軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1話 王女様

「……それじゃあ、改めて確認しようか」

ユースティア王国、中心部。

そこにあるのは、王国で最も壮大で、最も技巧を凝らされ、最も古く、最も重要な建造物。

そう──王宮である。

その王宮内部一角、広い廊下に響く足音が二つ。

ユルゲンと、エルメスだ。

現在二人は王宮のとある場所へと向かっており、広い王宮を移動する間丁度良いとのことでユルゲンが現状の再確認を行なっていたのである。

ユルゲンが、再度口を開いた。

「王位継承争いが、本格化している。あの事件以降、アスター殿下の廃嫡が濃厚になってから、次の王太子の座を巡って様々な勢力が継承権を持つ方の擁立を始め、王宮は大きく動いた」

「はい」

エルメスたちが学園に通っている間の、王宮内での権力争い。

それ自体は、以前も聞いたこと。エルメスは頷き、ユルゲンの言葉を待つ。

ユルゲンはエルメスの理解力を信頼して頷きを返し、続けた。

「そして先日、アスター殿下が正式に廃嫡されて。それとほとんど同時期かな、王宮内での争いも落ち着いた。

結果残った勢力は──大きく、二つだ」

「二つ……ですか」

すなわち、二人の継承権保持者を擁立する勢力が残ったということ。

他の勢力は相手にならないほど縮小したか、併合されたかのどちらかだろう。

そして重要なのは、その二人の継承者。

エルメスは一層注意して、ユルゲンの言葉に耳を傾ける。

彼の態度を理解した上で、ユルゲンは努めて静かな口調で告げた。

「──一人目は、第一王子殿下」

「……なるほど」

「やはりね、こういう場合に長子というものは強いものだ。血統を重んじる者達……古く有力な貴族は多くそちらについている。加えて有力なブレーンもいると聞くし……ご本人もアスター殿下の影に隠れていただけで、魔法的にも決して王家に不適格なわけではない」

納得する。

この国は魔法の能力が優先されるとは言え、それでも年長の──本来ならば優先的な継承権を持つものを優遇する傾向もある。第一王子は妥当だろう。

だからこそ気になるのは──それと拮抗するというもう一つの勢力。その内容を、続けてユルゲンは口にする。

「二人目は、第二王女殿下だ。第一王女殿下が既に他国に嫁いでいる以上、実質的に女性の継承者の中では最有力。加えてこのお方は──この国では極めて大きな影響力を持つ勢力を背後につけている」

そこでユルゲンは、一拍置いて……少しだけ躊躇いながらも、きっぱりと。

「──『教会』だよ」

「────」

エルメスの目が細まる。彼にとってその組織は、様々な因縁を持つ。

教会。

その名の通り、神を──この国においては『星神』と呼ばれる唯一神を信仰する、王家にすら影響力を持つユースティア王国の最大宗教組織。

そして、何より。

『血統魔法は神に与えられた 天稟(ギフト) である』──この考えを最初に提唱し、流布した原因の組織だ。

そう。エルメスの知る魔法の真実と、真っ向から対立する言葉を謳っているのだ。加えて、エルメスを『神に愛されていない者』と定義した、ある意味で彼の追放の原因の一つとなっている関連もある。

