軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

54誘拐されに行ってきます!

詳細を聞けば、にわかに信じがたい話だった。

うちの実家であるリラン伯爵家では義妹のシスターナが何者かに呪われてしまい、ひどい姿になっているのだそうだ。

その影響なのか……義母も義妹も、使用人たちに無茶なことばかりを言っているらしい。

使用人の娘を人質に取り、無理難題を出しては、実行できなければ人質を殺す、と。

流石に、そんな酷いことは…………………と、フォローしようと思ったのだが、今までの実家での生活が頭をよぎり「そんなことないですよ」の10文字が音にならない。

ヒャトイさんの様子を見ても、手足は泥だらけで、背中にもべっとりと汚泥のようなものがついているし、顔つきは明らかに憔悴しきっている。

見た目ではバードラ様のほうがよほど若々しいのだから、その心労たるや、凄まじいものなのだろう。

「ヒャトイさんっつったっぺか? んだば、そんなヒデェ仕打ちされるっちゅーんなら、テンプルナイツ様か教会に訴えた方がええっぺよ?」

土下座するヒャトイさんにソンチョさんがやさしく語りかけた。

ちなみに、この国では地方自治の意識がとても強い。

言い換えれば、領主=その地域の法律である、ということなのだ。

とはいっても、それを理由に領主が領民を虐待して良い訳が無い。

領民が疲弊することによって田畑が荒廃しようものなら、結局は領主自身で自分の首を絞めることになるのだ。

だが領主が横暴な場合、領民は領主の無理難題を常に一方的に聞き入れなければならないか……と、いうと、決してそんなことはないのだ。力無い一般市民の駆け込み寺のような組織が「教会」……そして、その「教会」が管理している戦力が「テンプルナイツ騎士団」なのだ。

「でも、それじゃ間に合わないんです……! 教会に訴えている時間が無いんです!」

教会最大の問題はその業務量。

……例えば、領主と領民とのトラブルからはじまり、領主が対応してくれない村同士の水問題、家庭内の浮気問題、子供の教育問題まで……ありとあらゆる「困った」に対応してくれる反面、訴えが多すぎて、対応に時間がかかってしまうという点だ。

「うぅっ……キディ……キディ……妻の、忘れ形見なんです……あの子は、まだ、この春3歳になったばっかりで……」

「んだども……気の毒だけンども、そんなところに、うちの奥様一人で行かせるわけにはいかねっぺよ~」

それを聞くと、ヒャトイさんは、笑っているような泣いているような表情のまま、地面を見つめて呟いた。

「うぅっ、わかってます……頭では、わかってるんだ……こんなの、上手くいく訳が無いって……何処のお嬢さんだって、俺みたいな、こんな怪しい奴に攫われてくれるはずが無いって……」

そして、ついには、地面を何度も殴り始める。

「クソッ!! 何で俺達がこんな目に……あの幼いキディが一体何をしたって言うんだ! 俺だって……俺だって、今まで真面目に働いて来ただけなのにっ……!! ちくしょうっ!!! 俺にもっと力が有れば……ッ!!」

と、ヒャトイさんが叫んだ瞬間だった。

ぶわっ!!

背中についていた汚泥から、イカの足のような触手が突然生えた。

だが、その白く濁った足は、まるでずっと前に死んで腐ってしまったもののようで、強い腐敗臭が広がる。

「うわあああぁぁぁぁぁ!? な、何だ!?」

突然、飛び出た触手におびえたヒャトイさんが、着ていた上着を毟り取るように脱ぎ捨てる。

幸い、ヒャトイさん自身から生えているものではないらしく、あの上着に付いていた汚泥から、ごぽり、ごぽり、と腐ったイカの足が生え始めていた。

「!! 奥様、あぶねっぺ!!」

そのうちの一本が、わたしの方に向かって来る。

ばっさー!!

咄嗟にソンチョさんが近くにあった石灰を投げつけた。

ぎゅぎょぉぉぉぉぉ……!!!

悲鳴……というよりも、何か空間の軋むような音と共に、じゅぅじゅぅと音と煙を立てて小さく縮んでいくイカの足。

「あンれ……ナメクジに塩かけたみてぇだな……」

驚きの登場のわりに、あっさりと退場したなぁ……あの怪物さん……

と、よくよく見ると、上着についた石灰まみれのヘドロの中で、ちっちゃなイカさんがもがいている。

「え? えーと……この子が……あの足を呼んでいたのかしら?」

かわいそうに、そんな泥の中では苦しいに違いない。

ホタルイカのように小さな仔イカを、サッと掬ってウチの養殖池に放してあげたら、しばらくはクテっと浮いていたものの、すぐにピカピカと青白い光を発しながら、元気に池の中を泳ぎ回りはじめた。

もしかしたら、この石灰が有れば、ヒャトイさんのお嬢様を助ける事くらい、わたしでもできるのかな……

「わかりました……元はと言えば、わたしの家族が無茶を言い出したことですもの。それに、わたしが一旦、実家に戻ればキディちゃんは助かるはずですし……ちょっと攫われに行ってきます」

「!! うぅっ! あ、ありがとうございますっ!! ありがとうございますっ!!!」

その言葉に、ようやくヒャトイさんの顔に明るい色が戻る。

反対に、目玉を飛び出さんばかりに驚いたのはソンチョさんだ。

「お、奥様!? せめてぼっちゃまとバードラ様にきっちりお話してからでねぇと!!」

「そうですね。マリクル様にご迷惑をかける訳にはいきませんし……」

わたしは、急いでマリクル様に手紙を書くと、ソンチョさんにそれを渡して貰うようにお願いをする。

当初、かなり難色を示していたソンチョさんだが、ヒャトイさんの涙ながらの懇願と、わたしの説得により、しぶしぶながら、手紙をマリクル様へ届ける事を了解してもらった。

「わかったっぺよ! ウチの村にも駄馬だけんども、馬が居るで、ひとっ走り坊ちゃんのところへ行ってくるべ~!」

「はい、お願いいたします!」

そうして、わたしはヒャトイさんと共に、懐かしの……忌まわしい実家へと戻る馬車に乗ったのだった。