軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第586話 「そわそわした空気」

「お前、どうする?」

「そりゃ、行くだろ」

そんな会話が、枕蓮の耳に聞こえてきた。

話しているのはダンジョン【ルート村の裏山】で活動しているプレイヤーたちだ。何度か見かけた覚えがある。

似たような会話は他のプレイヤーたちの間でも、それこそゲーム世界の至る所で交わされている。

もちろんSNS上でもそうだ。

話に出ていた「行く」というのは公式特大規模イベントの事だ。

全世界を災厄である黄金龍の端末が襲うとの事だが、その本体は北方の極点にあるという。

その本体の封印をマグナメルムが解くらしい。

ワールドクエスト最終章と銘打たれているだけあり、かなりの激戦が予想される。

それに、こと黄金龍に関してのみは、あの悪名高きマグナメルムも人類と共闘するらしい。

マグナメルムはその悪名と同じくらい、人気も高い。

彼女たちとの共闘に憧れるプレイヤーは多い。

「でもさ、定員あるんじゃなかったっけ」

「あー。基本早い者勝ちみたいだな」

「それもあるけど、環境対策だっけ? 現地は極寒だから、その対策が出来ないプレイヤーは足切りするみたいな噂もあるよな」

「それはあれだろ。ハガレニクセンの奴らが勝手に言ってるだけだろ。マグナメルムとか運営とかから公式に言われてるわけじゃなくね?」

「そうだっけ。でもハガレニクセンが適当ぶっこいてたとしたら、マグナメルムからお叱りくらいはあるんじゃねーの? それがないってことは、それなりにガチなんじゃね」

そしてマグナメルムは用意のいいことに、中央大陸から北方の極点に向かう移動手段も準備してくれているらしい。

防寒対策が必要だというのは、少し考えればわかることだ。

普通に考えて普通の人間が北極で人里と同じパフォーマンスを発揮できるわけがない。

暑さや寒さに対する耐性は、スキルや先天的な特性として存在している。

ただし先天的な特性はキャラクタークリエイト時にしか選択出来ないため、わざわざ余計に経験値を支払って取得している者は少ない。

一方でスキル『耐寒』や『耐暑』は、先天的な特性よりも消費経験値はかなり多めであるものの、後天的に取得可能であるメリットがあるためハードルは低い。

暑さや寒さによって受けるバッドステータスやダメージは、通常VITとMNDの合計値を参照して行なわれる。スキルや特性があればその分判定にボーナスを得られる。

ある程度の数値があれば行動に支障がないレベルまで緩和出来るらしいが、さすがに北極ともなれば生半可な能力値では太刀打ち出来ないだろう。

さて自分はどうだったか、と考えたが、考えるまでもなく関係ないことだった。

枕蓮は北方の極点に行くつもりはなかった。

システムメッセージによれば、黄金龍の端末とやら言うエネミーが世界各地に現れるらしい。

なんでもそのエネミーの放つ特殊攻撃を受ければ、蘇生も効かず、リスポーンさえ制限されるとか。

そんなエネミーの専横をここルート村で許すわけにはいかない。

この村はこれでもいっぱしの国だ。

そして枕蓮はその代表者である。

国を代表する者が、国を放り出して遠征に出かけるなどありえない。

ここに残り、村を守るために戦う。

それが枕蓮の選択だった。

「──別に、俺に付き合う必要はないんだぞ。

せっかくのイベント──しかも最終章だっけか。せっかくなんだから、手を上げて参加してくればよかったのに」

「さっきそこにいたプレイヤーたちも言ってたじゃん。早い者勝ちだって。もう遅いよ」

そう言って笑うのは、ローラ・登代鷹というプレイヤーだ。

しばらく前からこのルート村を中心にプレイしている。

ぐいぐい来る性格で、勢いに押されて何度かパーティを組んで戦ったり、村の雑務を手伝ってもらったりしていた。先月の闘技大会にもチームを組んで参加した。

「それにアスチン君とかマートン君とかも残ってるじゃん」

「あいつらはまあ、建国前からの付き合いだし。もちろん、だからと言って強制したりはしなかったから、残ってくれて嬉しかったけど」

あの2人はルート村建国前からの、そして裏山が正式にダンジョンとして始まる前からの付き合いだ。

しかし、特別にお互いの関係性を確認した事は無かった。つまりただ付き合いが長いというだけの関係、悪く言えば惰性で続いた関係だった。もちろん、都市国家ルート村の経営には手を貸してもらっているし、そこで得られる利益も分配している。その意味ではビジネスライクな関係と言えるかもしれない。

ところが今回のイベントに際して、アスチン達は枕蓮が何かを言う前に村の防衛計画について話を切り出してきた。

共に作り上げてきたこの村を、共に守ろうと。

ただ付き合いが長いというだけの関係、ではなかったのだ。

所詮はゲームのフレンド。リアルの顔も名前も知らない。

しかしだからといって、代えがたい友情を育めないわけではなかった。

「その、さー。あんた付き合いの長さってやつ? だけで判定してるの? 人間関係を。

あたしも残ってやるって言ってるんだから、素直に嬉しがったら?

