軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30話 勝因

……実のところ。

いくらカティアが強力無比な魔法使いとは言え、八対一。しかもその内六人が血統魔法持ちに、残り二人もそれに迫る特殊技能を持っていて。

ある程度の連携力もあり、前衛二中衛五後衛一というかなり良いバランス。極め付けは軸となるエルメスが彼女の魔法を詳細まで把握している情報的な優位まで。

ここまでの条件が揃えば、まず確実に勝てる。こちらも消耗していることなど瑣末な問題になるほどの条件だ。

だからこそ二班に分けてカティアの足止めとクリスタル破壊を分担する等の作戦を取らず、ここでカティアを確実に倒し切る手に出たのだから。

そう、だから。

「…………何だか前にも同じこと思った気がするけどさぁ」

決着のついた戦場で、銀髪の少女ニィナが呟く。

「──ほんとなんなの、キミたち。主従揃って負け試合に強すぎない?」

結論から言うと、勝ちはした。

現在カティアは地面に座り込んで荒い息を吐き、そこにニィナの剣が突きつけられている。疑いようもなく詰みの状況だ。

──だが一方で。

エルメスたち、Bクラス側も被害は大きい。立っているのはエルメス、ニィナ、アルバート、サラの四人だけ。

……いや、被害は大きいどころではない、もう少し修正しよう。

倒れる寸前のエルメス、手足が痙攣しているニィナ、先ほどまでダウンしていたアルバート、魔力切れで実質脱落のサラ、の四人だけである。

他の四人は、早々に彼女の血統魔法による圧倒的な物量に押し潰されて脱落。残った四人もご覧の通り一切の余力すら残せず。

よって、結論を端的に言うと。

ほぼ勝ち確定の試合を── あと一歩で(・・・・・) 負ける(・・・) ところまで(・・・・・) 追い込まれた(・・・・・・) のである。

恐らくはエルメスとの初手合わせと同じ感情を抱いているのだろう、驚愕と畏怖が等分に混じった表情をニィナは浮かべていた。

そしてエルメスもある意味同種の感情を抱き、なるほどニィナはあの時こう思っていたのかと理解した。確かにこれは怖い。

勝った気がまるでしない、というのも納得だ。実際一人に八人かけて結果がこれではあまりにも割に合わなさすぎる。

……エルメスは思った。カティア様の血統魔法がどちらかと言えば防御特化で本当に助かった、と。

もしこれがアスターのように攻撃特化だったなら──下手をすると、 彼女(・・) 一人だけで(・・・・・) B(・) クラスが(・・・・) 丸ごと(・・・) 壊滅(・・) させられる(・・・・・) 、なんてことも十分にあり得たのではないだろうか。

改めて、主人の実力に敬意を抱くのだった。

……とは言え、勝ちは勝ちだ。今この瞬間は、それに伴う成果を得る権利がこちらにはある。

差し当たっては、とニィナが剣を突きつけたまま声をかける。

「というわけでカティア様、降参してくれないかな? ボクも貴女を叩きたくはない」

「…………」

カティアは、如何にも不機嫌そうにむすっと頬を膨らませていた。

流石に負けたことによって少しは落ち着いたのだろう、今までの何かスイッチが入った状態は脱している。それでも──それはそれとして、負けてしまったのは素直に悔しい、と言ったところだろうか。

けれど負けを認めないのも彼女の美学に反するのだろう。若干不服そうながらも両手を上げて。

「……分かったわよ。あなたたちの勝ち──ええ、見事な戦いだったわ」

「その言葉はこっちが送りたいくらいだけどねー」

「え、ええ。……本当に、すごい、魔法でした」

ニィナに引き続いてサラも心からの賞賛を彼女にかける。カティアは友人二人のそんな言葉に少しだけ口元を緩ませると、けれどどこか不貞腐れた様子でぱたりと地面に倒れ込む。これ以上追撃はしないとの意思表示でもあるのだろう。

