軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11話 兄妹

……夢を、見ていた。

少しばかり寂しかったけれど、満たされていて。

きっとどこか歪だったけれど、幸せだった頃の、夢を。

「……心配するな、リリアーナ」

兄の、第一王子ヘルクの声を思い出す。

「確かに、アスターが居ればこれからの王家は問題なく回るだろう。……でも、だからと言って。それ以外の一切を切り捨てて良い──なんてことは、ないはずなんだ」

どこか暗さを感じさせつつも、精一杯の心遣いで、ヘルクはリリアーナの頭にぽんと手を置いて告げるのだった。

「居る意味が無い、ということは絶対ない。僕も──そしてお前も。だから安心しろ。例え将来の廃嫡が決まっていたとしても……決して僕が、悪いようにはさせないから」

「うちに来ればいいじゃない、リリィ」

姉の、第二王女の言葉を思い出す。

「『教会』の無適性に対する扱いは厳しいわ。それにお母様がどう言うかは分からないけれど……家族だもの。きっと、酷い扱いはされないはず」

少し気が短いところもあったけれど、優しかった姉は。少し戸惑いながらもリリアーナを軽く抱擁して言ったのだ。

「アスターはきっと、あなたのことが嫌いでしょう。でも……何もかも、あの子の思い通りにさせるのは良くないわ。だから……私が」

在りし日、確かに。

優しかった兄姉との、家族との時間があって──

そんな光景が、壊れる夢を見た。

それが、リリアーナが稀に見る正夢だと気付いた時には、全てが終わっていた。

「……っ……はっ……」

寝間着のまま、王宮の外をリリアーナは駆ける。

目覚めた瞬間、分かったのだ。

部屋の外が騒がしかった。不穏な鎧の音がそこかしこから聞こえてきた。

異様な魔力反応が、国王の執務室のあたりから強烈に発せられていた。

極め付けは。

扉の隙間から部屋の外を伺った瞬間、兵士の一人──第一王子の私兵として見覚えのある人間が、自分を見て目の色を敵意一色に変えた。

それで、全てを察してしまったのだ。

「なんで……っ、うそ、嘘ですわよね……!」

うわ言のように否定の言葉を呟くも、説得力が微塵もないことは彼女自身理解してしまっていた。

だって、 そういうことだ(・・・・・・・) と理解しているからこそ、自分は今王宮を飛び出して必死に走っているのだし。

──そんな自分を執拗に追いかける多数の魔力も、否応なしに感じてしまっているのだから。

「何が、どうなって……! 誰か……!」

混乱のまま、リリアーナは叫ぶ。

彼女は魔力操作能力に非常に優れており、魔力を用いた身体機動は魔法使いの中でも桁外れだ。それ故に、逃げに徹した彼女を捕らえるのは困難を極める。それは彼女のこれまでの家庭教師とのやりとりからも明らかだ。

……だが。それはあくまで、一対一での話。

今リリアーナを追いかけている人間の数は、数人、十数人どころの話ではない──下手すると百に届こうかという追手だ。その人数が連動して追い詰めに来られれば、単純な身体能力だけで逃げ切るのは物理的に不可能。

故に。

「──おや。『鬼ごっこ』は得意でなかったのですかな、リリアーナ殿下」

さしたる間もなく袋小路に追い詰められたリリアーナの前に。

歩み出て来たのは、兵士達のリーダーと思しき男。

彫りの深い顔立ちと、趣味悪く輝く服装が特徴的な男だ。その顔に浮かべる嗜虐心に満ちた表情で、尚更の確信を深めてしまう。

それでも──と一縷の希望に縋って、リリアーナは問う。

「何を……するつもりですの」

「分かりませんか」

「分かるわけ……ありませんわ……っ!」

気丈に威勢を発するリリアーナ。にやにやと見つめる男に噛み付くように、彼女は続ける。

「あなたも見たことがありますわ、ヘルクお兄様のところに最近出入りするようになった兵士長さん。それが何の用です、王宮では何がありましたの、お兄様は──何をしたんですのっ!」

