軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第446話 「ブランなりの成長」

列島の大部分は厚い雲に覆われており、日の光はほとんど地上には届いていない。

夜ほどの暗さはないが、その陰鬱とした雰囲気は人類が健康的に過ごせるようにはとても見えなかった。

「……台風でも近付いてきてるのかな。でも海は静かだったよね」

〈そうですね。特別気圧が低いようにも思えませんし、湿気もありません。あの雲はおそらく、自然のものではないでしょう〉

となると何者かが何らかの目的で、広範囲に渡りあの雲を発生させているという事になる。

「誰が何のために雲なんて浮かべてるんでしょうか」

「これだけ広範囲に発生させているってことは、この周辺を事実上支配している存在の仕業、って考えるのが妥当かなあ……」

「──たぶん、蟲の王とかいうやつが、ブラン様が来る事を知って歓迎してくれているです。ブラン様は太陽が好きじゃないしです」

海から上がってきたエンヴィが『洗浄』で海水を落としながら言った。

「おお! それいいねエンヴィちゃん! その案採用!」

〈……採用なさるのは大変結構ですが、それが真実である可能性は極めて低いと思われます。まず、蟲の王がブラン様を知っているわけがないかと〉

「じゃあとりあえず上陸してみようか。そうすればわたしが歓迎されているのかどうかわかるよね」

軽く見てみたところでは、港のような港湾設備はないようだった。

仕方なく船を沖合に停泊させ、そこから砂浜へ『飛翔』して上陸する事にした。

何しろこの船には上陸用の小船など積まれていない。上陸するにはこうするしかない。

船がやってきたのが見えたのか、ぽつぽつと人影が浜辺に集まってきた。

防風林だか防砂林だかわからないが、浜辺の向こうには整然と松の木のようなものが並んでいる。その奥には集落があるらしい。

集まった人々はまるで中世ニホンの農民のような格好をしているものの、誰も彼も見目麗しくそれでいて儚げな雰囲気を纏っていた。

農民たちはそれぞれの手に鎌やナイフ、釣り竿などを持っており、明らかにブランたちを警戒する様子でそれらを突きつけてきた。

「──あ、あんたたち! 何もんだ! 話に聞くあの化けモンの仲間か!」

西洋系でしかも美しい容姿でありながら、作務衣か甚平のようなものを身につけ、鎌や釣り竿で脅かすように迫ってくる。

しかもこの、訛ったようなイントネーションだ。

違和感がもの凄く、脳が混乱しそうになる。

「……なんか、少なくとも歓迎されてるって空気じゃないよねこれ。

エンヴィちゃん残念! 不正解者には残念賞としてこのリンゴを進呈しましょう。──はい。よく噛んでお食べよ」

「わーいです」

エンヴィは受け取ったリンゴに齧りつき、しゃくしゃくとあっという間に食べてしまった。少し異常な速さだが、丸呑みよりは幾分かマシだ。これならギリギリ、リンゴの早食い選手とか言えば人間らしく見えるだろう。

〈遊んでいる場合ですか。人間たちがあっけにとられていますよ。あの化けモンの仲間、という言葉は少々気になりますし、会話によるコミュニケーションが取れそうならいろいろ事情も聞けるはずです。まずは友好的に──〉

「──中央大陸を支配するマグナメルム、その一員であるブラン様に対して、ちょっと口のきき方がなっていないんじゃない? 目上の相手を敬うだけの教養さえも持ち合わせていないというのなら、この私が教えて──あいた!」

〈友好的にと言ったでしょう。ヴィネアは少し黙っていて下さい。交渉はええと、私は話せませんから、ブラン様……じゃなくて、エンヴィ……ううん、やっぱりブラン様お願いします〉

超有能秘書スガルに言われたのでは仕方ない。

ここはやはりリーダーであるブランが話をするべきだろう。

何となく消去法というか、消去した結果何も残らなかったから仕方なく敗者復活したみたいな感じも受けた気がするが、気のせいだ。

ブランとて、長いことレアたちと共に行動してきている。

マグナメルムに身を置くことで、ブランが得たものは数多くある。

猫の被り方ならレアを見て知っている。咄嗟のホラの吹き方もライラを参考にすればいい。教授は、ちょっと何言ってるかわからない事が多いので置いておく。

今こそ、それらの学習の成果を見せる時だ。

「突然の来訪、失礼します。わたしたちは別の大陸から虫を求めてやってきた、えーと……、害虫駆除業者です! 中央大陸を支配しているというのはその、要はシェアの話ですね。あちらでは害虫駆除と言えばマグナメルムカンパニー! というほど知られておりますんで。

