軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第416話 「最強の学習能力」

──見つけた。

海底に繁る海藻の森。

その森に落としたサメの死体のひとつに群がる、小さな魚たちを見つけた。

小さな魚と言っても『擬態』しているエンヴィよりは大きいだろう。

尾まで入れれば一般的なヒューマンよりも大きい。いや、あれなら魚よりもむしろヒューマンの方に近い。ヒューマンに魚の尾が生えていると言った方がいいくらいだ。

くるぶしから先は完全な魚のヒレになっており、尾とそのヒレを使って泳いでいる。

人のような魚。魚のような人。間違いない。これが母竜が言っていた魚人だ。

泳ぎで使わない両手には銛のようなものを持っており、銛の先の刃を使って数匹がかりでサメを切り分けているようだ。

エンヴィは『闇の帳』を発動し、自身の派手な外見を隠した。

似たような事は以前に帝王イカがやっていたのを見たことがある。もっともあれは魔法ではなかったようだが。

ほとんど光の届かないこの海底でも、発光性の海藻の放つ光のお陰で薄闇程度の明るさはある。海中ではむしろ中層の方が暗いくらいだ。

そうして闇に紛れながら魚人たちに近づいていき、切り分ける作業が終わるのを待った。

やがて作業を終えた彼らは銛を背ビレに括りつけ、両手にサメの切り身を抱えて森の中を泳いでいった。

見失わないよう気をつけながら、森の上を泳ぎそれを追う。

この魚人たちの向かう先に、海皇が治める海底王国があるはずだ。

***

イプピアーラ王に謁見し、報告を済ませた第1分隊長は城の外に出てきた。

長く生きた王はさすがに慎重で、沈んできた魔物の死体には決して触れぬよう徹底せよと言っていた。

第1分隊長の立場では他の隊員に命令する権限はないが、謁見の間には闘士頭もいたため、彼から各隊へ通達が行く事だろう。

命令が浸透する前に死体にちょっかいを出す者がいないとも限らないが、仮にも隊を預かる隊長であれば、そうした異常事態において部下が軽率な行動をとらないよう引き締めるくらいは出来るはずだ。

