作品タイトル不明
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大陸東部に広がる草原は、大草原なんて呼ばれるだけあって本当に広いらしい。
そういえばプルハ大樹海のように固有の名称もあるらしいけれど、場所によって呼び方が固定されないので、取り敢えずは大草原でいいか。
大草原に住む民は、ハーフリングや人間の遊牧民。
……遊牧民って言葉の響きは、何だかのどかな雰囲気がするのだけれど、実際には勇猛な騎馬民族で、草原の外の国を襲っては略奪行為を働くらしい。
尤も全ての部族が好戦的な訳ではなく、穏便に外の国々と交易を行う部族もあるそうで、一口に草原で暮らす遊牧民といっても、全てを一緒には出来ないのだろう。
因みに大陸中央に存在する侵略、というか略奪国家と呼ばれるダロッテ国は、この草原で争いに敗れた部族が砂漠や氷原を越えてあちらに流れ着き、現地の国を奪って誕生したそうだ。
奪われた国の民や、近隣に強力な略奪国家が生まれた周辺諸国にとっては非常に迷惑な話であった。
しかしそれは、困難な旅で弱りながらも国を奪えてしまうような強い人々が、この大草原では敗者でしかなかったという、恐ろしい事実を意味してる。
つまり大草原に生きる遊牧民、騎馬民族、草原の民と呼ばれる人々は、それ程までに強いのだろう。
吹き抜ける風に、草が揺れる。
空も草原も、どこまでもずっと続いてて、蒼くて碧い。
僕は取り敢えず東に向かって歩き出す。
この草原をずっと東に行って抜ければ、大陸東部で最も大きな国、黄古帝国とやらがあるという。
ただ徒歩でこの大草原を東に抜けるには、それこそ何ヵ月も掛かるから、今の手持ちの食糧、人喰いの大沼で狩った魔物の肉だけじゃ、どう考えても足りやしない。
獣や魔物が狩れたり、遊牧民と接触して食料を買い取れればそのまま東に旅を続けられるけれども、食料の調達が不可能ならば一旦草原を抜け、海沿いの国に立ち寄る必要があった。
サクサクと草を踏んで草原を歩けば、遠目に馬の群れが見える。
近くに人間の姿は見えないから、野生馬の群れだろう。
だけどよくよく観察してみれば、馬達の中に、額に一角を持つ個体が混じってた。
鹿毛や黒鹿毛、青鹿毛の馬達だから、ユニコーンと呼ぶには微妙だろうけれど、……間違いなく普通の馬じゃなくて、魔物だ。
なのにその魔物であろう一角の馬達は、まるで他の馬を守るかのように、群れの外側で草を食む。
普通の野生馬達も、一角の馬達を完全に群れの仲間として受け入れている様子で、ちょっと興味深い。
魔物が獣と暮らす場合、力の強さや知能の高さから、群れの支配者として中央に君臨する事が多いのだけれど、あの馬の群れはそれとは少し雰囲気が違って見える。
一角の馬も複数いるし、普通の野生馬達にも遠慮や脅えが感じられない。
恐らくだけれど、一角の馬も普通の野生馬も、双方ともに誇り高いのだろう。
守る守られるがあるから対等かどうかはさておき、そう在ろうとしている風に、僕には思えた。
何だか少しだけど、楽しい。
そう、テンションが上がるのを感じる。
あぁ、あの背に、乗ってみたい。
僕が乗馬を覚えたら、彼らは乗せてくれるだろうか。
いや、そんな都合の良い事はないだろう。
今だって、僕がずっと見てるものだから、馬達がこちらを警戒し始めた。
うぅん、仕方ない。
一先ず今は、先に進もう。
僕は彼らと関わりたかっただけで、彼等の生活を脅かしたかったのではないのだから。
そう、手持ちの食糧だって、今はまだ充分に残ってるし。
しかし乗馬か。
そういえば以前、アイレナが後ろに乗せてくれた時、ちょっと覚えようと思ったんだっけ。
ただその時は確か、馬の生きる時間は人間に比べてもずっと短いから、見送ったのだ。
