軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第444話 「ぎりぎりマシな方」

「よーしよしよし。おいちいでちゅかー?」

ブランはよく熟れたリンゴを藍色のヒヨコ、インディゴに与えた。

普通のヒヨコならそのようなものはとても食べられまいが、インディゴは幼鳥ジズである。ひと飲み、とまではいかないにしても、リンゴくらいなら十分食べ切れる。

「けっこう……っていうか過剰なくらい餌あげてるんだけど、中々おっきくならないなインディゴちゃん」

「お姉様が果物ばかりを与えているからではありませんか? 鳥の雛というと、普通はもっと虫とかを食べるものなのではないのですか? お屋敷にあった本にはそう書いてありました」

「お屋敷ってエルンタールの? あそこ本なんてあったんだ」

「マゼンタ姉様が管理している書庫がありますよ」

「へー知らなかった。ていうか、グラウはちゃんとご本読んで勉強してるんだ。えらいねえ」

「えへへ、それほどでも。お姉様はもっとしっかりしてくださいね」

怒られてしまった。かわいい。

「……どういうその、アレなのだお前たちは……」

ブランとグラウの微笑ましいやり取りを見た伯爵が呆れた声を出した。

ここはいつもの名もなき墓標、その最上階である。

この日のグラウ係はブランの番だったので、エルンタールからグラウを呼んで一緒に過ごしているのだ。

一緒にインディゴに餌をあげるという動物ふれあいイベントもこなしたところである。

「見ての通り、仲良し姉妹ですが」

「いや、まあそうなのだろうが……。いやそうなのか? 我の目にはその、少々グラウ殿の言い様に棘があるように感じられたのだが」

「何言ってるんすかこのピリリ感がいいんじゃないすか! わかってないですねえ」

「そうか、そういうものなのか……。わかるか? ヴァイス」

「……なぜ私に振るんですか巻き込まないでくださいよ」

「ほら! 伯爵のところだってピリピリしてるじゃないですか!」

「そう、だな。いや別に我はこれを楽しんでいるわけでは……。

というかヴァイス、お前、随分言うようになったな!」

「これもブラン様の薫陶の賜物です」

「へっへっへ。ヴァイスがわたしを褒めるなんて珍しいね!」

「お姉様、あれは多分褒められておりませんよ。しっかりしてください」

視界の端でヴィンセントが大げさに肩をすくめたのが見えた。

今日もいい天気である。

アンデッドしかいないこの屋上においてはデメリットでしかないが。

「──なんでこんなにレイドボスがいるん──」

「『ダーク・インプロージョン』! ──お姉様、終わりました」

塔を踏破したプレイヤーパーティをグラウが魔法で一掃した。

本来伯爵がするべき仕事だが、伯爵の目的はあくまで西方大陸の宣伝である。

故に二度目のプレイヤーには用はない。

訪れたプレイヤーの顔をすべて覚えているという伯爵の言葉を信じ、二度目以降の挑戦者についてはグラウが訓練がてら相手をすることになったのだ。

「うんうん。グラウも魔法型アタッカーとして随分成長したみたいだね。近接とかはやらないの?」

「近接はバーガンディ先輩が教えてくれたのですが、尻尾で薙ぎ払うとか言われましても」

「……それ教えてるって言えるのかな。多分からかってるだけだと思うんだけど」

バーガンディはああ見えてかなり自由で奔放な性格をしているようだった。

真面目に教えていると言うよりは、後輩が困る姿を見て楽しんでいる可能性の方が高い。

先輩と呼ばせていることといい、配下の意外な性癖が明らかになってしまった。この件については掘り下げて考えるのはやめたほうがいい気がする。

「インディゴちゃんもいつかグラウお姉ちゃんみたいに戦えるようになるといいでちゅねえ」

胸に抱えたヒヨコを撫でる。

ぴよぴよとやる気を見せているが、まったく怖さはない。その日が来るのはいつになるだろう。

「お姉様、やはり虫を与えなければ……」

「うーん……。虫ってあんまり得意じゃないっていうか、トラウマってわけじゃないけど、何となく苦手意識あるんだよね……。

でもそんな事言ってられないよね。レアちゃんにお願いして何匹か協力してもらおっか」

「おおい! 魔王の眷属を食わせようとするな! 食わせるなら野良の虫にしておけ!」

伯爵が泡を食ってツッコミを入れてきた。

レアと西の真祖の関係が微妙にはっきりしない今、あまり魔王を刺激したくないと考えているようだ。

と言ってもレアは良くも悪くも1か0という性格をしているので、伯爵が元気でいられる以上、おそらく西の真祖とは仲良くなったものだと思われる。それほど心配する必要はない、とは思うが、元々伯爵の不安を煽ったのはブランだった。

