軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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カエハも、シズキも、ミズハも、……ウィンも、他の弟子達も、皆一様に表情が沈んでる。

元々身体の弱かったカエハの母が体調を崩し、床から起きられぬ様になってしまったのだ。

僕がこの道場に戻ってから、もう八年が過ぎていた。

この八年で最も変化があったのは、シズキとミズハの双子だろう。

彼等は大きく成長し、少しずつだが子供から大人に変わりつつある。

十五を越えれば一応は大人の仲間入りだから、僕は二人に剣を贈った。

魔術適性を調べてみたら、二人ともが魔力を動かせたから、彼等を困難から守ってくれる魔剣を。

そしてウィンの成長は、双子の半分に満たない程度。

ゆっくりと周囲と自分の時間の流れが違う事を理解したウィンは……、仕方がない話ではあるけれども、少しだけ荒れた。

文字を学び、世の中を知り、自分と親しい彼等がどこまでも違う生き物だと、気付いたから。

せめて剣だけでも双子に追いつこうと、無理な訓練をしようとしてみたり、僕に反抗して遠ざけてみたり。

それは間近で見てる僕にとって、距離を取られたりもしたから辛い時間だったが、それでもウィンは周囲を善性の人達に囲まれていたおかげで、今は随分と落ち着いてる。

この道場に戻って来て、本当に良かったと、そう思う。

ついでの話になるけれど、王都での品評会は僕が一位を取り続けてた。

だけどそれは僕の実力が上がっていたからというよりも、……以前の品評会で一位を譲らなかったドワーフの名工が、ドワーフの国に帰ってしまって居なかったせいだ。

多分、きっと、ドワーフの国でも何かが動いているのだろう。

そんな予感が、僕にはしてる。

……体調を崩したカエハの母に、僕は以前の様に森に薬草を採取に出掛けたり、残り僅かとなったアプアの実を擦って飲ませてみたりしているが、効果はあまり出ていない。

彼女は、別に病んでる訳じゃないのだ。

つまりは、そう……、ごく単純に寿命が近い。

元より時間の短い人間としても、それでも早くに訪れるその時は、やはり生来の身体の弱さが原因なのだろう。

そんなある日、僕は人払いをしたカエハの母に、枕元へと呼ばれた。

元々華奢な人だったが、頬の肉は更に落ち、あまりにも生気の薄い彼女。

なのに目に込められた力だけは少しも衰えなくて、カエハの母は僕を真っ直ぐに見据えて、口を開く。

「私は今から、貴方に恨み事を申し上げます」

……と、そんな風に。

しかし実際に始まったのは、僕がこの道場に……、まぁあの頃は廃墟だったが、来た頃の思い出話。

頼れる相手をすべて失い、先の見えない状況が続く中、彼女は肺を病んだ。

とても一人前とは言えない娘を残して逝くかもしれない恐怖。

またそんな娘の、負担にしかなっていない自分の不甲斐なさに対する怒り。

どうしようもない感情に苛まれていた日々に、その異物は突然現れた。

当たり前の話だが、最初は警戒したと言う。

女二人しか居ない家に現れた、エルフと言う異種族とは言え、男の存在に。

でもその異物はあっと言う間に生活の中に溶け込んで、先の見えなかった状況の全てを好転させて行く。

あっと言う間に肺の病を治し、脅えていたロードラン大剣術との確執を終わらせ、少なくない金を出して道場も建て直し、……何よりも娘を一人前の剣士に育てた。

そしてそれを恩に着せるでもなく、自分は弟子と言う立場に満足し、無邪気に剣を振って喜んでいる。

「貴方は私達にとって、先の見えない闇に差し込んだ光の様な存在でした。これは決して、大袈裟ではありませんよ」

随分と持ち上げてくれるけれども、……だからこそこの続きを聞くのが、少し怖い。

あの当時の僕は、いや今もだけれど、自分の好きな様に動いただけだ。

勿論、それが皆にとって良いと思ったからではあったけれども。

「……ですがあの日、貴方がここを去る日、貴方は娘に呪いを掛けた」

キッと、カエハの母の視線が、強く僕を突き刺した。

