作品タイトル不明
第136話無謀な特攻
今日も今日とてダンジョン実習中、普段なら滅多にないことだがダンジョンに足を踏み入れて早々、僕はいきなり声を掛けられるという珍事に遭遇していた。
「いたぁ! ちょっと待ったぁ! ワタヌキ君!」
「え? なに!」
いったい何事かと振り返ると、大慌てで走って来たのは松林 太陽というクラスメイトだった。
あの売店の彼である。
「探してたんだよワタヌキ! アレやべぇな!」
「アレ?」
「精霊だよ! オレのどんぐりだ!」
手のひらの上にのせて大事そうに見せてくれたのは、もちろん彼の精霊だった。
どんぐりか。中々かわいい名前を貰ったようだね。
僕はどんぐり君に手を振って挨拶すると、どんぐり君はキラキラ光ってアピールしていた。
「すっげーつええんだぞ! オレのいつも行ってる階層のモンスターくらいなら瞬殺だよ! それでさ! 頼みたいことがあるんだよ! あの売店! もう一回行きたいんだけど中々たどり着けなくてさ! ワタヌキなら見つけられるんじゃねえかなって!」
「売店に?」
「そうそう! なんかオレさ! あの売店にすっげー可能性感じるっつうか? もっとよく見たいんだよ!」
だから絶対に行きたいんだと主張する松林君はこの間まで浅い階層で腐っていたとは思えない生き生きとした目をしていた。
そんな風に言ってくれると照れるじゃない?
まぁまぁ売店だって頑張って作ったから、そんなに言ってくれるのなら僕としては案内するのもやぶさかではなかった。
「じゃあ仕方ないなぁ。案内するよ!」
「マジか! ありがとう! 準備してきたんだよマジで!」
飛び跳ねて全身で喜びを表現する松林君のリクエストに素直に応えて、僕は彼を売店に案内することにした。
彼の荷物が1階を探索するには大きすぎる事には気がついていたけど……そんなことは細かいことだと……そう思っていたんです。
そして次の日、僕はまったりと自分のクラスの教室で学生として過ごしていた。
ダンジョンアタックをしている時間も楽しいが、クラスにいる時間だって全く無駄というわけではない。
こうしてクラスでまったりしていると噂話を聞くことがある。
こういう情報は案外貴重で、リアルタイムの生の情報を手に入れるためについつい僕なんかは耳を澄ませてしまう。
だが最近ではもっぱら、エキスポで大暴れした怪人の正体を気にしている人が多かった。
ガスマスク侍とファイアーボールヘッドなんて呼ばれているエキスポの怪人は、一躍時の人だった。
「昨日動画見た! すごかったなアレ! 背負ってたあれって何なんだろう?」
「いやもうあれわけわかんないし。でもめちゃくちゃすごいパワーだったよね?」
「専門家の話じゃ、レベルにして80相当らしいぞ……想像できないよな。今人類でそんな領域に到達した化け物がいるのに驚きだ」
などなど、いろんな噂は耳にしたが、今日の話題はそういう流行の噂話とは少し違っていた。
うちのクラスには担任の先生というものは存在しない。
というか竜桜学校は担任をAI教師が請け負っているのだが、そんな担任から机の端末に今日はお知らせが届いていたからだった。
それはいわゆる悪い知らせというやつで、生徒に一斉に通知される。
【悲しいお知らせをしなければなりません。クラスメイトの松林 太陽さんがダンジョン探索未帰還状態で三日が経過しました。明日から探索が入ります】
ああっ……と他にも連絡を確認した生徒から悲しげな声が漏れる。
このお知らせは高確率で死亡が付きまとう。
低層を潜っていたあいつが何でと嘆く声は、いつその事故が自分に降りかかるかという不安の表れでもあった。
「…………!」
しかしそのお知らせを受け取った瞬間、僕は他と違った意味でさっと顔色を変える。
いや、そりゃそうだ。だってあの太陽君だろう?
しかもきっとあれから三日帰ってないなんていうのは聞き捨てならない。
頭の中の情報が瞬時に答えを導き出して、僕は担任AIに言った。
「……午前中の授業の欠席届申請」
【申請を受理】
よし! こうしちゃいられねぇ!
