軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第313話 「給料分の仕事」

瓦礫とはいえ、街は街だ。

ここで暴れられては復興に障るかもしれない。

今回の魔物をなんとかできるかどうかはわからないが、最初からあきらめてかかるべきではない。

ユスティースとアリーナは街の瓦礫の外に立ち、迫りくる土煙を待ち構えていた。

「……なんかスケール感が狂って見えるけど、まだちょっと距離あるんだよね」

「……まあ、あの速度ならすぐだろうけど、近くではないね」

今すでに、魔物の姿はだいたい把握できている。

あれは虎と言うより、虎の模様をした熊だ。

いや熊の形をした虎なのかもしれない。

そんな姿の巨大な魔物が、地響きを立ててこちらに迫っている。

「あれ、剣とかなんかで何とか出来るやつなのかな……。サイズ的に超無理じゃない? 伝説とかのドラゴンスレイヤーの人ってどうやって倒したんだろ。要は人間がブルドーザーに立ち向かうようなものよね」

そう考えると無理な気がしてくる。

そうこうしているうち、敵もすぐそばまでやってきている。

改めて見てみると、すごい大きさだ。

そしてその頭部には、何やら人の上半身がくっついているように見える。

もしかしてロイクが言っていた、人の言葉を話すというのはあの部分がそうなのか。

「ぶるどーざー?ってのは聞いたことがないけど、隊長は魔法もあるでしょ。近づくのが危険な相手なら、遠距離から何とかするしかないんじゃない?

しょうがないから前衛は私がやるよ」

近づくのが危険、とたった今アリーナが自分で言ったばかりだ。

「アリーナさん!」

「まあ、少ないとはいえ給料分の仕事はしないとね」

アリーナはそう言って駆けて行ってしまった。

敵は向かってくるアリーナに気付き、方向をそちらへと変えた。

上半身部分が何かを叫んでいるように見えるが、この距離では何を言っているのかまではわからない。

アリーナが剣を抜き、迫り来る巨獣の前脚を躱しながら、すれ違いざまに斬りつけた。

巨獣が脚を踏みだした瞬間に斬ったため、あの体勢からではアリーナへの追撃はできない。

遠くから見ているとよくわかる。やはりアリーナは先輩だけあり、戦い方をよく知っている。もしかしたらあのように大きな相手とも戦ったことがあるのかもしれない。

しかしアリーナの剣はそれほどダメージを与えられているようには見えない。

「『フレイムアロー』!」

相手の防御を推し量るのと牽制の意味を込め、魔法を放った。

狙いはもちろん人間部分だ。

どう見てもあれが弱点である。

最初はあれは一部の深海魚のように餌をおびき寄せるための疑似餌か何かかとも思ったが、動いて話しているくらいだしその可能性は低いだろう。

しかしユスティースの放った『フレイムアロー』は上半身部分の片手に振り払われ、あえなく散らされてしまった。

本当に散らされてしまったというわけではないだろう。

あれは腕で払うようにガードし、そこに着弾したために消えたように見えたのだ。

しかしその腕にもダメージが入っているようには見えない。

着ている軍服のようなデザインの服の袖は焦げているが、それだけだ。

魔法を受けてヘイトがこちらに向いたのか、ユスティースをしっかりと睨みつけて上半身が叫ぶ。

この距離までくればさすがに声は聞こえてくる。

「──貴様、そして足元の小バエも! 貴様らヒューマンだな! なぜこんな所にいる!」

なぜこんな所に、とはこちらが聞きたいセリフである。

「お前こそ、なぜここに現れた! この街に何の用だ! なぜ街を襲う!」

巨獣の足もとでアリーナが渋い顔をする。

煽らないで、ヘイト管理がし辛くなっちゃう、とでも言いたいのだろう。気持ちはよくわかる。

しかし対話が可能ならするべきだ。

低位の魔法とは言え、ユスティースの攻撃を片手で振り払ってしまうような、そしてアリーナの斬撃を受けても物ともしていないような強大な相手である。普通に戦って勝てる相手ではなさそうだ。

物理で解決できないならば、交渉で解決する道も模索する必要がある。

「襲う? 何を言っている! 襲ってきているのは貴様たちの方だろう!

