作品タイトル不明
41話 罰
週明けの学園、Aクラスにて。
現在そこは、断罪の場と化していた。
「失望したよ、クライド君」
中心にいるのは当然、クライド・フォン・ヘルムート。
正面で彼を責め立てるのは、三人のAクラス生徒。
ネスティ・フォン・ラングハイム、ライネル・フォン・アーレンス、アネット・フォン・マルクリー……先二人は以前の対抗戦で、それぞれアルバートとニィナに敗北した生徒。残り一人の女生徒は以前よりサラを目の敵にしており……そして同様にBクラス生に対抗戦で負けた人間だ。
加えて更なる三人の共通点は、対抗戦後、クライドと同様にBクラスの勝利を認めない派閥に属していた生徒だと言うこと。
つまり今クライドは──かつて自分の味方だった人間から責められているのである。
「まさか君が、表面上は清廉な言葉を謳う裏でこんな汚いことに手を染めていただなんて!」
「その通りだ! ああ、尊敬できる級長だと思っていたのに!」
「がっかりですわ、クライド様がそんなお方だったなんて!」
原因は言わずもがな、カティアが週末にかけて調べ上げたこれまでの不当な言動、そしてBクラスの不正等自分の主張を証明するものを捏造しようとしていた証拠。
それをこのタイミングで、容赦なく学校中にばら撒いたのだ。
交渉に使う手もあった……というかそれが本来の使い方なのだが、あの休日の様子を見るにそもそもクライドが交渉に応じる可能性自体絶無だろう。ならば遠慮なく、と彼女はその情報を爆弾として放ることに決めたのである。
それに、彼女は分かっていた。
クライドが級長であれた最大の理由は実力でも弁舌でも、カリスマでもない──Aクラスに対する利益をある程度保障していたからだ。
故に、自分たちの嗜虐心と名誉欲を満たせる場であった対抗戦に敗北した時点で既に彼の求心力は相当に低下していた。残る者たちもクライドの人柄ではなく挽回の手腕に期待していたに過ぎない。
ならばだめ押しとして、もう挽回など不可能なのだと、言い逃れができないほどの証拠を突き出してやれば。
「なぁ、聞いているのかいクライド君! この落とし前をどうつけるつもりだ!」
「我々の信頼を裏切ったのだぞ、その罪はひどく重いと知れ!」
このように、彼が孤立するのは自明の理。
あの日クライドを見逃したのは、止めを刺さなかったのは慈悲でも何でもない。
言った通り──カティアが手を下すまでもなかったからだ。
責めている彼らも、クライドがいなくなればいよいよBクラスを貶める手段がなくなり、認められない自分たちが困ることは間違いない。
だが、こうなった以上もう仕方がないと諦めて。
『せめて傷を抑えよう、このクライドが全て悪かったのだと自分たちの罪も押し付けよう』と打算して、現在手厳しい糾弾を行なっているのだ。
……それが透けて見える以上、正直見ていて気分が良いものではない。
だが、この手の人間には一番効くと判断したためカティアはこの手段を用いた。ならば最後まで見るべきだろうと教室中央で繰り広げられる茶番劇を見守る。
そしてかつての味方からも裏切られ、いよいよもって完全に孤立したクライドは。
「──待ってくれ!」
尚も、諦めようとはしなかった。
「君たちは勘違いしている、騙されているんだ! 君たちは僕が証拠を捏造したと疑っているようだが──逆にその情報を提供したカティア嬢の方がその証拠を捏造したんだよ! どうしてそんなことも分からないんだ!」
「ふざけるな! あれだけ多くの目撃情報に、我々だって聞いたことのある言動も入っているんだぞ! この期に及んで尚も言い逃れをするつもりか!?」
「そうよ! これ以上どれほど侮辱を重ねれば気が済むつもり!?」
だが、糾弾する側も含めこの手の連中は他人の足を引っ張ることにかけては凄まじい執念を発揮する。
苦し紛れの言い訳は即座に封殺され、いよいよ何も言えなくなるクライドに更なる罵倒が浴びせかけられる。
