軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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尤も僕はヨソギの国の成立には関わってないから、詳しい事情は殆ど知らない。

ルードリア王国の貴族となってたヨソギの本家とは、僕はもう殆ど関係を持っていなかったし、南の大陸への支援に赴いていた関係上、北の大陸には良くて何年かに一度、下手をすれば十年以上も戻らない事があったから。

縁遠くなったヨソギの本家に起きる変化を、外から眺めてるだけだったのだ。

但しヨソギの国ができてしまった事による影響は、当たり前の話だけれどヨソギ流の全体へと及ぶ。

ヨソギの国が興ったと知って、僕が向かったのは、懐かしのヴィストコート。

この地はルードリア王国の滅亡によって、やはり新たに興ったルランタ国の領土となった。

ルードリアの地を割拠するヨソギの国とルランタ国の関係は、決して良好とは言えないだろう。

するとヨソギの分家の一つであったヴィストコートの道場は、恐らくは今、非常に危険な立場におかれてる。

当たり前の話だが、剣術の道場という武装集団が、敵対するかもしれない国の王家の分家筋だなんて意味の分からない状況を、ルランタ国が放置できる筈がない。

もちろんヴィストコートの道場は、あの地に二百年以上も根付いてるから、その排除は決して簡単ではないとは思う。

しかしその事が、より一層にルランタ国の警戒心を掻き立てるであろう事は、想像に難くなかった。

今、ヨソギ流の剣士は、多くがヨソギの国へと合流してる。

何しろ強力な縁故で立身出世を果たせる、二度とはないだろうってくらいに大きな機会であるし、……何よりもヨソギの国ができた今、ヴィストコートでなくとも近隣の国でヨソギの名を使い続ける事は、些か以上にリスクが高かった。

この百年、二百年でヨソギの流れを汲む道場は幾つか増えているけれど、ヨソギの国への合流という形で、再び統合されるのかもしれない。

ただ、ヨソギ一刀流に関しては、門下生の大半はヨソギの国へと向かったが、当主の一家はパンタレイアス島へと移住して、新たな道場を建てる事を希望しているそうだ。

大陸から離れた交易の中継地点として栄えるパンタレイアス島に道場を構える事で、今度はルードリアの地だけでなく、北の大陸の全てにヨソギの剣技と刀を広めたいのだとか。

そして何時の日にか、遥か昔にヨソギ流が出て行かざるをえなくなった島、扶桑の国にもその名が届くようにと。

何というか、あぁ、それは実に素敵な野望だと僕は思う。

さて、ヴィストコートの道場は、一体どんな道を選ぶのか。

ヨソギの国へと合流するなら、きっと当主の一家は丁重に扱われて、貴族としての地位を得る筈だ。

全く別の道を選ぶ可能性もあるけれど、それでもヴィストコートは離れる事になるだろう。

あぁ、いずれにしても、僕の相談役としての役割も、そろそろ終わりの時が近いのかもしれない。

辿り着いたヴィストコートは、古くからの面影を残す姿で僕を出迎えた。

ルードリアが滅亡した際、武家と古い貴族家が争って、被害を受けた町も少なくはないのだけれど、このヴィストコートはその戦火を免れた様子。

でもそれは幸運というよりも、プルハ大樹海の傍らにあるこの町は冒険者の数も多くて守りが固い。

また下手に戦火に巻き込めば、大樹海に巣食う魔物を刺激して、最悪の事態を引き起こしかねないと誰もが恐れた結果だろう。

魔物は人の脅威であり、世界の終焉を引き起こす切っ掛けとなる要素だけれど、その存在が必ずしも悪影響ばかりを及ぼすとは限らない。

この世界には、魔物の脅威があるからこそ成り立つ平和も、確かにあるのだ。

門を抜け、通りを歩いて、ヴィストコートのヨソギ流の道場を目指す。

道を行き交う人々の表情には、不安の影が差している。

大国だったルードリア王国が滅び、この地を所有するはルランタという小国になった。

ルードリア王国は、プルハ大樹海の魔物に対する防波堤としてヴィストコートに手厚い支援を行ってきたが、ルランタ国に同様の支援は望めぬだろう。

いやそれどころか、この町にいる魔物と戦う為の冒険者を、兵力として徴用する可能性も皆無じゃない。

余程に追い込まれなければそんな真似はしないと思いたいが、時に人は後先を考えない真似もする。

町が戦火を免れたからといって、人々の暮らしに、以前のような安心感はなかった。

僕は迷う事なくヴィストコートを歩く。

古い町は、長命の生き物によく似てると、僕は思う。

建物が増えたり、壊されたり、新しい道が通ったりして、町も少しずつ姿を変える。

長く目を離していると、まるで別の町に来たかのように感じる事もあるだろう。

だけどそれでも、面影はどこかに残るのだ。

子供が大人になる程の変化じゃなくて、青年が壮年に、壮年が中年に変わるような、緩やかで穏やかな変化だから。

尤も、このヴィストコートにはヨソギ流の道場があったから、当主が変わる度、十年か二十年、長くても三十年に一度くらいは訪れているのだけれども。

今回の来訪も、確か十二年ぶりくらいになる筈だった。