軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第300話 「託された温もり」

「『グロース』と。よし。これであとは水をやるだけだ。頼む」

「はい! ありがとうございます!」

菜富作(ナフサク) は『植物魔法』を掛けてくれた地主に礼を言い、畑に実った麦たちに『水魔法』で水をやった。

出来れば天然の肥料や水を与えてやりたいところではあるが、こんな環境では難しい。

これほどまでに過酷な環境では本来麦など育たない。

しかしこの地主の『植物魔法』や、菜富作や他のプレイヤーたちの『火魔法』、『水魔法』を駆使すれば、こんな環境でも麦を根付かせる事が出来る。

むしろそこまで手間をかけたのなら、通常よりもはるかに早いサイクルで収穫まで持って行ける。

それはゲームの仕様によって生育サイクルが短い事を考えても、なお早い。

菜富作がこの村にやってきたのは、その手が暖かというプレイヤーの誘いに乗ったからだ。

もともとは別の村で畑を借り、のんびりとプレイしていたのだが、その畑も謎の巨人モンスターに村ごと襲われ、失うことになった。

踏み潰されたというだけなら復興も出来ただろうが、巨人の中には魔法を使う者もおり、『火魔法』や『地魔法』によって容易には再生できないように破壊されてしまったのだ。

もっともモンスターである巨人にそこまでの意図があったというわけではなく、単に使える魔法がそれしかなかったというだけだろう。

ただ結果として作物は焼かれ、また魔法の残滓の岩や石によって田畑は埋められてしまった。

NPCの村人たちもそれらの状況を悲観して塞ぎこんでしまい、また村の備蓄も少ない中でそこから食糧を買い付けるというわけにもいかず、菜富作は自然と村を離れることになった。

そんな折に生産系のプレイヤーを募っていたのが、その手が暖かである。

彼女はこれまでも主にシェイプ王国を中心に活動しており、その柔らかい物腰や、ヒーラーの第一人者であるというスタイルも相まって、一部では聖女だなんだと言われているプレイヤーであった。

ウェルス王国に本物の聖女が現れてしまったことでそうした声も下火になったが、ここシェイプをホームとするプレイヤーの中には本物の聖女よりもよほど聖女らしいと話す者もいる。

天使襲来のさなかにおいても積極的に住民たちを守り、またイレギュラーな巨人襲来でもNPCの怪我人の救護に力を尽くしたということだ。

そんな彼女が有志のプレイヤーを募るのだから、それは当然困っている誰かのためだった。

それはまさに菜富作も直面した、巨人モンスターたちによる襲撃で起きた、未曽有の食糧難に対応しての事だった。

その手が暖かは峻厳な山間部に位置する寂れた村を見つけ出し、その村の代表を務める地主とコンタクトをとり、これに交渉して開墾の許可を取り付け、集めた生産系のプレイヤーたちの力を結集して畑を作りだしたのだ。

その手が暖かがこの村を見つけたのは偶然だったらしい。

人の為になることをせずにはいられない彼女だ。

第二回イベント、魔物氾濫の折にも、相棒のアマテインと共に街から街へと転移を繰り返し、不利な戦場へ現れてはそれを救うというような事を繰り返していたようだ。

不幸な行き違いで、人の手により陥落してしまった街もあったが、イベント後半には戦況も落ち着き、彼女は今度は一部のプレイヤーが協力を求めていた、地図の作成に手を貸すことにしたらしい。

そうして街や村を転移で移動しているところで、この隠れ里のような小さな村を偶然発見したということだ。

隠れ里と言っても傭兵組合があるくらいなのだから、実際には隠れているというわけでもないだろうが。

この村にあったのは、もともとは自分たちに必要な分だけを細々と栽培していた小規模な畑だけだった。

と言ってもこの気候だ。規模に関係なく無理なものは無理である。

この小さな畑が実現できていたのにもカラクリがあった。

それが地主のドワーフが持つレアスキル、『植物魔法』だった。

「ボグダン様、ありがとうございます。これで次の収穫も安定した量が見込めそうです」

「いや、協力すると決めたのはわしだ。気にせんでいい。それにお前さんたちがいる事でこの村にとっても助かっている事も数多くある」

「そう言っていただけると……」

「あと「様」はいらん。わしはただの地主に過ぎんからな」

その手が暖かが地主のドワーフ──ボグダンに頭を下げた。

ボグダンはギブアンドテイクのような事を言っているが、一方的に押しかけてきたこちらに土地を貸してくれ、さらにプレイヤーでは今の所取得している者のいない『植物魔法』を使って手を貸してくれている。どう考えてもこちらのほうが助かっている。

