軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第417話 「海皇イプピアーラ」

〈『シャインランス』!〉

先制はイプピアーラだ。『光魔法』である。

海中ではほとんどの魔法攻撃は威力や勢いを減衰させるが、『シャインランス』はトップクラスの速度を持ち、しかもいかなる場合でも飛翔速度が変わらないという効果を持っている。

その代わり威力は控えめだが、これでまずはひと当てし、エンヴィの実力を測るつもりなのだろう。

エンヴィはAGIも高く、移動速度はかなりのものを持っているが、体が大きいこともあり、これを避けるのはさすがに難しい。

しかし別に避ける必要はない。

〈ぬっ! まるで効かぬか……!〉

この程度の攻撃であれば蚊に刺されたほどのダメージも受けることはない。

減衰無効などの特殊能力を持つ代わりに威力の低い魔法などではダメージを受けることはなく、また通常の魔法では減衰してしまいやはりダメージを受けることはない。

『海内無双』がある限り、海中でエンヴィに魔法によるダメージを与えることは難しい。

障害物ごと消し飛ばすような魔法でも撃たれれば話は別だが、そんな魔法は限られている。すぐに思いつくのは『ダークインプロージョン』だがあれは仕様上水中では発動しない。

次は自分の番だ、とばかりにエンヴィは大きく口を開けた。

大きく開けたと言っても所詮は少女の口だ。大したサイズでもない。

しかしそこから放たれるのは、高い水圧がかけられたウォーターブレスだ。

他の多くのブレスのように範囲攻撃を目的としたものではなく、狭い範囲を切断する目的で放たれるウォーターブレスは、圧力が高ければ高いほどその攻撃力が高くなる。

つまり口径が小さい事は切れ味が高いことを意味している。

〈っ! ブレスか! しかし威力が減衰するのはブレスも同じ……〉

確かにイプピアーラの言う通り、水のみを噴射するピュアウォーターブレスならばそうだろう。

ウォーターブレスには2種類ある。

ひとつは水のみを噴射するピュアウォーターブレス。レアと初めて会った時、海上でハラヘリコプリオンの腹に向けて撃ったのがそれだ。水中ではあまり威力が期待できないが、空気中であればかなりの硬度のものでも切り裂くことが出来る。もちろん撃つ者の能力値に左右されるが。

ピュアウォーターブレスはシュガードラゴンであれば加齢と共に自然に取得する基本スキルのひとつである。

そしてもうひとつ。

エンヴィがレアに『地魔法』を賜った際にアンロックされたブレスがある。

それがアブレイシブウォーターブレスだ。

これは水のジェットと共に超微小な金属粒子を噴射するブレスで、対象にダメージを与えるのは水ではなく、この金属粒子である。

高圧で金属粒子をぶつける事で対象の破壊を促し、切断に至らせるブレスなのである。

水中で勢いが減衰するのはどちらも同じだが、アブレイシブウォーターブレスならばもともとの威力がピュアウォーターブレスより遥かに高い事もあり、水中でも十分に効果を見込める。

その分消耗も激しいが、海中にいるかぎりエンヴィはLPもMPもすぐに回復する。

エンヴィの小さな口から勢いよくブレスが放たれた。

発光性の海藻の放つ光を金属粒子が反射し、淡く煌めく幻想的な光景だ。

しかしその美しさは死と隣り合わせの美しさである。うかつに触れれば命はない。

一応は警戒して防御姿勢をとったイプピアーラだったが、最強の海リヴァイアサンの放つアブレイシブウォーターブレスの前では防御など何の意味も持たなかった。

イプピアーラはその事実に、ガードした左腕が切り飛ばされたところでようやく気付いた。

〈ぐああああ! 馬鹿な! 何だこの威力は! 貴様いったい……〉

腕が1本なくなったというのに随分と元気な様子だ。

これなら残り3本、いや尾やヒレも入れればたくさんだが、全て切り飛ばしても死ぬことはあるまい。

レアはまずは海皇に会うことを目的としていた。

それなら生きてさえいれば問題ないだろう。

人型上半身ごと海竜部分の首を巡らせ、回避行動に移ったイプピアーラを追うようにブレスの矛先を向ける。

しかしこのブレスの危険性に気付いたらしい彼は巧みに泳いで回避し、なかなか捉えられない。大口を叩くだけの事はあるようだ。

消耗の激しいこのブレスを吐き続けるのはリヴァイアサンと言えどさすがに難しい。エンヴィは一旦ブレスを止めることにした。どうせMPは少し待てば回復するし、それからまた撃てば良い。

〈息切れか! これほどの威力、やはり消耗が激しいようだな! ならば今のうちに!〉

イプピアーラは三叉の鉾を構え、両足と尾をくねらせて、螺旋を描くように泳ぎエンヴィに突進してきた。

〈くらえ『シュピラーレ・シュペーア』!〉

鉾の先が巨大化して見えているのかというほど大きなエネルギーを纏ったその一撃は、まさにイプピアーラにとって必殺の一撃だったのだろう。

ブレスを警戒してか、回避されるのを恐れてか、明らかに弱点であろう的の小さいエンヴィの人型部分は避け、巨大な胴体部分を狙ってきた。確実にダメージを与えていくという堅実な意志が感じられる。

