達成が極めて難しいので撤退する』に切り替わったらしい。
やりたくないことをやらなくて済んだ安堵の声をもう一度あげると、ニィナは最後にリリアーナの方を改めて見て。
「……それじゃあね、可愛い王女様。……お話できて、嬉しかったよ」
それだけを、本心から告げて。あっという間に森の奥へ消え去っていったのだった。
◆
(あ……危なかったですわ……!)
ニィナが消えたのを確認して、リリアーナも安堵の息を吐く。
最後の最後で大失敗をやらかすところだった。……いやあの言葉自体は紛れもない本心だったのだが、言うタイミングはもう少し選ぶべきだっただろう。反省である。
そうして、駆けつけてきた兵士たちに無事を労られながら、リリアーナは考える。
(……ニィナの、あの顔)
恐らく、彼女自身が抱えてきたものに加えてこの北部反乱での出来事が重なってああなってしまったのだろう。
リリアーナの言葉を受けての去り際でも……その表情から影が消えることはなかった。
きっと。
彼女の中のそれを真の意味で取り去れるのは……彼女では、ないのだろう。
「……」
それに、状況も好転したとは言い難い。
ニィナとの接触には成功したが、強制的な捕縛もできず、 制約(ギアス) がある以上こちらの陣営に明確に引き込むことも不可能だと分かってしまった。
──でも。それでも。
息を吸い……自信に満ちた声で。託された黒水晶の魔道具を握りしめ、リリアーナはきっぱりと。
「── 完璧に(・・・) 、 目的は(・・・) 果たし(・・・) ましたわ(・・・・) 。師匠」
彼に言われた……いや、言外に伝えられた任務は達成できたことの安堵を胸に。
同時に彼からご褒美として貰える労りに胸を躍らせつつ、リリアーナは砦へと戻っていくのだった。