そこで今回、新たなシェアの開拓をと思いまして。皆さんのほうで、何か虫についてお困りのことなんかはありませんか? 白アリとか」

〈……ブラン様、さすがにそれは……。こんなことなら、変な遠慮などせずヴィネアにもっとちゃんと教育をしておけばよかった……〉

スガルが頭を抱えている。

やはり、蟲系最上位種族のスガルの前で害虫駆除と言うのは配慮が足りなかったかもしれない。

それはそうと、ローブの上から頭を抱えると歪な頭部の形状が浮き上がってしまうからやめた方がいいと思うのだが。

しかし幸い、農民たちはスガルのことなど気にしてはいなかった。

皆、ブランの言葉のほうに注目していた。

「蟲の……対処をしてくれるってのか……!」

「しかも白アリだと! じゃ、じゃああの狂ったターマイトも……」

ライラの真似をして適当に吹かしたホラだったのだが、何やら彼らの重要な部分にヒットしてしまったらしい。

「──って、マジで害虫に困ってんのかーい」

もちろん、レアたちだけでなくバンブを見て覚えたツッコミのキレもばっちりである。

蟲系モンスターに悩まされているという農民たちの話を聞くため、ブランたち一行は近くの集落へと案内された。

恰好から農民だと決めつけていたが、主な産業は漁らしい。畑もあるが、普段は魚を獲って生計を立てているとのことだった。

漁民たちから話を聞いたところ、この極東列島の大まかな情勢が見えてきた。

もともとこの地には古くから彼ら精霊が住んでおり、同じく古くから根付いているターマイトという白アリ型モンスターとはそれなりに悪くない関係だったらしい。

共存というほどではないが、対立しているわけでもない、という感じだ。

精霊が住んでいる、という点でメルヘンチックな印象を受けたものだが、精霊というのは他でもない、この漁民たちのことだった。

言われて『鑑定』してみれば確かに種族は精霊になっている。

スガルから注釈を受けたところによると、精霊とはハイ・エルフの上位種のことらしい。

そこまで能力値が高いわけでもないが、これはこの地に人類種が精霊しか存在しないせいだ。精霊がエルフやハイ・エルフと交配すれば生まれてくる子は下の種族に合わせられる事になるが、はじめから精霊しかいないのであれば、どれだけ代を重ねても下の種族が生まれてくる事はない。また単一民族であるせいか結束力も高く、邪道に堕ちるほど同族をキルする悪人も生まれてこない。

そういう理由から弱めの精霊が数多く生息しているのではないかとスガルは予想していた。弱めと言っても、中央大陸の一般的なエルフなどよりはかなり強いのだが。

ターマイト以外にも強力な魔物もいることはいるが、それは魔物狩りを専門とする戦闘職の「オンミョウジ」や「サムライ」が主に対処しているとのことで、ここの漁民や内地の農民のような一般市民が戦う事はほとんどないようだ。

ターマイトたちと対立していないのは、彼らには群れのボスによる完全な統制が敷かれており、精霊たちを襲うことはないからだ。

遥かな昔は餌場を巡って対立したり、それこそお互いを餌にせんばかりの勢いで争っていたが、精霊たちが農業や漁業を覚えたあたりで自然と鎮静化していき、いつしか今のようにお互い不干渉に近い関係を築くに至ったというわけである。

