軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第510話 「上と下の」

明日こそはのんびりと沼地を散策しよう。

そう考えていたのだが、残念ながらそうはならなかった。

ブランの企画したイベントがたった一日で終了してしまったのである。

どういう事なのか、詳細を確認しようとフレンドリストを開いたところで、丁度ブランから連絡が来た。

無残にも瓦礫の山となってしまったライスバッハには誰もいない。

生き残った住民が居ないわけではないのだろうが、街に戻ったところにまた人魚が攻めてくれば今度こそ命はない。それを恐れているのだろう。

またプレイヤーにしても、イベントが終わり、街も壊滅してしまった以上こんな所に用はない。

街の周囲にはプレイヤーたちが暫定的に設営した野営地がまだ残っている。SNSによれば、街から避難した住民を受け入れて炊き出しを行なっている者もいるらしい。レアにとっても別に人類を駆逐するのが目的ではないため、その手のボランティア活動は是非頑張ってもらいたいところである。

「あーいたいた。やっほー」

ブランが海から馬に乗って現れた。

一瞬混乱して二度見してしまった。海を泳ぐ馬など初めて見た。これが教授が言っていたアハ・イシュケだろうか。実際に見ると違和感が凄い。

「やあブラン。詳細を説明してくれるんだったっけ。何で馬に乗ってるの? それきみの眷属?」

「いや、借りてるだけ。説明ついでに紹介しときたい子もいてさ。面白い子だよ。わたしもゼリー先輩もお気に入り。とりあえずついてきて。すぐそこに車用意してあるから」

何を言っているのかさっぱりわからなかったが、とりあえず付いていかない事には話が進まないようだ。

なお車と言うのは言葉の綾で、用意してあったのはもう一頭の馬だった。

ブランの案内で連れていかれたのは沖合に浮かぶ岩礁だ。いや浮かんでいるのなら岩礁とは言わない。これは浮島だ。

軽石、のようにも見えない。一体どういう原理で浮いているのか。

中に入るとどこもかしこも水浸しだった。

水浸しというのは正確ではない。水深で言えば1メートルくらいはあるのではないだろうか。

レアは濡れるのが嫌だったのでいつかのように水面の少し上を『天駆』で歩くことにした。

通路には転々と灯りが浮いている。

何が光っているのか気になって見てみると、天井からつるされている珊瑚だ。人工物というよりはそこに生えているもののようである。光は珊瑚が自ら放っているらしく、『鑑定』によると「キラメキサンゴ」となっていた。

馬に乗ったままのブランの後を付いていくと、やがて広大な部屋にたどり着いた。

この部屋のキラメキサンゴは圧巻だった。部屋の天井の中央に、まるでシャンデリアのような巨大な珊瑚が鎮座している。逆さまに生えているのを「鎮座」と言っていいのかはわからないが。

そして部屋の奥には玉座があり、玉座にはひとりの人魚が腰かけていた。

ここはどうやら謁見の間、そしてあの人魚がこの岩の国の女王のようだ。玉座の隣にはジェラルディンが浮いている。ジェラルディンはにっこり笑うとレアに手を振ってきた。

玉座に座る人魚はそのジェラルディンと同等のLPとMPを持っているようだ。間違いなく災厄である。

「ようこ、って、なんじゃそりゃあ!」

人魚はレアと目が合うといきなり叫んだ。

しかしレアは落ち着いていた。

ブランが面白いから紹介したいと言うほどの人物だ。まともであるはずがない。いきなり叫ぶだけなら可愛いものである。

いや、そういえば伯爵たちはまともだった。考え過ぎか。

いやいやその伯爵の主であるジェラルディンはまともではなかった。やはり考え過ぎではない。

「──はじめまして。お邪魔するよ。

わたしはレア。マグナメルム・セプテムのレアだ。魔王をしている。よろしく。

友人のブランが世話になっているようだね。どうもありがとう」

ブランの話によれば、この浮島こそが海洋王国カナルキアである。その玉座に座る人物となれば女王であるはずだし、つまり今レアは一国の王に謁見していると言える。

本来であれば、以前の始源城訪問時のように丁寧に対応した方がいいのだろうが、どうもすでにブランやジェラルディンとは友好的な関係を築いているようである。

それなら最初からフランクな方がやりやすいだろう。

ただ口調はそうするとしても、招かれた立場であるのは確かだ。

姿勢を正し、スカートを摘んで頭を下げた。

そんなレアの挨拶を見たメリサンドは一瞬呆けたような表情を浮かべたが、すぐに背筋を伸ばして対応してきた。

「──っはっ! こ、これは失礼した!

