軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21話 天敵

「……ニィナ、様」

強敵ルキウスの隣に現れた、学園の友人ニィナ・フォン・フロダイト。

明らかにただならぬ立場である彼女に、エルメスは慎重に声をかける。

一方呼ばれたニィナは、少しだけ前に歩み出てきて。

戦地の只中でありながら、気さくに、気軽に手を上げて。

再会を喜ぶように、愛おしむように。可憐な微笑を浮かべてから。

「や、久しぶり。エル君。──早速だけど、ごめんね」

──そのまま、魔法を起動してきた。

「ッ!!」

思考が囚われる。意識が吸い込まれる。

あの時と同じ……否、あの時以上の強制力を持って。

彼女の魔法が、彼女の魅力が。容赦なくエルメスに叩き込まれ、エルメスの何もかもが目の前に立つ美しい少女の元へ引き寄せられる。

……考えうる限り最悪のパターンだ。どうやら初手から問答無用、つまり話し合う気は現時点ではないらしい。

だが、それでも。──最悪ではあるが、想定内。

「──アルバート様!」

既に自分の意思を受け付けない肉体に、その自分の意思すら囚われようとするのを懸命に奮い立たせて、エルメスはそう叫ぶ。

瞬間、横合いからの凄まじい突風が吹いた。

それはエルメスの体を攫い、中空に吹き飛ばす。そうして強引に、彼女の魔法の範囲内から離脱する。

風の効果が切れ、受け身を取って着地。そこで横合いに並んだ少年に、エルメスは端的な言葉を告げる。

「助かりました」

「問題ない。が……」

これも端的に返したアルバートが、先ほどまでエルメスが立っていた場所を見やる。するとそこには、丁度エルメスと入れ替わりに。

「……久しいわね、ニィナ」

「ニィナ、さん……」

カティアと、サラ。

山を抜け、ようやく合流した二人の少女がエルメスを庇うように前に出てきていた。

……いや。これは庇うと言うより、

「──それで? 随分なご挨拶じゃない。よりにもよって私の目の前で……わ、私の、エルを手篭めにしようとするなんて。一体何を考えているのかしら」

「そこはもう言い淀まなくていいんじゃないかなカティア様。……でもまぁ、そりゃ怒るよねぇ」

既にスイッチが入っているらしきカティアの圧力に若干怯みつつ呆れつつの表情で応対するニィナ。サラも表情は控えめながら、エルメスのいる方向には断固として通さないとの意思が立ち位置から見て取れる。

そんな二人の少女を見たニィナは、警戒しつつも言葉を続ける。

「……なるほど。ボクの魔法が一番効きそうなエル君と、あとアルバート君を優先的に遠ざけようってことか。……やっぱりちゃんと対策してるよね。──でも」

そこで、ニィナはくすりとした薄笑みを取り戻すと。

「ごめんね? ──ボクの魔法、女の子にも効くから」

「な──」

「!」

「というわけで、久しぶり二人とも。再会を祝してぎゅってしたいからさ── こっち(・・・) おいで(・・・) ?」

同時にニィナが手を広げて二人の元に歩み寄る。それに合わせ、容赦なく抗いようもなく。ふらりとカティアとサラも歩み寄り、ニィナがそれを確認してから素早い身のこなしで二人を捕らえようとして──

