軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第392話 「ぱしゃぱしゃ」

「──さて」

マゼランなる若者に報酬と手当を渡し、別れたレアは、ひとり沖の海の上空に舞い戻っていた。

彼が詳しいのは磯辺にいる軟体動物系の魔物ばかりで、レアが本当に欲しい沖合の大型水棲生物についてはあまり明るくないようだった。

であればこれ以上拘束しても益は薄い。

沖の海はいい風が吹いている。

海面はさざ波が立っているが、大きなうねりにはなったりしない、ほどよいそよ風だ。

潮の香りが鼻腔をくすぐるが、海岸線のような磯臭さはない。

今にして思えば、あの磯臭さを撒き散らしていたのはアーマード・コノワターをはじめとする海洋性アンデッドだったのかもしれない。

このまま上空を飛んだり走ったりして海を横断するという方法も考えないでもなかったが、安全かつ確実に可能であるという確証もなかった。

海の広さがどれだけなのかがわからない以上、『天駆』や『飛翔』を維持し続けたままログアウト無しで横断しきれるかどうかはわからない。

それに確かに大エーギル海の横断も目的のひとつではあるが、この海の底にいるかもしれない海皇とやらとの接触ももしかしたら必要になる可能性がある。

やはり、海を縄張りとする強大な配下は必要だ。

高度を落とし、海面に近づいていくが、先ほどのようなハラヘリ子の襲来の予兆はない。

あれはあくまで水に浮いた小舟を感知したからなのか、それともこの周辺のエリアにはあの個体しかいなかったからなのか、それはわからない。

後者の場合、別の大型生物の縄張りをまた探す必要がある。先ほどのハラヘリ子を回収して蘇生させれば話が早いが、死体はとうに沈んでしまっている。時間的には蘇生は可能だが、死体の回収は困難だ。

「ぱしゃぱしゃー……とかやるしかないかな」

やると言っても自分で泳ぐわけにもいかない。

アリでも『召喚』して落としてみるのがいいだろうか。

いや、どうせなら汗などの分泌物でサメを引き寄せやすい人間の方がいいかもしれない。幸い、レアの配下にもヒューマンの眷属は増えてきている。獣人は汗をあまりかかないらしいし、エルフは肉が少なくおいしそうには見えない。ドワーフなら問題ないが、彼らは肉が固そうだ。

「……いやいや、眷属を使い捨てにするのはよくないな」

レミーやサリーが魂抽出のために行なっている工兵アリの定期処刑については考えないことにし、別の手段を模索する。

一般的にサメが獲物を察知するために使われているとされているのは、第一に音だ。

先ほどの「ぱしゃぱしゃする」というのは、この音によってサメをおびき寄せようという考えから来ている。

中でもとりわけサメが反応しやすいとされているのは断続的かつ不規則な低周波だと言われており、これはつまり弱って泳ぎが鈍くなった魚や、普段海で過ごす事がない陸上生物が誤って海に落ちた場合の音を優先的に感知していると思われる。

「とりあえず、氷でも落としてみれば反応するかな。この近辺にいればだけど。『アイスバレット』」

魔法によって生み出された氷が海面を貫く。

しばらくすると魔法による推進力を失った氷が浮かび上がった。

思ったよりも近い位置だ。水の抵抗によって勢いが減衰したためか、それほど進まなかったらしい。水中に銃弾を撃ち込んだようなものだろうか。

「なるほど。気にした事が無かったけど、魔法攻撃でも物理的な影響を受けやすい種類のものは、水中での運用は注意する必要があるな」

『氷魔法』なら他にもいろいろ種類があるが、水中でも発動可能かどうかはやってみなければわからない。物理的なものしかほぼ存在しない『地魔法』だと絶望的だろう。『火魔法』はランクによるだろうか。蒸発させきるほどの火力が出せるならいいだろうが、水中でそれを発動した場合に自分が無事でいられる保証はない。これは『雷魔法』も同様だ。すでにマゼランが証明している。

よくわからないのが『風魔法』と『水魔法』だ。

『水魔法』を水中で発動したとして、果たして効果があるのだろうか。

水中で戦う事態を想定するなら、敵は当然水棲生物だろう。水中で水棲生物に水をぶつけて、ダメージを見込めるものなのか。たとえばここで『タイダルウェイブ』を発動したとして、大量の水によって辺り一面を押し流した、からといってなんだというのか。

