軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39話 公爵令嬢の本気

「な、なんだい君。今は僕がサラ嬢と話をしているんだ、それなのに横からしゃしゃり出てきて何様のつもりだ!」

「先程の言葉が聞こえなかったのかしら。私はきちんとアポイントメントを取ってサラの家に遊びにきたのよ、しゃしゃり出てきたのは無許可で予定の日に踏み込んできたあなたの方」

カティアの発する雰囲気に呑まれまいとクライドが精一杯の言葉を発するが、間髪入れず彼女は冷徹に切って捨てる。

むしろ、とその冷え切った視線をイルミナの方に向けて。

「それがある以上、予定にない来客は一度追い返すのが筋だと思うのだけれど。どうして招き入れているのかしら──まさか、私が来る用事を知らなかっただなんてふざけたことを言うつもり?」

「!」

イルミナが肩を震わせ、冷や汗を余計に流して黙り込む。誰がどう見ても図星の反応だ。

知らなかった──いや、知っていたとしてもサラの縁談で頭が一杯だったイルミナのことだ、クライドが訪問して来た時点でそんな予定など完全に頭から抜け落ちていた、或いはカティアの訪問とは知らず、いざとなればクライドの立場を使って強引に突っぱねようとしていたのか。

いずれにせよ、浅はかであることこの上ない。

「だ、だとしてもだ!」

さてどう問い詰めようかと考えたカティアの僅かな沈黙に、今度もクライドの声が差し挟まれる。

「不幸な行き違いがあったとしても、それが強引に割って入って良い理由にはならないだろう! その件はハルトマン家から後日正式に謝罪を受けるとして、今の僕の話を遮って良いはずがない!」

……ある意味尊敬する。

息をするように自分の無許可訪問を棚に上げる精神性に、その上であたかもこちらが悪いかのように責め立てる面の皮の厚さ。そしてきちんと責任はハルトマン家になすりつける抜け目無さまで。

一つ、カティアは嘆息する。

この男は、こういったその場限りの言い逃れだけは異様に上手い。きっとこちらが矛盾を指摘したとしてもまた新たな言い訳を持ってきて、いたちごっこになる可能性が高い。

──故に。

やるとすれば、話の大元からだ。

「……まあいいわ。それで、大方あなたの目的はサラを引き抜いてBクラスをもう一度貶めて、あわよくばこの子との婚約まで持って行こう──ってことは聞こえてきた会話からも明らかなのだけれど」

追及が止んで安堵したクライドだったが、そんな一息をカティアが許すはずもない。

「その可否はともかくとして、良いのかしら」

彼女は、うっすらと口の端を釣り上げて。

この状況を読んだ上で、対策していた一手を打つ。

「その場合──あなたは、 トラーキア家(うち) の傘下に入ることになるけれど」

「…………、は?」

「分からない? まあ昨日の話だし無理もないわね」

完全に虚を突かれた表情を見せるクライドに、カティアは畳み掛けるように種明かしをする。

「昨日、当主同士の話し合いで決定したのよ。──『ハルトマン家がトラーキア家の傘下に入る』と、正式にね」

その意味を、仮にも侯爵家の跡取りであるクライドは正確に理解した。

後ろ盾のない家同士であれば婚姻云々の話は完全に家同士の話だ。

だが、傘下。つまり『派閥』が絡むとなれば、話は変わってくる。

トラーキア家からすれば、サラの婚姻はつまり自らの派閥にある家の娘を差し出す行為だ。

当然、それを受ける側の家には相応の見返りを求める権利がある。そう、代表的なものとしては──相手の家も自分の派閥に入る、など。

当人たちの思惑がどうであれ、形式上はそうならざるを得ない。貴族社会での大きな話とは、そういうものだ。

「ばかな!」

そして勿論そんなことクライドは、カティアのことも目の敵にしていた人間として認められるはずがない。

「そもそもなんだそれは、出鱈目を言うな! ハルトマン家がどこに所属するかについては、まだ決着が付いていないはず──!」

「そうね、複数の家が睨み合っている膠着状態だったわ。サラに多くの縁談が来ていたのもその影響でしょう。そこを強引に掻っ攫えば要らぬ諍いを招く、そう考えてトラーキア家は今まで手を出してこなかった──だけど」