そのはずだった。

その状況が一変したのが、今からおよそ500年前のことだ。

今回のブランたちのように、船のようなもので列島のとある島に流れ着いた1人の老人がいた。

遥か北の地に落ちた流星や、その後に各地に現れるようになった金色の大蛇、そして頻発していた謎の地震などによって船が難破したのではないか、と思われた。

大蛇や地震についてはその時すでに収まっていたが、それが原因だとすればこの老人は何ヶ月も海を彷徨っていた可能性もある。

その島の民はそんな老人を哀れに思い、助けた。

ところがそれが仇となった。

老人はその島を滅ぼし、島民をすべてアンデッドに変えてしまうと、手当たり次第に周辺を襲い始めた。

腕に覚えのある陰陽師や侍が老人を討伐しようとその島を目指して国中から集まってきた。

しかし、誰ひとりとして帰ってきた者はいなかった。

全てがアンデッドに変えられ、ただただ老人の勢力を増すだけの結果に終わった。

やがて空を雲が覆い、太陽は翳り、作物もろくに育たなくなってくると、アンデッドの直接的な脅威だけでなく、餓えも精霊たちを悩ませることになった。

それがきっかけになったのか、別の要因なのかは不明だが、この頃からおかしな挙動をするターマイトが出始めてきた。

精霊を襲い、家屋を食べ、畑を荒らす。

ただでさえ収穫量が落ちているというのに、僅かに育った作物をすべて荒らされてしまっては精霊たちが生きていく事は出来ない。

反撃にと、ターマイトたちを逆に食ってやれと主張する精霊もいたが、ターマイトたちと血みどろの争いを繰り広げていたのは遙か過去の話である。

農作業がメインになった今の一般精霊ではとても彼らに敵うものではなかった。頼みの綱の陰陽師も侍も、老人に挑んで数を減らしてしまっている。

精霊が変じたアンデッドと、精霊を襲う狂ったターマイト。

それが今、この極東列島を悩ませている問題だということらしい。

「あんたらに武器を突きつけたのは、この島にもその化けモン爺の仲間が来たんじゃねえかと不安になったからだ。

まさか、害虫駆除のために来て下さった方々とは露も思わず……失礼な事をしちまった」

「いえいえ。お気になさらず」

害虫駆除業者と言っても、ブランたちは単に口頭でそう告げただけだ。名刺も出したりしていないし、証明するものは何もない。

にもかかわらずこれほどの丁寧な対応とは、いささか人が良すぎないだろうか。

その化け物老人とかいう者は、この精霊たちの人の良さにつけこんで島にアンデッドをばらまくことに成功したということだろう。

ひどい事をする、とは思うが、同時にうまくやるものだなとも思った。

ならばブランもその真似をする事にした。

幸い、精霊たちはブランの事を疑うそぶりもない。

このまま精霊たちを利用して害虫駆除業者として活躍し、インディゴにお腹いっぱい白アリを食べさせてやるのだ。

罪もない住民から頼まれたからという事にしておけば、仮に蟲の王からクレームが入ったとしても言い逃れ可能なはずだ。

「あ、ところでなんですが。そのターマイトの群れのボスとかいう奴ってどうなったんですかね。それまで強固な統制下にあったターマイトたちの挙動が急におかしくなったって事は、何か体制に変化が起きたっていうか、ターマイトたちの政権に革命でも起きたとか」

「……ちょっとあんたが何言ってるのかよくわからんが、ターマイトのボスがどうなったんかは知らん。ターマイトの中にゃ、共食いし始めるやつもおったでな。ボスもまともでいるかどうか……」

白アリたちが死亡していないのならその主だろう白アリのボスも生きていると考えるのが妥当だ。現在はともかく、かつては強固な統制下にあったという話からすると『使役』を元にした社会であっただろうことは想像に難くないし、そうした社会構造である以上確かに革命というのはあり得ない。

ただ、生きていたとしてもこの漁民の言うように、まともな状態なのかどうかは定かではない。

他の白アリたち同様、共食いも辞さないほどおかしくなってしまっている可能性はある。

これは可能であれば詳細を調べ、レアに教えた方がいい。

まともであれば協力関係を築くと考えるかもしれないし、まともでなければレアが始末するだろう。

またアンデッドを操る老人とかいう存在も気になる。

白アリの行動パターンの変化がこの老人の出現に端を発しているのであれば、この老人はアンデッドだけでなく蟲系モンスターにも何らかの影響を与える力を持っている事になる。

今回のブランカルテットは半数が蟲かアンデッドだ。

この老人に対する警戒は怠れない。

「とりあえずは、周辺からの白アリ駆除ってことでいいですよね。お代については後日相談という事で、まずは辺りを見回ってみましょう」

レアにエンヴィが極東列島到着の連絡を入れたところ、面白そうなものを見つけてしまったから適当にやっておいてくれ、と返事があったらしい。

やはりスガルの言った通りだ。今忙しいから後にして、ということである。

蟲の王と思しき存在さえ殺さないのであれば、何をしても構わないということだった。

それを聞いたエンヴィは、そういうことならやったことがあるし慣れていると言って小鼻を膨らませて張り切っていた。

そういうわけで調査も兼ね、軽く集落の周辺を見回ってみた。

アンデッドがいそうな雰囲気は感じられないが、穏やかでない雰囲気のLPの塊が複数、集落の様子を窺っているのは分かった。

『鑑定』してみると「ポーンターマイト」と出た。これが問題の白アリだ。

「──よーし、片っ端から捕まえて、インディゴちゃんを『召喚』して食べさせよう!」

ところが残念ながら、単に白アリを食べさせただけではインディゴには変化は見られなかった。

しかし弱らせた白アリを自分で倒させ、それを食べさせてみたところ、その身体がわずかに成長していたのがわかった。抱き上げた時に重くなっていたからだ。

つまり幼鳥の成長には狩りの経験が必要だという事だ。

これはジズ生態学における大きな一歩である。論文にまとめて学か──お茶会で発表するべきだ。

そうスガルに同意を求めたところ。

〈……いえ、これは狩りをさせるために経験値を与えたのが理由なのでは〉