軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第436話 「イービルユーモア」

「──自分で言うのも何なんだけど、教授はわたしと違ってあんまりそういううっかりはしないタイプだと思ってたんだけどね」

「評価してくれているのはありがたいのだがね。今回ばかりは言い訳しようもない失態だ。まことに申し訳ない」

くたびれたベッドに腰掛けた教授がうなだれている。

いつものタヌキ姿ではなくぱりっとした服を着た大人の男性の姿なので少し、いやかなり違和感がある。

レアたちがいるのは地底王国の中にある、鍛冶場のような建物の中だった。

特に何かしているようには見えないにもかかわらず何故か炉には火が入れられており、無駄に暑い。

「まぁ過ぎてしまった事はしょうがない。

ところで、呑気に黄昏れていて大丈夫なの? スパイの件については相手に知られてしまったんじゃないの?」

「いや、それがわからないのだ。あの後、私も拘束か殺害でもされる覚悟で城に会いに行ってみたのだがね。メルキオレには何の変化も見られなかった。

猫の主が私であると気付いていないだけなのかとも思ったのだが、城に潜りこませているフェレス・ウーヌスも無事なままだ。怪しい猫を始末したとなれば、少なくとも最近見かけるようになった猫については警戒するものだと思うんだがね。

しばらくそのまま彼の周囲をうろついてみたのだが、何か用かと声をかけられたくらいだ。

となると、あの地下洞窟でクァトルをキルした存在はメルキオレにその事を報告しなかったということになるが……」

「そうだとしたら、考えられる可能性はふたつかな。

まず、クァトル君をキルした奴が猫の危険性に気が付いていない可能性。教授の独り言なんかはまったく聞こえていなくて、単にどこかから迷い込んだ猫を一匹片付けただけだと考えている。だから報告を上げていない」

「うむ。確かに今回私は狙って屋敷に潜入したが、そこらの猫が偶然ああして紛れこむという可能性はゼロではない。あるいはこれまでにもそういうことがあったから、今回も警戒や報告の必要なしと判断した可能性はある。

しかし、この仮説を否定する材料はすでにある」

「そう。他ならぬクァトル君だ。経過時間からすると、その子の死体はとっくにリスポーンして消えているはずだよね。だとしたら、少なくとも殺害の1時間後にはその殺害者は上司に報告しているはずだ」

「クァトルのリスポーンポイントに設定していたのはあの屋敷の屋根裏だが、屋敷に誰かが入ってきた形跡も無いようだったな」

「だとすると、もうひとつの可能性。

クァトル君を発見して殺害した存在は、メルキオレとは意思疎通をしない存在。つまり連携出来るほど仲が良くないという可能性だ。あるいは例えば罠のように自意識を持たない防衛機構であるか、だね」

「うむ。いや今3つ言わなかったかね? 最初にふたつと言っていたような……」

「話してるうちにもうひとつ思いついただけだよ。流しなよ」

「まあ、別にいくつでもいいんだがね。私も罠には気をつけていたつもりだが、慣れない猫の身体だったし確かに完璧だったとは言い切れない。

ところで──」

教授はレアの隣に立っている人物に目をやった。

「そちらの、レア嬢にしなだれかかっている女性はどちら様なのかな。

相当な実力者であると見受けられるが……。着ているローブはレア嬢と同じものかな」

「こちらはこの大陸の真の支配者、真祖吸血鬼のジェラルディン嬢だよ。デ・ハビランド伯爵の寄親に当たる方だ。──ジェリィ、こちらはわたしの仲間の森エッティ教授だ。それと、もう『迷彩』は解除しているから離れても大丈夫なんだけど」

レアも人の事を言える容姿ではないが、ジェラルディンは目立つ。

何か人の目をごまかす服装が必要だと言ったところ、レアの着ていたローブを羨ましがった。そのため洗い替えの予備を貸しているのだ。

どうせ『迷彩』で丸ごと隠してしまうならあまり関係ないのだが、『迷彩』はレアしか持っていないため、離れてしまうとジェラルディンだけ姿を現す事になる。何かの拍子にそうなると面倒だ。

もっともジェラルディンは万力のようにレアの左腕にしがみついたまま、離れる事はなかったが。

「モリエッティキョウジュさんね! 変わったお名前ね。何とお呼びすればいいのかしら。ああ、私の事は気楽にジェラルディン様で結構よ。呼びにくければ真祖様でも構わないわ!」