あと、オンラインゲームで育めるのって別に友情だけじゃないんじゃないのっていうか」

「いや、そりゃ、君たちが残ってくれたのも嬉しいけどさ……。え、何その顔」

「……言っとくけど、今どき鈍感系って流行らないよ。もうなんか、脳の血の巡りが悪いんじゃないのってレベル。……れた弱みとか言うけど、それってつまり相手の弱みに付け込んで可能な限りいい条件を引き出そうとしてるって事だよね。 質悪(たちわる) くない?」

『聴覚強化』を以てしても途中がよく聞こえなかった。

「え? なんだって?」

「そういうのもういいっつうの! ほら、そんなことよりもうすぐイベント開始でしょ! しゃきっとする!」

「あ、はい!」

***

食品加工工場の視察を終えたクロードとジェームズは、王城に向かって城下街を歩いていた。

2人が歩く大通りには、左右に商店が立ち並び、それなりの賑わいを見せている。

もちろん大陸最大の国家である隣国オーラルの王都や、商業都市として名を馳せる旧ヒルス王国のリフレの街と比べられるほどのものではない。

この街が大戦中荒廃しきっていたのは間違いない事実だ。

日に日に失われていく食糧。

王都の全てを封じるかのように覆われた薄紅い霧が、そのわずかに残された食糧に黴を咲かせる事もあった。

そんな鬱々とした、絶望に支配された暗い街。

それをクロードや菜富作たちが解放し、曲がりなりにも笑って暮らせる街にしたのだ。

そのために取った手段は褒められた物ではなかったが、別に誰かに褒めてもらいたくてやった事でもない。

クロードたちにとっては、元々別にシェイプ王国に何か思い入れがあったわけではない。

戦争で死のうが飢えて死のうがどうでもよかった。

ただ、盗賊が盗賊として自由に生きられる国が欲しかった。

それだけのことだった。

それだけのことではあるが、その結果、この街にこの賑わいを齎す事が出来た。

見る者が見なければわからないが、市場を行き交うのは主に盗品。あるいは訳あり品。または曰く付きの品。

いずれも表に出せない 瑕物(きずもの) である。

それをドワーフたちが無邪気な笑顔でやり取りしている。

そう、このメインストリートの全て、左右に立ち並ぶ商店に、露天商。

ここは今や、中央大陸最大のブラックマーケットだった。

「おいクロード、あれってあれじゃね? 鎧獣騎ってやつじゃね?」

「ん? ああ、そうかもな。つってもパーツだけかあれ。さすがに本体はないみたいだな」

核と呼ばれる心臓部や、操縦席を含めたコア部分が中央大陸で販売される事はない。

あるとすればそれは正規のライダーが死亡し、契約が失われた物。

そしてプレイヤーは死なない以上、そんな物があるならばそれは間違いなくNPCを殺して奪った物になる。

さすがにそこまでヤバい品物は滅多に出回るものではないが、そもそもパーツだけとはいえ鎧獣騎関連のアイテムが市場に並ぶのもそれなりに珍しい事ではあった。

なにしろ、本体がないのであればパーツだけあっても意味がない。

買い手がいないのなら、市場に並ぶ事もないからだ。

ただし、ここ最近はその限りではないようだった。

フード付きのローブをきっちりと着込み、布切れで顔を隠した怪しい小男が、鎧獣騎のパーツだけを買い付けに来ているという報告がクロードたちのところにも上がって来ていた。

