軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第379話 「メルヘン・ピアス・パワー」

「──ふっふっふ。ついに手に入れたぞ。このアイテムを……」

とある街の、領主が住まう館。

カーテンの閉め切られたその寝室で、1人の美しい吸血鬼が、小さいながらもどこか得体のしれない存在感を発するピアスを見つめて呟いた。

ピアスに特別な何かが感じられるのも当然だ。

このピアスには大きな力が封じ込められている。

アイテム自体がスキルとしての効果を持ち、装備する事で一時的にそのスキルを得られるという破格のマジックアイテムである。

課金アイテムでは「使役の首輪」、「看破のモノクル」、「目利きのルーペ」などが数量限定で販売されているが、これも似たような物だ。

所有者にしか発動できないという点も同じである。

違うとすれば、使ってもなくならないということと、ゲーム内効果としてはフレーバー的な意味しかないということくらいだ。

その程度のアイテムだったからこそ、運営に認められたのだろう。

また受け取る際には、このピアスもゲーム内で同様の物が存在しているとも聞かされている。これも前述の課金アイテムと同じだ。

第四回大規模イベント、その特別報酬としてブランが運営に願ったのは、「人語を用いない相手と会話が出来るアイテム」だった。

「──よし、これを手に入れたからには、まずは試してみないとね。手っ取り早いところでいうと、やっぱバーガンディかな。クリムゾンたちの意識も残ってるはずだけど、伝わってくる意志だけだとよくわかんないし」

これを使えばグラウ──死天使であるブランの 妹(・) とも会話できるはずだが、そういうものに頼ってしまっては言語の習得が遅れてしまうかもしれない。

グラウと心置きなく会話をするのは、ちゃんと言葉を覚えてからでいいだろう。

「ご主人さま、それでしたら私ども同様、ふれんど登録というのもしてみればいいのでは」

そのグラウを抱っこしながらアザレアが言った。

その後ろにはマゼンタとカーマインも並んでいる。

口惜しいが、ブランの番はついさっき終わってしまったところだ。

「……最終的にはそうするつもりだけど、まずはアイテムの効果も試してみたいし。というわけで広場にごー!」

ピアスを装備し、グラウやアザレア達を連れて街の広場に移動した。

中央にはいつものようにバーガンディが寝そべっている。

以前はここには他にジャイアントコープスたちもいたが、今は大半がシェイプにいる。もう街や農地を襲うような事はないが、終戦と同時に引き揚げさせるのもわざとらしいため、しばらくはシェイプ地方をうろついておくように指示しておいた。

昼間は戦闘力が下がるため、プレイヤーにでも見つかれば狩られてしまうかもしれないが、多少なら問題ない。逆に無警戒に街道を移動するプレイヤーやNPCを襲って経験値を得る事も出来るだろうし、そこは持ちつ持たれつである。