……正直その点においても、エルメスの扱う魔法的な意味においても、仲良くできそうにはない勢力である。

エルメスの表情が若干険しくなるのを苦笑と共に眺めつつ、ユルゲンはまとめる。

「このような構図で、現在の勢力争いは二分されている。有力貴族を多数擁する第一王子殿下と、最大規模の教会を擁する第二王女殿下。どちらも強大な勢力であり──」

「……」

「そして──どちらも、 私たちが(・・・・) 倒さなければ(・・・・・・) ならない(・・・・) 相手(・・) だ」

その言葉は、すなわち。

トラーキア家は今挙げた強力無比な二勢力、どちらにも属さず。かといって中立でもなく。

第三の勢力、第三の継承権保持者を擁立するとの宣言に他ならない。

それ自体は聞いていたし、納得もしている。……元より、今聞くだけでも自分たちがやろうとしていることはその二勢力と相容れないことは明らかだ。

故に──と口を開き、ユルゲンは結論を、人名を述べる。

「私たちが擁立するのは、 第三王女殿下(・・・・・・) 。御歳11の、リリアーナ姫様だ」

「……失礼かもですが、率直な感想を述べていいでしょうか」

「いいよ。……というより、大方予想はつくけれど」

若干控えめなエルメスの口調に、ユルゲンが苦笑と共に促す。

予想されていることを承知の上で──エルメスは、忌憚なく述べた。

「………… 居たんですね(・・・・・・) 。第三王女様なんて。流石の僕でも王家に誰がいらっしゃるかくらいは把握していたつもりだったのですが……」

「いやいや、無理も無いよ。本当に表には出てこないお方だったし。多分君だけじゃない、貴族の大半は存在も知らないんじゃないかな」

それはそれで色々と問題がある気もするのだが。

そもそも、なぜそんな方を推そうと思ったのか。いや、ユルゲンのことだからきちんと考えはあるのだろうが。

「まあ、もちろん事情はあるよ。その辺りは近いうちに話す……というか、今から知ってもらうつもりだ。何せ──」

そこでユルゲンは、エルメスに向ける笑みを強めて。

「──そのために、今から『顔合わせ』に向かうんだろう?」

そういうことである。

現在二人が向かっているのは、王宮の中──第三王女、リリアーナ姫の居室。

そして……今日から彼女の家庭教師となるエルメスの、初顔合わせである。

それを確認したエルメスが心持ち、表情を硬くして呟く。

「……流石に、緊張しますね」

「はは、そう硬くなることはないさ。とてもいい子だよ、姫様は。君が来るのを楽しみにしておられたし、きっと君とも仲良くなれる」

安心させるように、ユルゲンが穏やかな口調で続けた。

「それに、私も君こそが彼女を導く者として相応しいと確信している。私の見立てを信じて、ありのままの君で接してくれると嬉しいよ」

「……公爵様が、そう仰るのでしたら」

その言葉を聞いて、エルメスも多少は心を落ち着ける。

同時に、ユルゲンが足を止める。──到着したのだ。

王宮の上階。他と比べても一回り大きな部屋と分かる、意匠を凝らした扉の前。

この中に、今日から自分の生徒となるお方がいる。

「では入ろうか。一応レイラを先行させている。──彼女がきちんと足止めしてくれていれば、いらっしゃるはずだけれど」

それを把握し、再度深呼吸をして…………いや待て。

ユルゲンが今何か不穏なことを言わなかったか?

しかしそれを聞く暇もなくユルゲンが扉をノックし、中からレイラの返答があり。それを聞き届けて扉が開かれ──

「いーやーでーすーわ────っ!!!」

──凄まじく高い声が、中から飛び出してきた。

「ええい、謀りましたわね! そもそも嫌な予感はしたんですのよ、普段は小言ばかりのあなた達が珍しく高級なお菓子を持って何も言わずやってきた時から! それでもと信じたわたくしが馬鹿でしたわ!」

「リリィ様、どうか落ち着いてください!」

声のした方に自然と目を向けると──そこには、レイラに後ろから羽交い締めされてもがく、ひどく小さな生きものが一人。

比較的小柄な主人であるカティアよりも、なお頭ひとつ分小さな体躯。そのせいで拘束を逃れようとする動作がじゃれるように手足を動かしているようにしか見えない。

その小柄な体はいかにも少女然とした装飾の多いドレスに包まれ、大変整った愛らしい童顔も相まってまさしく人形の如く。

声も子供らしく高いが、甘く鈴を転がすような美声のため不快感は全くない。

髪型も……確かツーサイドアップと言ったか。頭の両側でまとめられた艶やかな髪の一部が暴れるのに合わせて跳ねる様子や、ひょこひょこと動く髪飾りのリボンが小動物感を引き立ててなんとも庇護欲を掻き立てられる。

そんな非常に可愛らしい少女だが……口にする言葉は対照的に全力の拒否であった。

なんとかレイラの拘束から抜け出すと、少女は荒い息を吐いてから入ってきたユルゲンをあまり迫力のない感じで睨みつけると。

「ユルゲン! このわたくしを 謀(たばか) るとはどういう了見ですか! 顔合わせなど不要と言ったにも関わらず、お菓子で釣ってまで強引に引き合わせようとするその悪辣さ! 古狸との噂は本当でしたのね、もう金輪際信用しませんわっ!」

ふかーっ、と……例えるなら子猫が威嚇する感じで食ってかかる。

問い詰められたユルゲンは──しかし、穏やかな微笑みを張り付けたまま何も答えることはなく。

手応えのないその様子を少女は最後に睨みつけると、今度はずびし、とエルメスの方を指差して。

「それで! そこの──アスターお兄様ほどではないけれど中々格好良い銀髪のお方!」

「え、あ、はい……僕ですか?」

なんとも奇妙な表現をされたが、この場に銀髪の人間はエルメスしかいないので反応する。

「そうですわ! あなたがわたくしの新しい家庭教師ですのね!」

「え、ええ。恐らくは」

「では──本当なら顔合わせも避けるところでしたが、会ってしまったものは仕方ありません。ここではっきりと言っておきます!」

それを確認すると少女は──真っ向から、こう言い放った。

「わたくしは! あなたに教わることなんて! これっぽっちもございませんからっ!」

………………。

……とりあえず。

色々と言いたいことや、ユルゲンを問い詰めたいことや、ユルゲンに掴みかかって吐き出させたいことなどあったけれど。

エルメスは、一つだけ確信した。

このお方が、これから自分の生徒になる……かどうか既に暗雲が漂っているけれど、ともかくそういうことになっている噂の第三王女様なのだろう。

いや、言動から明らかではあるのだが──それ以上に、もっと直接的なところでエルメスは確信したのだ。

何故なら、眼前の少女の外見。

──目にも鮮やかな赤い髪に、吸い込まれるように理知的な碧眼。

エルメスのよく知る誰かと全く同じ、髪の色と瞳の色。

加えてその……色々と破天荒そうなところとか、感情豊かなところとか、好き嫌いがかなりはっきりしてそうなところとか。

それらの性格や雰囲気──全て合わせて、エルメスに一つの直感を与えたのだ。

すなわち。

ああ、この人── 師匠の血族だ(・・・・・・) 、と。

そんな訳のない感慨を抱くエルメスに対して、眼前の小さな女の子は。

一歩下がって辺りをぐるりと見回したのち──もう一度こちらに指を突きつけて。

「そもそも! 誰も彼も勘違いしているようなので、ここでもう一度、はっきりと言わせていただきますわ!」

胸を逸らし、精一杯の威厳を出そうとして──けれど外見のせいで愛らしさが全てを塗り潰している状態で。

それでも……きっぱりと、言い放ったのであった。

「わたくしは──王様になんてなる気は、全く無いんですからねっ!!」

かくして初の邂逅を交わした、この少女こそ。

第三王女リリアーナ・ヨーゼフ・フォン・ユースティア。

これからエルメスの教え子となり、エルメスの師ローズと瓜二つの外見を持つ、ローズの姪にあたる小さな王女さま。

──この国の、未来の王との出会いだった。