〈──これはこれは。栄えある闘士隊の第1分隊長殿ではありませんか〉

見上げると、第2分隊長が何やら得意げな顔で泳いでいる。

この男は第1分隊長に強い対抗心を持っているようで、何かあれば噛みついてくる面倒な奴だ。

〈第2分隊長殿か。報告か?〉

〈ええ。大至急、陛下にお知らせすべき案件が発生しましたのでね〉

〈貴殿もか〉

〈ほ? というと、第1分隊も? しかし、それにしてはあなたの隊は皆手ぶらだったようですが……〉

〈手ぶらだと? 報告に戻るのに、何の荷物が必要だと言うのだ〉

〈それはもちろん、成果ですよ。我が隊はこれほどの獲物を発見し、回収してきました、というね〉

〈獲物? 回収だと? それはまさか……〉

まさか、決して触れるなとイプピアーラ王が言っていた、あの死体の事か。

王の、いや闘士頭の命令は遅かったというのか。

そう第1分隊長が危惧したその時、周囲を闇が包み込んだ。

帝王イカの墨に似たその闇はしかし、イカスミ特有の生臭さは感じられない。

ただ光だけを奪うこの効果はおそらくは魔法によるもの。

〈魔法だ! 何者かに攻撃を受けている! 城を守──〉

〈なんだ!? 見えない! どうしたんだ! なんだこれは! おい誰か──〉

***

海底王国に侵入し、王がいるらしい城を発見したエンヴィは『擬態』を解除した。

その衝撃で近くにいた魚人が数匹ひき潰されたが、これは些細な事だ。

そんなことより、海藻の放つ光に照らされて七色に輝く美しい城、その一部が崩れてしまったほうが問題である。

この珊瑚で作られた美しい城は、魚人どもではなくエンヴィの主君にこそふさわしいものだ。事が終われば城を主君に献上しようと思っていた。

しかし現在の自分自身の身体のサイズや『擬態』に慣れていなかったせいで、尻尾の一部で城を削り取ってしまった。

エンヴィは悲しい気持ちになった。

〈──なんだあれは!〉

〈大型の……!? いや、大型よりもでかいぞ! 超大型とでもいうのか!〉

〈見たことない魔物だ! 魚なのか、獣なのか、竜なのか、何なんだこいつは!〉

〈いや、そんなことより、こんな大きさの魔物がいったいどうやってこの森の奥に……!〉

破壊された城からわらわらと小魚が出てくる。魚人どもだ。

この分だとまだまだ中にいるかもしれない。

今のエンヴィのサイズなら城ごと翼状の胸ビレで掴んで持っていけないこともないが、中に余計なものが入っているのはよくない。

出てきた魚人たちからは耳障りな声も聞こえてきた。魚人はエラを使って水を振動させ、それでコミュニケーションをとっているらしい。使用されている言語の構成パターンはレアとヴィネアが使っていたものに酷似している。エンヴィにもすぐに理解できた。

〈──小サナ魚たチ。失せるんダ。そシテこの城をワタシに譲ってくれなイカ〉

魚人たちのやり方を真似し、そして主君の話し方を意識してエンヴィも話しかけてみた。

魚人たちに比べて体の大きいエンヴィの出した「声」は思いの外大きく響き渡り、一種の衝撃波のようなものとなって広がっていった。

城がさらに破壊されてしまうほどのものではなかったようだが、もっとも近くにいた魚人はそれで気絶をしてしまった。

〈ぐう! なんと大きな声だ!〉

〈気を失っているものもいるぞ!〉

〈い、いや、それより魔物が喋っただと……!〉

〈ただの魔物じゃない! よく見ろ! 首の先端にメロウが!〉

〈こいつまさか、メロウの……!?〉

なにか勘違いをしているようだ。

確かメロウというのは、上半身が人型で下半身が魚という、魔法が得意な種族のことだった。魚人とは仲が悪く、2種が争っているところを見つけることができれば容易に餌に出来ると母竜は言っていた。