……そうかわかったぞ、貴様が耳長どもを手引きしたのだな! ヒューマンと言う事は、オーラルの手の者か! おのれオーラルめ! ポートリーと手を組んで我が国の至宝を奪いに来たか!」

巨獣は理解不能な事を叫びながら、ユスティースに向かってこようとしている。

しかしそうしようとするたびに出足をアリーナに斬り付けられ、鬱陶しげに地団駄を踏む。アリーナを踏み潰そうとしているようだが、アリーナは捕まらない。

有効なダメージこそ与えられていないが足止めとしては十分だ。

しかしあの巨獣の言い方からすると、どうも彼はこの国、ペアレ王国の関係者であるかのように思える。

言われてみればヒト型上半身は獣人に似ている。頭部からは特徴的な耳が生えているし、そこだけ切り取ってみればりっぱな獣人だ。

「ええい! 鬱陶しい!」

巨獣人はなおもアリーナを踏み潰さんと地団駄を繰り返している。

アリーナはスピードを活かして危なげなく立ち回っているが、放っておいていいわけではない。

「『ブレイズランス』!」

「ぐう! ええい、貴様も鬱陶しいぞ!」

『フレイムアロー』とは違い、こちらは少しはダメージを与えられたようだ。

と言っても敵の様子からするとそれほど深刻な物でもない。おそらく自然回復で治癒してしまう程度のダメージでしかない。

リキャストタイムとユスティースのMP回復速度、そして敵の自然回復量を考えると、魔法で敵のライフを削りきるのは厳しいだろう。

敵の足捌きはアリーナが妨害してくれているため、遠距離攻撃が避けられる心配はないが、決定打がない。

「ホントに時間稼ぎくらいしかできないなこれ……!」

ロイクが騎士団の生き残り組──生き返り組か──を連れてきてくれるのを待ち、そこから何人か手配して街の人々の避難を促し、住民たちが避難しきるまでここで持ちこたえる。

それが現実的なプランだろうか。

「邪魔をするな! この国は私が護るのだ! 貴様らのような侵略者どもから!」

この言葉も気になるところだ。

巨獣は先ほどから、自分がまるでペアレ王国の関係者であるかのような発言を繰り返している。

ユスティースたちはペアレの住民ではないので、確かにこの国からしてみれば異物とも言える。

別に侵略をしに来ているつもりはないが、武装して国境を超えたのは確かなので、そう見る者がいたとしても不思議ではない。

しかし、仮に巨獣の言う事に間違いがなく、彼が正しくペアレ王国の人間だったとしても、護るとか言いながらこの体格で街に押し入ろうとするのは筋が通っていない。

こんな巨体で人の住む街に入ってしまえば、どうなるかくらいわかるはずだ。

言っていることとやっていることがどうにもチグハグである。

「──待たせた!」

そこにロイクが戻ってきた。

後ろに引き連れた騎士たちはかなりの人数だ。

ということはそれだけの数がリスポーンしたという事でもあり、やはり彼らの鎧は一様にダメージを受けているように見える。

スキルで『修復』できれば元通りにもできようが、そんな時間は無かったし、街の外に追いやられていた彼らでは街でそうしたサービスを受ける事もできなかったのだろう。

また遺跡で足止めをしていたはずの騎士たちも全滅しているのなら、いずれその騎士たちもリスポーンしてくるはずだ。

「皆! 先ほどはいいようにやられてしまったが、ここならば広く部隊を展開できる! それに騎士ユスティースも味方についている! 勝機はあるぞ!」

ちょっと引っかかったのでアリーナの方を見てみると、やはり憮然とした表情をしている。

私も居るっつうの、とでも言っているかのようだ。というかおそらく言っている。口が動いているのが見えた。

「……あれには勝てないだろうことは戦った私たちはよくわかっている。道すがら、領主には避難するよう進言しておいた。この街から住民がいなくなれば、私たちも撤退できる」

