軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

162

その時代、扶桑の国はバラバラで、人間同士ですら、小さな国に分かれて互いに争っていた。

そんな小さな国の一つ、薄明の国に、ユズリハ・ヨソギは生まれ育つ。

彼女は女の身ではあったけれども、剣の道を志す。

既に盛りを過ぎ、老いによる病を得てしまった当主から、その座を受け継ぎ、まだ幼い弟に渡すその日まで、流派を守る為に。

それは今のヨソギ流を知る僕からすれば、違和感のある、古い価値観だ。

でもそんな事を言う資格は、僕にはない。

彼らの大切な物を守り、受け継ぐには、その時はそれが、必要だったのだろう。

だがある日、薄明の国の隣国が、鬼の手で滅ぼされた。

薄明の国がそれを知ったのは、偶然にも鬼の手を逃れて逃げ延びて来た民がいたから。

そして薄明の国は鬼の存在を知り、その化け物がすぐにでも侵攻してきかねない事を、理解する。

……残念ながらと言うべきか、或いは幸いにもと言うべきか、薄明の国の規模は、隣国よりも随分と小さかった。

ユズリハ・ヨソギが受け継いだ流派があり、腕利きの剣士が複数いたからこそ、何とか独立を守れていたに過ぎなかったくらいに。

当然ながら、隣国を滅ぼした鬼と戦ったところで、薄明の国に勝ち目がない事は明らかだった。

故に薄明の国の王、いや、この地の言い方だと国主は決断する。

勝ち目のない戦いに民を巻き込み、無駄に命を散らさせてしまうくらいならば、国を捨てさせて安全な地へと逃がす事を。

それは苦渋の決断だっただろう。

国主にとっては代々受け継いできた国の放棄は、自らの身を切り刻まれるよりも苦痛だった筈。

民にとっては耕作してきた田畑の放棄は、自らが生きる手段を手放すも同じ。

けれども彼らはそう決めた。

鬼の腹に収まるくらいなら、その先の人生がどんなに苦痛に塗れていようと、それに堪えようと。

でも幾ら必死に逃げたところで、それを追い掛ける鬼の足は、人間よりもずっと早い。

だから国主は、自らと共にこの地に残り、鬼と戦って足止めをする事を、剣士達に命じる。

もちろんその剣士の中には、既に当主の座を受け継いでいた、ユズリハ・ヨソギも含まれていた。

彼女の、病に細った父は言う。

『もう一度、私が当主になろう。お前は弟を連れ、南の地へ逃げなさい』

……と、そんな風に。

だがユズリハ・ヨソギは、首を横に振る。

『どんな形であっても私が逃げれば、流派は卑怯者の誹りを受けましょう。それをあの子に引き継がせるなんて、私にはできません。そもそも老いて弱気になったお父様に、もはや当主は務まりませぬ』

それは矜持であり、家族への愛でもあったのだろう。

実はユズリハ・ヨソギは、流派で最強の剣士であった訳ではない。

技の冴えは流派の中でも飛び抜けていたが、体格、筋力で劣る彼女は、他の剣士に不覚を取る事もあったから。

しかしユズリハ・ヨソギは、それでも流派の当主であった。

彼女は姉を置いて逃げられぬと泣く弟を叱り、抱き締め、そして諭す。

『私を想うなら、生き延びて流派を守りなさい。貴方が生きて成長し、次代に継ぐ事。それが私の望みです。もう泣いてはいけません。私が死んだ瞬間から、流派の当主は貴方になるのですから』