「HEY! バーガンディ! 調子はどーだい!?」

バーガンディはちらりとブランを見て、軽く頭を下げた。

複数の困惑するような意志と共に、ブランの耳にバーガンディの声が聞こえてくる。

〈……主様、いつも以上におかしいな〉

〈……やはり、脳に問題があるのだろう。脳があるから、時にそれが誤作動することもあるのだ〉

〈……なるほど。ではやはり、そんな余計なものを持たないスケルトンこそアンデッドとしてあるべき姿だということだな〉

〈間違いない〉

〈おい、よく見てみろ。主様の後ろに、小さい主様がいるぞ〉

〈本当だ。新たなお仲間のようだが──。ずいぶんと利発そうだ。主様に似ているのはお顔だけか〉

〈まったくだな〉

直接空気を震わせて聞こえているわけではない。言うなれば、チャットやシステムメッセージなどの感覚に似ている。

だが重要なのは聞こえ方ではなく、聞こえた内容だ。

「まったくだな、じゃなーい! なんだきみたち、いつもそんなこと考えてたの!?」

反論したブランに、バーガンディは驚いたような態度をみせた。

聞こえているとは思ってもいなかったという感じだ。

〈なんか、聞こえてるっぽいぞ!〉

〈馬鹿な! 声帯を持たない我々の声が主様に聞こえるはずが!〉

〈落ち着け! 声が出ていないのであれば、おそらく我らの意志を感じ取っておられるのだ!〉

〈そうか! では無心になれば、主様がお怒りになることもあるまい!〉

〈脳がない我らであれば、心を無にすることなど造作もないはずだ!〉

〈──無心……。無心……。あ、そういえば今日まだ例の奴ら来てないな〉

〈──無心……。無心……。今来られたら主様の手を煩わせる事になるやもしれんな〉

〈──無心……。無心……。それもいいのではないか。主様の新たな力、我らはまだこの目で見れておらん。もしかすれば、直接目にするいい機会かもしれん〉

〈といっても我らには目玉などないがな!〉

〈はっはっは!〉

「きみらわざとやってるだろ! バカにしてんの!? それともバカなの!?」

呆れればいいのか、怒ればいいのか、なんだかよくわからない感情に突き動かされ、ブランは叫んだ。

そんなブランにアザレアたちが困惑げに声をかけた。グラウは怒るブランにびっくりしてか、おろおろしている。

「あの、ご主人さま、何をひとりで怒っておいでなのですか?」

「その者たちが無礼なのは昔からですよ。ご主人さまのいないところでは、それはもう失礼極まりない態度でした」

「後輩だというのに、先輩である私たちを立てようともしません」

この言い方から察するに、バーガンディたちのあの声はブランにしか聞こえていないようだ。

であれば、確かにはたから見れば1人でカリカリしているように見えるだろう。

そう客観的に考える事でブランは少し落ち着いた。

「──ふう、もういいや。

とにかく、これからはきみたちの言いたい事も詳細にわかるようになったから、口のきき方には気を付けるように」

するとバーガンディは大きく頷いた。

〈やはり、そうでしたか〉

「やはりじゃないよ! じゃやっぱりさっきのわざとじゃないか!」

〈お言葉ですが、口のきき方に気を付けたくても我らは口で話しているわけでは〉

「そういうとこだぞ!」

「ご主人さま、落ち着いてください」

アザレアに肩を引かれた。

これにはさすがにブランも少し驚き、口を閉じた。

普段彼女らは主であるブランに不用意に触れたりはしない。こんなのでも一応、従者としてわきまえている。

「アザレアの言う通りです。遊んでいる場合ではないようですよ」

「あちらをご覧ください。お客様のようです」

「え?」

カーマインの指す方向を見てみると、広場の入り口付近に傭兵らしきプレイヤーの集団が現れたところだった。

「──お、おい誰かいるぞ」

「先客……じゃねえよな。大して防御力がありそうな格好でもないし、あのボスモンスターにあの至近距離で、無事でいられるわけがねえ」

「だろうな。範囲スリップダメージが味方は除外する仕様なのかどうかはわからんかったが、これを見るかぎりじゃ、どうもそうだったらしい」

プレイヤーたちはその場で立ち止まり、コソコソと話し合うとポーションのようなものを飲み始めた。

彼らが話している内容からすると、普段からエルンタールにアタックしているパーティらしい。先ほどのバーガンディの脳内会話から考えるに、今日のこのアタックも日常のルーチンのヒトコマであるようだ。

いつもはバーガンディしかいない広場にブランたち5人がいるため驚いている。

バーガンディの『死の芳香』を味方選択除外だと考えているようだが、残念ながらこのスキルはそんな親切な仕様ではない。以前、味方と判定されてもおかしくないレアやライラにもダメージを与えていた。ブランたちがノーダメージなのはアンデッドだからである。