「術式再演──『 精霊の帳(テウル・ギア) 』!」

そこでようやく回復したエルメスの結界の魔法に阻まれた。

彼女の魔法の対策に、結界による物理的な遮断が有効なことは知っている。「ありゃ」と呟いて足を止めるニィナ。

同時に術中に嵌まりかけたカティアとサラを、更に後ろからやってきたリリアーナが回収しにかかる。

二人の腕を引っ張って離れようとする間際、リリアーナも結界越しにニィナと目が合う。彼女は変わらずに微笑んで、

「あなたは初めまして、かな。可愛い王女様。……いや本当にすごく可愛いね。もう割と好きになりそうなんだけど、試してみる?」

その言葉と、眼前の結果に。得体の知れないものを感じたリリアーナは、冷や汗をかきつつ二人と共に後退した。

そのまま、結界を挟んでの膠着状態が続く──否、膠着ですらない。

現状場が固まっているのは、何故かルキウスが積極的に動かないこと故に他ならず。

何より、ニィナ。

今の状況が示す通り──彼女が魔法を発動している限り、 誰も(・・) 彼女に(・・・) 近づけない(・・・・・) 。

……冗談のような光景だった。

エルメスが、カティアが、サラが。子供の領分どころか、一般の血統魔法使いの領分も大きく逸脱した一騎当千の猛者たちが。

たった一人の少女を相手に、何も出来ずに捕らえられてしまうのだから。

ニィナ・フォン・フロダイトの血統魔法、『 妖精の夢宮(イル・フェルリナ) 』。

効果は魅了。加えて、『相手を好きなほど効果が増大する』という特徴。

縛りは大きい。だがそれ故に、条件を満たしてしまった場合は絶大な効果を発揮する。

そう、つまり。

彼女は、この場の主力四人にとって──紛れもない、『天敵』だ。

「……これは、きつい」

エルメスもニィナの魔法については色々と推測していた。……同性にも有効、という性質も予想の範疇ではある。

だが。その効果の強さがあまりにも予想の上限を極めすぎていた。

仮に、この場の元学園生四人が無策で突撃した場合。

恐らく── ニィナ(・・・) 一人(・・) 相手に(・・・) 全員(・・) 完封(・・) される(・・・) 。

魅了で動きを止められ、彼女の凄まじい近接能力で成す術なく捕縛されるだろう。

彼女の魔法はそれほどに強力で、容赦ない。直接対峙、敵対したことでそれがよく分かってしまった。

……更に最悪なことに。向こうにはルキウスが、今しがたエルメスを真っ向から打ち破った怪物がいるのだ。

おまけに、今尚増え続けている北部連合の敵兵たち。状況は加速度的に悪くなっている。

「……っ」

それでも、何とか。ニィナとルキウス相手にこの面子でどうにかする方法はないかと。どうにかして向こうをここから撃退できないかと思考を巡らせるエルメスだったが。

そんな彼を他所に、結界の向こう側。結界からとん、っと飛び退いたニィナがルキウスと言葉を交わす。

「もう良いのか?」

「……うん。大丈夫、お兄ちゃん」

「そうか、では」

それだけをやり取りすると、入れ替わりにルキウスが前に歩み出てきて息を吸い。

「──これで分かっただろう、第三王女派の精鋭たちよ! ……貴殿らが北部の争いに介入することも、この辺りにやってくるだろうことも全て予測済みだ!」

「……でしょうね」

納得する。でなければこうまで最強の敵とエルメスたちの天敵がこの場に都合良く揃うわけがない。

漏れていたのだ。自分たちの動向は、最初から。

ルキウスが続ける。

「故に、自分たちなら何とかできるという傲慢と思い上がりを、そして北部の背教者たちの希望を砕くために!

── 我らが(・・・) 盟主が(・・・) 、 罰を(・・) 下される(・・・・) 。刮目するが良い!」

盟主。

言葉の響きと、ルキウスの朗々とした声に導かれて。

その場の全員が、同じ方向に目を向ける。ルキウスの指差した、小高い丘の上に注目する。

「──」

そこに、一人の男が立っていた。

歳のほどは初老ほどか。しかし受ける印象は年による衰えより年齢による貫禄の方が強い。

得体の知れない印象を与える白髪に、爛々と輝く赤銅の瞳。所々に宗教的な意匠をあしらった服装は確かな威厳を放ち、階級を示す 掛け帯(ストラ) の色は最高位の紫。

男の姿を認めた場が一気に騒めく。兵士の一人が呟いた。

「……ヨハン大司教……」

しかしエルメスは、その名称に聞き覚えが無い。

視線の先の男が如何様な人物か判断しようとすると、横から声が響いた。

「……ヨハン・フォン・カンターベル」

サラだ。どうやら知っているらしい彼女がエルメスに説明するべく続ける。

「教会長の下に就く四人の要職が一人。その中でも最大の成果と権勢を挙げた、名実ともに最も有名な大司教様」

つまり──と彼女が端的にまとめる。

「── 教会の(・・・) ナンバーツー(・・・・・・) 、です」

「……それはそれは」

いきなり途轍も無い大物が出てきたものだ。

今回の反乱に教会が関わっていることは予測していたが──予測以上。関わっているどころではない、『主導』しているではないか。ルキウスが盟主と呼んだことからもそれは明らかだろう。

徐々に見えてきた北部反乱の全貌。状況の推移を観察しつつ、丘の上の男、ヨハン大司教を見据えるエルメス。

そうして──男が、口を開いた。

「……嘆かわしいな」

大きくはない。けれど、響く。

重々しい、腹の底に沈むような声。己の言葉で人を動かしてきた、力ある者の声だ。

「何度説いても、何度理解を促しても。一向に人は懲りることなく、神の言葉を違えようとする。何故逆らう? 何故無駄な反抗を繰り返す? 神に似せられた、知性ある存在としての振る舞いは何処へ行ったのだ貴様らは。これでは猿と変わらんではないか」

まさしく、睥睨するかの如く。

ヨハン大司教はこの場に集う全ての人間を見下し、続ける。

「……だが、それを導くことこそ我らの定め。そうして古来より、神に逆らうものを排除し、愚かにも惑わされる者たちに効率よく神の言葉を聞かせる手段が一つ、存在する。

──痛みだ」

そこで、大司教は手を翳し。

能面のような表情を変化させ。──口の端を、嗜虐的に吊り上げて。

告げる。

「──故に。『神罰』を、与える。拝謁し、享受し、死ね」

その瞬間。

上空で、魔力が高まる。同時にエルメスは感じ取った。

エルメス、カティア、サラ、アルバート、リリアーナ、ユルゲン。六人の魔法使いの周りの空気が変わった。

上空の魔力が収束する。徐々に光が増し、エルメスたちの頭上に展開される。──あたかも、今にも『発射』されるかの如く。

「……そん、な」

──その魔法の展開には、見覚えがあった。

それは彼の扱う魔法の一つにして、彼にとって最も身近だった魔法の一つ。

同時に彼の師の魔法であり、王家にしか伝わらないはずの血統魔法。

血統魔法、最強の一角。その銘は──

「……『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』──?」

疑念と驚愕の言葉を、諸共呑み込むように。

神罰の光が、エルメスたちに襲いかかった。