それを理解して、四人は先に進む。最後にエルメスが彼女の方向を見て、色々な感情を込めて頭を下げた。

「…………むー」

するとカティアは愛らしくも恨めしそうな視線をこちらに向けてきて。

……改めて、この後のことも考えなければ。そう思って、エルメスは更に深く頭を下げたのである。

かくして、対抗戦の趨勢は決定した。

だが、まだルール上決着ではない。最後の作業が残っている。

それを果たすべく四人揃って歩き、目的地が近づいてくると……そこでふと、ニィナが何かを思いついた様子でエルメスの前に出てきて。

「ねぇエル君。お願いなんだけど── ボクが(・・・) 言っても(・・・・) いいかな(・・・・) ?」

「え? ……ああ、どうぞ」

一瞬戸惑ったエルメスだったが、彼女の表情と目的地の様子から概ね察したのだろう。

どこか苦笑気味に頷くと、ニィナは軽やかなステップで一同の前に出て、一足早く目的地──A組のクリスタルの前で立ち止まって。

「それじゃあ、遠慮なく」

クリスタルの前で呆然と立ち尽くす一人の男子生徒に向かって、にっこりと微笑みかけて告げる。

「── 最初っから(・・・・・) 最後まで(・・・・) なーんにも(・・・・・) できなかった(・・・・・・) A(・) クラス長さま(・・・・・・) ? よろしければ、今のお気持ちとか聞かせてくれないかなぁ?」

そんな、口調とは裏腹のあまりに痛烈な煽り文句を受け。

Aクラス長クライドは、絶望の表情を更に引き攣らせるのであった。

「……正直、少し意外でした」

立ち尽くすクライドを他所に、エルメスは素朴な疑問を発する。

「この方の性格であれば……Aクラスが追い詰められた場合、血統魔法を解禁するかもしれないと思っていたので。実家から制限を受けていようと関係なく」

「あー、それねぇ」

それに対して、答えたのはニィナ。

「彼がそうしかねないってのはボクも同意だけど。──この場に限っては、その心配はないよ」

「? 何故です?」

「単純な話さ」

首を傾げるエルメスに、ニィナは人差し指を立てて話す。

「……ボクも詳しくは知らないんだけどね。聞いたところによると、クライド君の血統魔法── 直接攻撃系(・・・・・) じゃない(・・・・) らしいんだ」

「──なるほど」

非常に単純かつ納得のできる理由だった。

「そ。多分対抗戦ではあんまり本領が発揮できないタイプだったんだろうね。だからこれまでも使わなかったし、今も使われる心配はないと思う。つまり何の気兼ねもなく──壊せるってわけだ」

「っ! く、来るなぁ!」

心持ち鋭い視線を向けたニィナを見て、クライドが後ずさる。

彼を警戒する必要はない。となると残る問題は──とエルメスは三人の方に振り向き。

「……では、誰が行きます?」

最後の仕事──クリスタルを破壊する栄誉はこの中の誰が得るのか。そう確認するエルメスだったが、間髪入れずに声がする。

「……エルメスさんで、いいと思います」

意外にも、それはサラ。彼女は控えめながらもしっかりと譲らないようにそう主張して。

「一番の功労者は……絶対に、あなたですから」

「そうだな。最早誰も文句は言うまい」

「だねー」

その言葉に、他の二人も迷いなく同意する。

少し面食らったが、三人の表情は真剣そのもので。断るのも気が引けたエルメスは大人しく頷くと、再度振り向いてクリスタルの──クライドの方へと歩き出す。

「ひっ」

それを見たクライドは更に後ずさるが、背中のクリスタルに当たって逃げられないことを悟ってか喚き出す。

「──お、おかしいだろうこんな結果! 僕たちはAクラスだぞ何故負ける、一体どんなことが!」

「……どんなことが、と言われましても。今貴方の目の前で起こっていることが全てですが」

「う、うるさい! そ、そうだ何か不正をしたに違いない! それかカティア嬢がやっぱり本気を出しきれなかったんだ、そうでなければ──」

「何を喚いても、審判が止めていない以上この場は何も覆りませんよ。それと──あの戦いを見てカティア様が本気ではなかったなどと抜かされると……流石に、怒りますが」

拙い反論の言葉は淡々と封じられ。どころか彼の逆鱗に触れかけて威圧で黙らされる始末。

それでも黙り込むことは許されないのか、クライドは忌々しげにエルメスを睨むと。

「何故だ……! ならば僕たちが負けるなんて、一体どんな理由があれば!」

「……理由、ですか」

Aクラスが負ける理由。つまりBクラスが勝った理由、勝因は何か。

改めて突きつけられたその問いに──答えるまでの躊躇は、一切存在しなかった。

「特訓してきましたから、貴方たちより」

「──は?」

あっさりと告げられたその言葉に、クライドが呆ける。それに構わず、彼は続けて。

「貴方たちより、戦うための訓練を積み重ねました。貴方たちよりも、戦う相手のことを研究しました。対策を立てました。実践をしました。それを体に染み込ませました。そして本番──貴方たちよりも、それを十全に発揮できました」