「……私の事は呼びにくければ教授で構わないよ。それと真祖吸血鬼は知り合いに他に居るから、気楽にジェラルディン様と呼ばせてもらうことにするよ」

「よろしく教授!」

「……よろしく、ジェラルディン様」

教授が視線をレアに移した。また強烈なのを拾ってきたなとでも言いたげな視線だが、こればかりは別にレアのせいではない。

教授からの連絡を受け、レアが移動したのは始源城に待機させていたケリーのところだった。

距離的に考えれば港町のグスタフの方が近い。しかし、港町にはすでにいくらかのプレイヤーたちが上陸を果たしているらしく、中央大陸でのグスタフの商会の躍進を知っているプレイヤーも多いようで、なかなか1人になれないとの事だった。

レアを呼びつけた教授としても相手の出方を見る時間が欲しいと言うので、ならば始源城からでも問題ないかとそちらから向かうことにした。それなら伯爵にもう少し話が出来たかもしれないが、ブランと楽しそうにしていたし別にまた今度でいいだろう。

始源城から出発しようとジェラルディンに挨拶に行ったところ、彼女もユーベルに乗ってみたいとか駄々をこね始めた。断ってもよかったが、教授の言う地底王国がジェラルディンの言う邪王の牧場のことなのかどうかを確認したい意味もあり、連れてくる事にした。もっとも確認するまでもなく、名前から推察すれば明らかではあるが。

「ケラ」というのがラテン語で地下貯蔵庫を意味するケッラから来ているのであれば、邪悪を意味する「マレフィクス」と合わせると、邪悪な地下貯蔵庫とかそういう意味になる。

この国名を考えた人物はなかなかブラックなユーモアセンスを持ち合わせているらしい。

「『迷彩』と言ったね。もしかしてここまで『迷彩』と『範囲隠伏』で隠れて歩いて来たのかね」

「洞窟の入り口からはね。こっちにはわたしの眷属はいないし、それ以外だともう天井ぶち抜いて飛んでくるしかない。それは困るでしょう?」

「……賢明な判断だ。助かるよ」

「それにしても、入口のあのひどい匂いときたら! あんなもの、前は無かったのに! あまりのひどさに、レアさんのローブの袖をマスクがわりにしてやり過ごしたくらいよ!」

「──腕が妙に生暖かいと思ったらそんなことしてたのか! 自分のローブでやりなよ!」

クィーンアラクネアの糸には汚れを受け付けない効果がある。

洞窟入口に塗ってあるという薬草の臭気は汚れた空気と判定され、ローブが通さなかったのだろう。

期せずしてガスマスクとしても活用できる事が判明したのはよかったが、性能的にはジェラルディンに貸したローブも同じであるため、そういう事は自分のローブでやってほしかった。

「……ではまさか、私のインバネスコートでも同じ事が出来たということだな。まあ、あの場でコートで鼻を抑えるというのもいかにもわざとらしすぎるが。

レア嬢は平気だったのかね」

「忘れてるかもしれないけど、わたしはエルフの頂点、魔王だよ。立派な人類だ。人類以外を締め出すための仕掛けだというなら、わたしを止める事は出来ないよ」

「マスクで防げる点といい、魔王はスルーしてしまう点といい、実に穴が多い防衛システムだな。改善の余地ありだ」

「そうは言っても、クィーンアラクネア製のマスクなんて普通は作る人いないだろうし、これを見越して対策する方がおかしいと思うけどね。それに人類系をスルーするのは当然じゃないかな。何しろ──」

「──ここは邪王ゼノビアの牧場だもの。まだやってたのね。……私に内緒で。それにあのひどい匂いの薬草。以前は他のはともかく吸血鬼除けなんて無かったのに、そんなに私の事が嫌いになったのかしら!」

ジェラルディンは憤慨している様子だが、目尻には涙が見える。

友人に拒絶されたという事実にショックを受けているのだろう。

しかし、本当にそうなのかはまだわからない。

「待ちなよジェリィ。まだ邪王陛下が貴女を嫌いになったと決まったわけじゃないよ」

教授の報告からすると、吸血鬼除けを新たに設置したのは現在の支配者であるメルキオレだろう。

邪王ゼノビアがジェラルディンを避けるために作ったわけではない、はずだ。

ただし、その場合はジェラルディンの友人の現在の安否については保証できないが。

「教授、メルキオレがまだこちらの動きに気付いていないというのなら好都合だ。教授は失態と言ったが、気付かれていないならまだ失態とまでは言えない。あちらが動き出す前に、発見した地下空間まで案内してくれ」