「まず、おかしいと思っていたんだよ! 『アスター殿下の七光りで威張っているだけ』の人間が!」
「ええ! 『口先ばかりが回る分際』で、どれだけ偉ぶれば気が済むの!?」
「血統魔法だって所詮は隠しているだけ、『どうせ大した魔法ではない』のだろう!!」
そして、ついに彼らは──そこに踏み込む。
これまで何故か誰も触れようとしなかった、クライドという存在がこの学園で幅を利かせている矛盾に。
言われたクライドは、愕然とした表情で唇を戦慄かせると。
「……どうしてだ……」
怒りと、悲しみと、哀れみを込めた声色とともに口を開く。
「どうして、そんなひどいことが言えるんだ!? 僕はこれまで、こんなにみんなのために頑張ってきたのに! どうして誰も僕のことを信じてくれないんだ! これではあまりにも僕が可哀想だとは思わないのか!」
「……」
「僕は常々言っていたじゃないか、これからの貴族は謙虚に、みんなで協力し合うべきだって! それなのになんだい君たちは、自分の不利益になりそうだと思った瞬間に僕を見限って! これまでこんなにAクラスに貢献してきた僕を助けてあげようとは思わないのかい!?」
クライドの主張に、誰も声を上げなかった。
言い返せなかったわけではない──呆れていたからだ。
自らを被害者に置く変わり身の早さに、そして中身の伴わない主張を未だ行う愚かさに。
だが、当のクライドは何故かその考えに一片の疑問も抱いていないような口調で、最後にこう言ってきた。
「なんて傲慢で、自分勝手な人たちだ! そんな人たちには、アスター殿下と同じように── 罰が(・・) 下る(・・) ことに(・・・) なるぞ(・・・) !!」
その、清々しいまでに堂々とした根拠のない宣言に。
クライドを責めていたネスティ達は──失笑を返した。
「……はは。なんだいそれ」
「罰ですって? 随分と愚かなことを仰るのね、やっぱりそれがあなたの本性ですわ」
「ああ、それなら今、この場で貴様が下して見るが良い。できるものならなぁ!」
そして、嘲弄の意思を隠すこともなく三人がクライドに言い募る。
迫られたクライドは、それ以上何も言えなくなった様子で後退り──ついには、その場に背を向けて教室を出て行った。
教室中に、三人の高笑いが轟く。
誰もが、クライドが三人の糾弾に耐えかねて無様に逃げていったように見えただろう。
実際、カティアもそうとしか見えなかった──だが。
「……?」
彼女は二つ、違和感を覚えた。
一つは、教室内の何人かがクライドに対する嘲笑の中に少し引き攣ったものを宿していたこと。
そしてもう一つは教室を出る前、カティアとすれ違ったクライドが──何か異様な形相をしていたこと。
しかし、それは違和感と呼ぶにはあまりに小さく。何か行動を起こす当ても猶予もなく、そのままその日は授業が続き、クライドが戻ってこないまま何事もなく終了し。
そして、翌日。
── A(・) クラスに(・・・・) 、 空席が(・・・) 三つ(・・) 増えた(・・・) 。
「…………え……」
空席の主は、ネスティ、ライネル、アネット──昨日、クライドを糾弾した三人。
朝のホームルームで、担任から知らされた空席の理由によると。
ネスティは、 偶然(・・) 落石事故に巻き込まれ、大怪我を負い。
ライネルは、居合わせた商店が 何故か(・・・) 火災に遭って、意識不明の重体。
アネットは、帰り道近くでの魔物討伐の流れ弾が 運悪く(・・・) 直撃し、酷い火傷だそうだ。
異様な雰囲気で、ホームルームが終わったのち。
「──ほら、だから言ったじゃないか」
平然と登校してきたクライドが、心底喜ばしげな笑顔と共に告げる。
「 罰が(・・) 下ったんだよ(・・・・・・) 。あの強欲で、傲慢で、自分勝手な三人にはねぇ!」
「ふざけないでっ!」
思わず、カティアは大声を上げる。
「何よそれ! タイミングも人も、あなたが何かをしたとしか思えないじゃない! 一体何を──」