それは冗談でも何でもなく、彼女は本気で言っている。

僕がカエハに、呪いを掛けたと。

カエハの母はそこで一旦言葉を切り、大きく大きく溜息を吐く。

胸の中に溜まった物を、全て吐き出してしまおうとするかの様に。

「貴方にそんな心算はなかったのでしょう。でも子を産み育て、弟子を育て道場を守り、剣士としての研鑽を積むのは、どれもが決して簡単な事ではありません」

再び紡がれる言葉は、鎖の様に僕に纏わり付いて来る。

彼女の声は、静かで淡々としているのに。

「ですが娘は、その全てを成さなければならないと思い込んだ。いえ、何があっても成すのだと決めたのです。……貴方にもう一度会う日の為に」

まるで燃え盛る炎の如く熱い。

カエハは剣の研鑽を惜しまず、同時に冒険者としての名声を使って弟子を集めて育てる。

そんな状況では、当然ながら自分の伴侶を探す暇などなかっただろう。

「故にあの子は、伴侶を求めずに子だけを求めました。知る限り最も剣才に優れた方に願い出て、子のみを欲すると……、その方とその奥方様に頼んだそうです」

カエハの母の言葉は、ずっと抱えてた僕の疑問の、答えだった。

何故、そんな事になったのだ。

……どうしてクレイアスとマルテナは、それを断らなかったのだ。

そんなの、どう考えてもおかしいじゃないか。

「えぇ、それが貴方が、娘にかけた呪いなのです。そして恐らく、その方と奥方様も、何らかの形で呪いに掛かっていたのでしょう。貴方とは別の方の呪いに掛かっていたからこそ、断れば愚かな娘が次は誰を相手に選ぶか分からないと思われて……」

分からなかった。

一体、僕はカエハに何をした?

どうやって僕は、彼女の人生を滅茶苦茶にしたのだ?

カエハの母は、僕の顔を見て、優しく微笑む。

何故、この話で、そんな顔をする?

「わかりませんか? ……本当にあなたは、しょうがない人ですね。その呪いは、恋心です。人間が生きる時間では、決して色褪せてなんてくれない、不変の恋心。娘は、貴方に恋をしました」

恋、心?

多分僕は、今、とても間抜けな顔をしてるだろう。

だって、こんな話の末に出て来た結論が、恋心だなんて……。

「きっと娘は、貴方には知られたくなかったでしょう。ですが私は、貴方がそれを知らぬままでは、安心して逝けません。貴方が剣士である事を諦めたあの日の夜、娘は震えて泣いてましたから」

やはり淡々と、でも今は優しい顔で、カエハの母は言葉を紡ぐ。

この話は、恨み事の筈なのに。

「えぇ、貴方を恨んだ時もありました。頑なで愚かな娘に怒りもしました。でも実は、今はそんなに恨んでも怒ってもないのです。無邪気で自由な貴方に対して。だって娘はちゃんと母として子供達を愛し、私の孫達は良い子に育ち、……貴方は思ったよりもずっと早くに帰って来て、また私達に笑顔をくれました。それにあんなに可愛らしい子まで連れて」

そう言って彼女は手を伸ばし、震える僕の手を押さえる。

そしてそのまま、僕が落ち着くまで、どれくらいの時が必要だっただろう。

カエハの母はそれをじっと待ってから、

「この家に娘の伴侶はおらず、孫等の父はおらず、でもその代わりに、貴方が居ました。それはとても、得難い出来事だったのでしょう」

やっぱり優しく言葉を続けた。

思う所は、多分もっと沢山あっただろう。

そんな簡単に割り切れる筈がない。

でも彼女はその殆どを飲み込んで、僕に真実を伝えるのに必要な分だけ、言葉にしたのだ。

「生きる時間の違う自由な貴方に、共に歩んで欲しいとは言えません。それは野生の鳥を捕まえて、……いえ、吹く風を籠に入れて閉じ込める様な物でしょう。ですが娘の心だけは、知ってて下さい。お願いしますね?」

カエハの母は、僕の手をぎゅうと握って、そう話を締め括る。

そして彼女は、その話から五日後、この世を去った。

カエハも、シズキも、ミズハも、ウィンも、弟子達も泣いて……、あぁ、僕も涙を、流してしまった。

それはウィンにとってだけでなく、僕にとっても初めての、親しい人との死別だったから。

カエハの母、クロハ。

僕はその名を一度も呼んだ事はないけれど、けれども決して忘れはしないだろう。