軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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今ではこの宿も随分と立派になったけれど、それでもノンナやその両親が小さな宿を経営していた頃から、変わらぬものが一つある。

それは出される食事の味の良さだ。

僕がシチューやステーキの皿に残ったソースまで、パンで拭き取って胃に収めて満足感に浸っていると、裏手の方から何やら声が聞こえてきた。

「えっ、エイサーさんが来てるの? エイサーさんって、あのエイサーさん? えぇぇぇっ、ホントにっ?」

大声、という訳ではないけれど、高級宿には似合わない賑やかな声が、僕の少しばかり性能の良い耳には丸聞こえだ。

まぁ建物がしっかりしてるから、耳の良い僕でなければこんな風に声が聞こえはしないだろうけれど、どうやらアイナは、少しばかりお転婆に育ったらしい。

この宿の気安い空気が変わっていない事に、僕は少し安堵を覚える。

「どうしよう、今日は後でビレックが夕食を食べにくるって言ってたのに……。ちょっとなんでお母さん笑うの!」

話し相手はシェーネらしいが、そちらの声は聞こえなかった。

けれども相変わらず、親子の仲は良さそうだ。

「挨拶、うん、いく……けど、でもお母さん、私汗臭くない? 大丈夫? あ、やっぱり先に着替えてくる」

取り敢えず聞こえてないフリをして、僕は少しここで待ってた方がいいのだろうか。

恐らく隣国のアルデノ産であろうワインを小さな樽から木製のジョッキに注いで、僕はそれを口に含む。

口の中に広がって鼻に抜けていくぶどうの香り、酸味と甘味、それから苦味と渋味。

混然として深みとなってるそれらを楽しみながら、僕はのんびりと時を過ごす。

途中、シェーネがチーズを切って盛った皿を出してくれたから、より一層にワインが進む。

アルデノは果実の生産で有名な国だけど、実は同時にその果実を用いた酒造りでも知られる。

一方麦の国であるトラヴォイア公国、ジャンぺモンでは、一部で小麦を用いた白ビールの生産は行われているものの、その麦の収穫規模に比べれば酒造りはささやかだ。

それはジャンぺモンで生産される麦が、主に食用として用いられる小麦である事や、またこの地の麦は需要が高く、多くを輸出に回している為だと思われた。

そして食料の輸出で富を得てる分、隣国からは果実や酒といった風に、輸入も怠らない。

小国家群は全体としては大きいが、トラヴォイア公国自体はあくまで小国だから、自国で全てを賄おうとはしないのだろう。

輸出で得た富を、輸入をせずに溜め込み続ければ、やがては他国の恨みを買う事にも繋がりかねないと、この小さな国は知っているのだ。

食料の生産、輸出は単なる富を得る手段ではなく、自国の地位を確固としたものとする為の外交手段でもある。

小難しい事を考えながら酒を飲むと、賢くなった気になれて割と楽しい。

もちろんそれは単なる錯覚だけれど、僕は気分よく飲めればそれでいいのだ。

そうして酒を楽しんでると、宿の入り口から一人の若い男が腹を擦りながら入ってきた。

風体からするとこの町の衛兵だろう。

彼は慣れた様子で食堂の椅子に座る。

あぁ、どうやら泊りではなく、食堂を利用しに来た客らしい。

すると対応に出てきたシェーネはその衛兵を見て目を細め、

「いらっしゃい、ビレック君。今日は何にする? あ、あの子は今着替えてるから、ちょっと待ってあげてね」

とても親し気に声を掛けた。

ほう、ほうほうほう。

ビレック、つい先程、聞いた覚えのある名前である。

今のシェーネの対応から察するに、アイナの恋人といったところだろうか?

それは実に興味深い話だ。

僕はワインを口に運びながら、こっそりとその彼を観察する。

楽しくて、少しにやけてしまった顔を、シェーネに見られた気もするけれど、別にそれは構わない。

体格は中の上。

顔つきは精悍で、意志が強そうに見える。

またシェーネとのやり取りから、人柄の良さも察せられた。

何よりも、衛兵というのがとても良い。

僕は個人的に、衛兵という職業についてる人間が好きだ。

もちろん賄賂を要求して来るような衛兵は論外だけれど、自分の暮らす町を守る為に武器を手に、内と外に目を光らせる彼らは、真面目でとても頼りになる存在である。

特に門番を務める衛兵は、ある意味で町の顔だとも思ってるから。

アイナも中々いい相手を見付けてるなぁと、感心に思う。

うん、ワインがとても美味しく感じられる。

ビレックも僕に気付き、見知らぬエルフの存在に驚いた様子だったけれど、流石に宿の客の素性を問うたりはしない。

すると漸く裏手の扉が開いて、

「エイサーさん、お久しぶりです! 覚えてらっしゃいますか? 私、アイナです!」

着替えを終えたらしい快活そうな少女、いや、もう女性と呼んだ方がいい年齢のアイナが、走りこそしないが急ぎ足で寄ってきて、ぺこりと大きく頭を下げた。

あぁ、うん、本当に大きくなっている。

それが少し寂しくて、同時にとても嬉しく思う。

「あぁ、お久しぶり。そうだね、前に会った時は、君がこんなに小さな頃だったからね」

何せ八歳の少女が十七歳だ。

感覚的には、倍に大きくなってる風にすら見える。

しかし幾ら懐かしかったとしても、恋人の前で他の男に声を掛けるのは、その恋人からしてみればきっと良い気はしないだろう。

僕がちらりと視線をやれば、シェーネは察したように頷いて、

「丁度良いからビレック君にも紹介するわね。この方はエイサーさん、私の祖母がとてもお世話になった人で、今日は随分と久しぶりに宿を訪ねてくださったの」

アイナの恋人と思わしき人物、ビレックに僕を紹介してくれた。