『風魔法』に至っては、そもそも水中で発動可能かどうかさえよくわからない。

「まあでも、空気中でも『風魔法』でダメージは与えられるし、『水魔法』も発動するし、それと同じと言えば同じなのかも。質量の差っていう絶望的な壁はあるけど」

リキャストが明けるたびに氷を落とし、しばらくそうやってとりとめもない事を考えていたが、水飛沫やぷかぷかと浮かぶ氷に反応する生物はいない。

氷も溶けつつあるし、この周囲には海面に浮かぶ何かを餌にするものはもういないと見てよさそうだ。

となるとやはり、この周辺は先ほどのハラヘリ子の縄張りだったのだろう。あのサイズの肉食生物が闊歩していたのなら、他の同様の生物が周辺にいないのも当然だ。地上で言う、領域のボスのようなものだ。

時間が経てばまた別の大型の肉食性の何かがやってくるのだろうが、それを待っているほど暇ではない。

「狩り場を変えるかな……。もう少し考えて魔法を撃てば良かったよ」

今更言っても仕方がないが、あの『雷魔法』は迂闊だった。

いや失敗は次に活かせばいい。この後に別の大型の水棲生物を見つけられたとしたらミスは帳消しとも言えるし、それがもしハラヘリコプリオンより強大な存在だったらむしろプラスとも言える。

「つまりもっと大きな奴を探せばミスじゃなくなるってわけだ。簡単簡単」

1体のハラヘリコプリオンが持つ縄張りの広さが不明なため、念のためしばらく飛行して距離を稼いだ。

ここまでくればさすがに縄張りからは出ているだろうというくらいまで移動したところで、遠目に水飛沫が見えた。

「……なんだろう」

この距離でも見えるとなれば、相当な規模の水飛沫だ。

よく見れば、眼下の海面も波が立っている。

大きな何かが海面付近で暴れているらしい。

風に乗って血の匂いのようなものも漂ってくる。ような気がする。

「もしかして、別の個体が狩りの真っ最中とかなのかな」

巻き込まれては面倒なため、高度を上げて水飛沫に向かう。

やがて見えてきたものは、大きな蛇に大きなサメが噛みついている光景だった。

あまりに大きすぎて非常にゆったりとした戦闘に見えるが、錯覚だ。この戦闘に人間サイズの者が巻き込まれれば一瞬で轢き潰されてしまうだろう。

何しろ2体の戦闘は周辺の海に波を立てるほどの規模である。

まさに海獣大決戦だ。

「──いや蛇じゃないな。これ……クビナガリュウだ」

『鑑定』の結果によれば。

それはハラヘリコプリオンと、「エーギルシュガードラゴン」との戦闘のようだった。

「エーギル、っていうのは海の名前だよね。ヒルスニュートとかと同じ命名パターンだ。ドラゴンは竜だとして、シュガーってなんだろう。砂糖?」

ハラヘリコプリオンやアーマード・コノワターの例を考えると、このゲームの海洋生物の名前は油断できないものである可能性がある。一瞬何のことかわからないようなものであればなおさらだ。

もしかしたらまた何か面白い名前かもしれないし、じっくり考えてみたいところではあるが、戦闘はすでに終盤に差し掛かっている。

ハラヘリコプリオンによる丸鋸噛みつき攻撃がクリティカルヒットになったのか、エーギルシュガードラゴンはもう虫の息だ。

このまま放っておけばほどなく決着はつくだろう。

サメであるハラヘリコプリオンが勝利するとなれば、おそらく獲物を引きずって海中に潜って行ってしまう。それではどちらの魔物も得る事は出来ない。

それにハラヘリコプリオンについてはこの近海で2例目の目撃になるが、エーギルシュガードラゴンは初見だ。サンプル数が少なすぎるためはっきりとは言えないが、エーギルシュガードラゴンの方が稀少性が高い可能性がある。

ここはエーギルシュガードラゴンの方に味方してやることにした。

「そうら、もう少し頑張りなさい。『 大回復(ハイ・ヒール) 』」

エーギルシュガードラゴンは魔法の光を受け、みるみるうちに首の傷がふさがっていく。

大型なためか、『大回復』1発では全快までは至らなかったようだが、少なくとも出血状態からは脱する事が出来たらしい。

「ついでにサービスだ。『 力よ(STR強化) 』、『 魔よ(INT強化) 』、『 疾く(AGI強化) 』、『 恐れよ(MND強化) 』、これぞ我が『 肉体(VIT強化) 』の、『 業よ(DEX強化) 』」

各種強化魔法もかけた。

一瞬だけレアの方に視線を寄こした気がするが、エーギルシュガードラゴンはすぐにハラヘリコプリオンを睨みつけた。そしてその長い首を巧みに使ってハラヘリコプリオンを海上に撥ね上げる。