僕は大慌てでダンジョンに向かって、売店を目指した。
ただとりあえず売店を目指してみたら、探した顔はあっさり見つかってしまった。
「……」
「おう! ワタヌキ君じゃん! どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ」
てっきり天使に殺されてやしないかと心配していたが、松林君は無事だったらしい。
その上、商品の品出しを手伝っている空気まであって、いろんな意味で驚きである。
そしてなんか松林君はボコボコだった。
「いや、何やってんの松林君。こんなところで?」
「え? オレ? ここに住んでるんだよ?」
訊ねた僕にあっけらかんと松林君はそう言った。
僕は完全に意表を突かれて口を開けたまま固まっていたが、最初に浮かんだのは疑問符だった。
「な、なんで?」
意味が分からず聞き返したら、松林君はまあ聞いてくれよと楽し気に語り始めた。
「だってだよ? 色々見るには近くにいるのが一番じゃん? それに売店の中を見てみたら、住めるスペースもあるみたいだしさ!」
そういえば天使達用に布団の類は用意した記憶があった。
何なら予備まであったはずで、気がついたなら大した洞察力である。
しかしその目的を達成するためには、大きな壁があるはずだった。
「て、天使は怒らなかった?」
天使達はいっても店番である。
テイムモンスターである天使達が入って来ようとする松林君にきつめの対応をすることは容易に想像がついた。
そしてそれは当たっていたようで、松林君は大きく頷いた。
「ああ、めっちゃ怒った。死ぬかと思ったよ! でも死ぬほど頭下げたら何とか間借りさせてくれたよ」
「こいつひつこいでち! 手伝うと言うからてつだわせてるでち!」
「そ、そうなんだ……」
お客を殺すなと言っておいて本当によかった! そしてウザがらみはしても、天使達と敵対はしなかったらしい松林君はナイスである。
しかしそれを差し引いても、根性だけで天使に妥協案を出させるとは、すさまじいよ松林君。
僕は彼の健闘を讃えて、とりあえず手持ちのポーションを手渡した。
「え? くれんの? っていうかポーションじゃん! こんな高いもの貰ったって金払えないぞ?」
「……いいよ、タダで。それより明日から松林君の捜索始まるってよ?」
そして僕は今朝の連絡の話をさっそく松林君に伝えると肝心の本人はきょとんとしていた。
「え? なんで? ちゃんと手続きして入ったぜ?」
「手続きしたから、帰ってこないって言われてるんだよ。宿泊欄空欄だったんじゃない?」
「ああ、なるほどぉ……マズイ?」
「マズイ。いったん帰った方がいい」
あ、これ知らなかった奴だ。
ただまぁ毎年遅れを取り戻そうとこういう話は良くあるらしいが、大抵一晩越せずに逃げ帰って来ると聞く。
三日も帰ってこなかったら、死んだと思われても仕方がなかった。
しかし松林君は、困り顔で首をひねっていた。
「いや、でもなぁ……ここから離れると。また来るの大変なんだよ」
「もう来るなでち」
「そう言わないでくださいよ先輩。オレ達の仲じゃないっすかー」
「……」
ヤバい、変なこと言うから天使の破壊光線が今にも発射されそうだ。
僕は慌ててパンと手を叩いて、話に割り込んだ。
「その時はまた案内するから! ここで働きたいんだよね?」
念を入れてそう聞くと、松林君は本気で頷いた。
「おうともさ! すごいんだぜここ? 店で寝ると、気がつくと別の場所に移動してんだ。正直オレは今ここがどこなのかさっぱりわかんない……」
「……松林君。君、チャレンジャーすぎない? 何気に命懸けだよね?」
「おうとも! 結構気合入れてここまで来てるぜぇ……」
「1階で遭難すると風当たりが強いよ? 僕なんて入り浸ってるだけで、色々言われたもんだよ」
「それなー、ちょっとチキンっぽい扱いあるしな。ここも結構危険なのにヒデェよ……」
「全くだよ」
同じ低層仲間として共感してまったが、今は松林君をどうするのかの方が重要だった。
「とりあえず。仮の店員として認めます。OK?」
「OKでち! ボクらが上でち?」
「君らが先輩。 しっかり面倒見てやって?」
「了解でち!」
うん。相変わらずいい返事。
ひとまずこれで次はボコボコにされることはない。
だが一連の流れをポカンとして見ていた松林君は、僕の顔をしげしげと見る。
「え? どういう事?」
「だから希望通り、君を売店で雇うことにしたんだよ。何なら給料も出すよ」
「そうじゃなくって……ここお前の店なの?」
聞き返されて、僕はそう言えばと納得して頷いた。
「そうだよ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇよ! よろしくお願いします!」
「頑張るでち! とりあえず今はさっさと帰るでち!」
「了解しました先輩! よし! ワタヌキ店長! 上まで案内して!」
「はいはい……」
秒で後輩ムーブに移れる松林君はかなりの適応力……と言っていいのかわかんないけど。
とりあえず死亡認定は無事回避できた……と思いたいところだったが、松林君はずいぶんこってり絞られたようだった。