軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第418話 「知らないうちに仲良くなってる」

ヴィネアからの連絡により空中庭園に呼び出されたレアは、目の前の光景に言葉を失った。

ひと言では言い表せない、さまざまな感情が湧き起こってきたからだ。

まず第一に感じたのは、純粋に美しい物に対する感動だった。

以前に作成した池は、作成当時よりもさらに広く深く広げられており、もはや池と言うより湖と言っていいほどの大きさになっている。

風がない状態では、澄み渡るその湖面は鏡のように上空の景色を反射し、 畔(ほとり) に立てばまるで自分が空の中に居るかのような錯覚さえしてしまう。

そしてその湖の中央には、美しく磨き上げられた珊瑚の彫刻が浮かび上がっていた。

いや湖面の反射によってそう見えるだけで、実際は巨大な宝石珊瑚が半ばまで沈められているだけだろう。

かの有名な逆さ富士にも劣らない美しさを醸し出すその光景は、まさに至高の庭園に相応しいと言える。

それはそれとして、次に感じたのはなぜここにこんなものがあるのかという事だった。

このような珊瑚の城など全く覚えがない。

見た事もなければ聞いた事もない。

空中庭園は確かにレアの支配地域なのだが、なぜそこにレアの知らない建造物があるのか。

そしていつの間にこんなものをここに作ったのか。

城もそうだが、池の拡張もだ。

現在空中庭園にはプレイヤーたちが定期的に訪れているはずである。

その者たちの目を盗んで作業したというのだろうか。

「どうしよう。久しぶりに全く意味がわからないぞ。何が起きたら空中にある庭園に珊瑚の城が建造されるんだ……」

これほど大掛かりで大それた事業であれば、さすがに口うるさいディアスが黙っているわけがない。必ずレアに一報が入ったはずである。

「……あ、そうか。今いないんだった」

ディアスには暇を出し、デ・ハビランド伯爵の建てた名もなき墓標に旅行に行っているのだった。

自由にやらせたほうがいいかもしれない、とは言っても、さすがにこれは自由に過ぎる。

お目付け役が居なくなったらすぐこれだというのは問題だ。

「──ヴィネア?」

「はい! ご褒美ですか?」

「いや……」

芸術作品としては素晴らしい。

プレイヤーの視線などをどうしたのかについて問い詰める必要があるが、それが問題ないようならそれほど叱る必要はないかもしれない。

しかしいつも問題ないとも限らないし、さすがにこういう大がかりな作業をする前にはひと言報告と確認を入れるように言った方がいいだろう。

「ヴィネア、あのね」

「ご褒美でしたら、私ではなくエンヴィにあげてください!」

「エンヴィ?」

振り返るとエンヴィがはにかむようにもじもじしながら立っていた。

ということはつまり、この有様はエンヴィの手によるものだということになる。

「いや、そもそもきみには大エーギル海の航海と調査を指示してあったはずなんだけど、それはどうしたの?」

珊瑚の城に対する褒美をあげること自体は別に構わないが、本来すべき仕事を放り出して余計なことをしていたのであれば、その前に叱る必要がある。

「これ、見て。

命令にあった、海皇を捕まえたんだ。まだ生きてるよ。だけど、言う事聞かないからヴィネアに回復してもらいながらわからせてた」

「エンヴィ、敬語!」

いつの間に覚えたのか、エンヴィが話して答えた。

その口調をヴィネアが注意している。

エンヴィの指す先を見ると、湖の縁に作られた水溜りのような場所で、血と泥に塗れた人面の魚のような何かが呻いていた。

無邪気さゆえの残酷性をまざまざと見せつけられた気分になる。

ずいぶんとみすぼらしい姿だが、これが海皇なのだろうか。

『鑑定』によればルガルアブガルとかいう種族のようだ。「ルガル」が「王」で、「アブガル」が「アプカルル」の事だとすれば、海を統べる魚人たちの王というのはわかる。蟲の女王クィーンアスラパーダのスガルと同じパターンだろう。

海皇ルガルアブガルのイプピアーラというわけだ。

手足が無いならスガルと同格だとしても汎用性では随分劣る──と考えたが、よく見たら途中までは四肢があるようだ。エンヴィにわからせられる過程で失われたのだろう。哀れな事だ。

