軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51話 自分

「無理に決まってるじゃない」

数日前。

サラの家に強引にやってきて移籍の話を始めたクライド、そしてそれを当人の意思を無視して押し進めようとしたイルミナ。その二人から、カティアがサラを連れ出した翌日のことだ。

サラは一度、ハルトマン家に戻っていた。荷物を取りに戻るためと──もう一度、イルミナと話をするために。

あのまま別れてしまうのは、どうしても躊躇われたのだ。どのような意図があったにせよ、イルミナがサラをここまで育ててくれたのは事実だったし。

何より、例え真っ当な思い出があまりにも少なかったとしても……それでも、家族なのだから。

だから家に戻って、今度こそ真っ直ぐにイルミナへと告げた。これからはトラーキア家の世話になること、そして、もうイルミナの投影対象ではいられない、『自分自身』を見つけたいのだということを。

聞き届けた上でのイルミナの回答が──それだった。

「できるわけないわよ。私が何年間貴女を育ててあげてきたと思ってるの?」

どろりとした、憎悪と怨念に満ちた瞳と声で母は訥々と告げる。

「15年よ。貴女が生まれてからの15年がどれほど重いものか分かってる? その間ずっと、ずーっと、私は貴女を見て教え込んできたわ。仕草も、見目も、頭脳も全部全部全部。お姫様になるためだけに、優れた殿方に見染められるためだけに、私のできなかったことをするためだけに刷り込んであげたのよ! なのに今更私を突っぱねて、別の自分になるですって!? そんなことできるわけがない、随分と夢見がちなおめでたい思考をしているものねぇ!」

後半になるにつれて息は荒く。それでも一息に言い切ってから、イルミナは目を見開き、口の端を激しく吊り上げて凄絶な笑い顔で突きつける。

「断言してあげるわ。── 貴女は(・・・) 何者にも(・・・・) なれない(・・・・) 」

「!」

「今更手遅れなのよ、15年間私の言うことだけを聞き続けた貴女はもう、私になる以外の道なんてないの! 恩知らずの不孝娘が、私を切り捨てておいて自分だけ幸せになるなんてそんなこと許されるわけがないのよッ!!」

そこから吐き出される言葉は呪詛のように、サラを絡め取る。

「私を捨てた貴女は空っぽよ、自分と呼べるものなんて何一つ残っちゃいないわ! 自分一人では何も出来ない愚かな小娘、良かったわねぇそんな貴女に同情してくれる心優しいお友達がいて!」

「っ──」

「その子達について行くんでしょう? 好きにしたらいいじゃない、貴女はそのまま──何者にもなれないまま、友達想いの公爵令嬢様に死ぬまで 飼われて(・・・・) いるのがお似合いよ!」