そもそもこれまでこの村は細々ながらも自給自足でやってこれていたのだ。本来プレイヤーの助けなど必要ない。

「……それに、わしとてシェイプの誇り高きドワーフだ。今でこそこんな生活をしているが、だからといって同胞たちを見捨てる気にはなれん。その同胞たちを救うためということであれば、協力するのは当然だ」

その手が暖かや菜富作たちがこんな厳しい土地で農作業をしているのには訳がある。

シェイプ全体を、とまでは言わないにしても、他の村や街にある程度供給できるだけの食糧をこっそり生産するためだ。

シェイプ中を突然襲った巨人たちは、偶然なのか何なのか的確に農地を持つ街や村に集中して現れた。

そのままでは飢えて死んでしまうため、NPCの住民たちは破壊されてしまった農地はいったんあきらめ、今度は休耕地や開墾途中の田畑で生育を始めた。

しかしいくらもしないうちにそうした場所にも奴らは現れ、田畑を破壊して去っていくのだ。

巨人が何を基準にアクティブな農地を探し出しているのか。

これがわからない限りは、いくら開墾したところで無駄である。

こういう時に頼りになるという、SNSの検証スレッドの長老という人物もどうやら活動休止中らしい。

しかし他の検証班たちの知恵を結集して考察したところでは、人や物の動きがトリガーになっているのではないかという結論に至っていた。

休耕地を復活させたり、新たに田畑を開墾したりする場合、開墾に必要な道具や作物の種、そして肥料など、村の中だけで用意できないものや破壊されてしまったものなどをどこかから買い付ける必要がある。

こうしたものを入手するには普通は行商人などを頼ることになる。

プレイヤーが全面的に協力しているような集落ならその限りではないが、それでも付きっきりと言うわけにはいかない以上、かならず他の街との接点は出来る。

そういう物流、特に種もみや道具などの移動をトリガーにして奴らは襲ってきているのではないかということだ。

こっそりと闇業者から食糧だけを買い付けた街などは襲われたりしていないことから、この仮説はおおむね正しいのではと考えられていた。

その手が暖かが食糧生産の拠点としてこの寂れた隠れ里を選んだのはこうした理由だ。

外部との接触がほとんどないここならば、行商人が行きかう事もない。

道具も種もみもプレイヤーが持ち込んでしまえばわかりようがないし、開墾作業もほとんど全てプレイヤーたちがスキルや魔法で行なった。

作り出した作物もプレイヤーが運んでしまえば問題ない。

システムに検知される恐れはないはずだ。

事実、この作業を始めてからしばらく経つが、ここが襲われる気配はない。

シェイプ全体の様子を見まわして見てもこの村だけは食糧難とは無縁であり、さらに交代で働くプレイヤーたちの存在から村人たちの日常業務も減り、実に余裕のある生活をすることが出来ている。

空いた時間で村の恋人たちがそこらにデートに出かけるほどだ。

普通の村落なら働き手が呑気にデートなど有り得ない。

そうした相手の居ない菜富作としては軽めの殺意を感じないでもないが、それも自分たちの活動によるものだと思えば誇らしくもある。

「──なるほど、魔法やスキルを利用して強引に作物を実らせていたのか。わざわざこんな寒いところに来てまでご苦労なことだ」

「え? 何? 誰? どこ?」

「っ! 上です!」

その手が暖かの声に顔を上げると、重い曇天を背負うようにして空中に静止している、白髪で赤い目をした美しい男がいた。

身なりも非常に整っており、その背中からは悪魔のような羽根が生えている。

「……やばくないですか。何者ですかねあれ」

「……わかりませんが、少なくともこちらに友好的な雰囲気ではありませんね。──今応援を呼びました」

農作業は持ち回りのため、畑まで出てきているのは菜富作たちだけだが、村の中にはアマテインをはじめとする他のプレイヤーたちもいる。

この村は外部との接点がほとんどないため、イベント期間中というわけでもない現在は、来るのに非常な時間と労力がかかる。当番でないとしてもおいそれと村から出るわけにはいかない。