ええと、わしはメリサンド。このカナルキアの女王じゃ。種族はテリトゥ・オアンネス。海洋においては敵なしを自負しておる。ブランについては、まあその、世話をしているのは間違いではないな。よろしく頼む」

海洋において敵なし、とはなかなかの自信だ。

『海内無双』たるリヴァイアサンとどちらが強いのか気になる。視えているLPやMPから判断するならエンヴィに軍配が上がりそうだが、この浮遊島カナルキアを丸ごと戦力として運用できるとしたらわからない。いや、エンヴィが海嘯三叉トリシューラを使う前提ならその程度障害にもならないか。

「どっちかってーとわたしたちの方が世話してあげた感あるけどな……?」

「それはないわ。

いやそうではなく、これは一体どういう事じゃ!」

メリサンドがブランの服をひっつかみ、顔を引き寄せた。

「おっととと、何が?」

「あの、えっと、レアという者のことじゃ!」

「レアちゃんがどうかしたの?」

「どうって、だからそれは、むむむ、色々と言いたい事がありすぎて何から言っていいかわからん! とりあえず一番納得がいかんのは、なんでお主の友人なのにまともな挨拶が出来るのかというところじゃな!」

「……それだと私もまともに挨拶できない側に振り分けられているように聞こえるのだけれど」

ジェラルディンが憮然として言った。

メリサンドが色々と言いたかった事というのは、他は主にレアのLPについてだった。

つい声を上げてしまったのはいきなりヤバい奴が来たと思ったからだそうだ。ブランからは「ヤバい奴なのは確かだけどいい子ですよ」と謎のフォローを受けた。フォローなのかそれは。

これまで魔王を見たことがなかったと言うし、レアのLPが見えたのなら驚いても無理もない。

ジェラルディンやゼノビア、それに魔族の集落を長きに渡りまとめていたアルヌスも魔王には会ったことが無かったと言っていた。海の中のメリサンドが会った事がないのも当然だ。というか魔王は他にこれまでにいたのだろうか。

そうした細々とした自己紹介を済ませたあたりで広間に人魚がひとり入ってきた。いや一匹と言うべきなのか。一尾と言うべきなのか。異種族交流はデリケートな配慮が必要になる。

「──」

その人魚は一礼しただけだったがメリサンドには何かが通じたようで、鷹揚に頷いた。何かの報告をしたらしい。

「イアーラ。ブランやレアたちは水中の音を聞くことが出来ぬ。そういう報告は上の口で言うようにの」

「──失礼いたしました。お客様がお見えのようです。今は陸の廃墟を観察しておいでです」

メリサンドもイアーラという人魚も非常に美しい声をしている。

聞こえている以上に美しく感じられるこの声は、おそらく特性が絡んでいる。きっと歌も素晴らしいのだろう。

「ライラさんたちかな? じゃあわたしお出迎えに行ってきますね!

それにしても上の口って何かあれだな! つまり普段は下の口でお話してるってこと? それってわたしやレアちゃんが聞いても大丈夫な話?」

「やかましい、いいからはよ行かぬか!」

ブランの案内でやってきたのはライラ、バンブ、教授にゼノビアだった。

4人はポートリーでMPCの首都防衛戦に参加していたらしい。参加と言ってもメインはバンブと教授の性能試験で、ライラとゼノビアはそれを観察していただけのようだが。

つまり、今回のイベントはレアだけが単独行動をしていたという事である。

何という事だ。こんな事なら中央大陸に残っていればよかった。

散策は楽しかったが、別に敢えてイベントにかぶせてやるようなことではなかった。

「──さて! そういうわけで、これからお茶会を始めます! 新しいお友達も出来たし、自己紹介からかな。

メリーサン! お願いしておいたお茶の準備を!」

「ええい、指図するでない」

ブランの指示にメリサンドが文句を言う。

しかし少しするとイアーラ達が盆にカップや皿を持って現れた。ブランの指示をイアーラ達が聞いてくれたのか、メリサンドが何らかの形で直接指示を出したのかはわからない。

高めのテーブルも用意されている。立った状態でちょうどいいくらいの高さのものだ。

ただそうすると下半身を水に 浸(ひた) す事になってしまう。スカートは水面近くに浮いてしまうだろうし、いささかはしたない事になる。

というか、ブランたちも含めて人魚以外は全員が水面より上に浮いている。それだとこのテーブルでも高さが足りない。

そんなテーブルにティーカップや皿が並べられていく。中身はない。

「よし、じゃあ『召喚:アザレア、マゼンタ、カーマイン』!」

中身、つまりお茶やお菓子はブランが用意するようだ。

空間が歪み、ブランの『召喚』に応じ3人の吸血鬼が現れた。

ばしゃりと水飛沫があがる。

「お呼びにより──って冷た! 冷たい! どこですかここは!」

「水が! 服が!」

「ご主人さま! 海洋王国の中枢に呼ぶとおっしゃっていませんでしたか! 海じゃないですかこれ!」

「海洋王国の中枢なんだから、そりゃ海でしょ。あ、ごめんね。部屋の中も水浸しだよって言うの忘れてたかも」

のっけからグダグダである。

しかしレアもライラも教授もバンブもまったく動じていなかった。

ブランが開催した時点でこうなる事は予想出来ていたからだ。