「そこまで理解しておいて、『分からない』は通りませんねぇ」

リリアーナの心情を全て理解した上で、兵士長は告げる。

それがリリアーナに絶望を与えると正しく認識し、一息に。

「──王位を簒奪したのですよ、ヘルク殿下は。そうして今度は得た王位を守るため、次に敵になりそうなあなた方を排除しにかかったわけです」

半ば以上察していても尚、そのショックにリリアーナの目が開く。

「そんな……ヘルクお兄様がそんなこと、なさるわけが──!」

「おやおや。貴女様がヘルク殿下の何をお分かりで?」

「少なくとも、あなたよりは分かりますわっ!」

崩れそうな心を守るため、必死にリリアーナは言葉を発する。

「お兄様は、お兄様は……! 優しくて、責任感の強いお方です。無適性であるわたくしにも分け隔てなく接してくださった、心の広いお方ですわ。そんなお兄様が──!」

「──ほら。やっぱり分かっていないじゃないですか」

しかし、それを心底愉快そうに兵士長は切って捨てる。

「『心の広い』? あの王子様がそんな器であるわけないでしょう」

「な──」

「教えて差し上げますよ。あのお方がリリアーナ様を丁重に扱っていたのはねぇ──ただの、劣等感の表れですよ!」

仮にも仕える相手ですら容赦なくこき下ろす口調と共に、兵士長は告げた。

「可哀想な王子様。第二王子に何一つ敵うことなく、長子であるにも関わらず予備であることを強いられた王家の出来損ない! 惨めだったでしょうねぇ、耐えられなかったでしょうねぇ。だからこそ求めたのですよ、無適性の貴女様に、自分以上に王様になり得ない貴女様に、自分の心を慰めるための愛玩人形としての立ち位置を!」

「や、やめ──」

「『自分よりも可哀想な人間であること』。ヘルク殿下が貴女様に求めていたことはそれだけです。だからこそいざ王位を狙えるとなれば貴女様は最早邪魔でしかない、排除することに躊躇いなどない! だって──あの方は貴女に愛情など、最初から持っていなかったのだから!」

あまりにも雄弁な口調で、真っ向から叩きつけられて。

絶句するリリアーナの様子を、男は愉しそうに見据える。

「隊長、そろそろ──」

「良いではないか、トラーキア家の足止めも順調なのだろう? ならばここで王女様の心を折っておいた方が後が楽だ」

部下の諫言に、趣味半分実利半分で答えて兵士長が続ける。

「そもそもねリリアーナ殿下。 私は貴女が嫌いです(・・・・・・・・・) 」

「──え」

「随分と良いご身分ですよねぇ、魔法を持ち得ない 塵(ごみ) であるにも関わらず、大勢の従者に守られ兄姉に可愛がられて! どうせアスター殿下が王になる、そんな諦念のもと互いの傷を舐め合うおままごとを繰り返す貴女達ご兄妹には、反吐が出るかと思いましたよ」

ようやく言いたい放題言える。そんな声が聞こえてくるかのような淀みない兵士長の口調を、止めるものは誰もいない。

「そして、そうまでしたアスター殿下も王者としてはあまりに独善が過ぎた! その所為で破滅し、残されたのは誰も彼も王に相応しくない貴女達だけ! 分かりますかねぇ、もう詰んでるんですよこの王家は、貴女達の代で!!」

そうして最後に兵士長は哄笑を上げ、高らかに宣言し。

「ならばいただきましょう、この国を! 哀れで愚かな王子様を上手く使って、歴史ばかり重ねた外れ者の一族には御退場いただくのです!」

「──」

「ああ、ようやくだ。ようやく我々が正当に評価される時がやってきた! 我々を馬鹿にしてきた人間に、馬鹿なのはお前達だと突きつけられる時が! さぁ王女様、ご理解いただけましたらさっさと──」

「術式複合──『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』」

瞬間。遥か彼方から。

流星と化した一人の少年が、神速の複合魔法で全ての距離を一瞬で消し飛ばし。

「え──がッ!?」

着弾。勢いのまま、兵士長の横面を蹴り飛ばした。

冗談のように吹き飛ぶ兵士長に、瞬時に騒めく周りの兵士たち。その視線を一身に受け、少年は起伏のない口調で告げる。

「……失礼。何を言っているのかは聞き取れませんでしたが、弟子の身が最優先なもので」

「──師匠」

呆然と少年、エルメスに目線を向けるリリアーナ。

周りを取り囲む兵士たちは意に介さず、彼はその前に跪いて。

「遅れて申し訳ございません、リリィ様。……こちらにも凄まじい数の足止めがやってきていまして。突破に数分ばかり手間取りました」

間に合った安堵と……それを上回る怒りを宿した、神妙な表情で告げたのだった。

「状況は把握しています、色々と言いたいことはあるでしょうが後回しで。

まずは──全員蹴散らします。この場を脱出するまでもう少し、そこでお待ちください」