「……気が利くじゃない。わかった。じゃあそれまでは頑張りましょう」

ユスティースにそう告げ、ロイクたちは陣形を組み巨獣へと突進していった。

前衛がアリーナのいる方とは逆側から攻撃を仕掛け、アリーナにばかり気を取られていた巨獣はその攻撃をまんまと受ける事になった。

アリーナの剣でも有効打がないくらいだし騎士たちの剣でもそれは同じなようだが、鬱陶しさは単体のアリーナの比ではない。

「貴様ら! 先ほど蹴散らしてやった耳長の! やはりあの者の言う通りなのか! この街はすでに貴様らの手に落ちているというのか! おのぉぉぉれぇぇぇ!」

その言葉に、初めてその存在に気付いたとばかりにロイクが上半身を見上げた。

「なんだこいつは……。こいつが言葉を発していたのか! ではこれは魔物ではなく、もしや人なのか!?」

遺跡とかいう場所に入ったことのないユスティースでは想像するしか出来ないが、ロイクたちが初遭遇した時は建物や木などで巨獣の上部分がよく見えていなかったのだろう。

「副団長! それは今はどうでもいいでしょう! どっちにしても、街を襲ってきてるのは変わりませんよ!」

「そ、そうだな! よし攻撃は効いているぞ! 前衛はいったん退け! 奴の攻撃は重い! 踏ん張るな! 盾ごと持っていかれるぞ!」

まともで優秀な騎士はロイクだけではないようだ。

彼にはいい副官も付いているらしい。

こうなってくると、なぜよりにもよってあの偏った思想の男を団長に任命したのかわからない。ポートリーの上層部にはよほど見る目がないのだろうか。それともあの男はおべっかだけは上手いのだろうか。

ポートリー騎士団は一度すでに敗れている経験を活かしてか、突撃と退却を繰り返す独特な戦法を取っている。

退却する彼らを追わせないためにアリーナやユスティースがちょっかいをかける。

特に一時的にでも相手の視界を妨害出来るユスティースの役割は重要だ。

上半身の方の顔をめがけて炎系の魔法を放てば、それで一瞬敵の意識を騎士たちから引きはがすことができる。

下半身の顔でも知覚は出来るらしく、上が完全に両手で顔を覆っている間にも足元は見えているようだが、それで何かをしようというわけでもない。

虎熊部分から得られる感覚情報を有効的に活用できていないようにも見える。

「……なんか、慣れてない、のかな。あの身体に。もしかして魔物の姿になったばかりとか?

そういえば、あの上半身ってどうやって服着たんだろ」

今気にすべきことではないのはわかっているが、気になり始めると止まらない。

例えば彼が朝起きて、タンスに入っている服を着るとして、まずどうやってタンスから出すのか。

タンスが床に設置してあるとするなら、手が届くのは虎熊部分だけである。しかしあの大きな手でタンスの中から人の服が取り出せるとは思えない。

そして取り出せたとしても、それを頭上に生えている上半身に渡す必要がある。という事は普通の熊のように立ち上がる事もできるのだろうか。だとしたら今よりもさらに脅威度が増す。

しかし仮にあの上半身でも取りやすい位置にタンスが設置されているとしたら、そんな苦労をする必要はない。その場合、そのタンスや住まいは自分で作ったということなのか。

戦う様子を見る限りでは、そんな器用なようには見えない。

となると何者かが彼に住まいやタンスを用意したという事になる。しかしさすがにそんなはずはない。

というか、まずあの魔物然とした彼がまともな服を着ていること自体がおかしなことだと言える。

「『ライトニングストライク』! 『ブレイズランス』!

……じゃあ、やっぱり彼はもともと人間、というか獣人だったのかな。

だけど今はあんな姿になってる……ってことは、つい最近服を着たまま魔物に変化したってこと?」

だとしたらそれは何を意味しているのだろう。

しかし情報が足りない。

ここでこれ以上考えてもわかりようがないことだ。

この件は心の中でライリエネに報告するリストに加えておき、今は巨獣の足止めに専念する。

「『フレイム……』」

「いい加減にしろ羽虫ども!」

ユスティースが次なる妨害をしようと魔法を放つ直前、巨獣は大きく両の前脚を振り上げると、それを地面に叩きつけた。

大地は凄まじい音を立て、立っていられないほど足元が揺れる。

──とてつもなく悪い予感がする!

