軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第305話 「お世話になりました」

「やっとペアレかー。しんどかったな……」

ペアレ王国最南端の街、ゾルレンがようやく見えてきた。

思い返せば、ここに来るまでに実に様々な事があった。

ユスティースはプレイヤーであるため、場合によっては突然離席しなければならない事態もあるし、現実世界とゲーム世界では1日の周期が違うため、休憩時間が合わない時もある。なるべくゲーム内時間に合わせるようにしていたが、いつも可能というわけではない。

そのため行軍全体の夜営や休憩の時間などはどうしても不規則なものになってしまいがちだった。

これについては領主ライリエネを通し、オーラルからポートリーへ断りを入れてあったらしく、騎士団の彼らも本国からそれは聞いていたようだが、気位の高い彼らの事である。やれ何様なのかとか、自分たちはエスコートされる側であるのにそちらの都合に合わせなければならないとは何事かとか、すでに決まっていることをぐちぐちと非常にうるさかった。

とはいえこれは完全にユスティースの都合であるとも言えるし、あまり強くは言えなかった。

そんなストレスを抱えた中で、あの襲撃事件である。

その襲撃というのがこちらが被害者ではなく、加害者であるという点も悩ましいところだが、そうであるにもかかわらず相手側が被害ゼロでこちらの被害が甚大だという部分も非常に胃を痛めることとなった。

彼らとの別れ際、あのガラの悪いプレイヤーの言い放った言葉は今でも胸に残っている。

そう、あのご協力ありがとうございましたという言葉の中に、騎士団をぶちのめしてくれてありがとうという気持ちが入っていなかったと言い切れないのは確かだ。

それはそれとして、案の定、騎士団の彼らは荒れた。

賠償問題だとか、これはポートリーに対する宣戦布告に他ならないだとか、色々好き勝手に言ってくれたものだ。

しかし最終的に、これはヒューゲルカップの領主、ひいてはオーラル王国も了承済みであることと、有事の際にはオーラル国内の裁定に従うとの約束も含めてポートリー王国とは出発前に話がついているという事を懇切丁寧に話して聞かせ、またレクリエーション的に模擬戦などを交えて物理的な説得を行なう事で、なんとか静かにさせる事が出来た。幸い死者は出なかった。

そんな波乱万丈を乗り越え、ついにユスティースの率いるポートリー騎士団はペアレ王国に到着したのだ。

ここまで来ればもう自分はお役御免だろうと考えていたが、そうもいかないらしい。

ポートリー騎士団がペアレに視察に来るという話はどうやら、ペアレ側にはうまく伝わっていないようで、街に入る段階で非常に揉める事となった。

揉めたというか、街への入場が認められなかった。

しかしこれまで幾多もの苦難を乗り越えてきた騎士団である。

今や彼らは十分に、歴戦の騎士と言ってもいい。なぜなら国家間の戦争が途絶えて久しいこの世界において、3ヶ国もの国を跨いで行軍した経験など、彼らくらいにしかないだろうからだ。

戦闘力はともかくとして、サバイバビリティという点においては彼らの右に出る騎士団などいない。

街に入れないのなら、そこらで野宿すればいいのである。

ここで久しぶりにベッドで眠ることができると考えていた騎士団の彼らには申し訳ないが、これまでさんざん野宿を繰り返してきたのだから、もう数泊しても変わるまい。

街の側ということで、幸い食料に困ることはない。もちろん金貨があればだが。

食事の心配もなく、足りないものがあればそこで買えばいいという意味では、非常に緩いキャンプと言える。

「さすがに、ここで放り出してサヨウナラってわけには……いかないよねー……」

「どうかなぁ。彼らが入街を断られたのは軍隊だからであって、厳密にいえば私たちとは所属が違うわけだから、もしかしたら私たちだけなら街に入れてくれるかも……?」

「いやアリーナさん、さすがにそれは……」

いつもの冗談かと思ったら、アリーナの目は本気だった。

睡眠=ログアウトであるプレイヤーなら寝心地などあってないようなものだが、この地に根を張って生きているNPCにとっては安眠は死活問題とも言える。それはアリーナにとっても同じなのだろう。騎士団を見捨ててでもベッドで眠りたいという決意が透けて見えるようだ。

