軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第406話 「政治的にデリケートな色」

飛行手段を持たないバンブや教授のためにユーベルを呼び、全員を乗せてオーラル南部に向けて飛び立った。

以前にも似たような事をした事がある。あの時はライラのアビゴルを借りたのだったか。

たびたびこんな事をしていては、そろそろこの森もマグナメルムの関連施設として認知されてしまってもおかしくない。

「──もしそうなったら、この森にもたくさんお客来るんじゃないかな」

「……確かに最近収入は減ってるが、余計な御世話だな。面倒事のが多そうだ」

途中、通りがかったピュイの森に聳え立つ「名もなき墓標」に向かってブランが手を振り、塔の屋上にいた見覚えのないデスナイトが腰を抜かすというハプニングもあったが、それ以外には特に何事もなく一行は森林型ダンジョン、ハーフェン大森林に到着した。

「大森林とかいうわりには、大したサイズじゃないな」

「リーベ大森林と比べてるの? あそこが大きすぎるんだよ。昔はあそこ、巨大な資源採掘場だったみたいだよ」

「……何で知ってるの、そんなこと」

「ベヒモスが入ってたそのおもちゃ箱の材料はそっちの方から採掘したみたいだからね。遺されてた日記みたいなのに書いてあった。と言ってもたぶん、精霊王とかの時代よりもさらに昔のことっぽいけど」