普通ならそんな怪しい人物を街に入れたりはしないのだろうが、ここは闇市、その元締めとも言える街である。

売り主の詮索も買い主の詮索もしないが華と言うものだった。

元々窮屈が嫌で国を分捕ったクロードたちだ。

どれだけ怪しい風体の者が相手だとしても、ここバーグラー共和国が門戸を閉ざすという事はない。

これはあらゆる者の受け皿になるというバーグラー共和国の基本政策とも合致している。便宜上の国主たるボグダン王も承認済みの措置だった。

もちろん、市場で主に扱っている品物の出所についてボグダン王に話した事はないが。

興味深げに見つめるジェームズの目の前で、ちょうど怪しい小男が店主に金貨を握らせてパーツを買い求めていた。

小男はパーツを軽々と肩に担ぐと、ひょいひょいと器用に人ごみを避けて城門に向かって去って行った。

「……あれ、人間じゃねえな」

「ああ。ゴブリンか、コボルトか、そんなところだろうな」

「人語を話して、おつかいも出来るモンスターか。間違いなくプレイヤーの息がかかってんな。しかしなんでまた魔物プレイヤーが鎧獣騎のパーツなんて欲しがるんだろうな」

ジェームズが言った通り、今のはおそらく魔物プレイヤーの配下だろう。あるいは魔物プレイヤー本人かもしれない。

もちろん野生の魔物である可能性がないでもないが、野生の魔物は普通は取引などしない。

わざわざ正体を隠し、どこで手に入れたのか金貨などを使って取引をしたとなれば十中八九プレイヤーの関係者だろう。

もちろん、バーグラー共和国としては相手が魔物であっても差別はしない。

人類だろうと魔物だろうと、弱ければ奪うし、愚かであれば騙すだけだ。

これは共和国の住民である、ドワーフたちも同じ思いだ。

ここ数ヶ月に渡る治世において十分に教育はした。それにドワーフ達にとっても、あの飢えと絶望に比べれば多少の悪行はどうということはない、ようだ。

「まあ、何だっていいだろ。買ってくれるならお客様だ。それより、早く城に戻るぞ。もうイベント開始まであまり時間がない」

クロードたちがすべきなのは、このバーグラー共和国の防衛だ。

イベントへの積極的な参加ではない。

元より、これまでもイベントにそれほど拘泥してきたわけでもない。

ワールドクエスト最終章、とかいう言葉に覚えがないのが何よりの証拠だ。

きっと他のプレイヤーは少なからず、ワールドクエストとやらに関わったりしているのだろう。

だからそう、メインシナリオに関わる気のないアウトローたちは。

ただ自分たちのねぐらを守るためだけに戦うのだ。

***

「やっぱ鎧獣騎持ちのプレイヤー襲うより闇市で買った方が早いな」

「売れるとわかりゃ、バーグラーの連中が俺らの代わりに鎧獣騎を襲ってくれるかもしれんしね」

リック・ザ・ジャッパーとスケルトイの会話を聞き流しながら、家檻はひとりで地図を睨んでいた。

旧ポートリー王国領は広い。

現在は事実上、MPクラスターがこの地を支配している事になってはいるが、システム的な領地はそこまで広くはない。

空白地帯も多くあるし、各所に点在している魔物の領域もある。

それら魔物の領域のほとんどとは友好な関係にあり、交易もしているため、人類や他のプレイヤーたちにとってはまとめて魔物の王国と見做されているというだけだ。

しかしだからと言ってシステム上の領地だけを守ればいいというわけにもいかない。

友好関係にある以上、彼ら魔物たちが何らかの被害を受けるようなら、そこに介入して守らなければならない。

現実の軍事同盟のような厳密なものではないが、例えて言うなら町内一丸となって防犯意識を高めましょうという空気に近いだろうか。

実際、システムメッセージの内容をMPCのプレイヤーから聞いたクィーンアラクネアやケット・シーの族長たちからは、そういった話が来ている。もっともケット・シーの族長の方は、戦いには自信がないから守ってほしいという内容だったが。

ともかく、そうした友好勢力を黄金龍の端末から守るため、戦力を分配しなければならない。

VRMMORPGをやっていたはずなのに、これではまるでタワーディフェンスかストラテジーだ。どうしてこうなったのか。別に家檻もその手のゲームが得意というわけではないのだが。

しかしバンブに頼まれてしまったのでは全力を尽くすしかない。いや全力以上を尽くし、最善の結果を導くしかない。

──頼りにしているぞ、家檻。

──頼れるのはお前だけだ、家檻。

──お前にしか頼めないんだ、家檻。

──お前さえいてくれればいい、家檻。

バンブにそんな事を言われ──たかどうかよく覚えていないが、まあだいたいそんなような事を言われてしまっては。

「で、結局サブマスはいいのか? 機械化手術やらなくて」

機械化手術とは、融合の祭壇を使って鎧獣騎のパーツをアバターに融合させる事だ。

賢者の石があればサイバーパンクなモンスターに転生出来る事もあるが、転生しなくてもたいていは純粋に能力値が上がるため、やって損はない。

しかし家檻は頑なにこれを拒んでいた。

深い理由があったわけではない。ただ何となく、やってしまうと転生ルートが固定されてしまうような気がしたからだ。

バンブの力になるのであれば悪くない選択なのかもしれないが、バンブ自身はそういう強化はしていないようだし、家檻も出来れば機械に頼らず別の方法を模索したいと思っていた。

「私はいい。それより、もうイベントの開始まで時間がない。今から融合はさすがに間に合わないし、買い付けたパーツを使うとしてもイベントの後にして」

「わかってるよ。闇市をチェックさせてる配下がたまたま掘り出し物を見つけたらしいから、とりあえず買わせておいただけだ。

──俺、この戦いが終わったら、配下に改造手術を受けさせるんだ……」

「それって誰のフラグになるんだ」

「俺かな。配下かな。でも俺が死んだら配下も死ぬから、俺のフラグで一括管理かな」

「どうでもいいわ。それより、セプテム……様が手配してくれたハーピィたちが防衛に手を貸してくれるらしいから、北側は──」

***

戦場は、北の極点だけではない。

それをわかっている者たちは、全力で戦いの準備を進めていくのだった。