クライドの反論に、カティアはハルトマン家を巡る状況を正確に解説してから。

そこでくすりと笑ってサラの方に歩み寄ると、彼女を抱き寄せるように後ろから軽く手を回して。

「私がお父様に言ったのよ。『どうしても この子(サラ) が欲しいの』ってね」

「えっ!?」

「な──!」

主従を除くその場の全員が、目を見開いた。

ハルトマン家を巡る、多くの家の思惑が絡み合った複雑な状況を。

彼女はあろうことか── 私欲で(・・・) 掻っ攫って(・・・・・) いった(・・・) と言うのだから。

「……初めてだったわ。私が、こんなに大きな我儘を言うことは」

誰にも読めるはずがない。

彼女の言う通り、今までになかったのだ。カティアがこんな、私利私欲を優先した行動を取ることは。

「もちろん、ちゃんとサラの価値も丁寧に説明したわ。そうしたら最後にはきちんと納得してくれて、昨日当主同士の話し合いが開催されたわ。それで話がまとまって、今に至るわけ」

驚きのあまり固まるクライドだったが、彼女はその一瞬の緩みすらも許さない。再び冷たい声に戻すとこう告げる。

「それと、クライド。いい加減私も我慢の限界よ、あなたの態度は家を通して正式に抗議させてもらうから」

「何──!?」

「心当たりがないとは言わせないわよ? エルに対する侮辱、そして私に対する侮辱。エルが主導したBクラスの努力を一切否定して、あのふざけた教員どもの尋問にも一枚噛んでいたそうじゃない。十回咎めてもお釣りが来るわ」

事ここに至り、ようやく自分が追い詰められていることを悟るクライド。それを誤魔化すように彼は叫ぶ。

「ふ、ふざけるなっ! 学園のことは学園内で解決するべきだろう! それなのに実家を持ち出すなど、恥知らずだとは思わないのか!?」

「今まさにあなたが学園外にまで手を伸ばしているじゃない。こうやってサラの家にまで踏み込んで」

それも予想済みとばかりに切って捨てると、カティアは威圧的にクライドに一歩歩み寄って。

「……アスター殿下の婚約者だった頃から、あなたのことはよく知っているわ。あなたは、とにかく自分を特別扱いしたがったわね。殿下の威を借るのも、それを楯に好き放題やるのも自分だけに許されていると思い込んで」

「だ、だま──」

「そういう輩は、こうも思いがちだわ。── グレーな(・・・・) 手段を(・・・) 使うのも(・・・・) 、 自分だけの(・・・・・) 特権だと(・・・・) 」

むしろ、そう言った手段を使っている自分のことを誇らしげにさえ思ったりする。

にも関わらず、他人が同じ手段を使った時は卑怯だ恥知らずだと騒ぎ立てる──まさしく今のように。

だから、カティアは今回このような行動に出た。

そんなことはあるはずがないと。お前がそう出るのならば、こちらも遠慮はしないと。

お前が今まで好き放題やってこられたのは、あくまで『見逃されていた』だけなのだと突きつけるために。

「……確かに、今までの私はそういう手段を使わなかった。……使うことに、どうしても抵抗があったのよ」

カティアは、公爵令嬢だ。それも名門公爵家であるトラーキア家の娘。

本来なら──その気になれば、かなりの我儘を 言えてしまう(・・・・・・) 立場にある。

故に、彼女はそれを律してきた。

それはきっと恥知らずなことだと思ったから。彼女の高潔すぎる精神が、それを許せなかったから。

「でも、ようやく気付いた」

しかし吹っ切れた表情とともに、カティアは否定の言葉を述べる。

「それは、逃げていただけなのよ。そういう手段があるのは、そうでしか守れないものがあるからなの。……私は自分だけお綺麗な振りをして、その負担を全てお父様に押し付けていただけだった」

教員に関する件だってそうだ。

ユルゲンが予め学園祭の時点で証拠を集め、父兄に働きかけてくれなかったら。教員陣の理不尽な尋問から、エルメスを守ることができなかったかもしれない。

そして今も、大切な友人がどうしようもない低劣な欲望に絡め取られようとしていて。

──それと比べれば、自分のささやかなプライドを守る理由が何処に存在すると言うのだ。

「だから、聖人ぶるのはもうやめるわ」

故に彼女は、己の実力も権力も全てひっくるめて。強権だろうが我儘だろうが使いこなして。

今この瞬間から──『公爵令嬢の本気』を、解禁する。

「改めて感謝するわ、クライド。お陰様で躊躇がなくなったもの」

まずは手始めに、この男を。

強引に友人を己の手元に置くことで守り、これまでの暴言に対する報いを受けさせて。

──当然、その程度で済ませるつもりなど毛頭ない。

「心からの謝意を込めて── 全力で(・・・) 、 潰してあげる(・・・・・・) 」

そしてやるならば、徹底的に。

公爵令嬢の反撃は、ここからが本番だ。