しかし、堅実な作戦が功を奏するのはあくまで相手が同格か、少し格上程度の時までだ。

力の差が大きすぎるような場合は、どれほど堅実な策を講じようとも圧倒的な力によって叩き潰されてしまう。

速度も威力も一級品と言えるその攻撃もエンヴィには見えていた。

翼状の胸ビレを張り手のように高速で横から叩きつけ、イプピアーラを弾き飛ばした。

エンヴィは圧倒的なSTRと『海内無双』のサポートによってものともしなかったが、張り手が巻き込んだ水の量も相当なものである。

その水圧ごとまともに受けたイプピアーラは耐えきれず、スキルも強制キャンセルとなって海底に叩きつけられた。

本当に堅実に生きたいのなら、力の差が大きすぎる相手にはそもそも戦いを挑むべきではない。

逃げるのがもっとも堅実な作戦と言える。

海底に叩きつけられたイプピアーラは、左腕の切り口やエラのようなところからぼんやりと血が滲んでいた。それなりにダメージを与えることができたようだ。

あの三叉の鉾があるから、エンヴィにダメージを与えられるかもなどと勘違いをしてしまうのかもしれない。

無謀な行為は寿命を縮めるだけだし、海皇には生きてレアに謁見してもらわなければならない。

鉾が邪魔だと感じたエンヴィは再びアブレイシブウォーターブレスを放ち、鉾を握る右手を切り飛ばした。

逃げられても面倒なので、ついでに尾と両足も飛ばしておく。

他にもヒレが無数に生えているが、これだけならば水中で姿勢制御をする程度しか出来ないだろう。

下手に切ろうとして誤って急所まで切ってしまっては元も子もないし、ヒレは勘弁してやることにした。

流れ出す血で海底が徐々に赤く染まっていくが、エンヴィの持つ『真眼』は海皇がまだ健在であることを示している。

〈──静かになったな。ではもう一度言うが、ワタシの主君がきみに会いたがっている。付いてきてくれ。あと、その城を渡してくれ〉

〈ば……ばかな……。なんだこの……力は……。これでは、まるで、あれの端末の……〉

イプピアーラはうわ言のようにそう呟くだけで、エンヴィの要求に答えを返そうとしない。

〈困ったな。きみはもう会話くらいしか出来ない体になってしまっているんだから、せめて話はしてくれないと〉

これは本当に、先ほどイプピアーラが言っていたように会話が通じていない可能性がある。

しかしその言葉をエンヴィが理解しているということはやはり会話は通じていたということだし、会話が通じていたのなら会話が通じていないというイプピアーラの言葉は正しい事になり、その場合は会話は通じていなかったということだから、会話が通じていないというイプピアーラの言葉は間違っていた事になる。つまり、どういう事だろう。よくわからなくなってきた。

〈──まあいいか。どうせ動けないんだろうし、持っていこう〉

上半身を低く伸ばし、海底で呻くイプピアーラの首を掴んだ。

ふとそこで、右腕を切り飛ばした時に海底に突き刺さった三叉の鉾が視界に入った。

古ぼけた外見の鉾だが、強力な、ともすれば海皇以上の力を感じる。

これも持って行けば、レアは更に喜んでくれるかも知れない。

〈……や、やめよ……その鉾は……〉

柄を握る。

その瞬間、何かがエンヴィの頭に流れ込んできた。

なるほど、これはこの鉾の自己紹介だ。

きちんと意味がわかる。

持ち主よりもよほど礼儀正しく、賢いと言えよう。

しかしこの鉾の持つ力を使えばもう少しマシな戦闘になったというか、エンヴィと互角に戦う事もできただろうに、なぜ使わなかったのか。仮に互角の戦いになっていたとしても『海内無双』などによる持久力の差でエンヴィが勝っていただろうが。

〈──まあいいか。これも主様に献上しよう〉

エンヴィは右手にイプピアーラ、左手に鉾を握り、大きな胸ビレで抱え込むようにして珊瑚の城を持ち上げる。

ヒレで多少潰してしまったが、なんとか引っこ抜く事に成功した。

力なくその光景を眺めるイプピアーラは、もう何も言わない。

一瞬生きているのか不安になって彼を持っている右手を振ってみたが、そうすると軽くうめき声を上げる。生きていたようだ。『真眼』はきちんと機能している。

安心したエンヴィはブレスで森を破壊しながら進路を確保し、海面に向かって泳ぎ始めた。

逃げ遅れたらしい魚人たちが泡を食って破壊された森から泳ぎ去っていったが、エンヴィは気にもかけない。

実に素晴らしい成果を得ることができた。これならきっとレアも褒めてくれるだろう。