教授の案内で3人は街なかの屋敷に向かった。

教授は鍵はどうするとか眠たい事を言っていたが、レアが真祖を伴ってこの地に現れた以上、事態はもはやクライマックスであると言える。今さら別荘の鍵などかかっていようが破壊されていようが些細な問題だ。

『斬糸』で鮮やかに開錠して屋敷に侵入した。

そのまま教授の後についていき、地下のワインセラーを抜けて洞窟へと入る。立てつけの悪そうな扉はもちろんバラバラにした。

少し歩くと、やがて開けた場所に出た。

うっすらと灯りがあるため物を見るのに苦労はしないが、元よりレアはそんな苦労はしない。

レアの『魔眼』に映るその光景は、ただただ異常のひと言だった。

まず真っ先に目に入るのは、教授からの報告にあった通り、空間の中心にある巨大な柱だ。位置的に言ってもこれが地底王国の城の中まで貫いているのは確実だ。

しかし、これは単なる柱などではない。

溢れんばかりのマナが脈動しており、『真眼』で見える生命力の輝きも他に類を見ないほどだ。

いや、レアは知っている。類似のものを見た事がある。

「──世界樹か。まさかこんな所に……。いや違うな。これは……魔戒樹だって? 世界樹の亜種か!」

もしやこれが世界樹の邪道ルートの魔物なのだろうか。

世界樹はアンデッドとあまり相性がよくなく、生命力に満ちた存在として設定されているようだった。あれが例えば生命の樹セフィロトをモチーフにしていたとすれば、差し詰めこちらは邪悪の樹クリフォトだろうか。

世界樹が植物系の種族に強い影響力を持っていたのに対し、こちらが持っているのはゴーレム系種族に関わる能力のようだ。

偽りの生命であるアンデッドではなく、魔によって命を与えられた魔法生物を操ると設定されているものと思われる。魔を戒める樹という名前もそこから付いた物だろう。

この魔戒樹に対しては眷属でも何でもないにもかかわらず不思議な親近感を覚える一方、強烈な違和感も拭えないでいた。

その理由は『鑑定』の画面にところどころ現れた、ノイズのような文字化け表示だ。

そしておそらく、この空間を淡く照らしている灯りの源でもある。

「ふむ。これは魔戒樹というのか。確かに、よく見てみれば違いがあるな。植物というよりは鉱物に近い質感をしているようだね。世界樹と同格の存在であるとしたら、私の『鑑定』では何も見えないのも仕方がない。魔戒樹に纏わりついている金色の 注連縄(しめなわ) のようなものは後付けの装飾か何かかな?」