「……あれがさっききみらが言ってた、例の奴ら?」

〈左様です。あれらはしばらく前から、毎日この広場にやってきてはああして徒党を組んで我らに近づいてこようとするのです〉

〈先日から頻度が一日に一度程度まで減りましたが、その前は日に何度もやってきておりました〉

〈あれらの成長具合を考えるに、今日あたり我らに剣が届いてもおかしくありませんな〉

数日前から頻度が減ったのはイベント期間が終了したからだろう。

その前は日に何度も来ていたのは、デスペナルティがなかったからだ。

であれば、命知らずな現地の傭兵などではなく、普通のプレイヤーと考えてよさそうだ。

ブランの姿を見てもすぐにはピンと来ないあたり、イベントスレやレイドボスには興味がない層なのだろう。

大規模イベントで大々的に自己紹介をし、知名度としてはそれなりに高まったのではと考えていたブランにとっては軽くショックでもある。

しかしそういう層にもマグナメルムの名は浸透させていくべきだろう。

そして今、この場でそれが出来るのはブランだけだ。

「──なんだい、きみたちは! 人の庭に勝手に入ってきたりして! もしかしてだが、わたしが不在の間にわたしのペットと遊んでくれていたのかな!」

これだけ声を張り上げれば、この距離であっても届くはずだ。

リアルではそんな声量はないが、ゲームの中であれば、オペラ歌手顔負けの深く伸びやかな声を出すことが出来る。

これはレアやライラも同様だが、他のプレイヤーがやっているところはあまり見た事がない。

何かしらの共通するスキルか特性によるものなのかもしれない。

プレイヤーたちにも聞こえたようで、お互いに顔を見合わせている。

しかしそこから先に向かってこようとはしない。

どうやら『死の芳香』への完全な対策を用意できたわけではないらしい。

少しだけだが、期待したのにがっかりだ。

ともかく、来ないのであればこちらから行くしかない。

「グラウ。ちょっとここで、アザレアたちと待っていてね。離れてはだめだよ」

ブランは広場の入り口に向かい歩きだした。

「──こ、こっち来るぞ」

「今、あいつ自分の庭って言ったか? あとペットって言った? あの骨の竜って第七災厄の配下って話じゃ……」

「じゃああいつが第七災厄なのか? 聞いてた話とずいぶん違うが……」

「……くそ、最新情報スレどこだよ! 前は第七災厄スレは常にアクティブだったのに! もう過去スレしかねえぞ!」

「イベントで何かあったのか? 妙な名前のスレ立ってるし。マグナメルムって誰だよ!」

何もないのにきょろきょろと眼球だけ動かしながら会話をする、異常なプレイヤーたち。

もしかしてブランもSNSをチェックしながらレアと会話をしていた時、こんな異様な顔を晒していたのだろうか。いやあの時は特に何かを探したりはしておらず、ただ読んでいただけだったはずだ。であればこんなに目がギョロついたりはしていなかった、と思う。もしかしたら口は半開きになっていたかもしれないが。

「──その、マグナメルム、というのがわたしたち組織の名だよ。先日のお祭りでは大勢の異邦人たちの前で大々的に自己紹介をしてあげたのだけどね。なんか、きみたちってそういう情報を共有できるんでしょ? 知らないの?」

「うわ聞こえてた!」

「そりゃ聞こえるよ。もしかして独り言だったの? だったらごめんね。でも忠告しておくと、独り言はもっと静かに呟いた方がいいよ。じゃないと聞かれたくない人に聞かれてしまって、炎上することもあるから。こんな風に。『フレイムトーチ』」

マグナメルムがどうの、と言っていたプレイヤーに対して、火属性の魔法『フレイムトーチ』を発動した。

この魔法は座標指定型だが射程距離が短く、対象も単体であるため使いづらい魔法だ。しかし威力はそれなりにあり、このように生きた人間に火をつけたい気分の時には便利な魔法である。