「おやおや、君らしからぬ台詞だねカティア嬢」
しかし、そんなカティアに対して今度はクライドが悠然とした喜悦の笑みで返す。
「『僕が何かをしたとしか思えない』だって? そんな推測で罪科を決めるなど愚かしい。君のお父上も常々言っているじゃないか、『罪状がなければ罪には問わない』と。まさか君だけはそれを反故にするような恥知らずじゃ無いよねぇ?」
「っ」
「罪に問いたいのならば僕がやったという確たる証拠を持ってきてくれたまえ。ああ、勿論以前の証拠などなんの役にも立たないよ? そもそもあれだって全て冤罪だ、これ以上追及しようとするなら、君にも『罰』が下ることになるかもしれないね──」
その口調があまりにも確信に満ちており、かつ得体が知れず。
実際物証が無いことは確かだったので──カティアはその場では、黙りこくることしかできなかったのだった。
◆
「……話は聞いておりましたが、まさか昨日そんなことがあったとは」
「どういう……ことなの……」
その日の昼休み。
いつものように昼食会に集まった四人だが──流石に今日ばかりは、和気藹々とは行かない。
カティアが今朝の大事件を昨日の出来事と共に話し、エルメスが神妙な顔で考え込む。サラとニィナも同様だ。
「その……流石に、動機からしても一番疑わしいのはクライドさんだと思います。……本当に、何も証拠がないんですか?」
「……ええ」
サラの疑問──現状最も不可解な疑念に、カティアが首肯する。
「ホームルームの後、すぐにお父様へ連絡を取ったわ。それでさっき届いた返答によると──現状は本当に、『偶然の事故が三連続で起こった』としか結論付けられないらしいのよ」
落石事故も、崖の周囲で怪しい人影を見た報告は無かった。
炎上事故も、店の内部で起こったこと。店側の誰一人誰かの侵入を許す隙は無かったらしい。
流れ弾も、討伐していた貴族の兵士たちには一切怪しい動きも繋がりも見当たらなかった。
そして、何より──
「── クライドに(・・・・・) 、 嘘を(・・) ついている(・・・・・) 様子が(・・・) 無かった(・・・・) 」
最も恐ろしい事実を、カティアが告げる。
「私だって公爵の娘よ。多少は、他人の反応で言葉が虚偽かどうかくらい読み取れる。でも──クライドには、それが本当に一切無いの」
「……それは」
「心底から、『偶然』だと、『罰が下った』と思い込んでいるのよ。……本当に、どういうことなの……」
明確な脅威よりも、余程恐ろしかったのだろう。カティアが身を震わせてエルメスに縋りついてくる。
「……聞いたことがあるよ」
そんな彼女の情報に捕捉するように、ニィナが告げる。
「前期にも、似たようなことがあったって。どこかのAクラス生がクライドに向かって色々言ったらしい。『殿下の腰巾着』『魔法が使えない分際で』だのなんだのね。そしたらその翌日──まぁ、知っての通り」
カティアもようやく理解した。
学園で血統魔法を使えないクライドがあれだけ好き放題言えていたのは、Aクラスには利益になったから、アスターの威光がまだ生きていたから。
それに加えて──恐れられていたのだ。得体の知れない恐怖があったから皆無意識に従っていたのだ。
だとするなら、昨日のクラスメイトのあの反応にも納得が行く。
「何なの、一体。どうして……っ」
「──落ち着いてください、カティア様」
そして、現場を目の当たりにしてしまって恐怖に支配されているカティア。彼女を安心させるようにエルメスが肩に手を置いて告げる。
……こういう時ばかりは自分の性格に感謝だなと思いつつ、彼は冷静に話し始めた。
「まずは整理しましょう。三人が事故に遭った。それは状況的にもクライド様の仕業としか思えない。なのにその事故にクライド様含め他人が関与している証拠が一切ない。──ここまでは、確かですか」
「……ええ。お父様の調査よ、信用できるわ」
よりエルメスに身を寄せつつも、カティアがしっかりと頷く。
