作品タイトル不明
43話 急転
Aクラス生三人が襲撃され、クライドの調査を開始してから数日。
そんなある日の放課後、エルメスは思案顔で学園の廊下を歩く。
しばらくの思索の後、彼の顔に浮かんだのは──確信だ。
「……うん、間違いない」
ここ数日の調査、そしてその間にあった出来事。
それらに彼自身の魔法に関する推理を組み合わせた結果──クライドの扱う魔法の正体に、エルメスは既に辿り着いていた。
……なるほど、と思った。
確かにこれは盲点だ。この魔法を上手く使えば、『一切人の手をかけずに』あのような現象を引き起こすことも、決して不可能ではない。
そして、同時に急がなければならないとも思う。
何せ、もし彼が自覚的に、意図的にあの魔法を使ったのならば──恐らく被害は、数人や数十人には留まらないだろうから。
故に、すぐにでも彼を問い詰め、解き明かし、追い詰めなければならない。
だが、その前に。
彼が歩みを進めている先は、クライドの居場所ではない。とある人物に呼び出しを受けており、それを無視するわけにもいかなかったからだ。
かくして辿り着いたのは、エルメスが普段通っているBクラス。
既に授業が終わってから時間が経っている。他に誰もいないがらんどうの教室にエルメスが足を踏み入れると、そこには。
「……や。こんな時に呼び出してごめんね、エル君」
西に傾いた太陽に照らされ、淡い赤光をその銀髪に落とす美しい少女。
ニィナ・フォン・フロダイトが、いつもの気さくな笑顔でこちらに手を振っていた。
「それは構いませんが……用件は何でしょう? やはり、クライド様に関することで?」
「えー。放課後、女の子から、二人っきりの教室への呼び出しだよ? もうちょっと期待とかしてくれてもいいのになーと思うんだけど」
エルメスの確認に、まず少し不満そうに可愛らしく唇を尖らせるニィナ。
けれど、すぐにその表情をいつものもの──より少し真剣に戻して。
「でもまぁ、そんな感じ。……クライド君の血統魔法には、もう当たりがついてるんだよね?」
「ええ。本当は今日にも問い詰めるつもりだったのですが──クライド様、今日は学校に来なかったようなので」
突き止められたことに気づいたか、或いは別方向で問題が発生したか。
ともあれ……当然、それで逃すわけもない。
「カティア様、サラ様と合流してクライド様の実家に向かいます。それで本人を、いなければ家族に問い詰めましょう。そう公爵様からの許可も頂いております」
「なるほど。まあ、そうなるよね。……じゃあ、ボクからは忠告を一つ」
エルメスの方針表明にニィナは頷くと、再度彼を真っ向から見据えて。
「この件だけど……多分、想像以上にやばいよ。きっとキミたちの思っているよりずっと。クライド君を片付けるのも一筋縄ではいかないと思う」
「!」
その言葉が、ニィナから放たれた意味。それを推測した上で、エルメスは冷静に問う。
「……ニィナ様は、何かご存知なのですか?」
「うん、まぁね。知ってたというか、隠してたことがある。……キミたちが彼の元に向かうのなら、もう隠してもおけないなと思って。その上で判断して欲しいんだ。呼び出した用件の一つは、それ」
納得した。
恐らくその隠し事がクライド周りに関することなのだろう。ならば、このタイミングで切り出したのも頷ける。
ニィナが口を開く。
「……ボクの家はね、騎士の家系だったんだ」
「?」
しかし、切り出されたのは彼女の身の上話。
一瞬首を傾げるが──彼女が酔狂でこんな話をしている様子はない。
ならば、語るべきことなのだろう。そう判断してエルメスは引き続き耳を傾ける。
「魔法使いの騎士。どうしても『詠唱』という工程が入る血統魔法使い共通の弱点を守れる存在。それを満たす優秀な騎士を輩出していたのがボクの 元々の(・・・) 家でね」
──元々の、とは、つまり。
「それでさ、子供の頃からボクも仕込まれたんだ。別に修行は嫌じゃなかったよ。剣を振るうのは楽しかったし性に合ってた。それに、どうやらボクにはすごく才能があったみたい。『男だったら良かった』って何度も言われたし……実際一時期男の子として育てられてた影響でこんな口調になったわけなんだけど」
さらりと自身の特徴の原点を開示しつつ、彼女は続ける。
「──でも、それでもここはユースティア王国。そういう悲劇が起こる場所だった」
……今までとは違う、少し憂いを帯びた表情で。
「ボクの血統魔法がね、あんまりにもあんまりなものだったんだよ」
「!」
「いくら騎士の家とはいえ、それでもこの王国である以上魔法は大切だ。……その点ボクの魔法は、ちょっと色々な意味で問題がありすぎてね。……なんだかんだで、結局家に居られなくなって別の家、フロダイト子爵家に引き取られたんだ」
「そんな、ことが」
ある意味で彼女もエルメスと同じく、魔法に恵まれなかった被害者だったと。