既に死を受け入れたその言葉に、頑なで翻る事のないであろう意志の強さに、弟は引き下がらざるを得なかった。

そして数日後、鬼は予想通りに攻めてきて、薄明の国は戦場となった。

矜恃も愛も、全てが入り混じって覚悟となって、ユズリハ・ヨソギは凛と立つ。

薄明の民が落ちのびる時間を稼ぐ為、もちろん彼女の弟の為、流派の為。

自らの死を受け入れたユズリハ・ヨソギの精神は、剣は冴え、誰も彼女を止められない。

それでも、鬼は強敵だ。

ユズリハ・ヨソギは幾匹もの鬼を切ったが、他の剣士達は次々に倒れて行った。

このままではやがて、全ての剣士が擂り潰されてしまう。

そう、危惧された時だった。

最前線で鬼を切り、文字通りに道を切り開いたユズリハ・ヨソギの前に、敵の首魁である大鬼が姿を見せる。

一方的な虐殺になる筈が、思いの外に手間取る事に苛立った大鬼が、その原因を自ら潰しに現れたのだ。

それは圧倒的な窮地で、……けれども同時にチャンスだった。

少しずつ擂り潰されるしかない状況だったのに、敵の首魁を討つ機会が巡って来たのだ。

大鬼は、他の鬼に比べても圧倒的に巨大な体躯と、それに見合った力を持つ。

恐らくは祖である魔族に近い、先祖返りで生まれた鬼だ。

その圧倒的な力に、立ち向かえたのはユズリハ・ヨソギ、ただ一人だった。

元より彼女は、自分よりも力に勝る相手との戦い方を、ずっとずっと練り続けてきたから。

まともにぶつかり合えば、一方的に粉々に打ち砕かれる。

だから決してまともには打ち合わない。

安易な牽制もしない。

軽く払われただけで吹き飛ばされる事もわかってる。

硬い相手の肉体に攻撃を通すには、相手の力を利用するより他にない。

僅かでも怯めば、その隙を逃さず殺されただろう。

攻め気に逸れば、やはり簡単に殺されただろう。

でも彼女は怯えず慌てずに淡々と大鬼と戦い続けた。

その身に宿す体力の全てを、完全に使い果たしてしまうまで。

動けなくなったユズリハ・ヨソギを、大鬼の拳が打ち砕く。

だが彼女の剣は、最期に大鬼の胸を貫いた。

……それでも強靭な大鬼を仕留める事はできなかったが、だからこそだろうか。

大鬼は、鬼の軍の撤退を決める。

その時、大鬼が貫かれた胸に抱いた感情は、恐怖か敬意か。

それはわからないけれど、僅かな生き残りの剣士を残して、鬼の軍は引き上げた。

故に鬼の詳しい力が、彼らより他の人に伝えられる。

赤肌の鬼は力自慢。

青肌の鬼は動きが早い。

緑肌の鬼はずる賢い。

黒肌の鬼は皮膚が固くて。

白肌の鬼は赤と青と緑の特徴を併せ持つ。

刺青の鬼は、肌の色に関係なく、妖術を使う。

大鬼は一軍の首魁で、強大な力を持っている。

生き残った剣士達は口にした。

ユズリハ・ヨソギが居たからこそ、鬼は退き、我らは敵を知れたのだと。

しかしその頃の扶桑の国は、まだまだ人間同士が争っていた時代。

安全な地を求めて南に移動した薄明の民は受け入れられずに、バラバラになって扶桑の国を彷徨った。

その一部は船に乗り、大陸にも渡ったそうだ。

扶桑の国に、ユズリハ・ヨソギの功績が認められ、称えられるのは、それからもう少しばかり後。

そう、扶桑の国に、より深く鬼の脅威が知られてからの、事となる。

今はもう、ユズリハ・ヨソギの守った流派が、何という名だったのかは、伝わっていない。

けれども僕は知っている。

それがかつての物と一緒だとは限らない。

もしかすると、国が亡ぶ前は、国の名前を冠していたのかもしれない。

だが今は、彼らの家名を冠するヨソギ流。

遥か西の地、ルードリア王国に根付いて栄えた、今では彼の地の四大流派に数えられる物の一つ。

この話は、欠片たりとも忘れたくないので、僕はこうして紙に記す。

そして確実に届けよう。

ユズリハ・ヨソギが守った流派を今も受け継ぐ、彼女が守った弟の子孫達に。

一人の女剣士の物語を。