「……とりあえず、詳しい話を聞こうか。エンヴィ。頼むよ」

「──なるほど。なかなか合理的でいい判断だったね。よくやった。

それに言葉を覚えている理由もわかった。安心するといい。きみの言葉はちゃんと通じているし、おかしなところもないよ。この海皇たちがほんの少し、頑固だっただけだ。

ただ他の者たちが気にするかもしれないから、敬語の使い方だけ覚えておくといい。それはヴィネアかサリーに教えてもらいなさい」

鼻息をむふうと吹き出しながら近寄ってきたエンヴィの頭を撫でてやる。

しばらくそうしていると、満足したらしいエンヴィは手に持っていた三叉の槍のようなものを差し出してきた。

「これがその鉾か。どれ……。

──確かにアーティファクトのようだね。【海嘯三叉トリシューラ】か。津波を起こす能力があるようだけど、この能力は使われなかったの?」

津波を起こし、三界を破壊する能力があるらしい。津波であらゆるものを破壊出来るということだろう。

さすがにそれは言い過ぎだと思われるが、少なくともそれを使えばエンヴィにここまで一方的にやられる事もなかったはずだ。

「それはわからない、ません。使えば周辺もろともワタシを攻撃出来たんだろうけど、何故か使って来なかった、でした。なんとかいう妙なスキルで攻撃してきたけど、大した威力でもなかったよ、ですよ」

「なるほど……」

状況を聞く限りでは、海皇は国民の魚人を逃がそうとしていたようだ。

主君が死亡してしまえば配下が逃げても意味はないことから、国民の中には海皇の眷属はいなかったと思われる。見た限りでは『使役』も持っているようだが、にもかかわらず配下がいないというのは珍しいケースだ。

配下を持たないという海皇のスタイルはともかく、国民を逃がそうとしていたのであれば、国ごと吹き飛ばしてしまう恐れのある鉾の機能は確かに使いづらいだろう。

避難状況によっては国民にもダメージが入ってしまう可能性もあるし、もし海皇がエンヴィに勝つつもりだったのなら、戦後の事も考えれば国土の被害が大きくなるのは望まないはずだ。

その判断は結果としては悪手だったわけだが、長く海洋で強者として過ごしてきたのなら、この切り札を使わなければ凌げないとすぐに考えるのは難しいだろう。ある日突然リヴァイアサンが現れる可能性を考慮しろというのは酷である。

「海皇陛下。きみは今わたしの虜囚になっているわけだが、ご自分の状況はおわかりかな」

語りかけてみるが、海皇イプピアーラは仰向けでレアを睨みつけるだけで何も言おうとしない。

「主様が聞いてるでしょう。答えなよ。まだわかってないの?」

エンヴィが海皇の脇腹につま先をねじ込む。

しかしそうされても呻くばかりで、質問に答える気はなさそうだ。

実に誇り高い態度である。まさに一国の王にふさわしいと言えよう。

「……会話する気がないというなら仕方がないな。強制的に聞くとしよう」

ルガルアブガルにも「角」はあるようで、普通の手段では『精神魔法』も『使役』も通りづらい。

しかし大天使にやったように、呪いをかければ不可能ではない。

「『暗示』。まあSTRでいいか。そして『 賢者(Animo) は心を支(imperabit) 配し、(sapiens,) 愚者は(stultus) 隷属する(serviet.) 』」

海皇が答えなかったのは、何も誇り高さによるものだけではなかった。

単純に体力的に声を出すのが難しかっただけのようだ。さらに長年エラを使う特殊な会話を続けていたせいで、大気中での声の出し方を半ば忘れてしまっていた事もある。

『 中回復(ミドルヒール) 』で体力のみ回復してやり、『支配』された状態特有のたどたどしい口調で語られる海皇の話を根気よく聞いた。

海皇が語ったところによれば。

海嘯三叉トリシューラを使用しなかったのはやはり、王国に被害を出したくなかったかららしい。これを使用してしまえば、最低出力であっても王国の数割が消し飛ぶ事になるとのことだ。大げさな説明かと思っていたが、そういうわけでもなさそうである。