「ならば。人の力が関わっていないのであれば、真っ先に疑いを向けるべきは一つ」
「魔法── クライドさんの(・・・・・・・) 、 血統魔法(・・・・) 」
「はい。……本人の自覚がない件も、『無意識下の魔法の発動』ということなら血統魔法であればあり得なくもない」
同時に考えに至ったサラの回答。その通りと頷きを返して、更に己の思考を語る。
「よって現状、最も怪しいのはそれです。問題はその正体について──ニィナ様、貴女は何か知っているようでしたが……」
「対抗戦の時のことだよね。……ごめん、ボクも『攻撃魔法じゃないらしい』ってこと以外何も知らないんだ。その情報も人伝に聞いただけだから怪しいかも」
そもそも、ヘルムート家自体が血統魔法をかなり厳重に秘匿する家柄であるらしい。そうなると、誰かから情報を得ることは難しいだろう。
だが、問題ない。聞けずとも──推理は出来る。
「カティア様、大丈夫です」
震える主人を安心させるべく、まずは論理的に。
「一連の原因は十中八九血統魔法。そしてその効果ですが……敢えて断言しましょう。得体の知れない呪いだの、運の操作だの、そういったあやふやなものであることは──絶対にあり得ません」
「……な、なんで、そこまで」
「僕の魔法に関する研鑽にかけて。……それに、考えてもみてください」
無論エルメスの知らない技術を用いた魔法の可能性もなくはないが──それは、別の方向から否定できる。
「万が一、クライド様の血統魔法が『恐ろしい不運を対象に運ぶ』などのどうしようもない魔法だったとして──」
そうなら、とエルメスは一拍置いて、端的に告げる。
「──どうして、 僕と(・・) カティア様が(・・・・・・) 真っ先に(・・・・) 狙われない(・・・・・) のですか?」
「……あ」
「間違いなく、あの方に今一番恨まれているのは僕と貴女です。そしてそんな魔法を持っているならばさっさと使って始末すれば良い。そのためなら実家の制止などあの方は平然と振り切るでしょうし」
それをしないのであれば──すなわちそれは、できないのだ。
「確実に、何かしらのトリックか制約があります。……ならば、次に僕たちがすべきことはその看破だ。なので──カティア様、『次に狙われそうな人』に心当たりはありますか?」
「そ……」
それを聞いてどうするのか──と疑問を発しかけたが、エルメスのおかげでようやく冷静になった思考が彼の狙いを洞察する。
「……その人を、あなたが護衛するつもりね?」
「はい。それで向こうが動いてくれれば看破の手がかりになりますし、そうでなくても抑止力にはなる。現状僕を狙えない何かしらの原因がある以上、それが最も有効な手かと」
とは言え、向こうの手が詳しく判明しない以上リスクも決して低くはない。
エルメスをそんな危険に送り出すことに一瞬躊躇するが──
(……いえ)
それはむしろ、彼の実力を信用していないと言うようなものだと思い至る。
誰よりも、彼を信頼しているのならば。事態収集に向けて動いてくれる従者に、かけるべき言葉は一つ。
「……分かったわ、あなたに任せる。でも、絶対無理はしないように」
「はい、護衛を外れることだけはお許しください。そして──できればサラ様、ニィナ様」
「分かりました。代わりに、カティア様をお守りすればいいんですね」
「了解、落石くらいならボクが何とかするよ」
この三人が常に一緒にいるのであれば安心だろう。サラは現在トラーキア家にいる以上不自然ではないし、ニィナに関しては正直想像以上に頼もしかった。
ともあれ、快く引き受けてくれた二人に報いるためにも──絶対に、クライドの魔法を突き止めて見せると決意する。
それに、これは良い機会だ。
流石にクライドが直接クラスメイトを害したと知られれば、いよいよもって彼は破滅だろう。
(流石にあの方にも、いい加減にして欲しいところですし)
ここで、彼の全てを暴き切って決着を付けよう。
そんな決意と共に、エルメスは行動を開始したのだった。