その日記とやらは興味がある。後で読ませてもらう事にしよう。

リーベ大森林が採掘場跡地だったとして、それが統一国家よりも前の時代なのは確かだろう。

あの地で果てたディアスにしても、リーベ大森林の事は森だと認識しているようだった。採掘場だったのなら目覚めた時にそう言うはずだ。

リーベ採掘場は統一国家の時代にはすでに朽ち果て、森になっていたということだ。名前はどうだったのかは知らないが。

古代遺跡やアーティファクトというと前精霊王のイメージが強いが、全部が全部そうだとは限らない。

今回の完全無欠なんたらかんたらベヒモスというのも、ネーミングセンスから言っても明らかに別人の仕事だ。

「──まあ、この森がリーベ大森林より規模として遥かに劣っていると言っても、名前が被っているというのは少々気に入らないな。大森林はひとつでいい」

「……それ言ったらラコリーヌの森とかの「森」なんて、それこそいっぱいあるんじゃ」

「……黙っとけブラン。大陸中の森を燃やされたいのか。てかそれだとウチも巻き込まれるからやめてくれマジで」

ブランとバンブがこそこそ話しているが、レアもいくらなんでも全ての森を焼き払うつもりはない。

元々レアは現実でも自然を大切にする方だ。

世界から自然が失われてしまえば、やがて人類を支える食糧も生産できなくなっていき、また昆虫食が流行る時代がやってくるかもしれない。それはちょっと困る。

これは単に「大森林」という特別感を大切にしたいという程度の感覚である。

加えて言えば、ボスエリアを含むダンジョン領域の全てを消し去った場合に、システム的にこの地がどういう扱いになるのかを見てみたいという思いもある。

都市なら消し去った事があるが、ダンジョンでそれをやった事はない。

「せっかくだし、堂々と降りて行こう。ユーベル、高度を下げるんだ」

「ああやっぱりそういうのやるんだ。まあいいけど」

「別にライラは上空で待っててもいいけど」

「いや行くよ。さっきも言ったけど、この辺りでは私の事はもう知られてるしね。これで私だけ行かなかったら、なんか仲間外れにされちゃってる感出ちゃうし」

「バンブくんはどうするの? その格好で普段もMPCのひとたちと遊んでるんだよね」

「……まあ、別に構わねえ。もしクランの誰かに聞かれた時は、素直に事情を話す事にするわ。実は噂のマグナメルムの関係者ですってな」

「それは君の勝手だけど、余計なことまで言わないようにね」

「わあってるよ」

「あの、もしかしたらみんな忘れているのかも知れないが、私は素っ裸なのだが」

「……ちょっと、言い方」

レアはインベントリからブラウンのローブを取り出し、教授に投げつけた。

レポートの提出に合わせて、ラコリーヌのクィーンアラクネアに作らせておいたものだ。ご褒美のようなものである。

基本的な仕様はレアの物と同様であり、布装備としてはおそらく現行トップクラスの性能を持っている。

「──おっと、これが私のローブかね。素晴らしい。ありがとう。しかし……茶色か。独裁者の色だな」

「色に政治的解釈を持ちこむんじゃない」

「ま、コミュニストよりはいいか」

「ちょっと、それもしかしてわたしの事ディスってる?」

「ブランちゃん、たまに妙なこと知ってるよね」

反応したという事は、ブランも赤色の持つ意味を知っているということだ。

急にそわそわしたバンブがこそこそとレアに耳打ちしてきた。

「……おいレア、緑色ってなどんな意味があるんだ」

「環境保護団体とかかな。あと平和主義とか平等主義とか」

それでいくと白や黒もかなり過激でデリケートな意味を持ってきてしまうため、余計な事は言わないでほしい。

文句を言いながらも教授は嬉々としてローブを羽織り、フードからぴょこんと顔を出している。

「全然隠れてねえよ。やる気あんのかタヌキ」

「ご心配なく。こんなこともあろうかと……」

教授は自分のインベントリからブーツと妙なマスクを取り出すと、いそいそと身に付けた。

マスクは顔全体を覆うタイプで、黒いカラスの顔のようなデザインの物だ。旧世紀の中世のペスト医師が治療の際に着用していた物に似ている。

ブーツも黒で、これはいかにもケモノ然とした足元を隠す目的だろう。

しかし──

「……ご心配なく、じゃねえよ。色合いが素っ裸と変わってねえじゃねえか」

「小さいペスト医師って言うと不気味な感じするけど、実際に目の当たりにすると隠しきれない愛らしさみたいなのがあるよね」

「ほう、そうかね」

ヒゲがぴくぴくしている、のだろう。マスクで見えないが。

「褒めてないから」

「──準備が出来たなら降下するよ。ユーベル」

只ならぬ気配を纏って降下するユーベルの姿に、地表をうろつくプレイヤーたちはすぐに気がついたようだった。

『真眼』を持つ者もいるのだろう。それにしても気がつくのが早かったというか、ダンジョン前の広場だというのにダンジョンよりも別の何かを警戒しているかのような集団もいる。