「流石にショックだったなぁ。それでも今までやってきた剣の修行は、アイデンティティだったからやめられなかったけど。……でもそれ以外のことはさ、どうしても無気力になっちゃった。こんな生まれつきのもの一つで全部決まっちゃうんなら、何のために頑張るんだーってね」
「……カティア様も、かつては同じことで悩んでおられました」
「うん。だからね、キミには最初っから興味というか、シンパシーを感じてたの」
そして彼女の話は、エルメスの編入時まで進む。
「ボクと同じ、魔法のせいで家を追い出された人。ボクよりも酷い、貴族の立場も剥奪されて──でも戻ってきた人。きっとボクが感じたことと同じことを思っていたはずのキミは、この学園で何をするんだろうってね」
そう思って、彼に話しかけた結果は──
「──すごいね、キミ」
今の彼女の表情が、雄弁に物語っていた。
「こんな国でも、ここまでまっすぐでいられる人がいるなんて。そんなキミのおかげでBクラスのみんなはずっと良くなった。学園も変わりつつある。そしてボク自身も──久しぶりに、こんなに熱くなれた」
瞳を閉じ、その熱を思い出すかのように胸に手を当てる。
そして再度目を開くと、ニィナはエルメスに向かってふにゃりと笑いかけて。
「だから、改めて。──ありがとうね、エル君」
「──」
その柔らかな微笑は、照らす西日も相まってあまりにも幻想的で、美しく、そして愛らしく。
しばし、エルメスは時も忘れて見惚れた。
……だが、と気を引き締め直す。
何故なら、ここまでの話は前段階。本命の、一番聞くべきことがこの先に控えている。
「長々とごめんね。……そう、ここからが本題だ」
それを彼女も察したのだろう、表情を真面目なものに戻して、一旦息を吸うと、満を辞して語り出す、
「ボクの──」
その、瞬間だった。
「血統魔法──『 悪神の篝幕(ゴエティア) 』」
どこから、ともなく。
そんな声が響いてきたかと思うと──突如として、教室が薄暗い闇に覆われる。
「な──」
いや、教室だけではない。窓の外を見たエルメスは驚愕に目を見開いた。
教室の外。中庭を超えて、ちょうど学園を囲う柵に沿うように。
真っ黒なドーム状の『何か』が展開され、学園外と中を隔てていた。
それが何を指すか、分からないエルメスではない。
「ッ──」
閉じ込められた(・・・・・・・) 。
それも勿論問題だが、何よりエルメスの胸中を締めるのはある一つの疑問。
「…………誰の魔法だ、あれは」
知らないのだ。
エルメスは少なくともこの学年の人が使う魔法は全部把握している。最近の事情もあって、学年外でも目立つ魔法に関しては知っているのだ。
だが、今の魔法は──効果も魔力の質も、エルメスの知る何にも当てはまらない。
そう。
先日突き止めたクライドの魔法も、あれではないのだ。
つまりは──全く知らない第三者の魔法による干渉。
「…………」
まさしくニィナが言った、『想像以上にやばい』状況。
その訪れを正しく直感し、エルメスは学園周囲の異様な光景を睨む。
◆
「……こんなものかな」
同刻、学園の校門付近にて。
精悍な顔立ちをした二十半ばほどの男──そう、先日クライドを勧誘した男。
そして、この学園全体を覆う黒い何かを血統魔法で展開した張本人は、横で佇む青髪の少年に声をかける。
「よし、これで余程のことがない限り学園の人間はここから出られない。これでいいかな? クライド君」
「……ええ。凄まじい魔法です」
声をかけられた少年、クライドはやや冷や汗を流しながらそう呟く。話しかけた男に対する、微かな畏れを滲ませて。
この男が張ったのがただの結界──そうとは限らないのだが、仮にそうだとしても、あまりにも範囲が膨大だ。
王宮周りを除けば王都では随一と言って良い敷地面積を誇るこの学園。その全土を覆う結界など……どれほどの魔力量と出力があれば可能になるのか。
そんなクライドの視線を受けてか、男は安心させるように笑みを返す。
「流石に俺も多少は無理してるよ。それに、多分結界の維持で精一杯だから俺はもうここから動けない。ついでに言うとここには俺と君だけ。つまり援軍はない」
結論、ここから動きを起こせるのはクライドだけ。だが──
「でも、問題ないだろう? 君なら──」
だが、その事実を理解した上で、あっけらかんと男は告げる。
「──今の君なら、 ここから(・・・・) 一人で(・・・) 学園を(・・・) 壊滅させる(・・・・・) ことも容易いはずだ」
「ええ、勿論です」
その、行動内容においても実行可能性においても信じ難い一言を受けて。
しかし、満面の笑みでクライドは頷く。
「……そもそも、これまでがおかしかったんですよ」
どころか、誰にともなく語り始める。彼が過去幾度となく浮かべてきた、歪んだ笑顔で。
「こんなにも僕は謙虚に、この国の為を思って身を削って頑張ってきたのに。その高潔な想いを醜い嫉妬や自己顕示欲で踏み躙り、新しい価値観を認められず僕の足を引っ張る者ばかり。どれほど罰を与えてもその人間は一向に減らない。なら──」
