作品タイトル不明
第315話桃山君のダンジョン攻略
「そばを離れないで欲しいでござる。この階層はレベル的に危険でござるから」
「う、うん。わかった」
桃山花臣はできる限り慎重に、階層を進んでいた。
慣れないゲストに少々緊張感はあったが、そこは勝手を知っている階層で、進む足には安定感がある。
ただし―――すごく落ち着かない原因はもちろんダンジョンとは別にあった。
それは油断した一瞬の出来事だった。
離れるなと言ったら会長が手を握ってきたのだ。
「……つ!」
思ったより力を込めて握られた手は、自分で離れるなとは言ったが、あまりにも予想外。
花臣の集中力は一瞬で散り散りである。
「……シュコー」
「どうしたんだ?」
意識して頭に血が上った瞬間に話しかけられて、花臣は自分でも驚くほど動揺した。
「……いえ? 何でもないでござるよぅ? シュコー」
ちょっと声が裏返るが会話も長くは続かない。
花臣はとても困っていた。
しかし振りほどくわけにもいかないときていて、ただ黙々と目的地に向かう時間が続いた。
「そういえば……なんで君はいつもマスクをしているんだ?」
だが、生徒会長に躊躇いぎみに話しかけられて花臣はハッとした。
ああ、気を遣わせてしまったかも。
花臣はこれはいかんと努めて平静を装い、返事を返す。
「こ、これでござるか? これは……いわゆるコスプレって奴でござるよ。サブカル研究部でダンジョンに潜る時はこの格好が決まりなんでござる」
「そうなのか……何か特殊な装備なのだろうな」
だが生徒会長がすこぶる真顔でそんなことを言うので、花臣はつい軽く笑ってしまった。
「アハハハ。確かに特殊な装備でござるが、好きで着ているだけでござるよ?」
「す、好き? ……そうか、好きか。うん。なんだか楽しそうだ」
「楽しいでござるよ。会長は楽しくないでござるか?」
つい最近の感覚でそう言ってしまってから、まずいと気が付く。
そして案の定、生徒会長はとても困惑した、何なら不機嫌そうな表情になっていた。
「楽しいとは……まだなかなか。むしろ必死だよ。ダンジョンは危険だからね」
これはー……やってしまったでござるかな?
花臣は内心頭を抱えたが、その時、とある友人の顔を思い出していやこれはチャンスだと思い直した。
「……」
「どうした?」
「いやまったくもってその通りだなと。……でも、その認識が今日変わるかと思うと少しワクワクするでござる」
自分がそうであったように、生徒会長もたぶんダンジョンへの印象が百八十度変わる瞬間がやって来る。
そう考えると、思っていたよりずっと楽しいと感じている自分がいて、マスクの中でニヤニヤが止まらなかった。
「あ……ああ。楽しみにしているよ」
「もうすぐそこでござるから」
花臣はいささか軽くなった足取りで目的のポイントへやって来る。
しかしある瞬間から、花臣は猛烈な違和感に襲われていた。
「……」
「ここなのか?」
「いや……ちょっと待って欲しいでござる」
「どうした?」
戸惑う生徒会長を制して、花臣は周囲に目を光らせ、鋭く呟く。
「なにか様子がおかしい……」
どうやら浮ついていた時間は、ここで終わりのようだった。