「久しぶりに見つけた新しい砂場だ。そら、存分に遊ぶといい」

赤目の男が手を振ると、上空から霧のような何かがゆっくりと降りてきた。

その霧はまるで自ら意思をもっているかのように辺りを彷徨うと、突然空間が歪み、霧が通った場所から次々と巨人が現れ始めた。

「こいつが巨人の飼い主か!」

シェイプ各地に現れている巨人はいつも突然現れるため、どこから来ていたのか不明だったのだが、どうやらこの男がこうやって発生させていたらしい。

「こ、これがシェイプを破壊しているという……。ばかな、これはフレッシュゴーレム? いやジャイアントコープスか! なぜこいつらが……」

「ボグダン様、ご存知なのですか!?」

地主の言葉にその手が暖かが反応する。

しかし彼の言葉が聞こえたのはこちらだけではなかった。

何かを知っているらしいと気付いたのか、上空の赤目の男が地主に手の平を向けている。

おそらく魔法を撃つつもりだ。

「いやありえん! こいつらを生み出すには──」

「あぶない!」

地主はその手が暖かの言葉に答えるという風ではなく、独り言のように呟いている。上空の男の様子には気づいていないようだ。

菜富作は思わず駆け出し、地主を突き飛ばした。

「『ブレイズランス』。おや──」

プレイヤーたちが共同で借りている民家でリスポーンした菜富作は、失った経験値の確認もそこそこに急いで外へと飛び出した。

とっさに地主を突き飛ばすことで赤目の男の魔法を代わりに受けたが、それで死亡してしまったようだ。

菜富作のようなプレイヤーなら死亡しても経験値が減るだけで済むが、NPCである地主はそうはいかない。

あの場にはまだその手が暖かもいたが、彼女にそんな真似をさせるわけにもいかない。急いで戻らなければ。

畑まで来るとそこにはすでに他のプレイヤーたちも集まっており、その手が暖かが状況を説明しているところだった。

「おそらくあの赤目の男が巨人襲撃の黒幕です! どういうスキルかわかりませんが、霧のようなものを発生させて、そこから巨人が生まれているように見えました!

ボグダン様には下がってもらいました! つい先ほども菜富作さんがボグダン様をかばって──ああ、おかえりなさい!」

どうやら地主は退避したらしい。

敵について何か知っているようだし、死亡したら復活できないNPCということもあるし、彼の身だけは守らなければならない。

「──この村は今日で地図から消えるから、どこに逃がしても同じ事だ。『アースクエイク』」

赤目の男が再び魔法を放つ。

すると大地が揺れ、地面を割って岩の突起が次々と現れ、天を突き始めた。

菜富作はまだプレイヤー集団からは離れた位置にいたため、回避はそれほど難しくなかったが、ただでさえ揺れる大地の上で、どこから出てくるかもわからない岩の突起をすべて躱すのは容易ではない。プレイヤーたちの何人かは突起に貫かれて大きなダメージを受け、光になって消えていった。

戦闘系のプレイヤーなら一撃でやられてしまうことはないようだが、菜富作のように生産系のプレイヤーではボスの攻撃に耐えるのは難しい。

それよりも敵が魔法を使ったのが麦畑のど真ん中というのが問題だ。

哀れにも麦たちは魔法によって耕されてしまい、辺りに青臭い匂いをまき散らしながら息絶えている。

この魔法によって生み出された岩の突起はその場に残るタイプではないらしく、すぐに崩れて土に戻っていったが、何の慰めにもならない。

菜富作の胸にこの理不尽な仕打ちに対する怒りが湧きあがってくる。麦たちが一体何をしたというのか。

「お前! よくも!」

「──うん? お前、さっきあのエルダー・ドワーフの代わりに消し炭にした奴だな? なぜ生きて……そうか、保管庫持ち──異邦人とかいうやつか。なるほど復活してきたか。ということは、今始末した者たちもすぐにまた湧いてくるというわけだな。向こうの方に拠点があるのか」