「野良って言われても」

「……閣下も随分とツッコミが上達なされたご様子で。私の事を言えないではありませんか」

変わり果てた主君の姿にヴァイスがため息をつく。

それが何であれ上達したならいい事だと思うのだが、ヴァイスは何が不満なのか。

伯爵はヴァイスをちらりとひと睨みすると、遠く南を眺めながら思い出すように言った。

「南部の森の、何と言ったか忘れたが、エルフどもの国にある樹海には確かクモ型の魔物が生息していたはずだ。野良の蟲ということなら──」

「伯爵おっくれってるぅ! エルフの国ならもうありませんよ! わたしの仲間が滅ぼしました!」

バンブの率いるMPCなるクランたちだ。

ブランは直接見たことはないが、全員バンブのようなガチキモ系アンデッドなのだろうか。

だとしたらエルフたちもさぞや恐怖に怯えたに違いない。

「ええい、鬱陶しい言い方をするな! 確かそうだったなと思っていたが、他に言いようが無かったから便宜上エルフの国だと言ったまでだ!

もう早くその幼鳥を連れて樹海にでも何でも行くがいい!」

怒られた。

「でもクモってあれですよね。タランチュラとかですよね。あれって確かバードイーターとかそういう種類とかもいるんですよね。むしろインディゴちゃんが餌になっちゃうのでは」

現実での話だが、自身の身体よりも大きい鳥さえ捕食すると言われる種類もいると聞く。

そのような危険な場所には可愛いインディゴは連れていけない。

「確かにやつらは鳥どころか、人さえ食らうが。しかしそのようなことを言っていたら、虫が多い場所など他には……」

「あ、そうだ! 伯爵昔確かどっかに蟲の王がいるとか言ってませんでしたっけ」

黄金龍がどうのという話をしていた時の事だ。

「……一応聞くが、それを聞いてどうするのだ」

「王ってことは、国があるんですよねきっと。ならそこにはインディゴちゃんの餌がたくさんあるはず!」

伯爵はブランの答えを聞くと、眉間を指で揉みながら天を仰いだ。頭痛でもしているかのような仕草だ。

この塔は文字通り伯爵が支えているようなものなので、体調にはもっと気をつけてもらいたいものである。

「……蟲の王は我が主にとっても知らぬ相手というわけでもない。別にそれほど仲が良いとは聞いていないが、好んで敵対するほど仲が悪いとも聞いていない。出来れば吸血鬼であるお前がいきなり喧嘩をふっかけるような事は控えてもらいたいところなのだが……」

「本人には喧嘩ふっかけたりしませんよう! ちょっと眷属をイタダキマスするだけですって」

「一般的にはそれを先制攻撃と言うのだが」

「じゃあ、レアちゃんの眷属を食べるのとその蟲の王の眷属を食べるのとどっちがマシですかね」

伯爵はその二択しかないのかと言いたげな苦い表情を見せ、顎に手をやって考え始めた。

少しするとブランの目を見据え、言った。

「──蟲の王の居城は極東列島にあると言われておる。東の大エーギル海を越えた先だな。飛んでゆくにしても休まず行くのは難しい。行くのであれば船が必要だ。船など持っておらんだろう。さすがにあの手の構造物を腕力で何とかするのは無理だろうしな」