でも今なら、乗馬を覚えてみるのも、いいかもしれない。
僕は長く生きて、沢山出会って、沢山別れる。
死別もあれば、一時道が交わっただけの軽い別れもあるだろう。
その出会いと別れの中に、幾頭かの馬が混じっていても、多分きっと構わない筈。
そんな事を考えながら歩いていたその時、大きな風が草原に吹く。
強く、強く、何かを訴えかけるように。
そして僕の耳元で、風の精霊は囁いた。
あっちに。
助けてあげて。
……と、そんな風に。
それは風の精霊からの、僕への助力要請だった。
実に珍しい話である。
だって基本的に、精霊はあまり困る事がない存在だ。
そもそも精霊に対しての干渉が、殆ど不可能に近い。
一応、精霊が宿る環境の破壊や汚染といった方法で害する事はできるけれども、その場合は僕に頼るよりも先に、精霊自身が怒り狂って暴れるだろう。
故にそれは、僕の二百年と少し生きた時間の中でも、滅多にない出来事だ。
当然ながら、僕に否やはない。
むしろ一体何が待ち受けるのかと、僅かにだが興味すらある。
誰かを助けて欲しい。
だけど風の精霊自身には、それが行えない。
それは充分にあり得る話だった。
何故なら精霊は、一部の強い力を持ち、長く経験を蓄積した例外的な存在以外は、自身の力を上手く活用できないから。
いや正しくは、通常の自然の運行の範囲を越えて活用する事を知らないのだ。
以前に出会った泉に宿った水の精霊は、その例外的な存在だった。
といっても、精霊の総数が多いから力と経験のある精霊の割合が少ないだけで、見付けようと思って探せば例外も割と見つかる物ではあるのだけれども。
では例えばの話になるが、風の精霊が単独で、自発的に狼の群れに襲われる誰かを助けようとしたとする。
まぁそんな事はまずあり得ないのだけれど、仮に気紛れを起こしたとしての話だ。
風の精霊には、強い風を吹かせて狼を驚かせる事はできるだろうけれど、ダメージを与えるような攻撃は難しい。
もしも無理矢理にでも狼にダメージを与えようとして強い風を起こす場合、竜巻を起こす等をして、助けようとした誰かを巻き込んでしまう。
僕が風の精霊に助力を乞うた時の攻撃や繊細で多彩な行動は、僕が伝えるイメージを風の精霊が受け取り、再現するからこそ成り立つ物だった。
つまりそれが、神話で語られるところの、精霊の次にハイエルフが生み出された意味でもある。
精霊は強い力を持つけれど、彼らの存在は自然を運行する為の物であって、それ以外に力を振るうという発想がない。
故にハイエルフが、より状況に則して精霊が力を振るえるように、イメージを伝える。
すると精霊の起こせる現象が、通常の自然現象を越えるのだ。
もちろんハイエルフ以外の、普通のエルフや精霊と波長の合う人間が扱う精霊術も、規模の違い以外の理屈は全く同じである。
またそれらの力の行使が、精霊にとっては経験を積む、学習の場でもあった。
尤もこの世界に精霊の数は多く、逆に精霊術を扱える素質のある者は数少ないから、余程に長く同じ精霊が傍で過ごしてくれる訳でもない限り、学習の成果が見られる事はあまりないだろう。
因みに長く経験を蓄積した強い力を持つ精霊は、他者のイメージを得ずとも自ら通常の自然現象を越えた力を振るう事が可能だ。
だが精霊と他の生き物の感性は大きく異なるから、力の使い方もやっぱり大きく異なる。
これは僕の勝手な印象だが、やはり精霊の力の行使は範囲が大きく、大雑把な事が多い風に思う。
例えばあの、泉に宿った水の精霊も、最初は町ごと全てを押し流そうとしていたように。
……話は大きく逸れたが、精霊が誰か個人を強く気に入り、その誰かに危機が迫っている場合、近くにいた僕に助力を求めるというのも、理屈的には考えられない事じゃない。
精霊が誰かにそんなに強い興味を示すなんて、本当に珍しい話ではあったけれども。