軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第466話 「説得力」

ジャネットたちが連れていかれたのは、驚くべき事に街の領主館だった。

現在はこの街もひとつの国家として運営されているはずだから、つまりここは国家元首の住む館である。

この青年たちの主というのは小国の国王というわけだ。

どうりで身なりがいいはずだ。本人たちも貴族かもしれないという予想も当たっているかもしれない。

館に招き入れられたジャネットたちは応接間のようなところに通された。

と言ってもそれほど豪華というわけでもなく、ソファの質も大したことはない。

貴族向けではなく、商人や町人向けの応接室だろう。

ただ、そこに運ばれてきた料理や酒の質は確かに上等だった。

街の酒場であれだけ飲み食いしたにもかかわらず、いくらでも入ると思えるほどだ。

これもゲームならではの事である。

現実でこんな事をしたら、おそらくお気に入りの服のいくつかはクローゼットの奥に封印する事になる。

ここに連れてきた青年たちも、給仕のメイドに料理を用意させるとどこかに消えてしまった。

普通応接室で食事などはしないものだが、そういったことで汚しても構わないようにという事でこの程度の部屋なのかもしれない。

〈話の続きは主の館で、ってのは、本当にあたしたちに雑談の続きをさせるって意味だったのかな〉

〈え、どういうこと? 目的がまったくわからなくて怖いんだけど〉

〈まさか料理に何か──〉

〈落ち着きなさい、もう。たぶん、どこかから部屋の様子を見てるのよ。

それで私たちが危険な勢力と繋がりがあるのかどうかを見極めようとしている、ってところだと思う〉

そういった認識を素早くフレンドチャットで共有すると、ジャネットたちはただ料理や酒に興味があるだけだという風を装って雑談の続きを再開した。

〈……にしてもさあ。ジャ姉、最近何かプレイスタイル変わってきたんじゃない?〉

〈……何がよ〉

〈さっきの酒場でのムーブもそうだけどさ。いろいろ考えながらやるようになったっていうか、大衆心理とかの勉強なんかもしてるみたいだし、演技にしてもそうだけど〉

〈……何が言いたいの〉

〈それって誰のためなのかにゃーって思って〉

〈おおん? まさか、ジャ姉もセプテム様を……〉

〈速報。パーティリーダー氏、ガチ勢の模様〉

「──エリザベス。これおいしいわよ。こんな料理があるなんてウェルスは凄いわね。ほらたんとお食べ」

「え? いやちょっと待ってまだ食べてるから──」

「あらあら。ひとりじゃ上手に食べられないの? いつまで経っても子供なんだからしょうがないわね本当にほらほらほらほら」

「もが、もがああ、むぐぐ」

〈ごめんなさい! もう言いませんから!〉

〈──で、実際どうなのよジャ姉は〉

〈おだまり〉

〈……オクトー派は平和でよかった──いやよくないな? もっとオクトー様の魅力をアッピールしていかないと……〉

「──どうかな。お気に召しただろうか。我が家のシェフの食事は」

出された料理をひと通り平らげた頃、いかにも偉そうな中年の男性が応接室にやってきた。

美系具合と身なりからすれば貴族だろう。貴族だとしたらヒューマン系であっても年齢は見た目通りとは限らない。しかし、ゲーム内でも青年とか中年とかの言い回しは通じている。彼らは具体的に何歳からを中年だと定義しているのか。どうでもいいことだが。

「ええ。大変おいしく頂きました。ごちそうさまです」

「しかし4人とも随分とその、健啖なようですな。街の酒場でもたいそう召し上がられていたようですが……」

「あー、まあその、傭兵はあれです。体力勝負みたいなところがありますから! 女性であっても食べられる時に食べておかないとみたいな……」

「それにとってもおいしかったですし!」

「そうそう!」

皆で口々に料理の質を褒めたたえる。

「そう言っていただけるとシェフも喜ぶでしょう。必ず伝えておきましょう。

ところで、実は皆さんに折り入ってお話があるのです。皆さんにとっても、悪い話というわけではないと思います」

場所を書斎らしき部屋に移し、中年貴族の話を聞くことになった。

我が家と言っていた通り、この館はやはりこの貴族の屋敷で、この貴族は街の元領主、現国家元首だった。

そこまではいい。想定内だ。

問題はその自己紹介の後、書斎に入ってきた若い貴族たちである。

ヒューマン系貴族とエルフ系貴族という、まず見かけない組み合わせの2人はこう名乗った。

ウェルス国王ガスパール、ポートリー国王エルネスト、と。

言うまでもない事だが、ウェルス王国もポートリー王国もすでに存在していない。

前大戦の折にそれぞれ神聖アマーリエ帝国とMPCによって滅ぼされてしまっている。

いや神聖アマーリエ帝国がウェルス王国を直接滅ぼすきっかけになったとNPCたちが認識しているかどうかは不明だが、システム的にはそうなっている。

つまり、彼らは共にプレイヤーによって滅ぼされた国の王、というわけだ。

ただ、ウェルス王国については確かセプテムが直接国王に手を下したと聞いている。

であればこの青年は実際には王ではなく、国王の忘れ形見、第一王子ガスパールの事だろう。

他に王族がいないのであれば、国が存続していればこの人物が王になっていただろう事は間違いない。しかし現実としてはすでに国はなく、この人物は単なる亡国の王子に過ぎない。

