軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第602話 「昇天」

暗転した視界が回復する。

知らない場所にいた。

レアは今度こそ、蛇に貫かれて死亡したはずだ。

あの蛇は間違いなくキャラクターロストに関わる特殊攻撃だろう。

プレイヤーならば1時間以内にシステムメッセージに返答し、リスポーンの申請をすればロストは免れる、はずである。

しかし今のところその様子はない。

というか死亡した旨のメッセージすらない。

まだ死亡していないのだろうか。

誰かに相談しようとフレンドリストを開いてみるが、フレンドチャットは使えなかった。

これが現実なら死後の世界かと考えるところだが、あいにくここはゲームの世界。現実ではない。

いや、死後の世界が現実的なのかどうかについては議論の余地があるが。

「……でも、死後の世界を彷彿とさせる場所なのは確かかな」

声は出るらしい。

自分の身体を見てみると、特に変わったところはなかった。

蛇に貫かれたはずのドレスも直っている。

先ほどまでの高揚感ももうない。

今回は黒歴史というほどのやらかしはなくてよかった、だろうか。確かに迂闊ではあったが。

考えたくないのでこの件についてはこれ以上考えない。

しかしながら、『 神の息吹(ル―アッハ) 』の能力値上昇効果だけはしっかりと残っている。

効果時間がまだ終わっていないようだ。

というか、よく見るとステータス画面端の時間表示が動いていない。

どうやら時間が止まっているらしい。

フレンドチャットが使えないのはこのせいだろう。

闘技大会の時に知ったが、時間の流れを変更している場合、同じ変更倍率の時間の中にいるキャラクター以外と話す事が出来ない。まあ当たり前の事だが。

自分自身の確認は終わったので、辺りを見渡してみる。

先ほども考えた通り、いかにも死後の世界然とした空間である。

どこを見ても壁も天井も見えない。部屋の中というにはあまりにも広すぎる。それでいて太陽のようなものは見えず、しかし妙に明るい。

レアの肌や目に何の負担もかかっていないことから、明るさが太陽光に由来するものではないのだろう事はわかる。

見下ろせば足元にはドライアイスの蒸気のような白い靄が漂っており、明るさと相まって、とにかく「白い」空間だという印象が強く残る。

仮にここでログアウトしたとしたら、ここがリスポーン地点になるのだろうか。

この空間から外に出られたとして、外で死亡した場合ここに戻ってくるのか。

いや、そもそも今レアは生きているのか。

というかここはどこなのだろう。

結局疑問はそこに戻ってくる。

ふと気配を感じた。

そちらを振りむくと、両手を黄金の鎖のような何かに繋がれ、上から吊り下げられた状態で立っている女がいた。

どこから吊り下げられているのか、と見上げても鎖の先は見えない。鎖は白い闇の中に消えている。

吊られた女は美しく、どこかで見た事のある顔をしていた。

「……エウラリア、か」

何やらジェラルディンが顔の大きさで競っていた気がしたが、じっくり見ても別にそう変わらない。2人とも小顔だ。いやそう変わらないからこそ競うのか。

ともに超の付く美人であり、どちらの方が美しいということもない。好みの問題だ。

レアとしてはジェラルディンの方が親しみやすくて好感が持てる、ような気もするが、それはあの明け透けな好意や馴れ馴れしさのせいで麻痺しているだけかもしれない。レアはどちらかというと人見知りするたちなので、他者に親しみやすさを感じる事はあまりない。

そうしてレアがエウラリアの容姿を値踏みしていると、エウラリアは不意に目を開いた。

レアを見て、僅かに口を動かす。声は聞こえない。

しかし唇を読む事くらい造作もない。

あ、り、が、と、う──

するとエウラリアの身体がどろりと崩れ、足元の靄に埋もれて消えていった。

後には吊る物の無くなった鎖だけが静かに揺れている。

──何がありがたかったんだろう。

内心でジェラルディンと比べ、あちらの方がいいかもしれないとか考えたことだろうか。

まあ、普通に考えてそんなわけはない。

エウラリアを拘束していたあの黄金の鎖は、おそらく黄金龍を象徴する何かだ。

レアの推察通り、黄金龍がエウラリアを身代わりにして難を逃れたのだとすれば、そしてそれによって囚われていたエウラリアが消滅したのだとすれば、何百年にも渡る辱めから解放されたと考える事も出来る。