つまるところ、と彼は翡翠の目でクライドを見据えて。

「貴方たちよりも、勝つための努力を怠らなかったから勝ったんですよ。──逆に聞くのですが、その全てで劣っておいてどうして勝利を疑いなく信じられたのですか?」

それは、彼にとってはあまりにも至極当然な理由。

けれどクライドには。この王国に新しい意識を唱えているようで、結局同じ価値観から抜け出せなかった人間には──欠片も、響くことはなく。

未だ彼の中には疑問が渦巻いているだろう。だがもうそれに構う気はない、淡々とエルメスは告げる。

「ご理解頂けたなら……いえ頂かなくても構いませんが、いい加減降参してくださいません? 正直戦うのも面倒です」

その言葉を聞いたクライドはひどく簡単に逆上し。そのまま立ち上がってエルメスへと向かって走り出し。

「ふざけるな! 僕がその程度の脅し文句に屈するなど──ごッ」

正直その反応はいい加減学習できていたエルメスがあらかじめ仕掛けておいた地面の突起に足を取られ、地面に倒れ込んだところに上から氷塊の強化汎用魔法で後頭部を打擲、あまりに無駄のない魔法の運用によって最短手数で意識を刈り取られる。

そしてエルメスは地面に横たわったクライドには見向きもせず、同種の魔法であっさりとクリスタルを破壊した。

『……しょ、勝者、B組!』

そして、司会の戸惑ったような宣言が響き渡り。

一拍置いて、観客の中にも戸惑いと興奮が入り混じった歓声が満ち渡った。

きっと観客の中で、この勝利までにどれ程の駆け引きとドラマがあったか完全に知る者は恐らくいない。

けれど、結果は雄弁。これだけは──BクラスがAクラスを打倒したことだけは、誰もが意を唱える隙もなく理解させられただろう。

(……ふう、疲れた)

そして、ようやく気を緩めることができるとばかりにエルメスが肩の力を抜き、その場に座り込む。

結局かなり大変だったな……とぼんやりこれまでを思い返していると、隣からニィナがやってきて、エルメスの隣にしゃがみ込み。

「ん」

にゅっと、何故か拳を差し出してきた。

「……ニィナ様? えーと、これは」

「ほらあれだよー、男の子が戦いの後によくやるやつ。一回やってみたかったんだよね。ほら、二人も!」

エルメスの納得を確認すると、ニィナがもう片方の手でアルバートとサラを手招きする。

アルバートは見ただけで理解したのか、いつもの仏頂面の中に少しだけ満更でもなさそうな表情を見せて握り拳を突き出す。

合わせてエルメスも同様の動作を行い、三人の手が寸前のところで止まって。

あとは──

「……え、えっと」

サラが、どこか戸惑ったような顔でこちらを見る。

やろうとしていることは分かるが、果たして自分がその場に入っていいのか──と遠慮するような表情。

そんな彼女に、ニィナとアルバートはどこか呆れを滲ませて。

「もー、クラス長が来ないと締まらないじゃん。直接戦ってないから遠慮なんて、された方が怒っちゃうからね?」

「最もだ。俺の中では貴女も最功労者の一人だぞ、ここで除外するなどあり得るわけがないだろう」

二人の言葉に心から頷きつつ、最後はエルメスも。彼なりに言いたいことを、端的に。

「貴女がいなかったなら、そもそも僕はここにいませんでしたよ。……ぜひ、ご一緒に」

「!」

その言葉にサラは軽く目を見開いてから、一拍置いて──

「……はいっ」

ぱっと、花が咲くように笑って。

こちらに駆け寄ると、ゆるく握った手を同様に差し出してくる。

そして──こつりと。

勝利と健闘を讃える儀式として。戦友に対する、言葉なき祝福の証として。

四者四様の握り拳が、四人の中央で軽く打ち合わされた。

……他者と関わることを、これまでは避けていたように思う。

本当に親しい人間以外は線を引いていた。そうして自分の輪郭を鮮明にし、自分の想いを浮き彫りにすることが魔法を高める近道だと思っていたから。

けれど、彼女に引き止められて。信じ続けた先にある誰かの可能性を見せられて。

そして今、そうして繋がった誰かと、拳の熱と笑顔を交換して。

(……なるほど)

そんな、誰かとの間にある想いの形を目の当たりにしたエルメスは思う。

「……これも、綺麗だ」

微かな、けれどはっきりとした彼の呟き。

それが長らく続いた対抗戦の、締めくくりとなるのであった。