「ああ、あれもしかしたらこの間私がキルした連中かも。にしても随分と増えたな。お友達でも呼んだのかな?」

「SNSで騒いでた人たちか。確かアンチマグナメルムを公言していたんだったな。ちょうどいい。まとめて始末するとしよう」

自ら人類の敵を標榜しているというか、そのように振る舞っている以上は、マグナメルムが多くのプレイヤーに恨まれるのは仕方がない事だ。

しかしそれと同様に、表立ってマグナメルムと敵対する意志を表明しているのであれば、こちらから敵対的な感情を向けられたとしても文句は言えまい。

とはいえその思想はあくまでSNSなどで話題になっているだけであり、その事実が当のマグナメルムまで聞こえているなどとは彼らは思ってもいないだろうが。

高度を下げていくにつれ、地表の会話もうっすらと聞こえてきた。

「──おい、この森に入って行ったのってオクトーだって話じゃなかったのか! あのドラゴンはセプテムのペットだろ! なんでここにいる!」

「──知らねえよ! つか、お前らだって災厄討伐したくて集まったんじゃねえのかよ! 出てきたのがオクトーだろうとセプテムだろうと、ビビってんじゃねえ!」

「──あのドラゴン、ちょっと前にこっから西にあるグライテンて街を襲った奴じゃないのか! 女騎士が追い払ったんじゃなかったのかよ! まだこの辺にいたのか!」

ライラの読み通り、この森に入ったオクトーをどうにかするために人を集めたようだ。

レアも多人数を相手にするのは得意な方だが、相手が弱いのであれば多人数戦の効率ではライラに軍配が上がる。

ライラは視界に入れた全ての者に同時に状態異常を与える事が出来る。

まずはその攻撃に抵抗できるだけの能力値を備えていなければ、まともな戦闘にさえならない。

「いや、ドラゴンの背中を見ろ、黒いのがいるぞ! あれがオクトーだな! 白いのも赤いのも……あと緑と茶色もいる! なんだこいつらは! 聞いてないぞ!」

レアはユーベルの背から飛び降り、地上から5メートルほどの高さに『天駆』で立った。

ライラとブランも付いてくる。他の2人は飛行できないためユーベルの背中で留守番だ。

「──君たち、見た顔だな。もしかして私の事が忘れられずに、ずっとここで待っていたのかな?」

ライラが地表のプレイヤーたちに問いかけた。

するとプレイヤーたちは顔を見合わせ、口々に叫んだ。

「お、俺の名はオークマンだ! お前たちは何の目的でこのダンジョンに来た!」

「俺はマグノスケだ! ここを新たな拠点にするつもりなのか!」

「私の名前はマイ・ギルデスター! そっちの緑と茶色のローブは誰なの!?」

一気にカオスな状況になった。

なぜ急に自己紹介を始めたのだろう。

〈あれじゃない? こいつら、私たちに名前覚えて欲しいとかなんじゃ〉

〈……なんで?〉

〈私たちに名前を覚えられてるっていうの、一種のステータスみたい。そんなような事をこの間会ったファンの子たちが言ってた〉

〈ライラにファンなんているの?〉

〈失敬な! 超いるよ!〉

しかし、この者たちはアンチマグナメルムではなかったのか。

敵に名前を覚えてもらったところで嬉しいのだろうか。

もしかしてライバルとして認めてほしいとか、そういう事なのか。

そうだとしたら、ただ地上で騒いでいるだけでは認定するのは難しい。

戦闘力でなくてもいいが、せめてレアには出来ない何かを成し遂げてから改めて自己紹介をしてもらいたい。

地上からはなおも自己紹介付きの質問が飛んできているが、正直最初の数名分くらいしか聞いていなかった。

その数名も、今となっては誰が言ったものだったのか定かではない。

「──ここに来たのは」

しかし騒がしい地上も、レアが口を開くとぴたりと静かになった。こちらのセリフを遮ってまで目立ちたい者はいないようだ。その点だけ見ればライラよりもマシである。

「オクトーから、この森の地下で面白いものを見つけたと聞いたからだ。

でもいちいち地下に潜るのも面倒だし服も汚れてしまうから、いっそ地表部分をすべて消し飛ばしてしまおうと思ってね。それでここに来たわけだ。

というわけで危ないから、死にたくなければどこかに逃げた方がいいよ。

ただ、もしそれに耐える事が出来たとしたら、その者はきっとわたしたちにとって忘れられない存在になるだろうね」

プレイヤーたちは顔を見合わせ、構えをとった。

耐えるつもりらしい。

一方でアンチマグナメルムとは無関係だと思われるプレイヤーたちは一目散に逃げて行っている。

賢い選択だ。

〈おい、まさかそこから撃つつもりか? 何をする気か知らねえが、もし『ダークインプロージョン』と『ホーリーエクスプロージョン』の組み合わせ以上の何かをブチかますつもりなら、もっと離れた方がいいぞ。たぶん巻き込まれる。つうか、このドラゴンももっと高度を上げてくれ。俺が死ぬ〉

バンブはおそらく『ダークインプロージョン』と『ホーリーエクスプロージョン』による事象融合の威力を目の当たりにしている。

それがコピー人形によるものだったのなら、おそらくレアと同等の能力値で発動したものだと見ていいだろう。だとするとその怯えぶりは信用できる。

レアは見えない螺旋階段を登るように少しずつ高度を上げていき、手で指示してユーベルの高度も上げさせた。

バンブが「たぶん大丈夫」と言ってくる高さまで上がったところで止まると、下を見てみた。

プレイヤーたちの声も聞こえないほど遠ざかってしまっている。

豆粒のような姿でよく見えないが、プレイヤーたちの位置は変わっていない。未だに構えを取っているのだろうか。

そして逃げだした者たちはすでに見えなくなっている。能力値をフルに使って全速力で逃亡したらしい。本当に賢い選択だ。名前を覚えるのなら、逃げた者たちを覚えた方が今後役に立つ気がする。