赤目の男が滑るように空中を移動する。羽根が全く動いていないが、どういう原理で浮いているのか。

男の体にまとわりつくようにして霧もついていく。

「やめろ! これでも……くらえ!」

菜富作はインベントリから鎌を取り出し、ブーメランのように投げつけた。

農作業のためにSTRにも振っている菜富作の肩は強く、鎌は鋭く空を切り裂いて飛んでいく。

しかし菜富作のDEXは低く、『投擲』などのスキルの補助も受けていないため、狙いは大きく逸れて鎌は遠くへ消えていった。

「くそう!」

「……満足したか? ではな」

「待て!」

男は村の方へと飛び去っていった。

「俺たちも行くぞ!」

「お、おい! あいつが呼んだ巨人はどうするんだ!」

赤目の男が呼びだした巨人たちは、今も他の畑を蹂躙している。

今の魔法では畑の一部しか被害を受けていなかったが、巨人たちが踏み荒らしている分も合わせると、この村の畑ももう駄目だろう。

「放っておけ! どうせ畑はもう駄目だ! 巨人がここで時間を潰してるあいだに、ボスを叩いた方がいい!」

菜富作としては少しでも畑を救いたい気持ちはあるが、確かに今誰かが言ったように、今さら巨人たちを止めても遅い。

それよりは元凶を叩き、すべての事態の終息を図った方がいい。

菜富作も生き残ったプレイヤーたちと連れだって村に戻っていった。

赤目の男は村でも巨人を召喚したらしく、そこかしこで火の手が上がっている。

菜富作たちが駆け付けた時にはすでに遅く、借りている民家はすでに焼け落ちていた。

死亡したプレイヤーたちが戻ってこないのはこのせいだろう。セーフティエリアとして設定されていた建物が破壊されてしまった以上、この場所にリスポーンする事はない。

「いきなり詰んでないかこれ!」

「まだです! あの男さえ倒すことができれば、まだ!」

「そうだ! 上空に攻撃が届くプレイヤーはあいつを狙え! 近接攻撃しかできない者は巨人を抑えるんだ!」

弓や魔法などの攻撃手段を持つプレイヤーは次々と赤目の男に攻撃を浴びせかけ、そうでないプレイヤーは巨人たちを止めるべく村中に散っていった。

菜富作も巨人の蛮行を少しでも妨害してやろうと鍬を片手に走り出す。

すると菜富作を追ってその手が暖かが駆けてきた。

確かに彼女は攻撃系の魔法は乏しく、上空にいるボスに有効打を与えることは難しいだろうが、それでもヒーラーとして重要な役割があるはずだ。

もしや彼女は自分に──。

「菜富作さん、お願いがあります!」

「はいよろこんで!」

「ああよかった! お願いというのは、この村からボグダン様を安全な場所まで連れ出してほしいというものです」

「え? あ、ああ、はい……」

もちろん、わかっていた。

「戦闘力という点については菜富作さんはあまり高くはありません。こういう言い方はあれですけど、巨人やあの赤目の男との戦闘で活躍するのは難しいと思います。

ですから菜富作さんには、ボグダン様を村から逃がす役目をお願いしたいのです。

戦闘系のメンバーはみな赤目の男と巨人たちの対応に回らなければなりませんし、他の非戦闘系の方々はもういません。

……敵の危険性がわかる前にあの場に全員呼んでしまったのは失敗でした。少しでも色々な角度からの見解が欲しかったからでしたが、まさかリスポーン地点まで破壊されてしまうなんて……」

「みなまで言わないでください。大丈夫です。わかりました。地主さんは俺が責任をもって逃がしてみせます!」

「よろしくお願いします。村の人たちを残して自分だけ逃げるというのはボグダン様も納得いかないところもあるでしょうが、先ほど身を呈して自分を守った菜富作さんの言う事ならば耳を傾けてくれると思います。……それから、これを」

その手が暖かはインベントリから何かを取り出し、菜富作の手をとって握らせてきた。

しっとりとした手のひらは柔らかく、まさにその名に偽りなしと言わんばかりの温かみに溢れていた。

「こっ、これは?」

「……これは、ザグレウスの心臓という、蘇生アイテムです。もしもの時は、これをボグダン様に」

「そせっ……!」

これがSNSで話題になっていた蘇生アイテムだというのか。

前回のイベントのボス討伐ランキングの報酬で配られたらしいと聞いてはいたが、討伐に参加していない菜富作には無縁のアイテムだと思っていた。

しかし、そうだとすると、これはその手が暖かにとっても貴重なもののはずだ。

「それではお願いします。ボグダン様はお屋敷に戻られているはずです。──その後の経緯についてはまた掲示板で!」

その手が暖かはそう言い残し、赤目の男との戦いに戻るべく駆け戻っていった。

菜富作の手に残されたのは、超希少な蘇生アイテムとかすかな温もり。

こんなものまで託されてしまっては、期待に応えないわけにはいかない。

菜富作はボグダンの屋敷に向かって走り出した。