その微妙な現実との齟齬がこの人物の自惚れを感じさせて若干──

〈なんか、ちょっと気持ち悪いなこいつ〉

〈うん〉

〈思ってても言うんじゃないよ、そういうことは〉

〈てか、今生きてるってことはさー。セプテム様が「殺す価値もない」って判断したって事でしょ? そんな雑魚が今さら何なの?〉

〈隣のエルネスト君はどうだったっけ。ポートリー方面については全然聞いてないんだけど〉

〈そもそも何でポートリーの王さまがこんなとこいんの?〉

〈あ、それより一応王族なんだから跪いといた方がいいんじゃないこれ〉

エリザベスのひと言で、半ば反射的に全員で跪いた。

フレンドチャットで話していた流れだったため当然と言えば当然だが、その動作のタイミングは皆ピッタリと一致しており、はたから見れば普段からそういう訓練を4人でしていたかのような動きだ。

「──ほう」

「──やはり、そうか」

元王族2人は何やら感心したようにジャネットたちを見下ろしている。

何がやはりなのかさっぱりわからないが、少なくとも間違った行動をしたというわけではなさそうだ。

ジャネットは胸をなで下ろした。

「 面(おもて) を上げよ。ペアレの貴き者たちよ」

エルネストが言った。

貴き者というのが何なのかわからないが、もしかして貴族の事を言っているのか。

では、先ほどのやはりというのは、ジャネットたちを貴族だと勘違いしたということだろうか。

「ふふ。そうかしこまらずともよいぞ。王とはいえ、今は自分たちでそう言っているだけに過ぎん。

立場的にはその方らと変わらん」

ガスパールはそう言うが、明らかにこちらよりも上に立っていると自覚している態度である。

別にジャネットたちは貴族でもないため、あながち間違っているわけではないが。

面を上げろ、と言われてから顔を上げてもいいのは何回目に言われた時だ、とか何とか作法を聞いたことがあったような気がしたが、本人たちも立場は変わらないと言っているし2回も聞いたしいいだろう。

またフレンドチャットで示し合わせ、全員で顔を上げた。

多少間違っていたとしても、全員の動きが合っていればそれっぽく見える。マスゲームでミスをしたとしても全員が同じミスをしたのであれば、それは誰からもミスだと気付かれる事はない。

「その方ら、獣人であるにもかかわらずその美しさ。間違いない、ペアレ王国の貴族だな。その卑しい傭兵の振りは偽装のためか。実に見事な演技だな。感服した。

我が国まで来たのはもしや、祖国を取り戻すための力を求めての事ではないか?」

何を言っているのかさっぱり分からない。

我が国とか言っているがここはシステム的には先ほどの中年貴族が治める都市国家だし、広い意味で言ってもウェルス地方の一部に過ぎない。ガスパールの国などどこにもない。

ジャネットたちが貴族というのもお門違いだ。

転生の際にセプテムから世間話がてら聞いた話では、ジャネットたちのような幻獣人という種族は現在ではペアレの王族にしか存在しないということだった。

つまりあの国の貴族は基本的にただの獣人であり、ウェルスやポートリーと違って特別な種族ではないし、別にそれほど美形でもなかった。

ついでに言えば、別に卑しさについては何の演技もしていないので少しカチンときた。

また祖国を取り戻すための力というのもよく分からない。

文脈から察するにジャネットたちの祖国というのはペアレ王国を指しているのだろうが、一体誰から取り戻すというのか。

あの地方は今、戦火を免れた都市が小国となって、それぞれが何とかやっていけているような状態だ。神聖帝国のように巨大な新国家が建国されたわけでもない。

国土の大半はフリーであり、わざわざ誰かから取り戻す、つまり奪う必要があるとは思えない。

〈ペアレ王国の在りし日の姿を取り戻す、的な意味なんじゃない?〉

〈だとしたら、更地になった王都をまずなんとかしないとだけど……〉

〈その前にあの国って王族とか生きてるの?〉

〈さあ……?〉

〈確か、滅亡判定が出たのはセプテム様が王都を更地にした時だったかな。公式発表によると国土の半分か国民の半分か王族の滅亡が条件だから、王都が更地になった事で滅亡したんだったら高確率で王族が死に絶えたって事のはず……〉

〈じゃあもう無理じゃんワラ〉

だがその事実をここで公表してもいい事はない。

基本的にプレイヤーしか知りえない事であるし、彼らがジャネットたちをペアレ貴族だと勘違いしているのであれば、それに乗ってやってしばらく様子を見てみるのもいいかもしれない。

「──はい、ガスパール陛下のおっしゃる通りです。

私の名はジャネット。ええと、ジャネット・イェシュケです。

こちらの3人は私と志を同じくする者たちで、こちらから、あー、マーガレット・カジーニ、エリザベス・ツヴァイクレ、アリソン・キールと申します。

王都はあのような有り様になってしまいましたが、我々は王族の方々が御隠れになってしまったとは思っておりません」

とっさに適当に名乗った。貴族と偽るならそれらしい家名は必要だ。

それぞれ 矢坂(やさか) 、 久慈(くじ) 、 燕(つばくろ) 、 吉良(きら) を語感が似ているドイツやイタリア風の姓に置き換えただけだが、意外としっくり来る。