「ライラとブランも逃げた方がいいんじゃない?」

「……そうだね。なんか嫌な予感がするからユーベルちゃんの背中から見る事にしよ」

「むむ、ブランちゃんらしからぬ消極性……。よしその勘私も信じよう。じゃあレアちゃん、気をつけて」

念のためさらにもう少しだけユーベルの位置を上げさせると、眼を開き、森の中心辺りに視点を定めた。

「ターゲットはあそこでいいかな……。よし」

『魔眼』の『魔法連携』を意識し、発動する魔法を複数選択していく。

『ダークインプロージョン』と『ホーリーエクスプロージョン』の組み合わせで何かが発動する事はわかっている。であれば、それはまた後日試してみればよい。

考えていた通り、ここはそれ以外の全ての属性の、ツリーの一番上にある魔法で試してみる事にする。

「ええと。まずは火属性で『フレイムデトネーション』、水の『レイジングストリーム』と……」

そして次の魔法を選択しようとした時。

《現在のアバターでは発動待機状態の魔法を維持する腕部が足りません。同時選択できる魔法は2つまでです》

エラーメッセージが出た。

同時選択できる魔法が2つまで、ということは、融合できる魔法は2つまでということになる。

それより発動待機状態とはなんだろう。聞いた事がないワードだ。

しかし見た事はあるかもしれない。

先ほど、事象融合の発動直前にホブゴブリンたちの手にあった妙なマナの塊である。あれがもしかしたら発動待機状態の魔法ということなのだろうか。

この文脈だと、発動待機状態を維持できる腕部がもっとあれば、同時選択できる魔法の数が増えるような言い方である。

「手が足りないときたか。ううん……」

手を増やすのはライラの領分だ。レアは得意ではない。足なら増やせない事もないが。

あと増やせるとしたら翼くらいだが、これを代わりに出来ないだろうか。

「……翼で殴る事もあるし、これもう手って言ってもいいよね。ダメ元でやってみよう。『解放:翼』」

翼を広げるとともに脱げて舞って行ったローブは、ユーベルの背からライラが手を伸ばして回収してくれた。

6枚の翼を広げ、再び『魔法連携』に集中する。

「『フレイムデトネーション』、『レイジングストリーム』……」

ここまでは問題ない。口に出しているのは単に確認のためで、発動キーとしてではない。

「『レヴィンパニッシャー』……」

エラーは出ない。大丈夫だということだ。

それなら遠慮はいらない。

「『セディメントディザスター』、『ゲイルランペイジ』、『クライオブリザード』……」

すべてを選択し、発動を強く意識したところで、再びシステムメッセージが来た。

ただし今度はエラーではない。

《事象融合準備開始》

《魔法は発動待機します》

《標準腕部は使用中です。待機場所は発動順に、追加腕部1、追加腕部2、追加腕部3、追加腕部4、追加腕部5、追加腕部6となります》

考え込む際に両腕を組んでいたため、それが使用中だと判定されてしまったらしい。

魔法はすべて追加の腕部、つまり翼に待機されるようだ。

しかしここでシステムから「事象融合」とアナウンスがあるのなら、バンブがこの言葉を知っていても別におかしくない。

それをごまかしたということは、やはりバンブは結局自分たちでは成功しなかったのだろう。

温かいような、冷たいような、不思議な何かの存在を感じる。

見れば開かれた翼の半ばほど、 大雨覆(おおあまおおい) の辺りにマナの塊が浮いている。

先ほど見たホブゴブリンのものとは桁が違うエネルギーだ。

そしてそれらにMPが大量に吸われていくのを感じる。

普段であればこういう急激な消耗は擬似的な体調不良のようなものをもたらすのだが、この時は違った。

むしろその逆、能力値が大幅に引き上げられた時のような、あの高揚感が全身を包む。

しかし問題ない。

この感覚には慣れている。

レアの意識が飲み込まれることはない。

そして最後に、メッセージとは別に単語が脳裏に浮かんできた。

これがおそらく発動キーだ。

「──ふはは、あははははは! マグナメルムに盾突く身の程知らずどもめ! 裁きを受けるがいい! 『 天変地異(カタストロフ) 』!」

レアの翼に蓄えられていた破壊的なマナが、渦を巻くように螺旋を描いて大森林の中心部に吸い込まれていく。

「……あれ? これ大丈夫なやつ? 地下までもろともに吹き飛んだりしないよね?」

「いきなり6つも重ねるのかよ! もうちょっとこう、段階を踏んでやれねえのか! お、おい、ユーベル、ユーベルちゃん! もっと上に逃げてくれ! お前も危ねえぞ!」

『魔眼』により使用されたマナの量が見えるライラや、おおよその威力を知っているバンブが騒いでいる。

しかし、もう遅い。

『天変地異』はすでに始まっている。

まず最初に、レアが発動地点に定めた位置に小さな火が灯った。

距離があるため本当に小さかったかどうかは不明だが、この後に起きたことから考えれば非常に小さな変化だったのは間違いない。

その火は直後に新たに生まれた水によって飲み込まれてしまったが、消える事は無かった。

水は火を内に抱えたまま回転を始め、その渦を中心に風が起きた。

風は徐々に勢力範囲を広げていき、いつしか上空に黒い雲を集めていた。

岩や土砂をも巻き込んで広がっていく風の球体は上空の黒雲をも吸い寄せはじめ、地表に近付いた雲からは激しい雷と雹が放たれた。

この時点で大森林の木々はあらかたなぎ倒されてしまっていたが、ここまではあくまで前兆に過ぎなかった。

中心部の火と水が爆発を起こした。

爆発の衝撃を受けた岩や土砂は風と混ざりあったまま、質量を持った 颶風(ぐふう) となって荒れ狂い、炎と激流、吹雪と稲妻を従えて、巨大なひとつのドームを作り上げた。

ここまで実に、ほんの数秒ほどの間の出来事である。

レアも高いAGIを持っていなければ、これほどつぶさに観察は出来なかっただろう。

炎の赤、雷の紫、雪の白、水の青、岩の黒、そんな様々な色を纏わせた、破壊の力に満ちたドームは10秒に満たない程度の時間その場に留まり、その後光と共に天空に消えていった。

後に遺された物は何もない。

森林の一切は消え去り、そこにはただ広大で深い穴だけがある。

当然、健気にも身構えていたプレイヤーたちの姿もない。

魔法のエフェクトはドーム状だとばかり思っていたが、どうやら球体だったらしい。

レアの発動した『天変地異』はこの地からダンジョンを消し去った。