そして口から何か直線状のビームを放った。ブレス攻撃だ。

宙に浮き、無防備な腹を晒したハラヘリコプリオンに、エーギルシュガードラゴンの口から放たれたブレスが突き刺さる。

強化されているからなのか元々そのくらいの威力なのか、ブレスはエーギルシュガードラゴンの首の動きに従ってハラヘリコプリオンの腹を裂いた。

飛び散る血飛沫には色が薄いものが混じっている。

何かと思えば、このブレスはどうやら水らしい。他にも水系のブレスを吐くドラゴンを知っているが、彼のものはここまで強力ではなかった気がする。

腹を裂かれたハラヘリコプリオンのLPの輝きがみるみるうちに薄くなっていく。致命傷だ。勝負あったようだ。

「素晴らしいな。かっこいい。ドラゴンてこんなにかっこよかったのか。水竜だからかな」

エーギルシュガードラゴンとハラヘリコプリオンの健闘を拍手で讃えた。

レアが横槍を入れる形になってしまったため、ハラヘリコプリオンにしてみれば業腹だろうが、煮えたぎるだろう腹のうちはすでに零れて海に漂い始めている。

拍手の音に反応したのか、エーギルシュガードラゴンが長い首をもたげてレアを見た。

そして首だけを水に入れると、頭を使って眼前に横たわるハラヘリコプリオンをレアの方へと押した。

「うん? もしかして、これをわたしにくれるってことかな」

その言葉が理解できたわけではないだろうが、エーギルシュガードラゴンはヒレを使って器用に少しだけ後ずさった。

この巨大サメをレアに献上してくれたという考えは間違ってはいなさそうだ。

今の戦闘はレアの助けによるところが大きかった事がわかっているのだろう。これはその礼というわけだ。

「律儀なドラゴンだね。誇り高いということかな。よし、きみに決めた。わたしのペットになるといい。『使役』」

それなりの高ステータスの相手に対して、なんのデバフも掛けない状態での『使役』だ。それどころか、今のエーギルシュガードラゴンはレアの魔法によって各種能力値が上昇した状態である。成功率はそう高くはない。

しかし、失敗したならそれでもいいかという気分ではあった。

迫力ある戦いを観戦させてくれたことで、幾分かは満足している事もあるし、獲物であるはずのハラヘリコプリオンを差し出した事でエーギルシュガードラゴンなりの誠意を感じた事もある。何より、この広大な海がレアの心を広くしているのかもしれない。

しかし、予想に反してエーギルシュガードラゴンは抵抗らしい抵抗は見せなかった。

もしかしたら獲物を差し出したのは助けた礼ではなく、より強い者に対する恭順の意思だったのだろうか。

「……どっちでもいいか。とにかく、これからよろしく。きみの名前は……とりあえず、後にしよう」

すぐにいい名は思いつかない。

せっかく付けるのならふさわしい名がいいが、まだ種族名の謎も解けていない。

それに、今後強化をするにあたり、別の魔物と融合させて姿や種族が変化していく可能性もある。少なくともハラヘリコプリオン1体に負けそうになっているようでは、単騎での海洋横断などとても任せられない。大幅な強化が必要だ。

眷属となったエーギルシュガードラゴンはその長い首を伸ばし、レアに寄ってきた。

なんだろうかと思い高度を下げてみると、レアの胸元に鼻先を擦りつけてくる。甘えているらしい。安心感のようなものが伝わってくる。

「ふむふむ。かわいいじゃないか」

しかし、『使役』されて安心するという事は、もしかしたらエーギルシュガードラゴンはこの大洋においてはそれほど強い種族ではないのかも知れない。群れで行動している風でもないし、個体としてもそう強くないとなれば、さぞ生きづらかったに違いない。やはり稀少な種族なのだろう。出会えたのは運が良かった。

「よしよし。安心するといい。これからはわたしがきみにかつてない力を与えてあげよう」

これほど頼られてしまっては仕方がない。

七つの海──かどうかは知らないが、少なくとも海では並ぶ者なしと言えるくらいに強化をしてやろう。

「あ、そうだ。せっかく献上してもらったし、このハラヘリ子も連れていくか。『復──』、いや、まだこれ生きてるな。『大回復』」

連れていくと言っても、物理的に連れて行けるわけではない。

後で呼ぶことにして、とりあえずはマグナメルムの強化の聖地となっている、空中庭園アウラケルサスに移動する事にした。