軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あるかもしれない未来2

「エイサー、お願い」

私は、手にした剣に呼び掛ける。

別にニヒへの恐怖から、正気を失った訳じゃない。

その精霊は、この剣に宿っているのだ。

するりと剣から、半透明の人型が私の目にも見えるように姿を現す。

『ほら、だから受ける依頼は気を付けて選びなさいって、何時も言ってるじゃないか』

姿を見せた精霊は、ニヒの存在など気にした風もなく、早速小言を口にした。

あぁ、うん、もう、わかってる。

こうなる可能性はわかってて、その上で心のどこかで、いざとなれば助けて貰える事も期待してて、私はこの依頼を受けたのだ。

「わかってるけど、仕方ないじゃない。私が逃げたら沢山の人が死ぬのよ」

それは冒険者としては致命的な甘え。

ただそれでも、私は魔物に襲われて殺される人を見過ごしたくなくて、……まぁ、それも甘さだと言われてしまえばそれまでなのだけれど。

『まぁ、シャニー、君の甘さは嫌いじゃないよ。優しいって、本当はとても良い事だから。こんな魔物が人里近くに現れる今の状況だと、少し心配にはなるけれど……。まぁ、僕がいるしね』

だけど私から言わせれば、その精霊の声こそが、甘く優しい。

……その精霊の名は、エイサー。

彼が本当に精霊なのかは、私は知らない。

そもそも本来、精霊には名前なんてない筈だし、自然に宿る精霊が、どうして人工物である剣に宿ってるのかも謎だ。

でも一つだけわかっているのは、エイサーが私の味方であるという事だけ。

『じゃあ、少し代ろうか』

私はその声に、身を委ねる。

双頭の暴君とも称される凶悪な魔物を前にしても、今の私に恐怖は欠片もなかった。

力を抜いた身体にふわりと風が纏わりつき、関節は薄く土に覆われる。

スッと、身体が動いて剣を構えた。

風と土が、私の身体を動かしたのだ。

だけどその動きに、ぎこちなさは少しもない。

操り人形のように、というよりは、まるでエイサーが私になったかのように、彼は私の身体を動かす。

これも本当は、おかしな話だった。

風の精霊が風を操る。

地の精霊が土を動かす。

それだけならば何の不思議もないのだけれど、どうして風と土が連携して動くのか。

二種類の力を同時に操る精霊なんて、聞いた事もないのに。

以前、不思議に思って問うたら、

『僕は精霊としてはとても弱いからね。他の精霊が色々と助けてくれるんだよ』

なんて風に言って笑ってたけれど、本当に意味がわからない。

こちらの戦意を察したのか、ニヒの双頭がそれぞれに大きな咆哮を放つ。

体格差は圧倒的だけれど、ニヒは私を、というよりも私を動かすエイサーを、明確に敵と認めたのだろう。

駆け寄り、丸太のような腕を振り回すニヒに対して、私の身体は軽く膝を曲げてから、ふわりと宙を跳ぶ。

精霊の力なら、こんな風に予備動作なんて必要なく身体を運べる筈だ。

だけどエイサーはそれをしなかった。

何故ならそれは、私にはできない事だから。

精霊の力を使った攻撃も行わない。

彼は私の身体能力で再現できる動きのみを見せてくれる。

例外は、剣が備えた魔術を発動させる事のみ。

これに関しては、魔力を扱えない私にはできない行為だけれど、普段からエイサーは剣の魔術を発動させてくれているから。

要するにこれは、彼から私に対する教えなのだ。

サクリと、ニヒの腕の一本が斬られて飛ぶ。

エイサーが放った斬撃は、あまり速くも強くもなかったけれど、とても正確で丁寧だった。

速さも力も、相手のそれを利用しているから、然程に必要はないのだろう。

それは本当に、とんでもない話なのだけれども。

『戦う時に大切なのは間合い。これは相手が大型の魔物でも変わらない。自分の振るう剣が最も力を発揮する間合い。相手が得意とする間合い、苦手とする間合い、そもそも攻撃の届かない距離。まずはこれを把握しようか』

私の身体が地を蹴って、するすると地上を滑るように、ニヒの後ろに回り込む。

二つの頭を持ったニヒの視界は広いのに、エイサーは相手の体躯の大きさを利用して死角に潜り込んでいる。

つまりこの至近距離が、エイサーの言うところの、ニヒが苦手とする間合いなのだろう。

でもこれは、本当に危険な行為だ。

私は今、ニヒの死角に居るけれど、同時に相手の動きの全てを視界に捉えてる訳じゃない。

ニヒが予想の出来ない動きを取って巻き込まれれば、私の身体は小石のように弾き飛ばされて砕けてしまう。

先程も述べたが、魔物の膂力は人間とは比較にならない程に強く、大型の魔物なら尚更だった。

なのにエイサーは、暴れるニヒの動きが全てわかっているかのように、振り回される腕も足も、それらが地にぶつかって飛び散る破片すら、掠らせもせずに避けている。

そして振るう剣は、確実に相手を刻み、少しずつ動きと命を削っていく。

もうニヒの後ろ足は右も左も役には立たないだろう。

『避けるコツは感じる事だよ。相手がどこを見ていて、どこに意識を向けていて、何を思って、何をしたくて、どう動くのか。それから周囲には何があるのか。全て見るんじゃなくて、感じるんだ。僕らにはそれができるからね』

全く意味がわからない事を言うエイサーに、私は内心で溜息を吐く。

僕らと言われても、私は精霊じゃない。

ただこうしてエイサーが身体を動かしてくれていると、確かに普段よりも感じられる事は多かった。

私の姿が見えないからか、ニヒが怒りで雑に腕を振り回す。

その動きが、何となくだが、ほんの少し前にだけれども感じて予測できる。

尤もそれは、エイサーが先に私の身体を動かすから、半分くらいはそれで察知してるんだけれども。

まぁ僅かばかりは、何かが掴めたような気がしなくもない。

速さよりも、丁寧に正確に動く事が肝要で、同時に周囲と相手を感じ取る。

つまり見えぬ正解を選び続ける。

それができれば苦労はしないって話だけれど、実際に私の身体を、私にも可能な範囲で動かして、見せ付けられれば文句も言えなかった。

ニヒは既に強敵ではなく、剣技と戦い方を学ぶ教材になっていて、やがては地に倒れ伏す。

そして私は、自分の身体の動きを取り戻し、安堵と共にその場に座り込んでしまう。

大きな町も単体で滅ぼしてしまうような強力な魔物が相手でも危なげなく屠るエイサーだけれど、必ず力を貸してくれるという訳ではない。

いや、むしろ私の実力ではどうしようもない事態にならなければ、滅多に私の身体を動かそうとはしなかった。

だけどそれでも、この私、シャニー・ピュールが携えるこの精霊を宿した魔剣は、恐らくこの世界で最も強い剣である。

私は自分の実力以上の、それもとんでもない大物の魔物を仕留めてしまった言い訳を考えながら、大きく息を吐く。

身の丈に合わない評価は、私の首を絞めかねないから。

後始末は、多分とても大変だけれど、それでも今は一つの村が救われた事が、私はとても嬉しかった。