「ぎゃあああ! あつ、あつ、あっ──」

叫び声もそこそこに、火をつけられたプレイヤーは光になって消えていく。

「チョメが炎上した!」

「おい逃げるぞ! どっちみち、これじゃ今日の攻略はもう無理だ!」

あわてて踵を返すプレイヤーたち。

しかし仮にもマグナメルムの幹部が対峙したプレイヤーを逃がしたとあれば、レアたちに顔向けできない。

「おっと、まだ話は終わっていないよ。落ち着いてよ。『魔の霧』、『死の霧』」

範囲内の味方アンデッドを強化する『死の霧』は今発動しても大した意味はないが、濃霧状態は複数重ねる事でより視界を遮る効果がある。それだけの意味しかないが、通常の視界でのみ周囲を把握するタイプの相手であれば効果は大きい。

「何だこの霧! おい、街の出口どっちだっけ!」

「わからん、たぶんあっち──てか、みんなどこ行った!?」

「すぐ側にいるって! 声聞こえるだろ!」

『真眼』などを持っていないらしいプレイヤーたちはすぐにお互いの位置を見失い、激しく動揺している。

弓兵を揃えれば広場の外からバーガンディに攻撃を加えることも難しくないはずだが、そういう者はいないらしい。

騒ぐプレイヤーたちの耳元に、霧を通じて声を届ける。これも『霧散化』で自身を霧状態にしていれば可能な事だ。

霧が続いている限り、ブランには距離の概念は適用されない。

「──落ち着いてってば」

「──心配しなくても、側にいるから」

「──このマグナメルム・ノウェムがね」

「う、うわあああああああ!」

「なんだこれ! なんだよこれ!」

「ホラーじゃねえかよ! ゲームちげえだろ!」

白い霧の中分断され、視界も奪われ、ブランの囁きによって距離感も失われ、プレイヤーたちは混乱の極みにある。

彼らがいかに錬度の高いパーティであったとしても、これでは実力は発揮できまい。

「──覚えておいてね」

「──わたしたちはマグナメルム」

「──そしてここ、エルンタールはマグナメルム・ノウェムの庭だ」

「──セプテム、君たちが言う第七災厄に会いたいんだったら、もう少し南に行ってみるといい」

「──それじゃあね」

「──また会おう」

「──さよなら」

〈……戦う予定もないのに我々も無駄に強化されたようだが〉

〈あの霧の効果だな。『死の芳香』のダメージも上昇するようだ。霧に狂わされて、間違えて広場に足を踏み入れたお客がいつもより早く死亡していた〉

〈どうやら、主様はこの霧に溶け込むことが可能なようだ。霧が出ている間は余計な事は言えないな〉

「──霧がなくても言うんじゃないよ!」

全てのプレイヤーを始末したブランは、バーガンディの側に実体化し、すべての霧を解除した。

「いやーどうだった? マグナメルムの恐ろしさをちょっとは伝えられたんじゃない?」

「恐怖の方向性が違うような気がしなくもありませんが、素晴らしい戦いぶりでした」

「はい。もしレア様がたがご覧になっていれば、きっと賛辞の言葉をいただけたでしょう」

「間違いありません。これならば、真なる吸血鬼としてどこに出ても恥ずかしくないかと」

アザレアたちの反応は上々だ。

グラウも目をキラキラさせてブランを見つめている。

実になんというか、こそばゆい気分だ。自然と口の端が持ち上がるのを感じる。

バーガンディも口では──これもどうせ実際に言うと「口ではない」などと屁理屈をこねるのだろうが──皮肉げな事を言ってはいたが、伝わってくる感情からは畏敬の念が感じられる。

やはりブランも名実ともに災厄級、マグナメルムの顔とも言える幹部としてふさわしいプレイヤーになってきたと言えるだろう。

「ところでご主人さま。伯爵さまには会いにいかれないので?」

「……ううん。なんかちょっと会いづらいっていうか。こないだレアちゃん連れてった時も伯爵跪いてたし、もしあれやられたら微妙な気分になるなって思って。

あとヴァイスも怒って帰っちゃったし、今行ったらヴァイスいるじゃん?」

「でしたら、ヴァイスに『変身』し、あれの振りをして会いに行かれたらどうでしょう」

「すごいこと言うなマゼンタ! でしたら、じゃないよ! 何の解決にもなってないよ! てか逆効果だよ多分!」