「……一応、聞いてみましょうか。この街はたしかヒューゲルカップとも交易してたはずだし、わたしたちの鎧の紋章は知ってるだろうし」

「──というわけで、わたしたちは宿をとってベッドで寝ますが、みなさんはこちらで野宿でお願いしますね」

「なっ! ふざけ──」

「もしご希望なら、今からレクリエーションタイムということで模擬戦大会をしても構いません。わたしたちはどうせこのあと湯浴みしますし」

「……ちっ」

彼らが束になってかかってきたところで、ユスティースとアリーナには勝てない事はわかっている。

「ていうか、この後どうするか聞いてる人いますか? わたしとしてはここに連れてくるのが任務なので、明日の朝にはできれば国に帰りたいんですが」

仮にこの後彼らと別れたとして、ちゃんとやっていけるのだろうか。なにせ彼らの隊長はすでに死亡し、ヒューゲルカップで奉仕活動に従事している、らしい。

一応軍隊であるのだし、有事の際の指揮権の移譲については設定してあるのだろうが、他人事ながら心配になる。

「……一応、この後視察すべき場所のリストは地図とともに受け取っている。その際には私が暫定の指揮官として動くことになっている。もちろん、どこを回るのかは機密であるため教えられない」

「別に知りたくないですけど」

そういうことなら問題ない。

むしろ都合がいい。

視察先がどこなのか、こちらに言えないという事は、これ以上は付いてこなくていいという事である。

ペアレ王国まで連れてくる、という任務は無事に、まあ一応人数比で言っても8割くらいは無事に達成したのだし、もうここでサヨナラしても問題ないだろう。

「まあ、各々やるべき事がわかってるならいいです。長いようで短い旅でしたが、わたしにもいい経験になりました。みなさんの行く手に幸あらん事を」

ユスティースはアリーナを連れて踵を返した。

「──待て!」

今しがた話していた男、副隊長か隊長代理か知らないが、その彼が声をかけてきた。

立ち止まって振り向く。

疲れて座り込んでいたはずの騎士団のメンバーは皆立ち上がり、ユスティースの方を見ている。

「……まず、これまで我らが貴女方にしてきた数々の暴言や無礼をお詫びしたい」

──いや、まず、じゃないし今さらだし。あと、待てとか声かけといて詫びる気ないでしょ。

とは思ったが口には出さない。

「私たちは、国でも勇壮無比でその名をはせた、栄えある第3騎士団に新たに抜擢されたということで、天狗になっていた。でもそれは、王国が大変な状況の中、人手も足りずに、仕方なく寄せ集められた形だけの騎士団だった。その事が貴女たちに出会ったことでよくわかった」

語っている彼だけでなく、騎士団全員が直立不動でかしこまっている。

そう大きい声というわけでもないし、彼の声が末端まで聞こえているとは思えない。となると、いつからかはわからないが、別れの時にはこうしようと予め決めてあったのだろう。

「貴女たちは、私たちに足りないものをいくつも持っていた。主には戦闘力だが、それ以外にも、例え格下相手であっても国家事業として仕事をするならば最大限に敬って見せなければならないとか、有事の際に素早く上と連絡を取る手段を用意しておくとか、私たちはそんな基本的なことさえ身についていなかった。今となっては、素直に恥ずかしい」

とはいえ、彼らが採用したての新米騎士団だろうことは見ればわかるし、これはむしろ、彼らを教育もろくにしないままに送り出したポートリー王国の責任と言えるだろう。

「我が団の団長が、初めて貴女たちにお会いした時に発した、無礼な発言の数々を団長に代わってお詫びし、訂正する。

貴女たちは騎士の中の騎士だ。私たちが目指すべき目標だ。貴女たちと旅ができた事は、我々ポートリー王国新第3騎士団にとって何物にも代えがたい宝だ。

貴女たちに教わった事を糧に、我々第3騎士団はこれからも精進を続けることを誓う!

お世話になりました! ありがとうございました!」

彼らはありがとうございました、と全員で復唱し、一糸乱れぬ動作で頭を下げた。

これにはさすがに驚いた。

エルフの騎士というのが主君以外に、しかも他人種に頭を下げるなど、イメージからは程遠い。それはこれまで旅してきた彼らの性格から言っても、かつて見かけたSNSでの書き込みから言ってもそうだ。

横目で見れば、気になってこちらをうかがっていたらしい街の人たちも驚いたような顔をしている。

獣人にとってもエルフというのはそういうイメージらしい。

「──ど、どういたしまして!」

何か気の利いたことのひとつでも言えれば良かったのだが、ユスティースはそんな対応力は持ち合わせていなかった。

また急に恥ずかしくなってきてしまったこともあり、そう言い捨てて小走りに宿に帰った。

アリーナがため息をつきながら後に付いてきた。

「……でも冷静に考えたらさ」

「何が? ああ、さっきの彼ら?」

もうとっくに日は暮れ、ユスティースとアリーナも宿で湯をもらい、部屋でゆっくりと寛いでいた。

今ごろ彼らはあの場所でまた身を寄せ合って寝ているのだろう。

ユスティースは枕を締め潰しながらアリーナに愚痴る。

「最後にちょっといい事言ったからって、別にこれまでのことがチャラになるってわけじゃないよね」

「そりゃそうね」

「いくら教育されてないからって、いきなり他人の国でよってたかって旅人を殺そうとするとか、正気の沙汰じゃないよね。しかも動機が「エルフの傭兵だったから」だよ。何考えてんのって話よ」

