作品タイトル不明
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当初はすぐに旅立つ心算だったから宿の部屋を三日しか取らなかった僕だけれど、結局は延長をする事にした。
そう、予定を変更し、やはり鍛冶をしておこうと思ったからだ。
尤もこの町で、何らかの鍛冶仕事を引き受けようって訳じゃない。
今回の鍛冶は、僕の個人的な趣味である。
ノンナの曾孫であるアイナと、その恋人であるビレックに、揃いの剣を打って贈ろうと思ったのだ。
先日の手合わせも、彼らの使う剣の癖を見極める為に受けて立ったようなものだったし。
あぁ、ちなみに手合わせの結果は、特に言うべき所はなかった。
ビレックだけでなく次から次へと、アイナや教官も含めて、訓練場にいたほぼ全員から挑まれたし、特にアイナやビレックとは複数回も剣を合わせたけれど、どれも数合のうちに終わらせたから。
アイナの恋人であっても、またアイナ自身であっても、他流の剣士に挑まれ、ヨソギ流の剣士として受けて立つなら、その全てに手抜きはしない。
勝敗に関わらず手抜きをすれば、僕の師であるカエハの名前に泥を塗る。
だから怪我をさせないように力加減はしたけれど、花を持たせるような真似は一切しなかった。
そうなると長年修練を積み重ねた達人か、余程の剣才の持ち主でなければ、もう剣を握ってからの時間が人間の寿命を越えてそうな僕の相手は務まるものじゃない。
数年ほど前にシズキに敗北したのは、彼がその両方を兼ねる、長年修練を積み重ねた剣の天才だったからだろう。
アイナの剣からもビレックの剣からも、彼らが熱心に訓練を積んでる事は感じられたが、それで差が埋まる程に僕の時間は軽くないのだ。
まぁさておき、散々剣を交えたお陰で、アズェッダ帝国式正剣術の癖も何となく理解したし、アイナとビレックの動きも把握した。
彼らの為の剣を打つのに、十分な情報は揃ってる。
何せ普通の鍛冶師は、剣を打つのにわざわざ相手と手合わせなんてしないのだから。
そうして僕は、やはり何かと思い出深い、ジャンぺモンの鍛冶師組合へと辿り着く。
仕事を引き受ける気はなかったとしても、鍛冶場を借りるならやはりここだ。
訪ねた僕を出迎えてくれたのは、全く見知らぬ新しい職員。
ただ僕の事は知っていたようで、鍛冶仕事を引き受ける気がない事を伝えると残念そうにはされたものの、鍛冶場は快く貸してくれた。
それからちらっと聞いてみれば、前に僕を出迎えてくれた女性職員は、結婚を機に鍛冶師組合を辞めたらしい。
尤も結婚相手が鍛治師だから、燃料や鉱石の仕入れ、仕事の手配に時折だけど顔は出すんだとか。
まぁあれから九年も経っているのだから、そりゃあそういう事もあるだろうって話である。
そしてだからこそ、僕は今回の贈り物を、アイナとビレックの二人にしようと決めたのだ。
この先、もし二人が結婚したとしても、その姿を僕が見る事はないだろうから。
アイナの祖母である、ノンナの時もそうだった。
僕がノンナと出会ったのは彼女がまだ子供の頃で、次は今のアイナと同じ年ごろ、更にその次は……、墓の下に入ってからである。
そう、アイナとだって、そうならないとは限らない。
故にできる事は、できる間に。
九年ぶりに入ったここの鍛冶場は、やはり古めかしいけれど綺麗に掃除がされている。
鍛冶道具、鉄や銅といった素材、燃料となる木炭などを確認しながら、僕は満足して頷く。
鍛冶の技を振るうのは久しぶりになるから、今回もまた勘を取り戻すところから始めよう。
その慣らしの為の作品は、出来が良ければ鍛冶師組合に譲ればいい。
今回打つのはアズェッダ帝国式正剣術に用いられる片手半剣だから、決して無駄にはならない筈だ。
けれども本番で、アイナとビレックの為に打つのは、単なる片手半剣じゃない。
僕が東部に行った時、黄古帝国の仙人の一人、王亀玄女から教えられた武器の一つ、夫婦剣の概念を借りて、二本で一対の剣を打つ心算だった。
夫婦剣は別に夫婦で持つ剣、と言う訳ではないらしいけれど、折角二人とも同じ流派の剣士で、何時かは夫婦になるかもしれないのだから、僕はそれを贈りたい。
この先、彼女と彼の人生に何が待つのかはわからないけれど、剣の修練を怠らなければ、良い武器は必ず二人の助けになってくれる筈。
とはいえそれもまずは感覚を取り戻してからの話である。
まずは慣らしの為の片手半剣を、五本や十本は打つだろう。
仮にそれでも納得が行かなければ、二十や三十、或いはそれ以上でも。
ジャンぺモンに来たのは寄り道だけれど、これは僕にとって必要な寄り道だから、時間を惜しむ心算はない。
炉に火を入れて、鍛冶道具を手に握れば、火と鉄の匂いに心が沸き立つ。
あぁ、本当に久しぶりの感覚だ。
これから打つのは慣らしだけれど、それでも一本一本丁寧に、楽しんで打っていこう。
そう、僕にとっての鍛冶は、とても楽しいものなのだから。
それから半年後、僕はアイナとビレックの二人に二本で一対の剣を渡し、再び旅の空へと舞い戻る。
この半年で打った慣らしの為の剣は十七本。
ちょっと楽しくなって打ち過ぎた気もするけれど、出来に満足した十本のうち五本を鍛冶師組合に、残る五本をアイナとビレックが通う訓練所に譲ってきた。
誰の手に渡るのかはわからないけれど、アイナとビレックがとても喜んでくれたように、その誰かも喜んでくれると良いなと思う。
空は青く、風は東に向かって吹いている。
さぁ、今度こそは僕も、東へ向かうとしよう。
真っ直ぐに東というよりやや南寄りにはなるが、豊穣神を崇める宗教の総本山、聖地ともされるラドレニアに向かい、次は大陸東部との貿易が盛んなドルボガルデを越えて、最後に目的地であるシグレアへと至る。
僕の旅はまだまだ続く。