その言葉を最後に。

サラはハルトマン家を出ていった。追い出されるように──或いは、逃げるように。

母親に吐きかけられた言葉に返せるだけのものは……彼女の中には、見つけることができなかったから。

そして、現在。

「っ……。これで、負傷した人は全員ですか……?」

『 精霊の帳(テウル・ギア) 』で張った結界の付近で、『 星の花冠(アルス・パウリナ) 』による治癒を間断なく行使する。

学園を守るため、自らに与えられた魔法の力を余すところなく行使したサラが問いかける。

「あ、ああ。しかしサラ嬢よ……大丈夫なのか?」

答え、同時に問いかけたのは近くにいたBクラス生徒。

短期間で大量の魔力を消費したからだろう、彼女の肌には冷たい汗が浮かび、吐く息はひどく荒い。

「貴女は防衛の要なのだ、戦えない負傷者にまで早急な治癒を施す必要は……」

「いえ……大丈夫、ですから」

彼女を案じての忠言だったが、サラはそれを理解しつつも申し出を遮る。

「大丈夫です、こういう時のためにわたしがいるんです。……ちゃんと、みんな守りますから。守らせて、ください」

その言葉は、自分に言い聞かせているようでもあった。

──貴女は何者にもなれない。

数日前、母親に言われた言葉が彼女の中で木霊する。

……それは嫌だ、と思った。

流されるままの自分が嫌で、確固たる何かを持ちたくて。

そのために、自分なりに頑張ってきたつもりだった。これが自分だと言える確かな成果を、形になるものを自分の中に見つけたかった。

色々と、出来たとは思う。けれど未だ自信を持つことだけはできていなくて。

だから、せめて。生まれ授かったこの魔法でできることはさせて欲しい。それだけが、今の自分を支える確かなものだから。

そんな覚悟と共に、彼女は疲労で重くなる頭を上げて前を向き、告げる。

「結界は、破らせません。傷ついた人は、全員治します。だから遠慮なく──」

「──ああ、やはり君は優しすぎる。こんな連中にまでその慈愛を向けてしまうなんてね」

どこからともなく、声が聞こえたと思ったその瞬間。

「え、──!?」

自らの周りを真っ黒な何かが覆ったかと思うと、それごと凄まじい勢いで引っ張られて。

悲鳴を発する暇もなく、何処かへと連れ去られてしまうのだった。

「──!」

目を覚ますと同時、連れ去られたことと、恐らくわずかな間意識を失っていたことを把握する。

瞬時にあたりを見回すが──学園の景色らしきものはどこにも見えない。周囲にあるのは学園を覆っているものと同種の黒い壁だけ。にも関わらず一定の薄暗い光源は確保されているという妙。

……サラは、彼女独自の感覚で現状を把握する。

この黒い壁は恐らく、自分の『 精霊の帳(テウル・ギア) 』と同系統の魔法だ。察するに自分の結界の穴を突いてやってきた人間が、自分をその魔法に閉じ込めて拉致した。

そしてその下手人が、

「……やあ。お目覚めかな、サラ嬢」

隔絶された空間の中、目の前に立って悠然と手を広げる、クライド・フォン・ヘルムート。

喜悦の笑みを浮かべる、今回の騒動における元凶の一人だ。

「…………」

混乱を抑えて思考を巡らせつつ、周囲の把握も行うサラ。

──大丈夫だ、自分の張った結界は健在。自分はまだ生徒達を守れている。その魔力感知からするに、きっと黒壁の魔法に閉じ込められているだけで現在地はそう離れていない。

だが、当然今後もそうとは限らない。そして、ここからどう転ぶかを握っているのが眼前のクライドだ。ならば……

「……何が目的ですか? クライドさん」

まずは、彼の狙いを把握する。その目的で声をかけると、彼はまさしく喜びに溢れた口調で、

「──もちろん、 君を助けに(・・・・・) きたんだよ!」

…………。

「……え」

思わず、本気で虚を突かれた。

彼女の反応で理解していないことは察したのか、クライドが再度口を開く。

「分からないのも無理はない。僕だって教わってようやく気付いたことだからね。……つまりね、間違っているのは学園の連中の方なんだよ」

「……」

「あいつらはもう手遅れだ、この国を変えようとする人間の志を全く理解できていない。そう、だから──礎となってもらうことにしたんだよ。真に国を思う彼らと、そしてこの僕の素晴らしい魔法のお披露目としてねぇ!」

──エルメスから聞いてはいたがやはり、この魔物を用意したのはクライドだったらしい。しかも口ぶりからするに……学園の皆を、巻き込むことに一切の躊躇なく。どころかそれを主目的にさえして。

クライドは続ける。

「でもね、そんな腐り切った学園の中にも輝くものはある。──それこそが君だ、サラ嬢!」

「……」

「あの 塵(ごみ) のような学園の連中さえも全て守り切ろうとする慈愛の心は素晴らしい。でも……だからこそ惜しい。君は、それを向ける相手を致命的なまでに間違えている!」

ひどく大真面目にオーバーな身振りで、陶酔と共に彼の語りは止まらない。

「だから君をここに呼んだし、見せつけるために魔物に学園を襲わせた。分かっただろう、あいつらは君に守られるだけのくだらない連中だよ。君だってもっと──そんな奴らよりもより相応しい相手にその想いを向けたいと思うだろう!!」