魔戒樹は金色に光る縄に全周を縛られ、一部は同化してしまっているようだった。教授が言っているのはこれのことだ。

しかし、これはそんな平和なものではない。

この、空間を照らす金色の輝きは見覚えがある。

「──いや、違うな。わたしの知っているものよりもかなり細いがあれは……。

あれはたぶん、黄金龍の端末だ」

注連縄は全く『鑑定』出来なかった。これは教授も同じであるようだ。レアの言葉が気になり、自分でもやってみたのだろう。何やら目をこすっている。

『鑑定』出来なかったと言っても魔戒樹本体のように弾かれたわけではない。文字化けばかりで何もわからなかったらしい。

しかし、魔戒樹さえ見えない教授にも文字化け表示は見えるということは、もしかしたら黄金龍は『鑑定』系のスキルに対する耐性自体は持っていないのかもしれない。

そして黄金龍に縛られた魔戒樹の根元には、枝のような根のようなものによって造られた、牢獄めいた戒めがいくつも存在していた。

そのうちのひとつにひとりの女性の姿があった。

牢獄の中で女性は、うっすら金色に光る根によって全身を縛られ、立つ事も座る事も出来ないような姿勢で固定されている。

「──ゼノビア!?」

その姿を認めたジェラルディンが走り出した。

しかし近づいたジェラルディンに対し、凄まじいスピードで何かが振り下ろされた。

「『縮地』!」

振り下ろされたのは魔戒樹の枝だ。根かもしれないが、とにかく魔戒樹の末端である。世界樹も根を動かしたりしていたので、これもその応用だろうか。

レアはとっさにその魔戒樹の末端とジェラルディンとの間に自分の身体を滑りこませ、攻撃を『魔の盾』でガードした。

「あ、ありがとうレアさん……!」

「この程度ならガードするまでもなかったかもしれないけどね。わたしがカバーに入るから、急ごう」

通常の視界か『魔眼』か『真眼』か、そのいずれによる光景なのかはわからないが、魔戒樹の輪郭からは全体的に金色の光が滲んでいる。

あれがもし黄金龍の力を意味しているのだとすれば、やはり魔戒樹は単に注連縄に縛られているだけでなく内部まで侵蝕されているらしい。

「……クァトルをキルしたのはあの枝か。なるほど、報告できないわけだ」

「──分析はいいから、教授は少し離れていて! 今はそっちの面倒までみていられないからね!」

散発的に襲い来る枝だか根だかをレアが『盾』で弾き、ようやく根元までたどり着いたジェラルディンは身体を霧に変え、牢獄をすり抜けて邪王ゼノビアに駆け寄った。

「ゼノビア! この、根っこが……! ──何これ千切れない!」

「……ジェリィ……? 久しぶりだね……。この枝には、触っちゃ……ダメだよ……」

「でも! あなた、こんな……! いつからこんな状態なの!?」

「……さあ……いつだったかな……。最近までは……。何とか耐えていられたんだけどね……。このところは、ちょっと……。もしかしたら、近くで何かが……、たくさん死んでいるのかも……。魔戒樹は、近くで死んだ魂を……取り込んで力に変えるから……」

息も絶え絶えといった様子でゼノビアが声を絞り出した。相当消耗してしまっているようだ。

レアの眼に映るゼノビアの命の光もかなり弱まっている。いつ消えてもおかしくない。

邪王と呼ばれる存在がこれほど弱ってしまうとは、捕らえられたのは気が遠くなるほど昔のことに違いない。

おそらくジェラルディンが黄金龍を倒すためにゼノビアを訪ねてきたその時にはすでにこの状態だったのだろう。

ジェラルディンの話し方からすると、黄金龍に立ち向かう少し前くらいから相手にしてもらえなくなっていたようだし、もしかしたらこの世界で最初に黄金龍と対峙したのは邪王ゼノビアだったのかもしれない。

ゼノビアが捕らえられていた物と同様の、他の檻の中にはヒューマンとおぼしき人々が何人も捕らえられていた。

中には死んでしまっている者もいるが、腐敗や白骨化しているものはない。どれも死にたてだ。

状況から考えてこまめに誰かが死体を交換しているとも考えにくいし、これらの人々はみな誰かの──おそらくは邪王ゼノビアの眷属だろう。

命を吸われ、死亡するたびにリスポーンし、そしてまた死ぬまで命を吸われ続ける。

おそらく何百年も。

「まずはこれを何とかしないと……!」

「……ダメだ……。檻から出るんだ……。君まで命を吸われてしまう……」

「そんなこと言っても……! ていうかこの牢獄は何なの!? そもそもこの樹みたいなのは何!? 魔戒樹って言った!? 前はこんなの無かったでしょ! いつの間に植えたの!? こんなもの植えるからこんな事になってるんじゃないの!?」

ジェラルディンがヒステリックに叫ぶ。

その口ぶりから、魔戒樹はジェラルディンとの交流が遠ざかってから植えられたものらしい事がわかる。

しかしレアが感じている妙な親近感から考えても、この魔戒樹というのはエルフやドワーフ系種族と関わりが深いものなのだろうし、邪王がそれを植えたというのは少し奇妙な感じがする。ヒューマン系である邪王には本来関係ない樹であるはずだ。

ただ魔戒樹がここにある理由が何であれ、これが世界樹の亜種だとすれば元々この世界特有の種族であるのは間違いない。黄金龍が世界の外からやってきたというのなら、この魔戒樹もある意味被害者だ。たとえ今は侵蝕されて操られているのだとしても、全て魔戒樹のせいにするのは少し可哀想である。

「……だってきみ……。魔王の血が飲んでみたいとか、言っていたじゃないか……。だから、僕は……」

ゼノビアが消えてしまいそうな声で答えた。

彼女はジェラルディンのために、魔王を生み出すべく魔戒樹を育てていたらしい。

ここでレアは振り返り、教授に目配せをした。

教授もレアの視線に頷くと、こそこそと隅の方に退避していき、入ってきた通路から退いた。

目の前のゼノビアにしか意識が向いていないジェラルディンは気が付いていないようだが、何者かがあの通路を通って近づいてきている。

MPの輝き、そして教授からの報告からすると、これがおそらくメルキオレだ。