その破壊力を海皇はよく知っており、何故かと言えば、黄金龍との戦いの折に何度も国土を破壊せざるを得なかったからだった。

かつて黄金龍が極点に落下した際、世界の全ての大地と、全ての海と、全ての空は黄金龍による攻撃を受けた。

世界の至るところに、黄金龍の首の複製のようなものが出現し、各地を破壊して回ったという。

この首の複製は「黄金龍の端末」と呼ばれ、各地の王や有力者たちはこれを倒すために全力を尽くした。

端末はそのひとつでさえも今で言う災厄級の力を誇り、多くの国や種族がこれによって滅び去る事になった。

海嘯三叉トリシューラの力を使う事でこれに対抗する事が出来た海皇は、埒が明かない状況に業を煮やし、逆に極点に討って出る事を考えた。

同様に考えたらしい他の勢力と極点付近で合流し、これらと協力して黄金龍との死闘を繰り広げ、ついには聖王の命と引き換えに黄金龍を『クリスタルウォール』にて封じる事に成功した。

そういう話のようだ。

以前に伯爵から聞いたものとも大筋で一致している。

ただ直接戦いに参加した者からの新情報として、黄金龍の端末とかいう新ワードが出てきたくらいだ。

「──なるほど。世界中に現れた黄金龍の端末、か。なるほどね……」

世界の外から現れた黄金龍。

海皇はあまり気にしていなかったようだが、伯爵はその強さの割に封印系のスキルなどに対する耐性がなかったと言っていた。

その手のスキルは仮に耐性がまったくなかったとしても、能力値が高ければ抵抗されてしまうのが普通だ。

強いという事は能力値が高いという事だが、その高い能力値は抵抗判定には寄与しなかったのだろうか。

それはもしや、この世界のルールでは測れないことを意味しているのではないのか。

そして能力値が別の数値や判定に正確に反映されていない者。心当たりが無いでもない。

「……これはもしかしたら、余計な事はする必要がないのかも……、いや、というより、先輩がたが思っているほど時間は残されていないのかもしれないな」

「お母様?」

「主様?」

「なんでもない。独り言だよ。さて、ではもう海皇に用はないな」

レアは右手を海皇の額にかざした。

「『イヴィル・スマイト』」

「あ、殺しちゃうの? ですか?」

「うん。もう用はないし。ヴィネア。悪いんだけど、これをペアレの北の遺跡にいるゴードンっていう獣人に渡してきてくれないかな。他の死体と一緒にしておいてくれればいいから」

胴体だけになった海皇を指さし、ヴィネアに指示した。

話を聞いた限りでは、この海皇は黄金龍戦においても露払いとマナの供給源以上の役割は果たしていなかったようだ。数合わせにこれ以上聞くことはない。

果たしてこの状態で死体が半分以上残っていると判定されるかどうか微妙なラインだが、ダメならそれでも構わない。

エンヴィの話では、海皇は国民に避難を促す際に、お前たちさえ残っていれば国の再興は可能だとか言っていたということだった。

それが事実なら、その国民とやらを捕まえてきて無理やり強化してやれば海皇ルガルアブガルは生み出せるということになる。

であればオリジナルには用はない。

それにレアの考えが正しければ、もう封印などそれほど丁寧に解除してやる必要はないかもしれない。

「でもまあ、念のために蟲の王とやらの顔は拝んでおくか。女王じゃなくて王というのも気になるし。

──エンヴィ、この鉾はきみにあげよう。ご褒美だ。それを持って、次は東の海を越えて、極東にあると言われる蟲の王国まで行ってきてくれ。今度はもし綺麗なものを見つけても、わたしにプレゼントしようとか考えなくてもいいよ。ただ、着いたらわたしを呼んでほしい。急いでないから、ゆっくり行っておいで。サリーに敬語を教えてもらってからでもいいよ」

レアは空中庭園で留守番だ。ヴィネアが帰ってくるまでここでプレイヤーたちの相手をしてやる必要がある。

少し前に珊瑚の城の設置のためにヴィネアが周辺を掃除したばかりのようだし、すぐに攻めてくる事はないだろうが、サリーひとりに任せるというのも可哀想な話だ。

「どこかの地下の大天使も、そろそろプレイヤーたちだけに倒されてもおかしくないだろうしね。プレイヤーたちの行動域の拡大も考えると、次のステージに進んだ頃合いだと見ていいだろう。エンヴィにはのんびり行くよう言っておいたし、わたしも西方大陸とやらを見に行ってみようかな。グスタフやケリーたちも着いたころだろうし」