別のゲームでこんな状況を見たことがある。

そしてその場にいる全ての騎士が揺れに足を取られている隙に、巨獣人の下の顔、虎熊が大きく口を開け、咆哮を上げた。

それは声というよりもはや衝撃だった。

《抵抗に失敗しました》

システムメッセージの無感情な声が聞こえたが、そんなことは言われるまでもなく分かっている。

音速で飛来する不可視の衝撃波に全身を叩かれ、意識が飛んだ。

視界は黒く塗りつぶされ、耳も鼻も何もかも、すべての情報が遮断されている。

時間にして、おそらく数秒から十数秒といったところだろうか。

しかしそれだけあれば巨獣にとっては十分である。

ユスティースが意識を取り戻した時、巨獣の周りには惨状が広がっていた。

ロイクたちはその半数以上が地面に倒れ、どの騎士もひどい有様である。とても生きているようには見えない者も多い。

当のロイクや、アリーナの姿はない。

彼らはもっとも巨獣から近い位置にいた。おそらく巨獣の足元の、なんだかよくわからない何かの、そのどれかが彼らの残骸なのだろう。

「うっ……」

残酷な表現フィルタをオンにしておけばよかった。

雰囲気を損なうなどの理由から評判が非常に悪いため、ほとんど使っているプレイヤーはいないとの話だが、このゲームにも一応法令上の都合で設定だけは準備されている。

1時間後にはリスポーンすることが分かっていても、仲のよい相手の悲惨な姿を見るのはきつい。

恐怖か自失かわからないが、とにかく状態異常から立ち直りつつある騎士団も浮足立っている。

無理もない。

ロイクももう居ないし、人も減り過ぎている。もう指揮権の委譲どうこうの話ではないだろう。

「──みっ、みんな! いったんこっちに集まって! バラバラに動いても各個撃破されるだけよ!」

とりあえず、何でもいいから指示を与えなければならない。

そう考えてユスティースは叫んだ。

それが聞こえた騎士たちはぱらぱらと、ユスティースの元に集まってくる。

比較的巨獣に近い位置にいる騎士たちは全く反応しないが、あれはもう耳が機能していないのだろう。咆哮によって鼓膜が部位破壊判定を受けているのだ。声が届かないのでは、ユスティースがしてやれることはない。

と言ってもユスティースに彼らを指揮できるというわけではない。

普通の一般人であるユスティースはそんな勉強などしたことがないし、今も一応特務部隊の隊長という事になってはいるが、特務部隊は単体の特化戦力を集めただけの部隊であるため、そういう教育を受けた事はない。ユスティースやアリーナがロイクたちに比べて非常に強いのはそうした理由もある。

ポートリーの騎士団はまだ着任して日も浅く、経験もほとんどない。このような事態に遭ったことなどないだろうし、指揮権を持つ騎士がすべて死亡してしまったら、どうしていいかもわからないだろう。

そうして右往左往していては巨獣に殺されるだけだし、たとえ素人の采配だとしても、何もせずにやられてしまうよりはマシなはずだ。

「と、とにかく! 私たちがやるべき事は変わらない! 避難が完了するまで時間稼ぎをするだけよ! 1時間もたせられれば、今しっ、居なくなった人たちも帰ってくる!」

「お、おお……!」

彼らも恐怖と不安でたまらないはずだ。

しかし、所属国さえ違うユスティースの指示によく従ってくれる。

「ここが踏ん張りどころよ!」

「おお!」

と言っても、気合いだけではどうにもならない。

巨獣はこちらの数を減らせた事が満足なのか、先ほどよりも少し落ち着いてしまっている。

ああした手合いは頭に血が上っていた方が御しやすいのだが、これはよくない傾向だ。

もっとも、いわゆる「怒り状態」だと攻撃力が上がるというケースもあるため、一概にどちらがいいとも言えないが。

改めて戦慄するユスティースの耳に、男の声が聞こえた。

「──やっと追いついたぜ、虎狸め。足速すぎんだろ」

「狸ではなく、熊だろう。熊は意外と足が速いと聞く。

鵜黒たちがいなかったらもっと時間がかかっていたな」