「そういうことでしたら、やはりレア様かライラ様にご相談されるのが早いかと。

と言いますか、東の大エーギル海でしたらレア様の眷属の何とかサンという方が向かうとおっしゃっておりませんでしたか?」

伯爵が言った通り、船を建造できないのは事実であった。

とりあえずブラン陣営で最も物知りと思われるマゼンタに話を聞いてみようということになり、グラウを連れてエルンタールに戻ってきた。

最初こそ伯爵が心配であの塔に残っていたのだが、最近はめきめき伯爵も強くなってきている。たぶん、西方大陸で真祖に会ったというレアが口添えしてくれたのだろう。やはり友好的なようで何よりだ。

ヴィンセントに与える経験値さえ確保できているらしい。と言っても、感情のブレイクスルーを起こすまでには至っていないようで、転生については難しいとのことだった。伯爵によれば、ヴィンセントが自分自身を正しく理解しなければ真の覚醒は有り得ない、とか。ちょっとカッコ良さそうな話なのでその時が来たらぜひ見学したい。

それはともかく、マゼンタに相談しても結論は変わらなかった。

すなわち、ブランたちだけでは船を用意する事はできない。

「とりあえず、レアちゃんに連絡してみようかな。ライラさんのオーラル王国って西側だったし、仮に船が借りられても東側まで渡るのに時間かかりそうだし。

レアちゃんだったら、じゃあ僕の眷属をお食べよとか言われそうだけど……。それはやっちゃ駄目って伯爵も言ってたし、船だけ用意出来ないか聞いてみよう」

伯爵に言われたからというだけでなく、協力体制を敷いている相手の眷属を餌にしてちゃんと栄養が取れるのかという疑問もある。餌は剥ぎ取り素材扱いだとしても、ドロップアイテム同様に十全な栄養が確保出来ない可能性がある。

確かレア自身による検証の結果では、自勢力や協力勢力の魔物を倒して得た素材はランクが著しく低下するとか言っていた気がする。

〈ボスから、ブラン様のサポートをするよう申し付けられました。スガルです。改めてよろしくお願いします〉

「いえいえこちらこそ! この度はお世話になります!」

「エンヴィ。リヴァイアサン、です。今回はブラン様のガイドを言いつけられた、です」

「エンヴィちゃんもよろしく! もう話せるんだ! えらいね!」

「ブラン様お久しぶりです! 相変わらずお綺麗ですね!」

「ヴィネアちゃんおひさ! ヴィネアちゃんも綺麗だねって言いたいところだけど、間接的にレアちゃん褒めてるみたいでちょっとドキドキすんだよね……」

名刺交換のように蟲の女王スガル、天魔ヴィネアとフレンドカードの交換をし、フレンドチャットを利用できるようにした上で、改めてお互い自己紹介をした。

ついでにエンヴィとも交換しておく。旅先ではぐれることもあるかもしれない。これほど可愛らしい少女がひとりでうろついていたら良からぬ事を企む者も出てくるかもしれないし、いざという時のための連絡手段は必要だ。相手のためにも。

「でも、エンヴィちゃんがまだ中央大陸にいてくれてよかったよ! ゆっくり進めればいいって指示を出したとかレアちゃん言ってたから、もう行っちゃってるもんなのかと」

〈本来そうすべきなのでしょうが、私が止めておりました。ボスがそういう言い方をなさる時は、たいていは急いでいないというよりは、ご自分が忙しいからすぐに結果を報告されても困るという場合が多いですから〉

「そうなんだ。ってかすごいなスガルさん! ヴィネアちゃん捕まえたあとエンヴィちゃんも捕まえたってことか! それでこの街にいたんだね! レアモンゲットだぜ!」

〈……それはボス、つまりレア様のモンスター、という意味でしょうか。それとも稀少なモンスターの方でしょうか〉

レアの性格からそこまで判断した上で、災厄級の魔物を2体も制御しておくとは普通では考えられない。超有能秘書だと言えよう。アザレアたちにも見習って欲しい。

そんなアザレアたちはエルンタールで留守番だ。

グラウのお守りも必要だし、あの方面を手薄にする訳にはいかない。

インディゴの世話も頼んである。

新鮮な餌を食べさせてやりたいが、向こうに着いてから呼べばいい。ヒヨコを危険な船旅に付き合わせる理由はない。

こうして今回の旅はブラン、スガル、ヴィネア、エンヴィという、ちょっと異色な女カルテットになったというわけである。