その向ける相手とやらが彼の中で誰を指しているのかは──もう、聞かなくても察せられた。

遂に、締めくくりとしてクライドはサラの方へと真っ直ぐ手を差し出して。

「だから、ほら。 あんな(・・・) 奴ら(・・) なんか(・・・) 見捨てて(・・・・) ──君も僕の、僕たちの元へと来ないかい?」

迷いなく、そう告げた。

彼の表情は、あまりにも揺るぎない欲望と正義感に輝いていて。自分こそが可哀想なお姫様を助けにきた存在だと、一切撤回の余地がないほどに確信しきっていて。

それを見て、分かってしまった。

故に彼女は──ふっ、とどこか力を抜いて、微笑んだ。

それは決してプラスの意味を感じさせるものではない。ひどく残酷なものを見たような、何かを諦めてしまったかのようなものだった。

しかしクライドにそんな機微など理解できるはずもなく、むしろ肯定と受け取って喜ばしげに手を広げて──

「……悲しいですね」

──その声で、固まった。

いくら彼でも気付いたのだろう。彼女の声色に込められた、受け入れることとは正反対の意図を感じさせる響きを。

「……すごく都合の良い考えをお話しするとですね」

今度は、彼女が語る番だった。

「わたしはずっと──『話せば分かる』と思っていたんです。どんなにひどいことをする人でも、そうなるに至った理由がちゃんとあって。それをきちんと理解して、そうならないように頑張っていれば……きっと、誰だって分かり合えるはずなんだと」

呆然としているクライドが聞いているかどうかは分からないけれど、彼女は今までを打ち明けるように続ける。

「馬鹿馬鹿しいでしょう? でも、それが唯一わたしが『自分』だと思える願いだったから。……それに、できると思っていたんです。頑張って勇気を出したことが成功して、上手くいって……何より、わたしの一番憧れた人がちゃんとわたしの話を聞いて、考えを変えてくれたから。……調子に乗ってたんだと思います」

けれど、とそこでサラはトーンを落として。

「上手くいってたのは、そこまででした。お母様も、そしてあなたも。……世の中には、どうしても理解できない人、分かれない人が……きっと思ったよりもずっと身近にいて」

「……」

「わたしの願いは、空想でしかなかった。──『おとぎ話』は、どこにも無いし作れない。それが、ようやく分かった……いえ、認められました」

クライドの表情は……未だ変わらない。これは絶対に迂遠な言葉では理解できないだろう。

そう考えたサラは、一度息を吸って意図的に冷たい声を作ると。

「──ごめんなさい。貴方の誘いには、乗れません」

きっぱりと、そう告げた。

「貴方の考えを、理解することができません。共感もできないし……したいとも、思うことができませんでした」

「……え? いや、何、何を、言っているんだ、君は」

クライドがあからさまに狼狽える。

「そうか、操られて言わされているんだな。でなければ心優しい君がこんなことを」

「本心ですよ。魔物を操る貴方なら、操られているかどうかはよく分かると思います」

彼は、これまでサラに明確な否定を受けたことがなかった。

彼女がひどく気を遣って、直接的な表現を避けたから。彼女に対する執着と彼の性質がそれに曲解を繰り返し、断じて認めることをしなかった。

けれど、今。

ようやく真っ向から、皮肉にも逃げ場のない状況で言葉を叩きつけられて、彼は理解した。思考で認められなくても状況で、理屈で分かってしまった。

彼女は自分を受け入れる気が、一切無いのだと。

それでも尚何かしらの理屈をこね回そうとするクライドに対して、サラは止めを刺すように、これまで通り穏やかで悲しげに告げる。

「『想いを向ける先を間違えている』と貴方は言いましたが──もし貴方と学園の皆さん、どちらかしか助けられないのならわたしは迷わず後者を選びます。……何一つ考えを変えられず、駄々っ子のように喚く貴方の方がくだらないし……可哀想」

