軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マリー牧場     ・

さて、私も子供たちと同じ簡素な作業着で一緒に小屋に入り、鶏小屋の掃除だ。

ここで私は動物の能力を甘く見ていたと思い知らされる。

「なぜっ! なぜ私だけを襲うのですっ! この!お前っ! やめなさいったら! ひいいっ!」

白い羽の六羽の元気な鶏たちは、一瞬で子供達の中から最弱者を見抜いたようだ。

箒(ほうき) を手に入ってきた子供たちのうち、私だけを集中的に追い回し、クチバシでつつきまわし、羽で叩く。

最初は遠慮して笑わなかった孤児たちも、次第に我慢ができなくなり笑い出した。しまいにはもう、腹を抱えて涙を流してヒーヒー笑う始末。

私は羽だらけ糞だらけになり、孤児たちに労わられる有り様。最後は「俺たちでやるから」と小屋から追い出された。

孤児たちは普段から体を使う仕事をこなしているお陰なのか、なんなく掃除を終えた。

今はメイドたちの用意したハムと卵のサンドイッチと肉と野菜が入ったスープを勢いよく食べている。

「美味しい」

一番小さな女の子がうっとりとつぶやいた。

「ほんとに毎日こんな美味しいものが食べられるの?」

ガリガリに痩せた男の子も口いっぱいにサンドイッチを頬張りながら尋ねる。

「もちろんよ。でも仕事の手を抜いたりしたら賃金も減るから頑張って世話をしてくださいね」

私がそう答えると、銅貨が入っている瓶をチラチラ見ながらウンウンと頷く子供たち。

「あっ。産んでる!」

見れば一羽のメスが早速卵を産んでいた。

「卵はあなたたちに差し上げますが、必ずここにある紙に卵の数を記入してください。卵がどれくらい生まれるかの研究ですから」

「卵を持って帰ってもいいの?」

「いいわ。お友達におみやげにするならトムか私に言ってくれれば茹でてお渡しするわ。鶏たちがたくさん卵を産んでくれるよう、お世話を頑張ってほしいの」

「おみやげ! 俺、今まで貰ったことも渡したこともねえよ!」

そう叫んだ男の子は「仲間に渡したら、喜んでくれるだろうなあ」と言い、その場面を想像しているのかニヤニヤしている。

「お嬢さんは小屋に入らなくても大丈夫だよ。俺たちがやるからさ」

「そ、そう? 別に鶏なんて怖くないけど、そう言うならお願いしようかしら」

孤児たちの間にクスクス笑いが広がった。

孤児たちは連日熱心に働いている。

やがて彼らは街にいる他の孤児たちにも声をかけたらしい。賄い付きの優良な仕事を独り占めしなかった。

我がランドフーリア伯爵家の鶏小屋で働く孤児の数は二十人になった。

二十本のガラスの大瓶、どんどん貯まっていく銅貨は、孤児たちが手にする生まれて初めての財産だ。大切に使ってほしいけど、使い方に口は出さないようにしている。

数ヶ月も過ぎるころには、顔色が悪く痩せていた孤児たちはすっかり顔色も良くなり体のあちこちにできていた吹き出物も消えた。彼らは少しずつ礼儀や言葉づかいも覚えている。

私の予想通り、栄養状態の改善で孤児たちは以前に比べると格段に体格が良くなっていく。

我が家の敷地の隅で飼われている鶏の数はヒヨコを孵すことにより少しずつ増え、今では五十羽を超えるまでになった。

世話に参加する孤児の数も更に増え、鳥小屋は伯爵家から離れた場所に移された。鶏小屋は大きくなり、近くに従業員寮もある本格的な養鶏場となった。

私の推論だった「肉や卵を摂取することで栄養状態の改善と体格の向上を目指す研究と実験」は結果を確認できた。

私のお母さまは、「幼い弟妹の世話をしていた頃を思い出すわ」と懐かしがって、途中で養鶏場の作業や従業員寮の管理に参加した。

実家で馬の他に鶏と山羊の世話をしていたお母さまは、実に実践で役に立つ伯爵夫人だった。

お母さまは孤児たちにひと組の山羊を買い与え、世話の仕方も教えた。

子山羊が生まれると乳が絞れるようになった。山羊の乳は子供たちが配達した。母乳が足りなくて困っている街の母親たちに人気の商品となった。

孤児たちの現金収入は更に増えた。

のちに「マリー農場」と呼ばれる自立支援施設の始まりだった。

マリー農場では庭師のトムが適性のありそうな子に庭仕事を少しずつ教えていた。

鶏係の中からメイド見習いとなる女の子も出てきた。

ランドフーリア伯爵家できちんと躾けられた若いメイドは、商家や裕福な平民の家で歓迎された。

彼女たちは孤児の幼い後輩に伯爵家の職場を譲って卒業する流れができた。

料理に興味を持つ子もいた。

若い料理人たちは自分もお嬢様の役に立てると張り切って料理を教えたがった。

私が鶏六羽から始めた研究と実験は、孤児たちの意欲でどんどん拡大していく。

簡単な野菜畑もトムの指導で作られていて、従業員寮の食事を豊かにした。

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「思った以上に良い結果が出ましたわ!」

研究開始から三年。

九歳となった私は、農場を見学に来たアレクサンドル殿下にニンマリと自慢した。

ただひとつ残念なのは、三年を経てもまだ私は鶏に最弱認定されており、鶏小屋には入れない農場経営者なことだ。