「まあ、そうだけど。でも慣れない長旅でストレス溜まってたってのもあるんだろうし、特別おかしい奴はあの時死亡してるだろうから、今残ってる彼らは比較的マシな子たちなんじゃないの?」

「まあ、そうかも、しれないけど」

「……なに、隊長、もしかして今頃照れてるのぶっ」

潰していた枕をアリーナに投げつけた。

そこからはもう真剣勝負である。仁義なき戦いだ。ついでに言えば理由も意味もない。

「……はあ、はあ。と、とりあえず、ライ──リエネ様からはすぐ帰れとか言われてないし、ちょっとくらいならこの街とかこの国の観光してっても文句は言われないだろうし、しばらくのんびりしていようよ」

「……はあ、はあ。観光、なんて概念あるのね。別にいいけど、何か面白いものでもあるの?」

「特産品とか、そういうの見て回ったりとか? 隊のみんなにお土産的なもの買ったりとか」

「あー……」

異国の観光というのは少し、心惹かれる響きがある。今の枕投げといい、2人しかいないとはいえ、まるで修学旅行か何かのようだ。悪くない。

「あとまあ、彼らがちゃんと任務の続きができるかどうか、少しくらいなら見てってあげてもいいんじゃない?」

翌日、取り立てて、あえてポートリー騎士団を気にするような事はないが、とりあえず時間潰しがてら街を散策してみることにした。

まずは傭兵組合だ。

アリーナはNPCであるため連れてはいけないが、ユスティースなら最悪ここからオーラル国内の最寄りのダンジョンへ転移で移動する事が出来る。場所くらいは念のため確認しておいて損はない。

そんな事態があるかどうかはわからないが、いざという時というのはそういうものだ。

「あ」

「え?」

つぶやいたアリーナの視線を追うと、その傭兵組合から非常に見覚えのある鎧姿が出てきたところだった。

昨日のあの副隊長だ。隊長代理かも知れないが。そういえば名前も聞いていない。

「ああ、街に入れたんだ。1人とか少人数ならいいのかな」

「ならバラバラに入れば……って、さすがにそれは無理か。それにヒューゲルカップほど大きな街でもないみたいだし、全員を収容できるだけの宿もないだろうし」

本当にポートリーはどういうつもりだったのだろう。

野宿前提の行軍だったというのなら、その訓練くらいはつけておいて欲しかったものである。

「お、見て見て隊長! いきなり女連れてるよ! いい御身分だねえ!」

「いや、そういうのじゃないでしょ。どう見ても傭兵だし、なんだろ、ガイドか何かでも雇ったのかな」

副隊長だか隊長代理だかの彼の後に続いて傭兵組合から出てきたのは、4人、いや5人組の獣人の女性だった。

見たところではそれほどいい装備を着ているというわけでもない。

しかし使い込んではいるようで、その事からなんとなく熟練のような雰囲気は感じられる。

装備のランクから言って実力は大したことはないだろうが、仕事に慣れてはいるだろう。

周辺を案内させるという意味では適任かも知れない。

「……まあ、ガイド雇ったっていうなら心配はいらないでしょ。どこの視察するかはわかってるって言ってたし、現地ガイドもいるなら迷わないだろうし」

「お、さみしいの? いたた、ごめんごめんって! まあ、そうね。……あのガイドなら安心かな。きっとうまく行くよ」

***

〈──申し訳ありません。ゾルレンで 諍(いさか) いを起こすのに失敗しました〉

〈へえ? なんで? 聞いていた彼らの性格なら、まず間違いなく獣人と揉めると思ったんだけど〉

〈ユスティースの人柄でしょうか。それに触れる事で、彼らは心を入れ替えてしまったようです。街の外で野宿を強要された際も、文句ひとつ……まあ、あまり言いませんでした〉

〈なるほど。すこし、彼女を見くびっていたか。別にいいよ。そこで揉めようが揉めまいが、大して変わらない〉

〈はい。それから、それもありまして、彼らがゾルレンを発つ日程が早まりそうです。おそらく、例の襲撃の頃にはこちらはもぬけの殻かと〉

〈ふうん。まあ、居ても居なくても変わらないかもしれないけど、一応レアちゃんには伝えておくよ。報告ご苦労様、アリーナ〉