そして。
「 この学園(・・・・) そのものが(・・・・・) 間違っている(・・・・・・) 。そうに違いない!」
クライドは一片の曇りもなく、晴れやかに宣言する。
「うんうん、そうだねぇ」
一方の男も、クライドの言葉に全面的な賛成を見せた。
「この国はもう、小規模な変化ではどうしようもないほどに腐りきっているんだよ。君のいた学園なんてその最たるものさ。……そして、あまりにも処置が追いつかない腐敗は、『切り落とす』ことが最も理に叶った治療法だ」
「ええ、任せてください! 貴方のおかげで、ようやく目が覚めた」
男の全面的な肯定──これまでクライドが得られなかったものを与えられて、彼は益々勢い付く。
「教えてやりますよ! 古い価値観を変えられない人間たちに、この先この国はそんな奴らから排除されていく。お前たちは淘汰される側だと! そしてこれからの王国を導くのは──この僕たちだということを!」
思い通りにならなかった学園への憎悪と、都合の良い未来への希望に満ちた宣誓。
それを満足げに聞き終えた男は、最後にクライドの持つ黒い水晶を指さす。
「一応、その魔道具で『俺の魔法』の効果も疑似的に扱えるようにはしてある。君なら上手く使えるだろうが──あくまで補助だ。本命は『君の魔法』だよ。これまでくだらない慣習に囚われて十分に扱えなかったその素晴らしい魔法を、是非この国の未来のために奮ってくれ」
「はい!」
「良い返事だ。……じゃあ、後は頼んだよ、未来の同志よ」
その言葉を最後に、溶けるように男が黒い壁の向こうに消えていく。
一人残されたクライド。だが、彼の顔に不安など微塵もない。
学園を見据える。これからあの忌々しい場所を自分一人の手で蹂躙できる喜び、そして自分の魔法を遠慮なく扱える喜びに打ち震え。
途方もない自己肯定と愉悦と共に、彼は息を吸い、唄う。
「──【在らざる命よ 枷なき心よ 禍星(まがほし) の館に集い給え
宴の御旗は此処に有り】!」
Aクラスの三人が原因不明の不幸に見舞われた事件。
それを調査した者たちは──一つのミスを犯した。
その犯行を、 人の手に(・・・・) よるもの(・・・・) と決めつけたことだ。
だが、無理もない。
確かにこの世には、人以外にも魔法的存在はある。例えばカティアの『 救世の冥界(ソテイラ・トリウィア) 』による幽霊兵が好例だろう。
しかしそれにしても、ここまで精密かつピンポイントな犯行を可能にするレベルのものは彼らの常識にはない。しかも犯行の際クライドは家に居たし、それ以前にそこまで純魔法的な存在が何かをしていれば多少なりとも魔力感知に優れたものが何かしら気付く。
故に、彼らは見落としたのだ。
この世には動物と同じレベルで何処にでも存在し、弱いものではそれこそ動物と見分けがつかない程の魔力しかなく。
人間では不可能な場所からでも入り込め、逆に人間ではありえないレベルの膂力や敏捷性を発揮する個体もあり。
それでいて、『人間を害する』ことにかけては凄まじい能力と知能を発揮する、あまりにも彼らにとって身近な存在を。
「血統魔法──『 万里の極黒(エインヘリヤル) 』!」
クライドが、高らかな魔法の宣言をすると同時。
──ずるり、と。
まさしく這い出るように、男が出て行った黒い壁から入れ替わるように、『それ』は姿を現した。
あるものは、熊と虎が合わさったような毛深い二足歩行の巨体。
あるものは、恐ろしいまでに尾針が発達した巨大な蜂。
あるものは、そもそも生物の枠からすら一歩はみ出たような漆黒の何か。
多種多様な魔法生物、それこそ学園を覆い尽くしても余りあるような無数の存在。
その共通点は二つ。瞳が純粋な殺意を宿して爛々と光り輝いていることと──
──にも関わらず、全員がクライドに対してだけは従順に傅いていること。
その忠誠を、クライドは喜悦と共に受け入れて宣言する。
「そうだよ、僕にかかれば人類の敵すらこうして有効活用できるんだ。この僕の実力を隠させた無能な父上も、全く評価しない学園の連中も、調子に乗ったあの男も! 全て間違っている、そんな蒙昧な人間は── 食われても(・・・・・) 仕方がない(・・・・・) よねぇ!」
それは彼の言葉通り、人類の敵手を利用する魔法。
有用なのは間違いないが、そのあまりの悍ましさ故に反感を買わぬよう、秘匿された使用に留めた王国暗部の魔法。
血統魔法、『 万里の極黒(エインヘリヤル) 』。
その効果は、 魔物の操作(・・・・・) である。
「さぁ、教えてあげようじゃないか! 哀れな連中に、真に力を持った人材に気づけない愚かな人々に──真の変革者が、誰なのかということを!」
かくして、逃げ場の無くなった学園にて。
悪意に導かれた無数の憎悪の化身による、襲撃が始まった。