エウラリアは消えた。そして最後に、その事について礼を言った。

そんなところだろう。

ところで、どことも知れぬ上空から吊り下げられた、この趣味の悪い色合いの鎖はどうしたものだろうか。

と思って見ていると、突然鎖が落下した。

しゃらしゃらと音を立てて、鎖はまるでとぐろを巻く蛇のようにその場に山になっていく。

しかし見上げてもまだ先端は見えない。どれだけ長いのか。

そのまま観察していたが、しばらくするとしゃっと音が途切れ、鎖が全て落ち切った。

鎖の長さと落ち切るまでの時間から、天井までの距離がわかるかもしれない、と一瞬考えたものの、時間は数えていない。時計も動いていない。

この鎖はアイテムとして回収してもいいものなのだろうか。

見ても『鑑定』出来ない。名前すら文字化けしている。

なるほど、触ったらやばいやつだ。

『鑑定』したからなのか、関係ないのか。

鎖の小山がもぞもぞと動き出した。

先端が蛇のように鎌首をもたげ、レアの身長ほどまで首を伸ばす。

そしてその一本を軸に下から鎖が巻きついていき、人ほどの太さになると、ぐにぐにと蠢いた。

次第に鎖としてのディティールがぼやけていく。

鎖の境界線がなくなると、まるで黄金で出来たスライムのように形を変え、やがて非常に見覚えのある、ひとりのキャラクターの姿を形作った。

どこもかしこも金ピカの、レアの姿がそこにあった。

「……うわあ」

黄金のレアが目を開く。

が、そこにある眼球には瞳は無く、ただ球体がはまっているだけだ。どこを見ているのかもわからないが、目が合った事だけは何故かわかった。

そして軽く足を開き、構えた。

やる気らしい。

「……なんか、あっちの方が強そうに見えるな。色だけだと」

相変わらず『鑑定』は効かない。

だがレアの姿を写し取っている以上、レアと無関係という事はないだろう。

最低でもレアと同じ能力値やスキルを持っている、と考えて対処すべきだ。

だとすれば、そう。

これはまさしく、過去最強の敵である。

「しかし、なるほど。これに負けるような事があれば、あのエウラリアの二の舞を演じる事になるわけだ」

そしてその時こそ、キャラクターロストの瞬間であるのだろう。

先手を打ったのはレアだった。

いや先手を打たされた、と言うべきか。

というのも、黄金のレアは軽く両手を広げると、その両手に膨大なマナを集束し始めたのだ。

声を出さないのでわからないが、どう見ても事象融合である。

あの目が見えているとは思えないのだが、事象融合を発動できるということは『魔眼』が機能しているのだろうか。

普通に考えれば、この距離で初手事象融合はありえない。

事象融合にはチャージ時間が必要だ。これならレアが距離をつめて殴り付ける方が速い。

単体で事象融合を発動できる事といい、あれがレアのコピーであるのはほぼ確定と言っていいだろう。

もちろんレアであればそんな愚かな手は打たない。

となれば、あれは何かの罠かもしれない。

しかし罠だとしても、このまま撃たせるわけにはいかない。

先手を打たされた、というのはそういう意味だ。

レアが事象融合を発動するためには『魔眼』の『魔法連携』が不可欠だ。

つまり、それを止めたければ眼を狙えばいい。

前蹴りで膝頭を砕きに行く──のをフェイントにし、右手の人差指と中指で黄金レアの眼を突いた。

フェイントのつもりの前蹴りは見事に決まり、黄金レアの膝を砕く。

さらに目潰しも何の抵抗もなく、ずにゅりと黄金レアの眼球を潰した。

それと同時に両手のマナも霧散する。やはり『魔眼』の能力だ。実際にそうなのかは知らないが、レアの姿を模倣している以上はレアの制限に縛られるという事かもしれない。

それにしても、このダメージは少しおかしい。

いかにレアの蹴りとはいえ、それを受けているのもまたレアなのだ。

さすがに一撃で膝を砕かれるような事はない。

レアの能力をコピーしたのではなかったのか、と考えて、ひとつ思いついた。

現在のレアには『神の息吹』の効果が残っている。

神がどうとかついているくらいだし、もしかしてこのバフ効果はコピーできないのではないだろうか。

いや、その前に、本来はこの空間の中に通常のバフは持ち越せないのかもしれない。

時間が止まっていることや、破れたはずの衣服が修復されていることから考えても、ここが特殊な空間である事は間違いない。

どうやら、ウェインたちの支援は思った以上に役に立っているらしい。

しかしなぜ、この悪趣味な色のレアは何の抵抗もしないのだろうか。

フェイントに引っ掛かる、というのは仕方がないかもしれないが、そのフェイントさえも回避しないのは意味が分からない。

かと言って膝を諦めて眼を守るというわけでもない。そちらも見事に潰されている。

悪趣味な金ピカとはいえ自分の顔だし、レアの方が躊躇して手を止めそうになってしまったくらいだ。

「……もしかして、能力値やその他もろもろをコピーしただけで、プレイヤースキルはその限りじゃない、ってことかな」

だとすれば、開幕事象融合などという隙を晒してきたのも納得できないでもない。

単純に最大ダメージを求めるのであれば悪くない選択だ。

レアも相手によってはそうするだろう。

「この辺が、宇宙生物──なのかどうかは知らないけど、この世界のキャラクターの事をよく理解していない正体不明のラスボス感ってことなのかな。

でも能力だけコピーして、わたし自身の「技」はコピーしていないっていうなら──」

そして『神の息吹』により、こちら側の能力値だけ上昇しているというのなら。

『魔眼』も使えず、立つ事さえできなくなった自分の姿を冷たく見下ろす。

「──わたしにとっては、サンドバッグと大差ない」

ぐにゃり、と形が崩れ、人型がスライムに、スライムが鎖に戻っていく。

そして黄金の鎖はぼろぼろと崩れ、光となって朽ち果てる。

それと同時に、本物のレア自身の身体の中からも、同様の鎖のようなものが崩れて消えていくのが見えた。

「うわ! なにこれ!」

自分の体内のどこにあんな悪趣味な鎖があったのか。

そう考えながらステータス画面を見ると、スキルと特性の欄が光っていた。

何かに導かれるように、スキルの欄が開かれる。

『縺薙≧縺励※莠コ縺ッ螟ゥ縺ォ譏?k』の文字化けが、スクラッチでも削るかのように徐々に読めるようになっていく。

その文字化けの下から現れたのは、『 こうして人は(Sic itur) 天に昇る(ad astra.) 』というスキルだった。

他にも『蛻カ髯占ァ」髯、』が『制限解除』に。

『莠域匱』が『予智』に。

それぞれ真の姿を現した。

「制限解除に『予智』か。『予智』って予知能力的なものかな。一体どういう技術で──」

《スキル『 こうして人は(Sic itur) 天に昇る(ad astra.) 』が発動します》

《このスキルは発動後、消滅します》

《特殊条件を満たしました。魔霊神に転生が可能です》

《神属は各カテゴリで1体のみ存在できます。魔霊神は現在空席です》