「──」

彼女にしては……いや、彼女だからこそのあまりに痛烈な否定。

それを受けたクライドは、ようやく全てを理解した様子で目を見開いて固まり。

そして。

この手の輩の執着は──容易く憎悪へと反転する。

「ああ、見誤っていたよ……本当に救えないんだねぇ君はッ!!」

クライドが叫ぶと同時、彼の後方で重低の咆哮が轟いた。

直後、黒い壁をすり抜けて現れるのは、あまりにも巨大な土色の影。

爬虫類を思わせる鱗に、長い首。強靭かつ硬質な手足も巨大な翼も、あまりに暴力的な気配に溢れている。縦長の瞳孔を持つ金瞳に宿す感情は、当然の如く殺意の一色。

誰もが知る、その魔物の名は。

「……竜種……」

「ああ、正真正銘の純血竜、迷宮の奥に潜む地竜の一柱だ! 幻想種にだって引けを取らない、こんな魔物だって僕ならば支配下に置けるのさ!」

得意げに語るクライド。そして、彼が次に行うことも明らかだ。

「いいよ、そんなに時代遅れの連中が大切ならさぁ──僕がまとめて、仲良く葬ってあげるさ! まずは君からねぇ!」

「……あはは」

あまりに直情すぎる行動に乾いた笑いが浮かぶ。

「……いいですよ。可哀想な貴方と、空っぽのわたしで。どうしようもない戦いですけれど、きっとどちらにもお似合いです」

どこか自棄を感じさせる声で、サラも対抗して魔力を高める。できる限りは抵抗してみせる──と、気合と共に地竜を見上げる……が。

それは間違いだったと、すぐに気付く。

「あっはっはっは! 震えているじゃないか!」

改めて見上げると、あまりにも大きな威容。幻想種にも引けを取らないということが決して嘘ではないと分かる、莫大な魔力量。

そして何より……それに自分一人で立ち向かわなければならない。ケルベロスの一件であれば耐えられたことも、その事実が重なると途端に恐怖に変わる。

「そうだよねぇ。君は所詮誰かのサポートしかできない、一人じゃ何もできない魔法使いだものね! 威勢を張った割には随分と情けない姿じゃない、かッ!」

「ッ!」

地竜の前足が振り下ろされる。

咄嗟に結界で防ぐが、想像を遥かに超えて凄まじい衝撃だ。これでは後何発耐えられるか分かったものではない。

そして何より──未だ眼前の暴虐を前にしての、原始的な恐怖が、震えが──止まってくれない。

「怖いかい!? 怖いだろうねぇ! 学園の連中の助けでも期待して、『助けて』って叫んでみるかい!? 無駄だよ、あいつらはほとんどが震え上がるばかりの情けない連中、戦っている奴らも魔物本隊の相手に精一杯だ!」

「っ、く、ぅ……っ!」

「仮に誰かが来れたとしても、この結界の周りは強力な準竜種で固めている。そもそもこの壁は血統魔法ごときじゃ破れない! つまり──誰も助けになんて来れないんだよッ!」

容赦なくサラを楽しげにいたぶるクライドは、絶対的な優位にあることを確信してか得意げな語りを繰り返す。

「君が僕の手を取らず、くだらない連中を助けると言ったからこうなるんだよ偽善の聖女様! そして君がいなくなれば学園の連中も全滅だ、分かるかい、結局君は何も救えないのさ!!」

愉悦の表情を隠すこともなく、クライドは最後とばかりに高らかに。

「君は何も守れない、そして守られて震えるだけの学園の連中にも何もできない! くだらないのはどう考えたって君たちの方だよねぇ。ほら、悔しいなら、怖いなら情けなく助けを呼んでみなよ! どうせ誰も来ないだろうけどねぇ──」

凄まじい破砕音が響いた。

「──は?」

それが、 黒い(・・) 壁が(・・) 叩き(・・) 壊された(・・・・) 音(・) だと壊れた場所を見たクライドは、呆けた声を出す。

同時に、もう一度先ほどよりも派手な音。人一人通れるほどの大穴が空いたのち、そこから現れたのは。

「……大変五月蝿いご高説どうもありがとうございます。おかげさまで準竜種を片付けている最中も耳が腐るかと思いました」

凄まじい魔力を放つ紫焔の大剣を手にした、銀髪の少年。

「それでですね。大変脈絡のない野蛮な行動だと理解はしているのですが──」

彼は据わった瞳に──彼にとっても久しぶりの絶対零度の感情を宿すと、無表情のままクライドを射抜いて。

「──とりあえず一発、殴らせていただいてもよろしいですか?」

あまりにも、静かな宣言。

されどその姿に、この場にいる何よりも恐ろしい何かを感じ取って。

クライドは、無意識のうちに一歩後ずさるのであった。