「うむ、そうだろうとも。我々もシルヴェストル殿は生きておられると確信している」

シルヴェストルとは誰だろう。

さすがに一国の国王に対してこの呼び方はしないだろうし、王子だろうか。

以前にジャネットが騙して転がした第一王子は確かオーギュストとか言う名前だったはずなので、第二王子か何かだろうか。

「……アンブロシウス陛下の最期は聞いている。オーギュスト殿下の最期もな。異邦人どもにいいようにやられて、その方らもさぞかし業腹だろう」

そうだった。国王の名前はアンブロシウスだとか聞いたような気がする。

オーギュスト殿下の最期とやらは、魔物化してポートリー騎士団に倒されたアレのことだろうか。

あれを誘発したのはジャネットたちとセプテムだったがそれは一旦置いておくとして、仮にジャネットたちをペアレ貴族だとした場合、オーギュストをキルしたポートリー騎士団の主であるエルネストを恨みに思ってもおかしくないところである。

そもそも、大戦の引き金となったのはポートリーとペアレのいざこざだ。

ポートリー王国がペアレ領土で勝手に遺跡調査など始めなければこんな事にはなっていなかった。

その張本人がペアレ貴族と思われる者たちの前で仁王立ちとは、どれだけ図太い神経をしていれば可能になるのか。

ちらり、とエルネスト王に視線をやった。

当然のように目が合ったエルネストは、それに気付いた途端に悲痛そうな表情で顔を伏せた。

「……君たちの言いたい事は痛いほど分かる。今さら済まぬ、と言ったところで私の罪が消えるわけではない。

だが、これだけは信じてほしい。あの件は私の本意ではなかった。第三騎士団が暴走したのは全て、オーラル王国の策略だったのだ」

ジャネットたちに対する言葉遣いこそガスパールよりましに聞こえるが、言っている内容はぶっ飛んでいる。

悪気はなかったで済んだら警察なんて要らないし、戦争など起こらない。

あげくに第三者に罪をなすりつけようとする始末だ。

ジャネットは別にペアレの貴族ではないし全く関係ないというか、むしろこの件については加害者側の人間だが、それでもひとこと言いたくなった。

お前それでも一国の王かと。

「考えてもみてくれ。今の大陸の情勢を。

あの大戦で誰が一番得をした?

あの大戦の前と後で変わった事と言えば何だ? そして変わっていない事は何だ?

それらを考えれば、自ずと見えてくるはずだ。

そう、あの大戦こそは、オーラル王国が裏で糸を引き、異邦人どもと結託して引き起こしたものだったのだ。すべては大陸の覇権、それを手にするためにな」

しかし、何だろう。

この言葉には謎の説得力があった。

「──わかりました。納得はしておりませんが、オーギュスト殿下の件については一時忘れましょう。

今重要なのは、それよりもシルヴェストル殿下の消息とペアレ再興です」

〈なんかジャ姉、思ってもない事をそれっぽく言う演技に磨きがかかってきてない?〉

〈うんうん。なんかセリフのタメとか凄い「ぽい」よね〉

「そうか。そう言ってくれるか。ありがとう……」

エルネストは目頭を押さえた。

先ほどの言い分も言い訳というより、本人もそう信じていることなのだろう。なんだか少し哀れに思えてきてしまった。

「しかし、そのシルヴェストル殿下という言いようはよくないな。……痛ましい事だが、アンブロシウス陛下の崩御は事実だ。

であればシルヴェストル殿についてはこう言うべきだろう。ペアレ国王シルヴェストル陛下、とな」

なるほど、ガスパールはそういう論法で王を名乗るに至ったのか。

その後も長々とどうでもいい話を聞かされたが、つまるところ彼らの用件はこういう事だ。

神聖アマーリエ帝国を討ち倒し、このウェルスの地にガスパールの手によって再び王国を築き、それを足がかりにしてポートリーやペアレの再興を目指す。

今はその為の協力者を集め、力を蓄えている最中だ、という事らしい。

そしてそれにペアレ貴族の生き残りであるジャネットたちにも協力してほしいとの事だった。

もちろんジャネットは二つ返事で了承した。

断ればこのイベントはそこで終わってしまうが、頷いておけばジャネットたちをピースのひとつとして進行していくだろう。

どう考えても勝ち目がない彼らを待ち受ける運命、それを見てみたい。

王族を騙すという快感が忘れられないというのもある。

旗色が悪くなったら逃げればいいだけの話だ。今は死に戻りなどを考えなくても退却手段はある。

いったいどこに潜んでいたのか、一部始終を聞いていたらしいライリーも窓の外からゴーサインを出していた。セプテムへは報告済みということだろう。

それより突然意外な場所から現れるのはびっくりするからやめてほしい。

何にしても、ジャネットたちの「レジスタンス編」の開幕である。