そのような魚人と同レベルの雑魚とエンヴィを見間違えるとは、失礼にも程がある。

〈違う。ワタシはメロウなどではナイ。いや、ワタシが誰かなドきみたちには関係ナイことだ。城を譲ッテくれ〉

苛立ちをそのままぶつけてやりたい気持ちでいっぱいだったが、エンヴィの見た限りではレアはそういう素振りを見せたことがない。

雑魚に対して苛立ちを撒き散らす際にどういう話し方をすればいいのかわからなかった。

仕方なく、今度は少し出力を控えめにして普通に語りかけた。

〈くそ! デカイ声め!〉

〈だが、口調は丁寧で理性的だぞ〉

〈口調の問題か! 要求の内容がイカれすぎてる!〉

魚人たちは仲間内でワイワイ言い争うばかりで、エンヴィの話を誰も聞こうとしない。

素直に城を明け渡せばいいだけなのに、たったそれだけのことさえ聞いてもらえないとは、エンヴィは自分の交渉力の無さに絶望した。

もしかしたら、魚人たちはエンヴィとの戦闘力の差が理解できていないのかもしれない。

だからこそこのように余裕の態度で言い争いなどしているのだ。

であれば、まずはエンヴィの力を見せてやる必要がある。

レアならそうするはずだ。

直感でそう理解できた。

〈──コレだけいっぱいいるのなら、数匹消えてモ交渉には影響ないカナ〉

エンヴィは足代わりにしている腹ビレを振り上げ、言い争いをしている集団を海底に押し付けた。ここが地上であれば踏み潰しのようなものと言えるだろうか。

〈うわあああ! こ、攻撃してきた!〉

〈おのれメロウめ! このような化け物を送りつけて……宣戦布告のつもりか!〉

〈お、王にお伝えしろ! こんな化け物相手に長くはもたせられんぞ!〉

長くはもたない、とは、つまりエンヴィと戦うつもりなのか。

力の差を見せつけたというのにそれが理解されないというのは虚しいものだ。

レアであればもっと効果的な一手が出来たのだろう。

もしかしたらヴィネアでも出来るのかもしれない。

いや、それは単に経験の差だ。エンヴィももっとこういう状況を経験していけば、いつかは効率的に目的を果たせるようになるはずだ。

〈ワタシはただ、城が欲しいだけなんだ。きみたちだっテ、死にたくはないだろう? 早くどいてくれ〉

わかってもらえないのなら、わかってもらえるまで続けるしかない。

エンヴィは腹ビレや尻ビレを使い海底の魚人たちを踏み潰し、また尾の先を突き刺して1匹ずつ殺したりして、力の差を見せつける作業を続けた。

〈──やめよ!〉

すると城の中から他の魚人よりも一回り大きい魚が姿を見せ、エンヴィに制止の言葉を投げかけてきた。いや魚ではなく、これはもっと人型に近いシルエットをしている。

服のようなものも身につけているし、エンヴィから見てもその容貌は美形に見える。主君ほどではないが。

全身から漲らせている威圧感のようなものも、レアほどではないにしてもヴィネアくらいには匹敵するだろうか。

明らかにただの魚人ではない。

〈おお! 王よ!〉

〈王が参られたぞ!〉

〈海の支配者! 海皇様だ!〉

〈海皇! 偉大なるイプピアーラ王!〉

逃げ惑っていた魚人たちが、その海皇とやらの出現に沸き立った。

〈──うん? 海皇?〉

レアの言いつけを思い出す。

海皇を探せ、と言っていた。

美しい城を眼にして少し忘れていたが、もともとはそれが目的だった。

やはりこの城はエンヴィのもともとの目的である海皇の城だったらしい。

この海皇を捕まえて連れていけばきっとレアは褒めてくれるだろう。

ついでに美しい城も献上すればさらに褒めてくれるに違いない。

一度の行動で複数の成果を得られるとは実に素晴らしい。

〈きみが海皇か。ワタシの主がきみに会いたがっていた。ちょっと付いてきてくれないか。それと、その城をワタシに譲ってくれ。主に献上したいんだ〉

〈……会話は出来るが、話が通じない系統の魔物か? 自分が言っている事がいかにおかしなことなのか、理解していないのか?〉

海皇イプピアーラはエンヴィを睨みつけてきた。

〈会話は出来るし、話も通じるよ。きみが素直に付いてきてくれれば、そして城を渡してくれれば、これ以上魚が潰れることもない。みんな幸せな結果だ。何もおかしくない〉

〈これはダメだな……。

お前たち! 逃げよ! この者はお前たちがいくら束になろうとも敵う相手ではない! この場は儂が時間を稼ぐ! その間に民を逃がすのだ!〉

〈しかし! 王よ!〉

〈王を失うわけには!〉

〈そのようなことを言っている場合ではない! これは我が王国が滅び去るか否かの瀬戸際なのだ! たとえ儂がおらずとも、お前たちさえ残ってくれれば王国はいずれ再建できよう! 海皇にも、いつか至れる者も出よう! しかし皆が死んでしまっては、その望みも絶たれてしまうのだぞ!〉

〈くっ……!〉

〈──それにこの儂がこのような化け物相手に遅れを取ると思うのか? 儂は海の支配者、海皇イプピアーラだぞ!〉

〈……王よ……。ご無事で!〉

エンヴィに負けず劣らずの大声を上げ、海皇は魚人たちに逃げるよう言いつけた。

魚人たちはそれに従い一目散に逃げて行った。

海皇の言葉は城の中にも響いたようで、城からもわらわらと魚人が這い出して行き、しばらくすると辺りは静かになった。

言い付けどおり、周辺から魚人たちは皆逃げて行ったらしい。

エンヴィとしては海皇と城さえ手に入ればよかったので、それを黙って見ていた。それで満足して城を渡し、エンヴィに付いてきてくれるというならそれでいい。

〈終わったかな? じゃあ行こうか。ワタシの主はここから西の──〉

〈──何を寝ぼけた事を言っている〉

〈うん?〉

〈脅しだけで、この儂を自由に出来ると思うたか! これ以上好きにはさせぬぞ! 1000年の長きに渡り海底に安寧をもたらしてきたこの海皇の力! とくと見るがいい!〉

海皇は三叉の鉾のようなものを構えた。

話が違う。

残念ながらエンヴィの言葉は聞いてもらえていなかったようだ。

いや、もしかしたらエンヴィが勘違いしているだけで、実際は会話が成立していなかったのかも知れない。

言葉を覚えたばかりと言っても、聞いていた周りの会話から自動的に習得したに過ぎない。エンヴィが伝えたいことと、彼らに伝わったことの意味が違っていた可能性もある。

〈……しょうがないな。力でわからせるか。たぶん、主様ならそうするはずだ〉